前世も今世もマッドサイエンティスト ーヴェルデだから仕方がないー 作:ポロンクセマ
白くて広大な空間で。
私は相変わらずの殺風景な夢の中を、重力に逆らいながらぷかぷかと浮かんでいた。
この場所に来るのは随分と久しぶりの事だ。
体力づくりを始めてからこの夢を見ることは少なくなっていたのに、一体どうしたと言うのだろう。
内心首を傾げていると、突如頭上にオレンジ色に光るおしゃぶりが現れた。
おしゃぶりは存在を主張するかのように段々と輝きを増していき、次第にあるシルエットを浮かび上がらせる。
「ルーチェ。君、もう少し地味に登場できないか?」
眩しさに目を細めつつも見覚えのある帽子の影を捉えた私は小さく息を零す。
だが収束した光の中から出てきたのはルーチェとは程遠い、年のころが6、7歳の子供だった。
身の丈を覆う白いマントをふわりと棚引かせた少女が、私の目線までゆっくりと降りてくる。
無垢で大きな瞳と視線が絡み合う事、数秒。先に口を開いたのは相手だった。
「こんばんは、ヴェルデさん。今回は祖母でなくてすみません」
「ユニ…」
特徴的な大きな帽子を被り、左頬に五弁花のマークを持つ彼女の名はユニ。
ルーチェから数えて3代目の大空のアルコバレーノで、我らがアルコバレーノのボスだ。
ルーチェやその娘であるアリアがたまに夢に出てくることはあるが、孫は初めての事だった。
「ルーチェでもアリアでもなく、君が出てくるとは驚いたな。なかなか元気そうじゃないか」
「ええ、ヴェルデさんもお元気そうで何よりです。時にヴェルデさん…」
「ん?」
「“彼”は今ずぶ濡れの状態で土手に倒れていますが、そのままで良いのですか?」
彼女はそう言ってにこりと明るい笑みを見せる。
祖母や母から受け継いだ容姿は可憐で愛らしく、この笑顔にノックアウトされた男は数知れず。また他者を気づかう優しさもあり、年上の私相手に忠言する凛とした強さも合わせ持つ。
「リボーンが溺愛するわけだ」としみじみ感じていたら、彼女はまるでシスターが祈りをささげるように両手を組んで私を見上げた。
「大雨の予報がある中、気絶した人間を野外に放置するのはさすがにどうかと思うのです。このままでは風邪を引いてしまいますよ」
「ふぅん、バーボンはまだ土手に転がっているんだな。でも問題はないさ。あそこは見通しがいいし、登校中の学生や通勤途中の会社員がじきに気付くだろう。むしろ今こうして話している間に、救出されているかもしれないぞ」
畳みかけるようにユニが繰り返すので、私は片目をつむっておどけてみせた。
私の他人事のような態度に呆れたのか、彼女はため息をひとつ。
そして全てを見透かすような巫女の眼で私をじっと見つめた。
「今後のためにもバーボンさんとはなるべく仲良くしておいた方がいいですよ。彼は悪い人じゃありませんし、いずれヴェルデさんの助けになってくれる人ですから」
「それは君の未来予知かな、ユニ。彼を懐柔すれば私の未来に良い影響があると?」
「懐柔という言い方はどうかと…。普通は協力関係とか味方とか言いませんか?」
「同じことだ。つまり君は、バーボンを抱き込むと私の利益に繋がると言うのだろう? だがあまりにも抽象的すぎるな。もっと具体的に教えてくれ」
私が身を乗り出すと、ユニは突然両腕を使って大きなバツマークを作る。
「ユニ?」
「ごめんなさい。私は本来、“そちらの世界”に干渉ができないので、これ以上は言えません。内緒です」
「おい、そこまで思わせぶりな事を言っておいて後は丸投げか。意地が悪いぞ」
「まぁ。うふふ、すみません」
「……まったく、君はリボーンの奴から嫌な影響を受けたな」
私が後頭部を掻いてじろりと睨めばユニは楽しそうに笑い、それ以上口を開くことはなかった。
ユニの夢を見た二日後────私は一人の男性をマンションに招き入れた。
「久しぶりだな、カルーソー。頼まれていたものを持ってきたぞ」
「ありがとう、ライ…じゃなくて、赤井。しばらく外出ができそうもないから助かったよ」
玄関で赤井から食料と日用品の入ったバッグを受け取り、心からの礼を言う。
彼は組織に潜入しているFBIでコードネームはライ。
諸星大と名乗っているが、本名は赤井秀一と言い、スコッチと同じく私を何かと気にかけてくれた男だ。
「君が国内にいてくれて本当によかった。大したもてなしもできないが上がってくれ。今、コーヒーを淹れよう」
中に通すように身体をずらすと「では遠慮なく」と赤井は靴を脱ぐ。
物珍しそうに室内を見回しながら彼は口を開いた。
「しかし、まさかFBI経由で君から連絡が来るとは思わなかったな。君、俺の番号を知っているだろう。直接電話をくれればよかったのに…」
「安全なルートを辿った結果、FBI経由が一番だと思ったんだよ。携帯は盗聴の恐れもあるし、組織が私を探していると確認できた以上は慎重に行動しないと」
「用心深くて大変結構な事だ。おや、ケイマン。君も久しぶりだな。君用に新鮮な鶏肉を買って来たからあとで食べるといい」
足元に寄って来たケイマンに赤井が声を掛けると、ケイマンは嬉しそうに尻尾を振ってから床を二回叩いた。
「いつもながら人間の言葉を理解しているみたいだな」と赤井が感心したように頷く。
「スコッチの調子はどうだ。そろそろ目覚めたか?」
「いや、まだだ。でも今日明日には目覚めると思うよ。これからリハビリ生活が始まるから、彼用に筋トレメニューを組んでくれるとありがたい」
「心得た」
「時に私がいなくなった後、組織に何か変化は?」
赤井をキッチンカウンターに誘導して、私はさっそくコーヒーの準備に入る。
コーヒーミルでゴリゴリと豆を削りつつ質問を飛ばせば、彼は口角を緩く上げた。
「ほとんどが君を惜しんでいるよ、カルーソー。特に科学者連中がな。今、君を中心にやってきた研究が頓挫して大変らしいぞ」
「そうだろうな。予想の範囲内だ」
「と言うと?」
「ダミー&トラップ、16ケタのパスワード、3回の入力ミスで24時間ロック。その他いろいろを私のパソコンに仕掛けてきた。紙に印刷したものもあるが、複数の言語の集合体でまとめてある。本物を見極めるだけで、大変な労苦と膨大な時間を必要とするだろうなぁ…。はは、可哀そうに」
全く感情が伴わない同情の言葉に、赤井が呆れた表情で私を見つめる。
「随分と手の込んだことをしたな。いっその事、研究データを全部飛ばしてくればよかったんじゃないか?」
「一年後には全データを破壊するウイルスを仕込んであるよ。ちなみにオンラインで繋がっていれば組織中に飛び火する」
「時限爆弾か…。鬼だな」
まぁ、これは私のケイマンとゴーラ・モスカを邪魔者扱いした奴らへの嫌がらせでもあるしな。
私が組織を抜ける一週間くらい前にも、『暗闇の中で光るケイマンの目が怖い』だの『モスカの警告音とビームが怖い』だのと文句を言いに来た。
捨ててこいだ、廃棄しろだ。心の安寧がどうとか衛生面がどうとか…代り映えのしないワードをつらつらと。
「ケイマンは賢いから私に危害を加えない限り、自分から人を襲う事はない」と何回言っても駄目だった。
モスカだって…。現在はジンにしか攻撃しないようにインプットし直していたし、うん、全く問題はないだろうに。
話しながら茶菓子を並べていると、電気ケトルが沸騰を告げた。
少し冷ましたお湯をフィルターに少量回しかけ、蒸らしの時間を取る。
「うん。今日のコーヒーもおいしそうだ」
膨らんできたコーヒーの粉の様子を確認して、更にお湯を追加する。
ふわふわと漂う香りを楽しんでいたら、赤井が頬杖をついて話題を切り替えた。
「そういえばバーボンの奴がすごい剣幕で怒っていたぞ」
「バーボンが?」
「詳しい経緯は教えてはくれなかったが、『あの娘は一体どういう教育を受けてきたんだ!?』となぜか俺に詰め寄ってきた。十中八九君の事だろう、カルーソー。奴と何かあったのか?」
「何ってほどでもないよ。つい先日、川沿いの土手で偶然彼と再会して…スコッチの事を気にしていたから、少し話しをしただけだ」
「普段は温厚で通している男だぞ。会話くらいで怒るとは考えにくい」
「その後に超強力な睡眠薬で眠らせて、大雨予報が出ていたがそのまま彼を放置した。えーっと、二日前の事だな」
「は?」
私がさらっと言えば、赤井はしばし目を瞬いて硬直した。
そして額を掌で覆って項垂れる。
「あの大雨の中、土手に放置とは…。下手すれば死ぬぞ。以前スコッチが君の倫理観を大層気にしていたが、分かる気がする」
「うーん、バーボンは怒っていたか。そうか、まいったな…」
ユニはバーボンを抱き込んで懐柔して、味方に引き入れろと言っていた。
彼女の先読みの力はもはや予言に近しいものだから、従った方が無難だろう。
実のところ悪かったとは思っていないが、彼が怒っているのならば謝罪した方がいいかもしれない。
「きっと沢田綱吉ならば笑って許してくれただろうになぁ…」
「沢田綱吉? そいつは誰だ。おい、まさか二度目とは言わないよな」
「いいや。これとは別件だ。そいつには光学迷彩の研究のために、刺客を送り込んだことがあるだけだ」
「君は一体何をしているんだ」
────さて、どうするか。
淹れたてのコーヒーを赤井に差し出しながら、少しばかり思案してみることにする。
謝罪をするにしても、まずはとっかかりを作らなければ。
何かバーボンの好きなものを持参して、ご機嫌取りをしてみようか。
甘味はどうだろう?
六道骸と交流があったおかげでチョコレートには私も割と詳しいし、何なら海外から輸入してもいい。
でも甘いものが好きでない可能性も捨てきれない。
やっぱり酒か?
ワイルドターキー、ブッカーズ、はたまたジムビームか。
いや、そもそも私のこの見た目では取り寄せるのも買うのも難しいな。
なにより子供に酒をプレゼントされて喜ぶ大人はいないかもしれない。
いっそ、私も好きなもの、コーヒーなら?
美味しい豆を取り寄せる事もできるし、豆をブレンドする事もできる。
しかし彼が紅茶党だったらどうしよう。
────だんだん面倒くさくなってきた。食べ物は止めておこう。
それならこの前はスーツを着ていたし、ネクタイやネクタイピンならどうかな。
「赤井はバーボンが好む服のブランドを知っているか?」
「いや、知らないが…。何だ、いきなり」
「う~ん…」
まいった。ろくに会った覚えがないから、好みどころか普段の服装すら分からない。
ベルモットにはもう頼れないし、早々に詰んだ。
仕方が無い。スコッチと仲がよかったようだし、起きてから相談してみることにしよう。
ん? スコッチ…? 待てよ…。
「もしかしたら…」
「カルーソー?」
「もしかしたら、バーボンはスコッチの事が好きだったのかもしれない」
「!? ぐっ! が、ごほっ!!」
私の呟きに赤井が盛大にむせる。
まるでマンガのような演出だ。思わず私の目が丸くなる。
赤井は苦々しい表情で口元を拭い、顔を振った。
「突然何を言い出すんだ、カルーソー。どうしてそんな結論になった」
「だって考えてもみろ。バーボンのあの執着は並大抵のものではない。気持ちを切り替える時間だってあったのに、いまだ奴はスコッチに執着している。スパイだと分かった今もだぞ。どう見てもおかしい」
今ふと思いついたことだったが、いったん口に出してみると、すらすらと言葉が出てくる。
ビルの屋上の出来事といい、土手での会話といい、あの殺気といい、思い返せば引っかかるものがあった。
あながち的外れでもない気がしてくる。
「二人は友人同士だと思っていたのだが、もしかしたらバーボンはスコッチを特別視、つまり恋愛対象としてみていたのかも…」
強く頷いて赤井を見上げると、彼は神妙な面持ちで「待った」と手のひらを私に向けた。
「その思考は突飛すぎる。第一、バーボンはノーマルだと思うぞ」
「心配するな、赤井。私に偏見はない。『我々が本当に愛するのは、人間そのものではなくて、人間のもっている特性ということになるのである』と、かのパスカルも言っていることだしな」
「パ、パスカル…? いや、それは素晴らしい考えだと思うが…。少し落ち着け、カルーソー」
「私の昔の知り合いには【とある幼女に強く固執する白髪男】や【赤ん坊と結婚しようとするポイズンクッキング女】や【パンツ一丁で意中の相手に告白する男】もいた」
「待て。それらは全部通報案件レベルだろう。君の知り合いとは一体」
「愛情の形も示し方も人それぞれだ。みんな違ってみんないい。よかった。決まったよ、赤井」
「決まったとは何が…」
「バーボンのご機嫌取りはこれでいく」
そうと決まればラッピング用の大きな袋を準備しなくてはな。それとも日本文化にちなんで、のし紙を用意すべきだろうか。
今後の方向性が見えたところで、私の足に鼻先を擦り付けたケイマンが空腹を訴えかけるように一つ鳴いた。
◆◆◆
「起きたか。おはよう、スコッチ」
耳が聞きなれた子供の声を拾う。
薄く目を開ければ、独特な色を持つ髪が俺の顔を覗き込むような形でさらりと揺れた。
額に小さくて柔らかい手のひらが乗り、ぼんやりとした思考で彼女が誰かを思い出す。
「体温が徐々に戻ってきているな。これならもう安心だ」
ああ、そうだ。この子は組織の最年少幹部、カルーソーだ。
「気分はどうだ? 痛い所や苦しい所はないか?」
「ぁ、っ、…ソ、……」
返事をしようとしても喉から出るのは、単語にすらならないかすれた音のみ。
まるで喉が声の出し方を忘れてしまったかのようだ。
手足も思うように動かせないし、身体全体がどこか重苦しい。一体どうしたというのだろう、俺の身体は。
俺の戸惑いを感じとったのか、彼女は軽く俺の肩を叩いた。
「無理をしなくていい。ずっと眠っていたからすぐには動けなくて当然だ。そら、氷の欠片を入れるから口を開けてくれ。喉を潤せば自然と声も出るようになるさ」
彼女の言う通りに口を開けて小さな氷を入れてもらうと、舌から溶け出した水分が全身にどんどん染み入っていく感じがした。
それをゆっくりと何回か繰り返し、人心地着いた頃。
ようやく俺は正常な声が出せるようになった。
「ありがとう、カルーソー。大分楽になった」
「それはよかった」
現状を確認しようと視線を動かすと、寝かされているこの場所が見慣れない一室である事を知る。
造りから言ってLDKマンションだろうか。
俺は今そのリビングに置かれたベッドに寝かされているわけだが、都心でこのレベルを借りるとなるとそこそこの家賃になりそうだ。
「ずっと寝たきりも辛いだろう。ゴーラ・モスカ、ちょっと手伝ってくれ」
カルーソーが呼びかければ、すぐ近くにいたゴーラ・モスカが動き出して介助をしてくれる。
俺を支えながら背中にクッションを挟み、座りやすい体勢を整えてくれた。
「すごいな、このロボット。顔は厳ついけど介護用に使えるんじゃないか? それで、カルーソー…俺は、い、ったたたた!?」
だが自ら身体を動かそうとすると関節がバキバキという異常な音を立てた。
一定時間以上同じ姿勢のままでいるとたまにあることだが、ここまで凝り固まっているのは珍しい。腕や足をさすりながら痛みと戦っていると、カルーソーが脇に抱えていたクリップボードにペンを走らせた。
ガリガリガリと音を立てながらペンが勢いよく動いていく。
「やはり一か月近くも仮死だと反動がすさまじいようだな。臨床実験は済ませていなかったが、まさかここまで長引くとは…。もう少し改良を重ねる必要あり、と。もう実験台が手に入らないのが実に惜しい…」
“仮死”、“臨床実験”、“実験台”。
小声で何やら恐ろしい事を言っているカルーソーに、俺は恐る恐る声を掛けた。
「カ、カルーソー…? 俺の今の状況を説明してもらいたいんだが」
「ん? ああ、そうだな」
そう言って彼女はボードを机に片してから椅子に腰かけた。
「そもそもの始まりは一か月ほど前。君がノックだと組織にバレたところから始まるんだ。少々長くなるが大丈夫か? 気分が悪くなったらすぐに言ってくれ」
「ああ、分かった。よろしく頼む」
「その前にスコッチ。えーっと、あー、私も君にひとつ頼みたい事があるんだ」
「ん?」
「もちろん嫌なら嫌と言ってくれてかまわないよ。好みは人それぞれだしな、うん」
普段の彼女らしからぬ、煮え切らない態度。言葉を濁すかのような、少しためらうかのような仕草に違和感を覚える。
何事かと思い、視線で続きを促せば…
「私の利益、じゃなくて、私の謝罪のために……。どうかバーボンの想いを受け止めてやってくれないだろうか?」
「それはどういう…」
「どうやらあいつは君に特別な感情を抱いているらしいんだ。私は私の未来のために、バーボンと君の恋を応援しようと思う」
「………………………………」
カルーソーの思いがけない言葉にしばらく思考が停止して、
「はぁ!!?」
俺は呆けた声を出す事しかできなかった。
★カルーソー
人の恋愛に偏見はない。ではなく、人の恋愛にそもそも興味が無い。
今なお、バーボンも公安で、スコッチの本当の意味での仲間だとは知らない。
★ユニ
特徴的な大きな帽子を被り、左頬に五弁花のマークを持つ少女。
ルーチェから数えて3代目の大空のアルコバレーノで、アルコバレーノのボス。
会ったこともないバーボンを心配する、心優しき良い子。
ちなみに彼女は「仲良くした方がいい」とは言ったが、「懐柔しろ」とは言っていない。
★赤井
スコッチほどじゃないが、カルーソーの倫理観がそろそろ心配になって来た人。
★バーボン
幼馴染の行方を純粋に心配していただけなのに、勘違いされてしまった不運な人。
カルーソーとちゃんと親交があったならばたぶん、こうはならなかった。