前世も今世もマッドサイエンティスト ーヴェルデだから仕方がないー 作:ポロンクセマ
「ヒロ…! お前、無事だったんだな…!」
「ゼロ、たくさん心配かけて悪かった」
成人男性二人が目尻に涙を浮かべながらひしっと抱き合う。
拳銃で死んだと思っていた幼馴染が生きていた。
しかも後遺症もない五体満足の姿で。
見る人が見れば感動シーンなのかもしれないが、私はそれを冷めた目で見つめていた。
この場には、
片方に仮死薬を打ち、もう片方に超強力睡眠薬付きの針を放った科学者の私。
幼馴染の行方を必死に追い、いたいけな少女を背後から羽交い絞めにした公安所属のバーボン。
自殺未遂をはかるも仮死薬を撃たれ、奇跡の生還を遂げた、これまた公安所属のスコッチ改め諸伏景光。
の3人がそろっている。
改めて並べてみると字面がヤバい。経歴も人柄も濃すぎる。カオスのような空間だ。
「もう一度お前と会えるなんて…。夢でも見ているようだ」
「そうだな。それもこれもカルーソーとライのおかげだ。二人には感謝しかない」
肩を叩きあったり腕で押しあったりとじゃれていた彼らだが、ひとしきりのスキンシップを終えると、バーボンが私に視線をよこした。
「カルーソー。君には何と言っていいものか…。君の機転がなかったらヒロとこうして再会する事はできなかっただろう。俺の幼馴染を救ってくれてありがとう」
そして彼は私の前に膝をつき、満面の笑みで右手を差し出してくる。
なんだろう、これは。まさかバーボンは握手を求めているのだろうか。
私は彼の手のひらをじっと凝視した。
君は私に対して相当腹を立てていたのでは?
ライに『一体あの娘はどんな教育を受けてんだ、ゴラァ』と詰め寄ったのでは?
ちらりと視線を上げれば相も変わらず、にこにこ顔のバーボン。
「改めて、俺の名前は降谷零だ。組織では安室透と通しているが、君には本名を名乗りたい。君には俺の事を知ってもらいたいし、俺も君の事が知りたい。これからは仲良くしよう」
柔らかくて友好的な口調だ。お前、そんなキャラだったのか。もしやそれが素なのか。
私はなんと返していいものか迷い、結局握手には応じず、顔をふいと左に背けた。
「カルーソー?」
「ああ、ごめんな、ゼロ。カルーソーには土手の件で説教をしてな。拗ねているんだと思う」
横から入って来た諸伏が苦笑しながら私の頭を撫でる。
確かに説教はきつかった。辛かった。ゆうに二時間はあった。『倫理観』と『道徳観』という言葉はしばらくは聞きたくない。
諸伏は組織を抜けてから(仮死から目覚めてから)、笑顔と柔らかさが更に増したような気がする。
遠慮がなくなってきたと言ってもいいのかもしれない。以前は私の頭を撫でるなんて事は滅多になかったのに。
「あとはお前に対しての後ろめたさも若干あるのかな? カルーソーは人とのコミュニケーションがちょっと苦手でさ…。でもこう見えていい子なんだ」
「あー、土手の一件か。あれにはびっくりしたな。ワニはいるし、ロボットは空を飛ぶし、クレーターはできるし。睡眠薬を打たれるわずぶ濡れになるわで、いろいろ衝撃的だったよ」
「カルーソーから聞いたよ。大変だったなぁ、お前…」
「その後、小学生に発見されて救急車で運ばれて、点滴打たれて、公安の部下に引き取りに来てもらったんだけど、みんな目が点でさぁ…。ははは、たった数時間の間にすごく密な経験をした」
バーボンが笑いながらさらっと流す。
その言葉にも表情にも、恨みや憎しみといった負の感情は見えない。
どうやらもう彼の中では消化し終えた事柄らしい。
ふむ。この分ならご機嫌取りはもういらないかな。
ユニの助言に従い、バーボンを懐柔しようとあれやこれやと悩んでいたが、特に問題ないようだ。
彼は同性愛者ではなかったようだし、スコッチをノシで包んで差し上げる必要ももはやないだろう。
私は内心、ほっとした。
味方とまではいかなくとも、彼が私の敵方に回らなければ問題ない。
「そう言えば俺はカルーソーの名前を知らないな。俺たちが幹部に上がる前からコードネームを貰っていたし、そのままずっとカルーソーと呼んでいたから。組織を抜けた今、コードネーム呼びもおかしいよな。本名は何と言うんだ?」
私を下から覗き込むような形でバーボン、否、降谷が問いかける。
今もこれからも組織に戻る気は全くないし、確かにもうカルーソー呼びは変だろう。
私は国ごとに用意した偽名ではない、本名を名乗ることにした。
「私の名前はヴェルデだ」
別に隠していたわけではない。ただ組織では誰にも呼ばれなかっただけの事。
いや、ベルモットは二人きりの時にたまに呼んでいたか。
なぜかあの女優は人前では決して私の事を“ヴェルデ”とは呼ばなかった。
不思議に思って理由を聞けば「独占欲よ」と楽しそうに笑っていたが、はて。
「へぇ、イタリア語で『緑』だな。その髪色からご両親は付けたのかな。君にぴったりだ」
「な、良い名前だよな」
私の名前を聞いて降谷の顔が明るくなる。と同時になぜか諸伏が嬉しそうに同意する。
「俺もこの前カルーソーから本名を教えてもらって調べてみたんだけど、イタリアでは色に意味があって、自分に良い影響を与えてくれると信じられているんだってさ」
「そうなのか。じゃぁ“ヴェルデ”は…?」
「イタリア語で緑色が示す意味は、『幸運』。きっとヴェルデのご両親は娘が幸運を掴むことを願ったんだろう。な、ヴェルデ」
「うーん、それはどうだろう」
諸伏に肩をぽんと叩かれ、私は首を捻る。
盛り上がっている彼らには悪いが、残念なお知らせだ。
“ヴェルデ”というのは今世の私が勝手につけた名前であって、今世の両親から付けられたものではない。
もちろん前世の両親はそんな意味合いを持って私に名を贈ったのだろうけど、転生した今となっては確かめるすべもない。
「実は私は両親の顔も名前も素性も知らないんだ。そもそも物心ついた頃から組織にいたからな。私を今の世に生み出してくれた両親が本来贈った名前なんて知らないし、分からない」
「ま、待ってくれ…。ならその名前は…」
「ああ、自分で付けたんだ」
慣れた響きの方がよいだろうと思って、今世の私は自らそう付けた。
夢に出てくる元アルコバレーノの面々だってそう呼んでいるしな。
私も中々、この響きが気に入っているんだ。
「ふふ。髪も緑色だし、覚えやすくていいだろう?」
私が得意げに髪を一房掴んで持ち上げると、なぜか二人は同時に息を呑んだ。
そして降谷は下唇を噛んでぐっと拳を握り、諸伏は口元を手で押さえて俯いた。
いや、俯かれても私の身長からは表情はバレバレなんだけどな。
作った拳がギリギリと音を立てている降谷と、今にも泣きそうなくらい顔を歪めている諸伏。
なんだなんだ。ついさっきまで明るい雰囲気だったのに。一変、この重苦しい空気は一体どうしたのやら。
「諸伏、降谷…?」
何か変な事を言っただろうか? と思い、はっとした。
「か、勘違いするなよ? 私は両親がいないことを悲観してなんかいないからな?」
そもそも前世の記憶を引き継いでいる私の精神年齢は、この見た目にそぐわない。
肉親の情が恋しい時期なんてはるか遠い遠い昔の事。
たとえ今、今世の両親が現れて愛情を注がれたとしても、困惑しかないだろう。
「別に寂しいとか辛いとか思ってないぞ。ケイマンやモスカだっているし、私は研究さえあれば満たされるのであって、」
「いい! もういい、ヴェルデ…」
「それ以上は言わないでくれ」
「うえぇぇぇぇぇ」
体躯の良い成人男性二人に勢いよく抱きしめられる。
しかもかなりきつめに。暑苦しい事、この上ない。
「ちょ、待っ、は、放せ…!」
ぎゅうぎゅうと私の身体を圧迫してくる彼らを何とか引きはがし、肩で大きく息をする。
「っ、はぁ…君たち、頼むから体格差というものを考えてくれ。私を殺す気か…」
「ヴェルデ…」
「悪かった、つい…」
止めろ、おい、止めろ。二人してそんな目で見るんじゃない。
まるで捨てられた子犬を見るような目じゃないか。
もう否定するのも誤解を解くのも面倒くさくなって、足元にいるケイマンを抱き上げた。
今まで大人しく見守ってくれていたケイマンが小さく鳴いて、優し気に目を細めた。そして私を促すかのように尻尾が軽く揺れる。
「うん、うん。そうだな、ケイマン。そろそろ行こうか」
ぐったりした様子の私に対し、ケイマンが再び鳴いて返事をした。
相棒だけだな。今の私の心情を分かっているのは。
そんな私達のやり取りに二人が首をかしげる。
「行くってどこに?」
「ああ、マンションに戻るんだな。そうだな。ゼロにも無事再会できたことだし、俺もいったん戻るか」
「スコッチ…いや、諸伏。君とはここでお別れだ」
「は?」
私の言葉に諸伏が目を丸くした。
「何言ってんだ、こいつ」とでも言うような視線をスルーして私は先を続ける。
「リハビリも経過観察も終えた。これ以上私たちが一緒にいる必要も理由もないだろう。ああ、大丈夫だ。心配しなくていい。仮死の後遺症は残らないよ」
「ヴェルデ…?」
「君に仮死薬を打ち込んで4か月か…。よく辛いリハビリに耐えて頑張った。マンションは近いうちに引き払うから、入り用なものは好きに持ち出してくれてかまわない。これまでいろいろと私を気遣ってくれてありがとう。君には感謝している」
「ちょっと待った。突然何を…。大体、どこへ行く気だ? アテはあるのか?」
「んー…。そうだな。日本に留まってもいいし外国に行ってもいいし、まぁ、これから考えるさ。金はあるしな」
セキュリティ超一級のマンションを4か月借りていたが、貯蓄はまだまだある。
組織からの報酬はほぼ丸まる残っているし、別枠の研究で稼いだ金もある。そもそも組織にいた間は衣食住は保証されていたし、研究費は出してもらえた。
散財する趣味も癖もなかったしな。当面の生活費は何ら心配していない。
気になる事と言えば、戸籍と国籍だが…まぁこれも問題ない。金さえ出せば偽造してくれるところはある。
あとは今後の研究のスポンサー探しだな。
沢田綱吉のような気の良いマフィアでも探してみるか。
今後の展望をある程度練り終えて、私は片手を上げた。
「じゃぁな、諸伏、降谷。もう会う事はないかもしれないが、元気でな」
くるりと踵を返したが一向に前に進まない。
なぜならば後ろから私の両肩を掴んでいる手があるからだ。
片方が諸伏でもう片方が降谷。
ぐぐぐぐ、と力を入れてもビクともしない。
「おい…お前ら…」
私が睨みつけると、彼らは顔を見合わせてこくりと頷きあった。
そして諸伏が私からケイマンを取り上げ、降谷が私を抱き上げた。
「お、おい! なんだ!!?」
「さー、とりあえず、上司に挨拶に行かないとな。ヒロ、お前、たくさんの人に心配かけたんだから厳しい叱責は覚悟しろよ」
「うわ、怖いな。でも仕方ないか」
「夕飯はどうしようか。どこか食べに行くか?」
「外食よりも久しぶりにゼロの作った料理が食いたい」
「よし、今日は奮発して高い肉でも買うか。ケイマンには高級な鶏肉を用意してやろう」
「よかったな、ケイマン。ヴェルデ、ゼロの料理はうまいぞ。夕飯が楽しみだな」
こちらの意思を無視して話を続ける彼らに対し、
「おろせ────ー!!」
私は声を張り上げた。
◆◆◆
「はははは! 随分楽しそうにしているじゃないか」
「笑い事じゃないぞ、ライ。…じゃなくて赤井」
珍しく声を上げて笑うライ、もとい赤井を見て、私は長い長い息を吐いた。
諸伏と降谷が再会してから早1か月。
私はこれまでのいきさつを説明するため、現在赤井と喫茶店にてお茶をしている。
赤井には4か月の潜伏中にいろいろと世話になった身だ。諸伏のリハビリメニューを効率的に組んでくれたのも赤井である。
これまでの経緯と今後の身の振り方を含めて、私には彼に説明する義理と義務があった。
「それで今、私はなぜか諸伏と……景光と同居しているんだ。まぁ、大人がいたほうがなにかと便利だし都合がいいからそれはそれでいいんだが…降谷もよく家に顔を出すんだ」
「ほー」
「私の偏食を見かねてか、たまにご飯を作ってくれる。それはありがたいんだが、食事代わりに重宝していたサプリメントを『成長に良くない』と全て没収された。あと私が夜型人間だという事を知って、生活態度を改めさせようと夜10時に寝ることを強要してくるんだ。正直、景光よりも口うるさい…」
「組織にいた頃よりも健全で健康的になれそうでよかったじゃないか」
「おい、赤井…」
「いや、すまない。バーボンは意外に世話好きだったんだな。土手での出来事があったから若干心配していたが、案外仲良くやれているようで安心したよ。スコッチの事は名前で呼んでいるようだし、前よりも距離が近付いたようで何よりだ」
「最初こそ諸伏と呼んでいたんだが、景光が苗字呼びはよそよそしいとかなんとか言うものだから…」
呼び方なんてどうでもいいと思うのだが、彼が「是非とも」と言うからその気持ちを尊重している。
ちなみに降谷も「俺の事も名前でいい。何なら兄さんとかでも…」と言っていたが、景光のように頼まれていないから普通に苗字で呼んでいる。
「あと彼らは私に同年代の友人がいないことを心配しているのか、私を小学校に通わせようと画策し始めた。この前なんてランドセルの試着までさせられた…。自分で言うのも何だが、ものすごく似合わなかった。緑の髪に赤いランドセルに黄色の通学帽子なんて、信号機じゃないか?」
「そうささくれるな。君が学校に行くのは年相応で、いい事だと思うが…。カルーソー、いや、ヴェルデは嫌なのか?」
「嫌に決まっているだろう。今更私が学校に行って何を学ぶと言うんだ?」
子供らしくないのは百も承知している。
私が学校に通えば、確実に浮く自信がある。確定・確実・絶対にだ。
「それにどうやら景光たちは、私を10歳ではないと思っているようだし」
「まぁ、君ほど子供らしくない子供もいないからな。あいつらのその気持ちは分かる」
「違う、違う。そういう意味合いではない」
「というと?」
「降谷が調べたところによると、私は平均的な10歳児より随分と小柄らしいんだ」
私はカバンからタブレットを取り出し、政府が実施している「学校保健統計調査」のページを開いて赤井に差し出す。
そのページには児童の平均的な身長と体重が載っていた。
ついでに日本だけでなく、諸外国の子供の情報も見せる。
「ふぅん、小柄か…。確かに君は小さいと思うが、子供の成長なんて個人差があるだろう? そこまで気にするような事では…」
よく寝て、よく食べ、よく運動する。
子供の身体を健康的に成長させるのに欠かせないものたちだ。
だがしかし。時間の許す限り研究に没頭していた私はそのどれもが不十分。
規則正しい生活を送っていなかったツケが、よりにもよって、ここで回ってきた。
「私は物心つく前から組織にいた。だから正式な年齢が分からない。私は自分を10歳だと主張しているが、彼らはもしかしたら8歳ぐらいかもしれないと疑い始めている。この意味が分かるか、赤井?」
「すまない、分からない」
「つまり、私は下手をすると4年生ではなく、2年生に編入させられる可能性があるということだ」
理解が追い付いた赤井が気まずそうに口を閉ざした。
たった2歳。されど2歳。
大人になってしまえば2歳差なんて誤差の範囲だが、子供の時の2歳差は大きすぎる。
学校で学べるのは学業だけではない。
協調性や社会性、コミュニケーション力だって大事だろう。
分かる。それは分かるんだ。だが…。
小学4年生でも厳しいのに、小学2年生なんてもはや未知の領域だ。
「無理やり学校に通わせると言うのなら、景光との同居を解消して出ていくつもりでいる」
アイスコーヒーを勢いよく飲み干して、ダン! とテーブルに叩きつけた。
私の心の底からの拒絶に面食らったのか、赤井は「そ、そうか」と頷いて、それ以上は何も言わなかった。
★ヴェルデ
バーボンとスコッチの関係をようやく把握したものの、めでたしめでたしで終わらなかった。
いろいろと勘違いされた上、まさかの8歳児疑惑が持ち上がる。
★スコッチ
本名、諸伏景光。
ようやく幼馴染と再会。
流れでヴェルデの身の上を知り、「やはりヴェルデは組織に閉じ込められていた…!」という、とんでもない勘違いを継続中。
★バーボン
本名、降谷零。偽名、安室透。
ようやく幼馴染と再会。
幼馴染を救ってくれた事を身に染みて分かったので、ヴェルデとの攻防はさらりと水に流した。
流れでヴェルデの身の上を知り、「ヴェルデは組織に誘拐されていた…!?」or「ヴェルデは親に捨てられていた…!?」という、とんでもない勘違いを継続中。
★ライ
本名、赤井秀一。
内心、「8歳で研究職なんて無理だろう」と思っているけど、「まぁ今でも10歳だし、ヴェルデなら可能か」と変に納得した。