前世も今世もマッドサイエンティスト ーヴェルデだから仕方がないー 作:ポロンクセマ
「景光、どうだ? このコーディネートは変じゃないか? それともこちらの服の方がいいだろうか。色は暗めの方が落ち着きがあるかな。いや、子供らしく明るめの方が…」
「ヴェルデは色が白いし華奢だから、どちらの服も映えると思うぞ」
「私の容姿云々は置いておいて、どちらがより良い印象を与えるかな?」
「んー、そうだな…。ちなみに今日はあちらでウィッグを外すのか?」
「ああ。家に入らせてもらったら素のままで、改めて自己紹介するつもりだ。本音で話したいし、こちらの誠意を見せたい」
「なら、こっちのワンピースの方がいいと思う。上品に見えるし、ヴェルデの緑の髪によく似合う。あと帽子はオレンジじゃなくてアイボリーがいいな。ヴェルデはいつも帽子のチョイスが微妙におかしいからなぁ…」
「そ、そうか。なら君の意見に従ってそれとこれにしよう。あと羽織るものは…」
「おい、ちょっと待て。お見合いにでも行くのか?」
クローゼットの中身をひっくり返したかの様な惨状の中、降谷の静かなツッコミが耳に届いた。
「待たせたな。これでどうだろう?」
景光が見立ててくれたコーディネートに着替えた私は、リビングの扉を大きく開ける。
そして彼らの前でくるりと回ってみせた。
景光が「うん、可愛い可愛い」と花丸をくれるのに対し、降谷は不機嫌そうに眉を寄せて湯呑を傾けている。
珍しいな。どうしたのだろう。
普段の彼なら「それ、俺が買ってあげた服だな」くらい言うのに。
早朝からマンションに呼び出したからだろうか。
それとも仕事で何かあったのか。
どうやら本日の彼はご機嫌ナナメのようだ。
「阿笠家にお邪魔するのは今日だったよな?」
降谷はそう言って、飲んでいた緑茶をテーブルに置いて腕を組んだ。
私は頷きながら彼の向かいの席に腰を下ろす。
「ああ、そうだよ。もうしばらくしたら出るつもりだ。今日のために資料と論文をたくさんまとめておいたから、たくさん議論して来ようと思う。ふふ、楽しみだな…」
「阿笠博士は大らかな人だから大抵の事は大丈夫だと思うが、あまり失礼のないようにな。あと、話が弾んだからといって夕飯時まで居座るんじゃないぞ」
「分かってる、分かってる。景光にも初めてのお宅にあまり長居はするなと言われているしな」
「それならいい。ところで…ヴェルデ」
「うん?」
「また俺の忠告を無視して手土産を増やしたな。つい先日、諭したばかりだって言うのに。こんなにたくさんどうする気だ。一人で持っていけないだろう」
降谷はちらりと横を向き、カーテンの影で平積みになっている手土産の箱たちを指さした。
ああ、なるほど。不機嫌だった理由はソレか。うーん、めざとい。
一応ギリギリまで隠しておこうと思って、見えにくい位置に置いておいたのだが。
バレてしまったものは仕方がない。私はさも当然という顔で開き直った。
「君にしては察しが悪いな、降谷。なんのために車持ちの君に来てもらったと思っているんだ?」
「お前、俺を足に使う気だったのか…」
「人聞きの悪い。ただ、君が今日の午前中に警視庁だか警察庁だかに行くと、景光から聞いていたものだから。ついでに乗せて行ってくれればいいなと思っただけだ。もちろん家の中まで運んでくれとは言わないよ。台車を持っていくから、積み降ろしだけ手伝ってくれれば…」
「人の忠告を素直に聞けない子供に使う車はありません。まぁ、最初に用意したせんべいと羊羹だけにするなら送ってあげてもいいですけどね?」
降谷が突然子供に言い聞かせるようなトーンになった。
久方ぶりの説教モードだ。面倒くさい。
私は舌打ちをして反発したい気持ちを必死にこらえ、目を伏せて指を組んだ。
「………そうだな。確かに君の言う通りかもな」
「うんうん」
「私は今までプライベートで他人様のお宅に伺う経験が無かったものだから、少し浮かれ過ぎていたのかもしれない。相手が喜んでくれる姿を想像したら楽しくなって、ついつい買いすぎてしまった。…世間知らずで恥ずかしいよ」
「うっ、…」
「それに沢田家光がいつも抱えきれないほどの土産を持って帰国していたから、なんとなく倣ってしまったんだ。奥方も大量の土産はまんざらでもなかったみたいだし。まぁ、沢田家は赤ん坊から17歳の女性まで次々と居候が増えていったからな。多種多様のお土産は喜ばれたんだろう」
「前から思ってたけど、ちょくちょく話に出てくる沢田家ってどんな家なんだ…」
マフィアだよ。降谷のぼそっとした呟きに、心の中で返事をして私は先を続ける。
「少しでも心証を良くしたかった、というのもある。だって良いものを貰って悪い気はしないだろう? 阿笠博士とは初対面という事もあるし、あちらの食の好みを知らないから少し不安で…」
「……」
「でも…。こんなにたくさん持っていっても、きっとゴミになるよな。処分するにも、生ゴミはかさばるし重いし、一苦労だ」
「待て。ゴミとまでは言ってない…」
「この手土産たちは私の気持ちだったんだが……降谷の言う通り、先方には迷惑かな」
トドメとばかりに、声を小さく落としてスカートを握る。
わざとらしいという事は重々承知している。
でもこうすれば意外にも降谷は高い確率で乗っかってくれる事を、私はこの数年で学んでいた。相手に無理やり妥協させる方法である。
視線をわずかに上げて確認すれば…。
ほら今だって、彼は戸惑いの表情を浮かべながら落としどころを探している。
よし、今日はいける。
そう確信して小さく拳を作れば、
「うわー。将来、悪女になりそう」
景光が乾いた笑みで「はははは」と笑った。
◆◆◆
今日はギリシャの科学者、クローロン博士が我が家に来る日だ。
きっともうすでに彼(彼女)は来ていて、うちの博士と楽しく談笑をしていることだろう。
ちょうどおやつ時だし、今頃は博士が頑張って用意したコーヒーを二人で飲んでいるのかもしれない。
私、灰原哀はその光景が何となく想像できて、微笑ましさに自然と口角が上がった。
現在の時刻は午後3時半。
学校が終わり、私は小走りで帰宅途中の身だ。
クローロン博士は人付き合いが苦手なようだから、ランドセルを置いて軽く挨拶をしたら早めに家を出て行こう。そう朝から決めている。
実は私もクローロン博士に多少の興味はあるけれど、探偵団の子たちとサッカーの約束をしているし、博士たちの邪魔をするのも悪い。
そう思っていた。しかし――――
帰宅した私を出迎えたのは箱の山、山、山。
お中元やお歳暮で使用するような上等な贈り物たちが、所狭しとずらりと並んでいた。
その存在感に呆気にとられ、そして…。
「ほう。実に興味深い設計図だ。さすがは阿笠博士。ここがこの仕組みなら、あれと繋げれば小型化も可能だな」
「いやいや、これは元々の稼働電力が大きいからのう。これ以上小型にしては支えきれないじゃろうて」
「それをどうにかするのがこちらの回路だ。ほら、こことここの仕組みを繋げて、パーツを耐久性のあるものに変えれば……。おや、お帰り、シェリー。学校は楽しかったか?」
「おお、お帰り、哀君! クローロン博士、いや、ヴェルデ博士にこんなにお土産をもらってしまったわい。哀君の好きそうなお菓子もあるぞ。ちょうど時間もいいし、三人でお茶にしようかの」
設計図やら論文やらメカやらを広げ、楽しそうに議論を繰り広げている、大人と子供。
しかも子供の方にはとても見覚えがあった。
緑色の髪に翡翠の目。
記憶に在る姿よりもいくらか身長が伸び、いつも好んでいたパンツスタイルではなく、可愛らしい上質なワンピースを着用しているが、彼女に間違いないだろう。
でも…。
「~~~~~~~~~~っ、意味が分からない!!」
私はストレートな心の声を腹の底から叫んだ。