わりと強メンタル。グラスちゃんは怖い。
グラスワンダー
怖い系。タンポポは普通に食べる。
トレーナー
目的の為なら手段を選ばないやべー奴。人の心の機微に疎いのでグラスワンダーをよく怒らせる。本名は
マンハッタンカフェ
トレーナー絶対ぶっ倒す。修羅。
パンッ、という乾いた銃声が夏の陽炎揺らめくグラウンドに木霊した。その音を合図に長い栗毛を風に乗せグラスワンダーはスタートを切った。
彼女が力強くターフを蹴るたびに芝は捲れ土が宙を舞う。
全力全開フルスロットル。スタミナ消費等意にも介さずぐんぐんとグラスワンダーは速度を上げていく。雄々しくも野生を想わせるその走りはトレーナーから教わったスタミナ消費を抑えた走法ではない。それはウマ娘のフィジカルに任せた彼女本来の走り、グラスワンダーの本気だった。
200mを走り終えグラスは緩やかに速度を落とした。額から頬を伝う汗を腕で拭い、呼吸を整えながらストップウオッチを持つトレーナーの下へ駆け寄って行く。
「トレーナーさん、タイムは良くなっていましたか?」
「いいえ、全くです。以前とほぼ同じタイムです」
「そう……ですか。不甲斐ない結果を晒し申し訳ありません」
タイムが縮まっていない、その事実にグラスワンダーは愕然とした。2週間前セイウンスカイとのレースに敗れトレーナーから『最高速度の遅さ』を指摘された。あれからその欠点を克服すべく、根本的な筋力増強と短距離での全力疾走を繰り返してきた。なのにまるで成長していない。
もうメイクデビューまで猶予はない。このままではエルコンドルパサーに勝てないかもしれない。
また────負けてしまう。その不安は焦りとなってグラスワンダーに重くのしかかる。
「トレーナーさん、もう一度お願いします。今度こそ自己ベストを更新してみせますッ!」
「いえ、これ以上はオーバーワークになります。外周に出ているセイウンスカイさんを呼び戻して今日はクールダウンにしましょう」
「そんなッ……!トレーナーさん、私まだ走れます!!」
このまま練習を終えることなんてできない、グラスワンダーはトレーナーの服を掴み懇願した。トレーナーはそんなグラスの手を掴み、腰を落として目線を合わせた。
「焦る必要はありません。グラスワンダーさんは間違いなく成長しています。ただ、更なる飛躍を成すには殻を破る必要があるんです」
「殻、ですか?」
「はい。これまで貴女とトレーニングに励み気づいたことがあります。グラスワンダーさん、貴方は自身の身体をイメージ通りに動かすことができますね?」
「どういう意味でしょう。それは当然のことなのではないですか?」
「いえ、それは素晴らしい才能です。そうですね、例えば……グラスワンダーさん、胸の前で両の人差し指同士を付き合わせてみてください」
「こうですか?」
首をかしげながらグラスは少し勢いをつけて人差指同士を接触させた。突き合わされた指はまるで一本の棒のように真っ直ぐな線を生み出している。
「はい結構です。グラスワンダーさん、この一連の動作は簡単そうにみえてその実凄く難しい動きなんです。試しに僕がやると────このように指の軸がズレてしまうんです」
トレーナーは言葉を続ける。
「人は身体を動かす際、脳内で自身の身体をトレースした人形を操作していると言われています。その人形と実際に体を動かした際に個人差はありますが必ずズレが生じます。貴女はそのズレが極端に小さいんです」
「なるほど、けれどそれと私のタイムに何か関係があるのですか?」
「大いにあります。自身の身体をイメージ通りに動かすことに長けている。けれどそれ故に、貴女は過去の自分の全速を再現してしまっているのです」
「ッ……!」
グラスワンダーは言葉を失った。それはつまり、自分は無意識下で手を抜いて走っているということだ。セイウンスカイに負け続け、トレーナーとしてのかれの価値を貶め続けているというのに──
「気に病む必要はないんです。アスリートにとって常に自身のベストを再現できるというのはとんでもないアドバンテージになります。それは貴女にとって誇るべき才能でもあるんですよ」
「わかり……ました。ではセイちゃんを呼びに行ってきますね」
□□□
「えっ!?午後練お休みなんです!?まいりましたねー、今日はセイちゃん珍しくやる気に満ち満ちていたのですが……。まぁトレーナーさんがそう言うのなら仕方ありませんね!いやー残念だなー」
外周から戻りトレーナーから午後練習の中止を言い渡されたセイウンスカイは言葉の上では残念そうに、けれどその実、唐突に訪れた
「メイクデビューも近いですしね。今日はゆっくり体を休めリフレッシュしてきてください」
「わっかりました!さて、何しましょうかねー?お昼寝、釣り、猫集会、全部やるのもありですね!」
喜色満面に休暇の計画を練るセイウンスカイとは対照的にグラスワンダーの表情は浮かない。伸び悩むタイムを気に病んでいるのはトレーナーの目にも明らかだった。
「トレーナーさんはどうされるんですか?」
「僕は……少し調べものをしようと考えています」
「そうですか……」
グラスワンダーは更に肩を落とした。もしもトレーナーに予定がないのであれば共に時間を過ごそう、そうすればこの焦りも少しは紛れるかもと期待したのだ。けれどその希望もあっけなく崩れ去った。
「では僕はこれで失礼します。明日はいつも通りの時間に集合願います」
そう言い残しトレーナーはスカイとグラスに背を向けた。ザッザッザッという足音と共に彼の背中が遠くなって行く。
「怪しいですね」
唐突に隣に立つセイウンスカイがそんなことをつぶやいた。
「グラスちゃんもそう思いません?」
「えっと、なんのことか私にはさっぱり……」
「さっきグラスちゃんがトレーナーさんの予定を聞いたときの反応ですよ。アレは明らかに何かを隠している人の反応でした、間違いないです。セイちゃんのセンサーがそう告げています」
またセイウンスカイの悪癖がでた、とグラスワンダーは頭を抱えた。付き合いの永い彼女は次にスカイが何を言い出すのかの検討も大凡ついた。
「グラスちゃん。トレーナーさんのあと、つけてみません?」
「ダメですよ。人のプライベートを覗き見るような真似をすべきではありません」
「えーー。でもトレーナーさんが普段私達のいないところで何をしているか気になりません?あの人、自分の話は一切しないですし少し距離を感じるんですよね。私達とトレーナーさんはもっとお互いの事を知る必要があるとセイちゃんは思うわけですよ」
「それは────そうかもしれません」
セイウンスカイの言う事も一理あるとグラスワンダーは納得してしまった。思えばグラスはトレーナーのことを余り知らない。彼の趣味、過去、好みの女性、恋人の有無、交際人数、将来欲しい子供の人数、それら全ての情報が必要であるかは分からないが、知れるのなら是非とも知りたいとグラスは考えた。彼のトレーナーとしてではない、一人の人間としての情報を得たいと思ったのだ。
そう逡巡するグラスを見て埒があかないと判断したスカイは腕を掴み強引にトレーナーの後を追った。
このスカイの暴走が、最悪の修羅場を作り出してしまうことを彼女はまだ知る由もない。
グラスちゃん誕生日おめでとう。
評価にて点数を付けて貰えると嬉しく思います。
本作で気に入ったキャラクターがいれば教えてください。
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セイウンスカイ
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グラスワンダー
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マンハッタンカフェ
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トレーナー