前世も今世もマッドサイエンティスト ーヴェルデだから仕方がないー   作:ポロンクセマ

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四話 バーボンとこんばんは

 スコッチが仮死状態になってから20日が経過した。

 

 数日前から緩やかな体温の上昇と脈拍の変化が見られ、この分ならあと2、3日ほどすれば自然な形で目覚めるだろう。

 

「はぁ…。ようやくひと段落かな」

 

 ほっと息を吐いて目頭を軽く揉んだ後、パソコンの電源を落とす。

 ぐっと伸びをして掛け時計を見上げればすでに午前零時を回っていた。

 いい子の10歳児ならベッドに入ってすやすやと眠りについている時間帯ではあるが、基本的に夜型である私に眠気はまだこない。

 それにずっとパソコンの画面を見ていたため、目が冴えきっている。

 少しだけ思案して、私は足元で丸くなっているケイマンに声を掛けた。

 

「ケイマン、ここ最近はずっと部屋の中にいたから退屈だろう。夜の散歩に行かないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くしゅっ」

 

 パンツスタイルに白衣を羽織っただけの格好でケイマンと川沿いの土手を歩いていたら、小さなくしゃみが出た。

 

「この時期の夜は中々冷えるもんだな。もっと厚着をしてくればよかったか」

 

 そう長い間外にいる気がなかったので着の身着のまま出てきたのだが、それがあだとなったようだ。

 寒がる私とは正反対に、ケイマンはうれしそうに草と土の感触を楽しんでおり、連れてきて良かったと心底思う。

 組織にいた頃なら建物内を好きに動けたし、専用のプールも設置できた。

 だが今はマンション住まいのため、ケイマンを軽々しく外に放すことは憚られた。

 万一にでも通報されて保健所が出張ってくるような面倒な事態は、絶対に避けなくてはならない。

 郊外や外国に居を移すにしても、私一人ならともかくケイマンやゴーラ・モスカ、そしてスコッチ付きだと移動もそれなりに困難になる。この場所の利便性も今捨てるには惜しいし…。

 ケイマンには悪いが、少なくともスコッチが目覚めて体力が回復するまでは今の住居は変えられないな。

 

「まぁ後々ゆっくり考えるか」

 

 思考を切るように体を思いっきり伸ばした時、緑色の髪が風を受けてさらさらと揺れる。

 そう言えば変装なしで外を出歩くのは3週間ぶりの事だったな。

 いつものウィッグや帽子、ひらひらとしたスカートがないだけでなんとなく気分も違う。

 深夜のため人気もなく、静かで、ケイマンも楽しそうで、私も自然な格好で…。

 

「ふふ、昼よりも夜の散歩のほうが都合がいいかもしれないな」

「ええ、僕もそう思いますよ」

 

 突然、第三者の声が聞こえたかと思ったら、背後から両肩を掴まれて身体を引かれた。

 バランスを崩した瞬間に両手がまとめられ、首に大きな手のひらが回る。

 ひゅっと息を呑んだ時、聞きなれた声が耳に振って来た。

 

「お久しぶりです。こんばんは、カルーソー。組織からの命を受けてあなたを探していました。家出もそのくらいにして、そろそろ組織に帰りましょう」

「…バーボンか」

 

 私を音もなく拘束したのは、組織の中でも優秀だと噂される幹部だった。

 ライやスコッチとほぼ同時期に幹部に昇格した切れ者の男。

 私とはあまり接点がなかったが、情報収集力と洞察力に長けていると聞いている。

 

「先ほどあなたの姿を見かけた時には自分の目を疑いましたよ。まさか日本の、しかも都内にいたなんて…さすがに盲点でした」

 

 ここまで接近されるまで気づかなかった私もマヌケだが、いつもなら真っ先に反応してくれるケイマンも久しぶりの外遊びで注意力を欠いていたようだ。

 こちらを伺っているケイマンを目で制して、私は拳を握る。

 こんなことなら横着しないでちゃんと変装をしてくるんだったな。

 自分の危機意識の低さに苛立って舌打ちをすると、バーボンから「女の子が舌打ちなんていけませんよ」と小言が入った。

 うるさい。ベルモットみたいなことを言うな。

 

「今、大人しく戻るなら、罰が軽くなるように僕からも口添えをしますが…どうします?」

「お心遣い痛み入るな。が、大きなお世話だ。私は組織に戻る気はない。バーボン、このまま見逃してはもらえないだろうか?」

「それはできない相談ですね。それに僕個人としてもあなたに聞きたいことがある」

「聞きたいこと? 君が私に?」

「はい。カルーソー、あなた…スコッチの遺体をどうしたんですか?」

 

 バーボンの声が低くなる。

 拘束する力が強くなり、掴まれている手首がキリキリと痛んだ。

 おい、児童虐待でキールに訴えるぞ。ついでにセクハラでキャンティに訴えるからな。

 

「あなたはあの後すぐに姿を消した。確認を取ってみましたが、結局ベルモットのところへは行かなかったそうですね。ならあなたがスコッチの遺体を回収した意味とはなんだったんでしょうか」

「君に話すメリットも必要性も感じないな。第一、どうしてそこまでスコッチに執着する? あいつは組織に入り込んだスパイだったんだぞ。死んだ奴の遺体がそれ以降どうなろうと、」

「ベルモットが言っていました。あなたは仮死薬の研究をしていたと」

 

 私の言葉を遮るようにバーボンの冷えた声が被さる。

 そしてバーボンは畳みかけるように言葉を重ねた。

 

「お遊び程度の研究なので組織は把握していなかったようですが、それ、出来上がったら何に使う気だったんですか? カルーソー、もしかしてあなたは…」

 

 これ以上はマズい。

 首に回ったバーボンの手が少しだけ緩みかけた時、私はすぅっと息を吸い込み、そして腹に力を入れて叫んだ。

 

「ケイマン、バーボンを襲え!」

「え、ケイマンってまさか…っ、ちょっ、ええ!!? ワニ!!?」

 

 私の声を合図にケイマンが足元から襲い掛かる。

 ケイマンの威嚇に彼が怯んだところで、私は緩んだ拘束を抜けた。

 地面を転がるように離れて、白衣のポケットに入れておいたスイッチを押す。

 

「ゴーラ・モスカ、来い!」

 

 散歩の間、土手の端に待機させておいたモスカが目を光らせながら空を飛び、轟音と共に地面に着地した。

 私とバーボンの間には衝撃によるクレーターができ、モスカが戦闘形態へと移行する。

 青い顔をしたバーボンがごくりと唾を飲みこんで、モスカを指さした。

 

「なんでロボットが空を飛ぶんだ! というかソイツ変形してるぞ!?」

「何をそんなに驚く事がある。ロボットが空を飛ぶのも変形するのも、一般常識だろうが」

「聞いたことないんですけど! それは一体どこの国の一般常識ですか!?」

「戦隊ものはこの国の文化では?」

「あれは特撮だ!」

 

 バーボンが叫んでいる間にケイマンを速やかに回収し、モスカの後ろに隠れる。

 ちなみにモスカの両腕はすでにバーボンに照準を合わせている。

 それに応じようとバーボンも懐から銃を取り出して構えるが、もはや最悪の結果しか見えてこない。

 というかすごいな。このモスカ相手に戦意喪失しないなんて。

 呆れ半分感心半分で私は手を左右に振る。

 

「いや、無理だろう。無駄弾になるからモスカと銃撃戦は止めておいた方がいいと思うぞ」

「ここであなたを取り逃がすほうが問題なんですよ!」

 

 私の忠告虚しく、バーボンはこちらを睨みつけたまま銃を下ろそうとしなかった。

 

「君の忠誠心には感服するが、命あっての物種という言葉があってな…」

「とにかく僕はまだあなたに聞きたいことがあるんです。このまま逃がすわけにはいきません」

「いやはや。君と言いスコッチと言い、死に急ぎ過ぎているきらいがあるな。もっと命を大事にしたらどうだ。はぁ…スコッチにも十分に言い聞かせておかないと」

「カルーソー。それはどういう、」

「モスカ、右手中指で撃て。でもかする程度にしておけ」

 

 今度は私がバーボンの言葉を遮り、モスカに指示を出した。

 中指から発射されたのは睡眠薬を付けた高速針。私が調合した特別製だ。時間と共に自然な形で体内に吸収され、後遺症は残らない。

 かすっただけでも効果は大。完璧に命中すれば象でも丸一日は目覚めない。

 モスカは私の命令通り、バーボンにかする程度に針を命中させた。

 

 バーボンが膝から崩れ落ち、眠りについたのを確認してから私は彼に声を掛けた。

 

「…すまない、バーボン。今日の天気予報は早朝から大雨だったな」

 

 星の見えない空を見上げてから目を瞑ってちょっとだけ悩む。その間、5秒。

 それからもう一度バーボンを見てゆっくり頷く。

 

「うん、よし。ケイマン、モスカ。私たちは濡れないうちに帰ろうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ★バーボン

 モスカと対峙しても戦闘意欲が薄れないすごい人。
 スコッチの死とカルーソーの失踪に疑問を持ち、二人の行方を追っていた。
 けれど結果はご覧の通り。
 朝、びちょ濡れで近所の小学生に発見される。
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