前世も今世もマッドサイエンティスト ーヴェルデだから仕方がないー   作:ポロンクセマ

3 / 19
第二章 元アルコバレーノin東都
三話 明美嬢とこんにちは


 木を隠すなら森の中とはよくいったものだ。

 

 潜伏するなら人里離れた場所よりも、人口密度の高い場所の方がいい。

 すぐに助けを求める事も人混みに紛れることもできるし、いざとなれば一般人を盾に逃げる事も出来る。うん、いい事だ。

 そうして私が選んだのは、アメリカでもカナダでもイギリスでもなく、フランスでもドイツでもイタリアでもない、日本の東都。

 交通や生活の利便性が良く、食の好みが合い、ほどよく他人に無関心。しかし外国人や子供には優しい。銃社会じゃないのも大変良い。

 いろいろと吟味した上で、この場所が最適だと判断した。

 どことなく犯罪率が高いなぁと思わないでもなかったが、私は基本的に()られる前に()るから問題は無いだろう。

 

 

 そして現在、セキュリティ超一級のマンションの一室にて。

 

 

「さて。どうしようか、ケイマン…」

 

 私はまっすぐに正面を見据えながら隣にいる相棒に声を掛けた。

 私の視線の先には、ベッドに横たわり身動きひとつしない成人男性がいる。

 

 いや、どちらかというと身動きひとつ()()()()が正しいか。

 

 まるで死んだように昏々と眠り続けている彼の名はスコッチ。

 組織に入り込んでいた日本の公安のスパイで、つい先日その正体が露見して証拠隠滅のため拳銃自殺しようとした男だ。

 それを少々乱暴なやり方で止めたのがこの私、もといゴーラ・モスカである。

 

 胸に撃ち込んだ仮死薬の効果でスコッチは今現在、青白い顔で静かに眠っているわけだが…。

 

「まさか2週間も起きないなんて誰が想像しただろうか。なぁ、ケイマン」

 

 私の予想では1週間前後で薬の効果が切れて自然と目覚めるはずだったのに、なぜかスコッチは未だに眠ったままである。

 腕を組んで渋面を作れば、「元気出せ」とばかりにケイマンが尻尾をリズムよく床に叩きつけた。

 ワニ特有の硬い皮膚をぽんぽんと叩いた後、私はソファーに腰掛ける。

 

「おかしいな。配合や計算に間違いはないはずなんだが…」

 

 薬の量に不備があったのだろうか。

 手に持ったタブレットに目線を落としながら私は長い長い息を吐く。

 タブレットにはこの2週間のスコッチのデータが事細かに記されている。

 体重、体脂肪、体温、体水分率、血圧等々。

 点滴で生命を維持する栄養は補充できてはいるが、筋肉量が明らかに低下しているのが見て取れた。

 まだまだ若い20代の身体とは言え、落ちた筋力と体力を元の状態に戻すのにはたしてどのくらいの時間を有するのか。

 私は専門家ではないが、そろそろ目覚めないと今後に響くのは間違いない事は分かる。

 

「ん? そういえば確か…この薬の基準は沢田綱吉とザンザスではなかったか?」

 

 仮死薬の膨大なデータを見返している途中、ふとしたことが頭の中に浮かび、私は目を瞬いた。

 もともとこの薬を作るのは今回が初めてではない。

 遠い昔に実験として作ったことがあり、以前の経験、観察、そして経過。今世の仮死薬はそれらを元にして作ったものだった。

 ならば今回のコレは、マフィア連中の体力と構造を一般人と一緒くたに考えてしまった事による私の人為的ミスということに……? 

 

 そこまで考えて軽く首を振る。

 

「スコッチには悪いことをしたな」

 

 でもこれはこれで貴重な実験結果として記録しておくことにしよう。

 失敗は成功の元。

『間違いを犯した事の無い人は、何も新しいことをしていない人のことだ』と、かの有名なアインシュタインも言っていることだし。

 大丈夫、大丈夫。あと1週間くらいは誤差として様子を見よう。

 

 とりあえず結論が出てスッキリした私は、買い出しのために外に出ることにした。

 

 変装のために黒のロングウィッグと帽子をかぶり、普段の格好とかけ離れた可愛らしいワンピースを着用して姿見の前でくるりと回る。

 女性の服はバリエーションが豊富でありがたいな。変装の必要がある身としては実に助かる。

 機能性に乏しいのは難点だが、これなら例え組織の連中とすれ違ったとしても気付かれることはないだろう。

 

 念のため防犯ブザーならぬゴーラ・モスカの遠隔操作スイッチをポシェットに入れて、準備は完了。

 

「じゃぁ、ケイマン。ご飯を買ってくるから留守を頼む。私が帰るまでスコッチをよろしくな」

 

 玄関まで見送りに来てくれたケイマンに手を振り、私はマンションを出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん。種類が多いな。どれがいいんだろう…」

 

 スーパーに入店した私は、陳列棚の前で唸っていた。

 右手に取ったのはシンプルな白粥のパッケージで、左手に取ったのは野菜スープのパッケージ。

 スコッチが目覚めた時の事を考え、レトルトコーナーに足を運んだのだが、あまりにも種類が豊富すぎてかれこれ10分は頭を悩ませている。

 長い間固形物を摂取していないのだから、のど越しがよく胃に優しいものがいいはず。

 消化を考えるならお粥だろうか。しかし栄養を考えるならお粥よりもスープ類の方が適切か。

 カボチャのポタージュやクラムチャウダーも栄養価が高そうで捨てがたい。

 

「んんん…、難しい」

 

 いっそ店員に意見を仰ぐかと思ったところで、私の右斜め前にひとつのパッケージが差し出された。

 

「お粥ならこのメーカーの卵粥をおススメするわ。出汁が効いていて味付けも優しいし、材料も製造もすべて国産だから安心よ。その分、値段はちょっとお高めだけどね」

 

 声にならって横を向けば長い黒髪の女性がにっこりとほほ笑んでいた。

 年は10代後半から20代前半くらいで、品の良いスーツを着ている。

 柔らかな雰囲気を持つ女性は、私の目線に合わせて軽く膝を折る。

 

「おうちのおつかいかしら? 随分迷っていたようだから、ついお節介をしちゃったわ。驚かせてしまったのならごめんなさいね」

「いや、ありがとう。原産国までは見ていなかったから参考にさせてもらうよ。時に親切なお嬢さん。固形物をしばらく取っていなかった病人にご飯を食べさせるなら、お粥とスープ、どちらが適切だろうか」

「え?」

「栄養面から考えるとスープがよさそうだが、胃への負荷を考えるならばお粥の方がいいかな? ポタージュとかも美味しそうだが、吸収率はどうなんだろう。もしよかったら意見をもらえないか?」

 

 私がパッケージを抱えて首を傾げると、女性は不思議そうにしげしげと私を見つめた。

 

「教えるのはもちろんかまわないけど…まさか小学生くらいの子に“お嬢さん”なんて言われるとは思わなかったわ。話し方もしっかりしているし、その見た目で私より年上なんてことはないわよね?」

「子供らしくないとよく言われるが、こんな話し方でも私の年齢は見た目相応だよ」

 

 そう言って肩を竦めてみれば、「そうよね、ごめんなさい」と女性は笑った。

 その後、スーパーに併設されたイートインスペースで病人食や看病についてのあれこれを簡単にだが教えてもらうことができた。

 どうやら彼女には年の離れた妹がいるようで、過去に妹が風邪を引いた時などには看病をしていたらしい。

 お粥の上をいく重湯という存在も教えてもらい、当時の話も参考として聞かせてもらった。

 そしてお互い名乗りもせずに別れた。

 きっとこれ以降、縁はないだろう。そう思っていたのに…。

 

 

 

 その数日後──―。

 

 

 

「梅干しを入れたり味噌を入れたり出汁を変えてみたり…好みによってアレンジが効くのがお粥のいい所よね」

 

 日課である体力づくりの散歩に出かけた先で、私は偶然にもこの間の女性と再会した。

 二度と会う事はないだろうと思っていたのに意外と世間は狭かったらしい。

 現在は近場の公園のベンチで彼女と二人、缶ジュース片手に隣り合っている。

 

「あれからご家族の調子はどう? 私のおススメしたお粥は喜んでもらえたかしら?」

「それが残念ながらまだ選り好みできる状態でなくてね。もう少し時間が必要らしい」

「そうなの…。早く良くなるといいわね」

「ああ。でも直に回復するさ。その時はお嬢さんに教えてもらったことを実践してみるよ」

「あ、そういえばまだお互い名乗ってなかったわね。私の名前は明美というの。あなたの名前も聞いてもいいかしら?」

 

 彼女は長い髪を揺らして私の顔を覗き込んだ。

 一応偽名は国ごとに何パターンかは考えてある。変装をしている身でもあるし、本名を名乗るのは避けた方がいいだろう。

 ここは無難に日本名にしておこうと考え、口を開く。

 

「私の事は“緑”と呼んでくれ、明美嬢」

「緑ちゃんね。可愛い名前だわ」

 

 それから30分ほど彼女と話を続けた。

 組織の関係者以外の人間と話すのは随分と久しぶりのことだったが、特に問題もなくスムーズに進む。

 彼女のコミュニケーション力が高いのだろう。明美嬢との会話は世間話程度だったがそれがなんだか心地よかった。

 

「それでね、おかしいのよ。その時の妹ったら……っと。もうこんな時間。ごめんなさい、緑ちゃん。私、これから人と会う約束があって…」

「ああ、私もそろそろ帰るよ。ジュースごちそうさま。そうだ、明美嬢。最後に質問をいいかな?」

 

 缶ジュースをゴミ箱に入れ、私は彼女を振り返る。

 

「なぁに?」

「君にとって妹とはどんな存在だ?」

 

 我ながら唐突で変な質問だと思う。

 問われた明美嬢も不思議そうに目を丸くしている。

 だが明美嬢の話に出てきた“妹”がなんとなくシェリーと重なって、ふと聞いてみたくなったのだ。

 シェリーにも年の離れた姉がいて、彼女は家族をとても大事にしていた。

 

「私の知り合いの女性にも姉がいてね。彼女たちの両親はすでに亡く、お互いだけが唯一の肉親らしい。そのためか妹は姉のためならどんな理不尽な事にも耐える覚悟があるみたいだ」

 

 組織の研究に不信感を抱きながらも、人質に取られている姉の身を案じて身動きが取れなくなっていたシェリー。

 私が差し伸べた手を彼女は取らなかった。

 私たちの間に十分な信頼関係が無かったことも理由だろうが、きっと彼女はリスクを恐れたのだろう。

 一か八かの賭けに出て自由になることより、シェリーは姉の安寧を願った。

 

「だからこそ聞いてみたくなった。“姉”にとって“妹”とはどんな存在かを。ああ、すまない。これはただの好奇心だ。言いたくなければそれはそれで…」

 

 私が手を上げると明美嬢は首を振り、

 

「私にとって妹はかけがえのない存在よ。私もその人と同じく、妹のためならどんなことだってできると思うわ」

 

 そう優し気な表情で目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




★カルーソー

 『失敗は成功の元』で全てを通そうとする。
 マッドサイエンティストが見え隠れする今日この頃。
 シェリーの姉の名前も容姿も知らない。


★(宮野)明美嬢

 可愛い妹がいるしっかり者のお姉さん。
 カルーソーとは面識がなく、偶然出会った。
 妹(シェリー)からカルーソーの事は聞いたことはあったけど、まさか本人とは思わない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。