前世も今世もマッドサイエンティスト ーヴェルデだから仕方がないー   作:ポロンクセマ

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十一話 灰原とカルーソー

 私の現在の名前は灰原哀。本名は宮野志保。組織の元科学者で、“シェリー”というコードネームを与えられていた。

 そんな私が同じくコードネーム持ちの少女と出会ったのは、組織に命じられて行っていたアメリカ留学から戻ってすぐのことだった。

 

「初めまして、私はカルーソー。こんな見た目だが、コードネーム持ちで、一応幹部として扱われている。ふむ、君がシェリーか。上から報告は受けているよ。将来有望な、とても優秀な子だとね。君とは専門が違うが、同じ組織に属する科学者だ。手が空いた時にでも私の研究を手伝ってくれるとありがたい」

 

 初めての顔合わせの時、そう言って、私を見上げてきた年下の少女。

 自己紹介なんて言えたものではなく、自分の用件だけを簡潔に伝えてきたカルーソー。

 子供らしからぬ口調。つむじが見えてしまうくらいの小さな背丈。白衣のポケットに両手を突っ込んだままのふてぶてしい態度。幼い見た目に似つかわしくない目の下のクマ。

 そのどれもに呆気にとられ、私は「え、ええ。よろしく」と返すだけで精一杯だった。

 せめて年上として手を差し出すくらいはすればよかった、と後で少しだけ思った。

 

 

 

 その後、私とカルーソーの接点はほぼなかった。

 

 

 

 そもそも組織で担っている研究分野が違うのだ。必然的にラボも遠い。

 個人的交流は無いに等しく、せいぜいが廊下ですれ違ったり、報告や連絡事項の際に会ったりする程度。彼女との関係は同僚の域を超える事はなかった。

 ただ、子供ということもあり、年下ということもあり、同性ということもあり。寝食を忘れるくらい研究に没頭する、彼女の危うい性質も知り。

 エネルギー不足で倒れていたら点滴を打って介抱してあげる程度には、彼女の事が気になっていた。

 だが、こちらが気にしていると言っても相手もそうだとは限らない。

 特にカルーソーの関心事は、1に研究2に研究3に研究、4と5にゴーラ・モスカと噂されていた。だからこそ、

 

「いずれ私が独立する時に、助手としてついてこないか?」

 

 彼女にそう言われたときは、すごく驚いた。

 

「君が組織の研究に疑問を持っていることは知っている。姉を人質同然に取られていることもな」

 

 研究とペット(ケイマン)とロボット(ゴーラ・モスカ)にしか興味のない子だと思っていたから、まさか私の内情を知っているなんて理解しているなんて、思いもよらなかった。

 

「昔はマッドサイエンティストとか言われて、いろいろな組織に追いかけられたこともあるしな。逃げるのも潜るのもそれなりに経験は豊富だ。私についてくるのなら、姉も含めて守ってやってもいいぞ」

 

 自信に満ち溢れた声にぐっと喉が詰まる感覚がした。正直、心が揺らいだ。

 その言葉を受け止めて、すがりついてしまいたかった。泣いてしまいたかった。逃げてしまいたかった。

 でも、差し出された彼女の手のひらを見て、思いとどまった。

 真っ白で瑞々しくてふっくらしている、自分よりも小さな手。

 いくら頭が良くて弁が立って大人びていても、カルーソーはまだ子供だ。

 

 姉と自分。子供にそんな重荷は背負わせられない。

 

 結局、私は彼女の手を取らなかった。

 

 

 ―――あの時、カルーソーの手を取っていれば……何かが変わっていたかしら? 

 

 

 未だ答えの出ない問いを私は持ち続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふ、と意識が浮上した。

 

 ゆるゆると瞼を開けると、丸まった布団が目に入る。

 どうやら腕に抱き込むような形で眠っていたらしい。

 ゆっくりとした動作で上半身を起こして、ぐっと伸びをした。

 低血圧の自分には珍しい。たった今目覚めたばかりだというのに、あくびも出ず、頭がはっきりとしている。

 珍しくも懐かしい夢を見たせいだろうか。まさかカルーソーが出てくるとは。

 

「ふふ。夢の中でも相変わらず、堂々としていて偉そうだったわね…」

 

 あれから数年。さすがの彼女も今では成長して、少しは落ち着いた性格になっているのだろうか。それとも更に破天荒な性格にパワーアップしているのだろうか。

 まぁどちらにせよ、私に彼女のその後を確認する術はない。

 私と彼女の未来が交わることは、もう二度とないだろうから。

 

「…さて。今は何時かしら」

 

 少しだけ物悲しさを感じながら目覚まし時計を確認すれば、針は午前5時を指していた。

 

 変な時間に目が覚めてしまったわね。

 今日は土曜日だから、もっと惰眠をむさぼってもいいくらいなのに。

 それでも二度寝をする気は起こらず、コーヒーでも飲もうと、肩にカーディガンを引っかけて寝室をあとにした。

 

 

 

 

 

 リビングに入ればすでに明かりがついていた。

 

 と、なれば案の定。私よりも早く起きたのか、それとも徹夜したのか。この家の家主であり、私の保護者でもある阿笠博士の大きな背中が見えた。

 なんとなく白衣がくたびれている感じがするから、きっと徹夜の方だろう、と当たりをつける。

 年齢も年齢だし、血圧も高いし、糖尿も気になるのだから、もう少し身体を労わってほしいものである。

 どっかの誰かさんみたいに、研究に熱を入れるあまり倒れられたら大変ね。

 そう思いつつ、私はその背中に声を掛ける。

 

「おはよう、博士。コーヒーでも淹れましょうか?」

「おお、哀君か! 早いのう」

 

 私に気付いた博士がくるっとこちらに身体を向けた。

 右手にはノートパソコン。そして左手にはなぜかコーヒーミルが握られている。

 私が眉を寄せると、博士は大きな口を開けてニカッと笑った。

 

「哀君、来週、お客様が来るぞ!」

「は…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ピンポーン

 

 次の日の朝7時半、阿笠家にて。

 来客を告げるインターフォンが鳴り響く。

 玄関で今か今かとスタンバイしていた博士は、相手の確認もせず勢いよく扉を開けた。

 

「おお、おお、新一君! いらっしゃい。よく来てくれたの」

「っ、びっくりした。ってか、どうしたんだよ、博士。こんな朝っぱらから一体何の用で」

「わしはうれしいぞ!」

「うわっ!?」

 

 工藤君が着いて早々。博士が何の前置きなく工藤君に抱きつこうとした。

 しかし彼はそれを反射的に避け、口元を引きつらせながら一歩下がる。

 まぁこのテンションでお出迎えされれば、引いてしまうのは無理のないことかも。

 

 私は新聞両手にカウンター席に座りながらその様子を傍観していた。

 

「は、灰原! これは何がどうなってんだ!? 博士、何か悪いモノでも食べたのか??」

「持つべきものは隣人の子、持つべきものは友人じゃ! ほーほっほっほっ!!」

 

 手を繋ぎながらルンタ♪ ルンタ♪ とステップを刻みだす大人と子供。

 傍から見れば祖父と孫の微笑ましい戯れに見えるのかもしれない。

 が、その実は53歳の中年と17歳の男子高校生である。

 

「新一君は軽いの~、ほれ、高い高~い」

「え!? 待っ」

 

 ついには興奮が頂点に達した博士が工藤君を振り回し始めた。

 全身からにじみ出る“嬉しさ”に、何となく口を挟むのは無粋かもしれないと思っていたけれど…。

 工藤君がグロッキーになったら後が大変ね。

 

 私はやれやれと立ち上がって博士たちに近づいた。

 

「博士、博士。そのへんにしておきなさい。工藤君が目を回しちゃうわよ」

「ん? そうじゃのう、哀君。新一君、すまなかったの」

「にゃ、にゃにが、どうなって……」

 

 時すでに遅し。

 博士に思いっきり振り回された小学一年生の軽い身体は、床に力なく沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、ようやく平衡感覚が正常に戻ってきた…」

「いや~、すまん、すまん! 喜びで手加減がきかなかったわい。はっはっは!」

 

 博士が胸を張りながら豪快に笑い、それを横目で見た工藤君は私にジトリとした視線を向ける。

 どうやら助け舟が遅かったことを暗に責めているようだ。

 

「こんなに勢いのある博士は久しぶりに見たぞ。もしかしてまた何か特許を取ったのか?」

「いいえ。新たな特許は取ったけど、それとこれは別件よ」

「じゃぁ何なんだよ。この異様な浮かれようは…。俺は『重要な話がある。すぐ家に来て欲しい』って連絡が来たから慌てて来たんだぞ。ふぁーあ、眠ぃ…」

 

 日曜の早朝から呼び出された工藤君は眠気をこらえきれないらしい。

 涙が浮かんだ目をこすりながらソファーの背にもたれかかる。

 

「どうやら博士は話すべきことも話さずに工藤君を呼んだようね」

 

 いつもの博士なら呼ぶにしてももっと時間帯を考えるし、用件もきっちり言うのに。

 それらを失念してしまうなんてよほど嬉しかったのだろう。

 私は未だに小躍りしている博士を見て笑い、家主に代わって工藤君に熱いお茶を差し出した。

 

「許してあげて? クローロン博士が来週、うちに来るっていうのだからこのテンションも仕方がないのよ」

「クローロン博士?」

「ギリシャの科学者よ。前々からネットでの付き合いはあったようなんだけど、会うのは今回が初めてらしいわ。一度じっくり話をしてみたいと先方からお誘いメールがあって、来日が決まったそうなの。それからうちの博士はこの調子よ」

「クローロン、クローロン……。うーん、聞いたことねぇな。どんな研究をやっている人なんだ?」

 

 工藤君が湯呑を傾ければ、博士が待ってましたとばかりに私たちの間に割り込んできた。

 

「クローロン博士の研究はズバリ、電子工学じゃ! 主に先端ロボット技術に特化しておる。何度も特許を取り、世界中の企業や団体、科学者から一目も二目も置かれておってな。わしが今まで開発したメカの中にも博士の影響を受けているものが多数あるんじゃ」

「へー。そんなにすごい人なのか。でもその割にはあまり有名ではないような…?」

「うーむ。わしもそこが残念でならないのじゃが…。どうやら博士は人付き合いが苦手で、メディアの前に出ることはほぼないみたいでのう。年齢や性別も非公開で、直接会って交渉できた人間もとても少ないらしい。噂では人里離れた山奥にこもって実験をしているとかなんとか…」

「天才は変わった人種が多いって言うしな。しっかし、そんな人が来日するのか…。それも博士に会いにわざわざ」

「“だからこそ”、この喜びようなのよ」

「あー、なるほどね…」

 

 一応は工藤君も納得したようで、「それなら仕方がない」と頷く。

 憧れの人に会えるという、期待に胸膨らむ気持ちは彼にも分かるのだろう。

 工藤君だってあるサッカー選手に会えた時はすごく喜んだというし、私も比護さんに会えたら浮かれてしまう。

 

「だけど何で俺がこんな朝っぱらから呼ばれたんだ? そもそも、その人が来るのは来週なんだろ?」

 

 そう彼が首を傾げるのも当然と言えば当然。

 工藤君は科学者なんて興味がないだろうし、研究内容を聞いたって専門分野すぎて理解が追い付かない。

 その上、クローロン博士は阿笠博士のお客様だ。

 直接関係のない自分がわざわざ報告を受けるまでもないと考えているのだろう。

 工藤君の疑問を敏感に感じ取った博士は苦笑しつつ、髭を整えるように撫でた。

 

「いや、実はクローロン博士は大のコーヒー党らしくての」

「へ?」

 

 思いがけなかった“答え”に工藤君は目を丸くした。

 

「せっかく我が家に来てくれるのだから、博士が喜ぶものを用意したいと思っての。それでぜひコーヒーが大好きな新一君の意見も参考にできれば、と思ったわけじゃ」

 

 私も博士もコーヒーは好んでよく飲むけど、そこまでこだわりがあるという訳でもない。

 飲んでみて酸味や苦み、香りの強弱は感じても、豆の種類まで厳選しているわけでもなし。

 専門店から仕入れて吟味したりもしないし、コーヒーメーカーが大活躍している今、喫茶店のように自ら豆を挽こうとも思わない。

 

「いや、俺も別に…。コーヒーは好きだけど、コーヒーミルを使ってまで飲む事はないぞ?」

「まぁ、普通はそうよね。いちいち挽くには時間もかかるし、挽きムラもできるしね。私も博士にそう言ったんだけど…」

「ま、ま、ま。そう言わずに。豆は色々揃えてみたから、今日は練習がてらお茶請けと一緒に色々と飲み比べをしてみたいんじゃ」

 

 昨日一日を使って専門店で買い込んできた品々がテーブルの上に並んでいく。

 

「新一君、哀君、付き合ってくれんかの?」

 

 そして博士は私と工藤君の肩に手を置いてすまなそうに首を竦めた。

 私達は顔を見合わせた後、「しょうがないなぁ」と頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

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