前世も今世もマッドサイエンティスト ーヴェルデだから仕方がないー 作:ポロンクセマ
「急に連絡が取れなくなったから不審には思っていたが…まさかそんな姿でこんなに近くにいるとは、さすがに面食らったよ」
工藤家のリビングにて。
座り心地の良いソファーに身体を沈めながら、私は改めてメガネをかけた糸目の男を見上げた。
茶色の髪に度の強そうな眼鏡。落ち着いた服装に、穏やかで丁寧な口調。
エプロンの相乗効果か、雰囲気も見た目も完全に文系といったところ。
彼の名は“沖矢昴”。
工藤家に居候中の東都大学の院生―――という設定らしい。
「あなたこそ。この数か月、どこでフラフラしているのかと思いきや、まさか海外に渡っていたなんて…。一体どんな理由があったのかは知りませんが、周りにどれだけ心配をかけたのか、きちんと理解していますか?」
「へぇ、君の敬語なんて初めて聞いた。なかなか新鮮だな。録音して降谷たちに聞かせてやったらおもしろそうだ」
「……ヴェルデ」
「ふぅん、すごいな。まったく元の面影が無い。ベルモットレベルの変装術じゃないか、恐れ入ったよ。声も話し方も全然違うし、ペンダントが鳴りださなければ君だとは分からなかっただろうな」
私はにんまりと笑って胸元を飾る物体を軽くつつく。
実はこれはジョディ・スターリング捜査官、個人に頼まれて作った、人探し用(対赤井)のペンダントだ。
なぜ彼女がそんなことを私に頼むのかと不思議に思っていたが、何のことはない。どうやら今の彼はFBIの身内に黙っての、潜伏中の身らしかった。
以前FBIに赤井の所在を尋ねた際、誰もが言葉を濁したり暗い表情をしたりと、回答をくれなかった理由をようやく理解する。
彼らは機密事項だから答えられなかったのではなく、文字通り、居場所を知らないから答えられなかった、と。
この様子だと連絡どころか安否の有無も取り合っていないのだろう。
まぁ、同じ組織に属していても言えないことはあるよな。
本日、私は阿笠博士と交流を深めようと彼の自宅を訪れていた。
シェリーとも久しぶりに再会し、お茶をし、中々に有意義な時間を過ごした。
そしてお暇する直前、阿笠家を訪ねて来た彼と偶然出くわしたというわけである。
そんな私は現在、彼に引っ張ってこられ、ここ、工藤家のリビングにいる。
「これはまだ試作段階で調整中だったんだが、思わぬ成果が出て大満足だ」
私が満足気に頷くと、“沖矢昴”はエプロンを脱ぎながらため息を吐き、私の真向かいのソファーに腰を下ろした。
ハイネックで隠れた首から機械のようなものを取り外し、ついでにメガネも外す。
たったそれだけで彼の纏う空気ががらりと変わる。
“沖矢”から“赤井”へ雰囲気だけ戻った彼は、不機嫌な様子で私のペンダントを指さした。
「俺はそのペンダントのおかげでヒヤリとしたぞ。危うく“彼女”に俺の正体がバレそうになったんだからな。今、阿笠博士がなんとかごまかしてくれているだろうが…。ヴェルデ、そのペンダントはしばらく電源をオフに……おい、ヴェルデ? 聞いているのか?」
見た目が沖矢で声が赤井だと違和感が凄い。
しかし私はその違和感よりも、赤井の喉に張り付いていた機械の方に関心がいった。
テーブルに置かれたチョーカー型変声機を手に取りいじくりまわす。
「これはもしかしなくても阿笠博士の発明品だな? ほうほう、喉の振動を利用して声を変えるのか…。小型で軽量、パターンも何種類かあり。ボタン型発信機といい、汎用性が高そうで実にいい。先ほどこれと似た設計図を見せてもらったが、あれは蝶ネクタイ型の変声機だったからな…」
私が思考の渦に入り込もうとしたところで、ガチャリと音がした。
「赤井さん、こっちにいたんだね。ちょっと相談にのってよ。実は最近変な女の子と知り合ってさ、………え?」
疲れたような顔と声で一人の少年がリビングへと入って来る。
見覚えのあるその姿、そして彼のズボンのポケットからはみ出ている赤いアイテムを見て、私は目を瞬いた。
向かいの赤井が足を組み直して「あーあ」とでも言うように天井を見上げた。
「み、緑ちゃんがどうしてこの家に…」
「数日ぶりだな、江戸川少年。私は友人である彼に誘われてお邪魔しているんだ。まぁ、この家の本当の住人は工藤一家らしいが…。君こそどうしてここに?」
「え、えっと…」
「インターフォンは鳴らなかったはずだが…もしかして君はこの家の鍵を持っているのかな?」
「あ、えっと、か、鍵は開いてたよ? ははは、沖矢さんってば、不用心なんだから…」
「君は年の割にしっかりした子だ。たとえ鍵が開いていても、声をかけずに他人の家に勝手に上がり込むとは考えにくいな」
「……。僕も沖矢さんの友達でけっこう自由に出入りさせてもらっているから、ついいつもの調子で入ってきちゃったんだ。それに僕は工藤家の遠い親戚で、この家に何度も遊びに来ているから」
「そうか。普段から気軽に出入りできる仲なのか。なら私が口出しすることではなかったな、失礼」
私が納得したように笑えば、少年はあからさまにほっとしたように表情を緩めた。
「しかし、君はリビングに入って来た時、彼を見て“赤井”と呼んだな。彼の名は確か“沖矢”だったはずだが、友人の名前を間違えたのか? それはさすがに問題だろう」
私の言葉に少年は再び緊張した面持ちになる。
目が泳いでいて、何かを発しようと口を開きかけたが、先に私が彼に詰め寄った。
「君のポケットからはみ出ているソレは、蝶ネクタイ型変声機だな。するともしやその眼鏡も阿笠博士印の追跡メガネかな? 腕時計には麻酔針が内蔵されている? よければ見せてくれないか?」
「!? いや、その…」
私の勢いに気圧されたのか、足を一歩引く少年を見て、赤井が軽く手を振った。
「ヴェルデ。それ以上、問い詰めてやるな。いじめているように見えるぞ」
「いじめてなんかいないさ。気になることを詰めたくなるのは研究者としての性だ。それに私の保護者もこの子に多大な興味があるらしいし、話の種になるかと…」
「け、研究者って誰が? 保護者…??」
私は腕を組んで、少年を上から下まで観察する。
この数か月の組織や灰原の動向を調べるにあたり、不可解な疑問点がいくつもあった。
だがその全てを今日の短い時間だけで解決することはかなわず、また機会がある時にでも場を設ければいいと思っていた。
しかし今、散らばっていたピースがカチリとはまったような気がした。
「ああ、そうか、なるほど。江戸川少年の正体が工藤新一なのか。君もアポトキシン4869を飲んだんだな」
ようやく合点がいって私は手を叩く。
少年は私にそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。自信を持って笑う私に対し、彼は喉をごくんと鳴らして目に見えて狼狽し始めた。
その態度に更なる確信を得た私は、持ち前の探究心に火が付き、もう一歩踏み出す。
「なぁ、少年。あの薬はまずかったか? 飲みやすさはどうだった? 喉につかえる感じはしなかったか? 内服してから幼児化するまでの時間は? 元の姿に戻るタイミングは? 骨が溶けるもしくは伸び縮みする際の苦しみは、痛みはどんな感じだ? 例える事はできるか? 脳みその調子はどうだ? 意識混濁や記憶障害はないか? 今の健康状態は良好か? 差し支えなければ今度バイタルを測りながら実験につきあ」
「ヴェルデ、ストップ。そこまで」
矢継ぎ早に言葉を重ねる私に何か思うところがあったのか、赤井が私たちの間に身体を滑り込ませる。
手のひらを向けられたので、「別にいじめてない」と言う目で見上げると、ぐしゃぐしゃと乱暴気味に頭を撫でられた。
「まったく研究者というのは厄介な人種だな。いつもの冷静さはどうした。ボウヤが困っているだろう」
「っ、赤井さん!! 一体なんなんだ、この子は! ってか、この子…俺の事を…!!?」
「落ち着け、ボウヤ。今、説明するから」
「いや、落ち着けって方が無理じゃ…!」
混乱からか顔を青白くさせた少年を赤井がなだめている。
うん、なんだか可哀想なほど動揺しているな。
勢いをくじかれた私は彼らを横目にソファーに座り直した。
少年が子供の姿だからか、小指の甘皮程度の罪悪感を感じて、空気を変えるために咳ばらいをひとつ。
「んん、そうだな。確かに少し興奮してしまったのは認める。そのせいで不快な思いをさせてしまったのなら詫びよう。悪かった。……とりあえず君も腰を下ろしたらどうだ? 江戸川少年、じゃなくて、工藤。これからコーヒーを淹れるよ、赤井が」
「待て。俺がか」
「私はこの家のどこに何があるか分からないからな。淹れたくても淹れてこられないよ。ああ、私の分は緑茶で頼む。なければ紅茶で」
「相変わらず自由過ぎるな、君は。はぁ、さぞ安室君も苦労している事だろう」
「私は別に彼に苦労を掛けているつもりはないんだが……まぁ、最近、胃が痛いとはよく言っているかな」
「自覚が少しでも芽生えたなら労わってやれ。気の毒になってくる」
「うむ、分かった。今日の帰りにでもドラッグストアに寄って、太田漢●胃腸薬を調達してこよう」
「薬で労わるのではなく、態度で労わってやったらどうだ?」
「ちょっ、なんで二人供そんな親密そうな……ってか、どうしてここで安室さんの名前が??? う、えええええええ?????」
目を白黒させながら私と赤井の顔を交互に見た少年は、ついには頭を抱えてその場にうずくまった。
この小説では、コナン君と赤井さんの距離が原作よりも近いです。
原作では曖昧になっているコナン君(=新一)の正体も幼児化した経緯も、赤井さんは知っているという程で進んでおります。
なので、コナン君も赤井さんに頻繁に相談しにくる仲だったりします。