其の壹
001
そう、
面倒だったから語らなかったとか、そんなわけはなく、今の今まで、忘れていたことだ。本当に、どうしてだろうと思い返してみると、どうして今まで忘れていたのかということまで思い出した。それはもう、いとも簡単に。それは、時系列を無視した形で本当に申し訳ないのだけれど、八月に入って間もない頃のことだった。言い換えれば、僕の妹、
だから、また忘れてしまわないうちに語っておこうと思う。
忍野メメ。
怪異関係のエキスパート。
専門家、オーソリティ。
年齢不詳の、アロハ野郎。
定住地を持たず、旅から旅への駄目大人。
俗か反俗かと問われれば、誰しもためらわず反俗と答えるだろう。
そんな彼に、僕は救われた。春休み、吸血鬼に襲われ、吸血鬼と化した僕を人間に戻してくれた。
猫に魅せられた
蟹に行き遭った
蝸牛に迷った
猿に願った
蛇に巻き憑かれた
みんな、彼から助けてもらった。
ただ、忍野は「助ける」などという言い方を嫌い、いつもこう言った―――「勝手に助かるだけ」。
軽薄で、皮肉屋で、悪趣味で、意地悪で、不遜で、お調子者で、性悪で、不真面目で、子芝居好きで、気まぐれで、わがままで、嘘つきで、不正直な彼だが、とても、お人よしなのだ。
彼はかつて、住宅地から少し離れた位置の、四階建ての学習塾、というよりは廃墟に住んでいた。
そう、かつて。
かつて彼は春休みから六月半ばまでの数ヶ月をその廃墟で過ごしていた。不法占拠も甚だしい。
それでも、彼の仕事―――怪異譚の蒐集と調査を終えた彼は、町を去った。
決して、別れの言葉を言わない男だった。
そんな彼が、またこの町に戻ってくるはずなどない。
なかったはずなのに。
どうしてまた、僕は鈍感なんだろう。
少なからず僕は夢見ていたのだろう。彼が再び、この町に戻ってくるなんてことを。心の片隅で、思っていたのだろう。
実際、振り返ってみれば夢のような出来事だったと思う。
この物語は、俗に言う「続編」でもあり「番外篇」だ。反俗の欠片もない。そんな、ありきたりな物語。ありふれて、溢れている物語。