前世も今世もマッドサイエンティスト ーヴェルデだから仕方がないー   作:ポロンクセマ

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十四話 お宅訪問 2

 

 探偵団の子たちに遊びのキャンセルをしてから、私、灰原哀はソファーに座った。

 

 カルーソーが持ってきてくれたお菓子と博士が淹れてくれたコーヒーがテーブルに並び、お茶会の準備が整う。

 

「うん、おいしい。阿笠博士はコーヒーを淹れるのがうまいな」

「ほっほっ、喜んでいただけて何よりだのう。ヴェルデ博士が持ってきてくれたお菓子もおいしいぞ。こんなにたくさん頂いて申し訳ないくらいじゃ」

「いや、気にしないでほしい。持て余すようだったらご近所さんに差し上げてくれ。フルーツ以外はなるべく日持ちするものを選んだから、人にあげるのにむいていると思うよ」

「洋菓子も和菓子も種類が豊富じゃのう。うん? これは何というお菓子じゃろうか」

「それはカンノーロだよ。イタリアのペストリー菓子で、コーヒーによく合うんだ」

 

 この二人の雰囲気を一語で表すとしたら『仲睦まじい』だろうか。

 私は談笑する彼らを見てそう思う。

 前々からメールでのやり取りがあったとは言え、二人は初対面のはず。にも関わらず、随分と打ち解けているようだ。

 きっと馬が合ったのだろう。

 うちの博士はともかく、カルーソーのこんなに生き生きとした表情を見るのは初めてかもしれない。

 それがどことなく不思議な感じがして、私は黙ってバームクーヘンを口に運んだ。

 

 

 

 “クローロン博士”の正体はカルーソーだった。

 

 

 

 さすがに想像すらしていなかったけど、思い返せば確かに不審な点はちらほらあった。

 

『人付き合いが苦手で年齢や性別は非公開』

『業界では名の通っている天才』

『研究内容は電子工学』 

『“クローロン”はギリシャ語で“緑”を表す』

 

 そもそも研究欲が強く知識欲が高いカルーソーが、組織を抜けたからと言って大人しく生きているハズもなかった。

 なるほど、と私はひそかに納得する。

 名前と国籍を変えて活動していたとは、恐れ入るわね。

 

 これでまだ義務教育も終えてない子どもだというのが信じられないくらいだ。

 

「どうした、シェリー。黙り込んで。いや、今は灰原だったか。……会話に参加する気はないのか?」

 

 ふと、カルーソーがこちらに視線を向ける。

 予想外の出来事が重なり合って、未だ混乱している私の頭。感情もまだまだ追い付いていない。

 にもかかわらず、彼女はまるで何事もなかったかのように話しかけてくる。

 

 私はイラッとして、彼女から顔をそむけた。

 

「別に私がわざわざ参加しなくても、二人だけで随分と会話が弾んでるじゃない。私の事は気にせずに楽しんだら?」

「あ、哀君?」

「………? あー、なるほど、なるほど? もしかして焼きもちか。私に阿笠博士を取られて嫉妬しているんだな?」

「なっ!!? そんなわけないでしょう!!」

「ふふ、照れなくてもいい。可愛いところもあるじゃないか」

 

 カルーソーが口角を上げながら余裕綽々な様子でコーヒーを飲むので、恥ずかしさで頬に熱が溜まった。

 

「あ、あなただって…! 態度も様子もいつもと全然違うじゃない! 昔はそんな感じじゃなかったわ」

「なに、私だって年頃の乙女だ。興味のある事柄に対し、頬を紅潮させたり声を弾ませたりもする。久しぶりに話が通じる研究者に会ったことだし、喜びもそれなりに大きい」

「あなたほど“乙女”という単語が似合わない女性もいないわね」

「なんだ、なんだ、シェリー。久方ぶりに会ったというのに随分と辛口だな。君だって…」

「何よ?」

 

 カルーソーが先を続けずに、しばし黙る。

 彼女は私をしげしげと見つめて、考え事をするように顎に指を添えた。

 

「いや、うん。随分と表情豊かになったな、シェリー」

「……はぁ?」

「ほら、君は組織ではいつも緊張していて、言葉数も少なかったから。気にはなっていた。でも今はとてもリラックスしているみたいだ。君にとってこの家は居心地がいいんだな。安心したよ」

 

 相変わらず堂々とした態度に年齢不相応な口調。

 私に対しての、まるで年下に接するような言葉と雰囲気。

 

「先ほど阿笠博士から聞かせてもらったが、友達付き合いも良好で学校にも元気に通っているそうだな。人の事を言える身ではないが、君は幼いころから海外へ留学して、年長者ばかりに囲まれていただろう? 同年代、ましてや年下との付き合いなんて未知のはず。それでもちゃんと馴染めている。居場所を作れている。きっと周りの子供が良い子たちなんだろう。よかったな」

 

 そう柔らかく目を細めて、カルーソーは笑った。

 からかっているわけでも、茶化しているわけでもない。まるで大人が子供を見守るかのような、温かい笑み。

 今まで彼女のそんな顔は見たことが無かった。

 私は喉が詰まったように何も言えなくなって、小さく拳を握る。

 

 これではどちらが年長か分かったものではない。

 

「どうした、灰原?」

「っ、……な、なんでもないわ」

 

 ふと視線を感じて右に顔を向ければ、博士がニコニコしながら私たちを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数年ぶりの再会だというのに、懐かしさも気まずさも微塵も感じさせないカルーソーの軽口が良かったのか。

 それ以降は、特に緊張もせずに私は彼女と会話ができるようになった。

 

 次第に話題は当然とも言うべき、私の幼児化に移行した。

 

「私はここ数か月ほど海外にいてね。つい先日帰国したばかりなんだ。そして、まぁ、とある事情があって君の今の様子を調べる流れになった」

「とある事情って?」

「順に説明していくよ。ええっと、まず私は君が今、組織でどうしているかを調べたわけだ。すると組織から姿を消したという情報を掴んだ」

 

 カルーソーはタブレットを取り出し、持論を展開し始めた。

 

「組織の一室に手錠付きで監禁されていたはずのシェリーが、忽然と姿を消した。内通者が助けたパターンが考えられるが、手錠は外した様子も壊した形跡もなかったという。ならばどうやってシェリーは拘束を逃れたか? 私は当時の状況を客観的に見つめ直した。単純に考えるなら手首を切り落としたか、削ぎ落したか、腐らせたか、手のひらの骨を砕いたか、それらが有効だろう」

「ちょ、ちょっと…!」

 

 恐ろしい事を顔色一つ変えず言ってしまえる少女に、背筋がぞくりとした。

 隣の博士も血の気が引いたように、青白い顔をしている。

 

 そんな私たちを前に彼女は一呼吸置いてにやりと笑う。

 

「もしくは枷よりも手が小さくなったか、だな。私は様々な情報を精査して、シェリーの幼児化の可能性を考えた。そして独自に作っていた顔認証システムと歩容認証システムを使い、君の動画を元に子供用で算出した」

「か、顔認証に歩容認証…?」

「あとは簡単だな。君には頼るあてもなければ金もない。ならばそんなに遠くへはいけないだろうと考え、試しに都内にある防犯カメラをハッキングして片っ端から認証にかけてみたら……ほら、見つかった。もちろん、幼児化しているかもしれないという前提のもとで行ったから、結果は出ても推測の域は出なかった。が、私の中では確信に近いものは持てたのさ」

「…………。ハッキングは犯罪行為なんだけど?」

「ああ、そうかもな。だから私の保護者には内緒だ」

「保護者?」

「大丈夫、君の情報は誰にも漏らしてないよ。ハッキングした証拠も痕跡も残していないし、認証データはすでに破棄済みだ。安心してくれ」

 

 何が大丈夫なのか。何を安心すればいいのか。カルーソーが何でもないことのように悪びれなく言うので、私は脱力感でソファーにもたれかかる。

 今更ながら彼女の創造力の高さと探究心の強さ、そして道徳観のなさを実感した。

 独力で認証システムを作ってしまえる手腕もすごいけど、犯罪行為を事も無げにやってしまえる度胸もすごい。 

 彼女が組織を抜けてくれていてよかったと、心から思う。

 さもなくば私は逃げた翌日、いや、当日にでも捕まっていたことだろう。

 

「まぁ、私が常々ネット上で交流していた阿笠博士の家に君がいると知った時は、さすがに驚いたが…」

「そもそもよくその結論にたどり着いたわね。幼児化だなんて荒唐無稽だとは思わなかったの?」

「いや? あくまで可能性の一つだからな。選択肢は多すぎて悪いという事はない。それに研究は純粋な疑問からすべてが始まる。自然体な発想に柔軟な思考。それらは研究者を彩るに欠かせないものたちだ。一般的に“あり得ない”と言われるものを“あり得る”と考えられるかどうか。尽きない好奇心を持っているか否か。天才と凡人の線引きがそこだよ」

「ついでに、それらを実現させるだけの能力を持ち得るか否かも入るわね。その理屈でいくならあなたは間違いなく天才だと思うわ、カルーソー」

「おや、ありがとう。あと、君もこれからはヴェルデと呼んでくれ。これが正真正銘、私の本名だ。ああ、でも日本では大概、“緑”と名乗っているけどね」

「あなたいくつ偽名があるのよ」

 

 反射的に出た他愛無い質問だった。

 これ以上驚くことはないだろうと思っていたのに、

 

「ラボを置いている国の分だけ偽名を持っている。私のしている研究は一分野だけではないからな。研究分野によって名前と国を変えているんだ」

 

 彼女は更に凄いことを言い放った。

 

「同一の名であまり有名になりすぎると、組織にマークされる恐れもあるからな。いくつもの名を利用して、程よく知名度を分散させているんだ。もし何も知らない組織の連中がスカウトにでも来たら……はは、どうなるんだろうな」

「笑い事じゃないわよ…」

 

 ヴェルデはまるで緊張感のない声で笑い、

 

「ではそろそろ本日の締めに入ろうか。私が今日、こちらにお邪魔した目的は全部で三つだ」

 

 そして指を三本立てた。

 

「一つ目は当然、阿笠博士と交流を図る事。実りも収穫も多く、実に有意義な時間だった。二つ目は私の推測を確実なものとする事。つまり、『シェリーが何らかの方法で幼児化して生存している』と確かめに来たわけだが…。ふふん、これは見事に大正解だったな。さすがは私だ」

「はいはい。それで三つ目は?」

「三つ目は“宮野志保”にある真実を伝える事だな。実はこれが最も重要で、尚且つ、最初に言った『とある事情があり、君の様子を調べた』に繋がるわけだが…」

「もったいぶらないで早く先を進めて」

 

 

 

「では単刀直入に言おう。君の姉、宮野明美は生きている」

 

 

 

 

 

 

 

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