俗物語   作:楓麟

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其の拾貳

012

 

「阿良々木くん」

 電話に出るなり、相手は早口で言った。

 

「おお、戦場ヶ原……どうした?」

「……別に、阿良々木くんの声が聞きたかったわけじゃないんだからね」

「……」

 平坦な口調で言われても。

 デレてんの?

 

「さっき、羽川さんから電話があって、」

「そうなのか?」

「もう別に嬉しくも何とも無かったんだけど」

「羽川にデレた!」

 あれ、無理にツンデレぶろうとしてない?

 

「お叱りを受けてしまったわ」

「ああ…今しがた僕も受けたよ」

「阿良々木くんとお揃いなんて、嬉しくも何とも無いわね」

「あれ!?」

 さっきデレた人が!?

 今はツンモードなのだろうか。

 なんだよ、傷つくなあ。

 傷物語二。

 

「そうそう、先程私は凄い発見をしたのよ。聞きなさい、聞かないと殺すけど」

「そんな殺伐としたこと言わなくても聞くよ!」

「豆知識。豆という漢字を書いて丸で囲み、逆さにして見るとなんだか困った人の顔に見えなくも無いわよ」

「それのどこが凄い発見なんだ!?」

「え? そりゃもう天地が引っくり返るほどの」

「何でさも当然そうに言うんだよ!」

「ふふ。これが本当の豆知識ね」

「どうでもいい!」

 それに。

 豆を引っくり返しても、人の顔には見えない。

 

「それは阿良々木くんの字が汚いのよ」

「酷い言い方だな!」

「ま、色んな書体で試して御覧なさい。書体によっては、嬉しい顔だったり、普通の顔だったりするわ」

「……そうかよ」

「あらあら、阿良々木くん、随分と厳しいのね。ではもうひとつ、私の大発見よ。聞きなさい、聞いても殺すけど」

「どっちにしろ殺すんだな!」

「楽という漢字を書いて丸で囲み、逆さにして見るとなんだか酸っぱいものを食べた人の顔に見えなくも無いわよ」

「また漢字かよ!」

 えーと。

 楽を囲んで引っくり返して。

 

「ぶっ!」

「ね、見えなくも無いでしょう?」

 不覚にも、吹き出してしまった僕。

 いや。

 面白かった。

 

「阿良々木くんの顔そっくりよね」

「いや、どうして僕はそんな酸っぱい顔をしているんだよ!」

「アニメ化された時、あまりの違いに驚いたわ」

「いやだから僕の顔はそんな面白いもんじゃねえよ!」

「うふふ。これが本当の楽知識ね」

「……いや、したり顔で言われましても!」

 何も上手いこと言えてないって。

 

「楽があるでしょう、と言えばよかったかしら」

「いや、学だろ!」

「豆知識といえば、豆しばってあるじゃない」

「あー、また豆から発展させるか……」

「いいじゃない。豆のような阿良々木くんにはぴったりな話題よ」

「豆のようなという修飾には一体どんな意味が含まれているんだ!?」

 小せえってか。

 小さいって言いたいのか!

 

「いえ、ジャックと豆の木の豆のように、いつかはビッグな男になるということよ」

「ぜってー嘘だ!」

「それで、豆しばの話なのだけれど」

「ああ、何だよ」

「あいつらは何故毎日一つ豆知識を教えるのでしょうね」

「知るか!」

「私がもし奴らに出くわしたら、豆知識を聞いて『はいはいそれくらい知ってますよーだ』て言って潰しちゃうと思うけどね」

「酷い!」

「名ばかりヒドインとは私のことよ」

「何だその酷いネーミングは!」

 名ばかりだけでなく、酷いヒロインなんだ……。

 

「しかも、巨大化した私がよ」

「もう豆とか見えねえだろ……」

「ふはははは、人が豆のようだー」

「潰すって、人間をだったのか!?」

 しかも、豆じゃなくてゴミだろ。

 名言が台無しだ。

 いや、名言自体が台無しなのかな。

 

「ゴミって……自分のことをゴミと思ってるの?」

「いや、豆を訂正しただけで別に自分がゴミという意味じゃ……」

 あれ?

 僕のことをゴミだの虫だの言っておきながら、人が豆のようって言ったよな……。

 

「それじゃあガハラさん。ガハラさんは僕を普通に人として見ているという事じゃないか」

「おーや。一本とられてしまったようね。それとも、今の台詞は人として見られるのが嫌という意味?」

「いや、決してそんな意味ではないよ!」

「それにしてもやっぱり豆が喋るなんて、気味が悪くない? しかも笑い方も不気味だし」

「あー、お前はそう思うんだ……」

 まあ、普通に考えりゃ豆しばは怖いよな。

 炒飯食べてたらその中の具が喋りだすんだからな。

 

「それにしても阿良々木くんは本当に小さいのね」

「やっぱり小さいって思ってんじゃねえか!」

 ビッグになるってのはやっぱ嘘なんだな!

 

「隣に並べばその差は歴然ね」

「え……?」

 驚くべきことに。

 僕の隣に、ガハラさんが立っていたのだった。

 

「ええ……えええ!?」

 携帯を耳から離して、電源を切る戦場ヶ原。

 

「あら、狐につままれたような顔をして。狐にまで馬鹿にされちゃったのね、可哀想に」

「狐に化かされたってことを言いたいのか!?」

 馬鹿にされたと化かされたって、また結構なミスだよなあ!

 

「ま、とうの昔に阿良々木くんは化かされてるって感じだけど」

「……?」

「ねえ、阿良々木くん。実は神原から話は聞いたのだけれど」

「ああ……」

「私より先に彼女とやっちゃったそうじゃない」

「何大法螺吹いてんだ、あいつ!?」

「さすがの私もショックだったわ……」

 だから誤解だって!

 

「まあ、今のは冗談だとして。

 阿良々木くん、例の学習塾で、会ったそうじゃない」

「……ああ、まあ」

「連れてってもらえないかしら」

「え?」

「その塾に、連れてってもらえないかしら」

 ここに、僕のいるところに来る前から、戦場ヶ原は決めていたことなのだろう。

 迷いもせず、きっぱりと言った。

「いいけど……でも何でだ? お前、忍野とはあんまし関わりたくないって――」

「本当に何も気付いてないのね。でもまあいいわ。後々分かることなのだから」

「……でも、大丈夫なのか? もう暗くなるのに」

 しかし戦場ヶ原は行くといって聞かなかった。

 大丈夫じゃないのは、僕の方なんだよな。

 

「私は明日忙しいの。だからできれば今日のうちがいいと思って」

「そうか」

「煩わしいのは、もうたくさんなのよ」

 そう言って。

 歩き出す戦場ヶ原。

 今日も彼女は長いスカートを穿いているので、徒歩で向かう。

 帰りが遅くなってしまうが、仕方が無い。

 

「夢喰い馬、ね……」

 僕は戦場ヶ原に、忍の解説を話して聞かせた。

 戦場ヶ原はふうむ、と唸ってから怪異の名を口にしたのだ。

 

「少なくとも忍野さんには、馬といった要素は皆無よね」

 それは僕も思った。

 馬は優雅で美しい感じだけど、忍野はずる賢く薄汚い。

 

「名前は馬だけど、派生しちゃってるから。どちらかというと、バク」

「バク。ああ、そう、なるほどね」

 一人で納得したような顔をする戦場ヶ原。

 

「阿良々木くんは、本当に色んな怪異に関わるのね……どうしてかしら」

「……僕が聞きたいよ」

 って、あれ?

 僕が関わる?

 今回は忍野であって僕というわけでは……ああ。

 忍野を通して、関わったという意味か。

 

「怪異が惹かれる何かがあるのかしらね」

「そうかもな」

「何なら、解剖して確かめてみましょうか」

「それだけはやめてくれ!」

 科学では怪異の証明ができないように。

 きっと証明はできないだろう。

 

「ああ、しまった。今日は文房具を持って来てないわ」

「そりゃ残念だったな」

「彫刻刀ならあったわ」

「おい!」

 何でんなもん持ってるんだよ!

 

「彫刻刀って、面白い名前よね。なんだか凄く黒砂糖っぽい感じがしてこない?」

「それは、超・黒糖だろ!」

 お菓子のパッケージに書いてありそう。

 誰も即座には思いつかないだろ、そんなの。

 

「まあ、彫刻刀は嘘。困ったものね、解剖ができないじゃない」

「仮に彫刻刀を持っていたとしても、解剖後はどうしようもないよな……」

「ティッシュなら持ってるわよ」

「止血以前の問題だろうが!」

 血生臭い話になってしまった。

 怪異に関わる、か。

 一度怪異に関わったものは、怪異に惹かれる、とか。

 忍野が言っていた。

 まあ、怪異殺しとまで言われる怪異の王が僕達の町に来てしまったことから、ここが怪異の吹き溜まりのようになっているというのも理由の一つだろうが。

 気持ちの良いものではない。

 

「まあ策士策に溺れるとか、狩人罠にかかるとか言うし、変に考えていたら逆に自滅しちゃうのかもね」

「……そうだろうな」

「それに阿良々木くんは策士でも狩人でもないし。仮に狩人だったとしても雁すら狩れないで、しょせん阿良々木くんが枯れるだけなのよね」

「単に駄洒落が言いたかっただけなのか!?」

 意味分からねえよ!

 

「ちなみに私は狩りのカリスマなの」

「そうかよ」

 また洒落じゃねえか。

 

「ええ。狙った獲物は譲り受けるわ」

「どんなリサイクルだよ!」

 待ってたらいつか渡される日が来るのか?

 それまで我慢の日々なのか?

 

「え? 罹災来る?」

「またバイオハザードの話になってしまった!」

「阿良々木くんてば、罹災は名詞なのだから、その後に動詞の来るがくるのはおかしいわよ」

「いやだから災害の話じゃねえよ!」

 再利用だ。

 繰り返しギャグって、ある意味再利用だよな。

 

「――で。どうして忍野の所に行きたいんだ?」

「それはもちろん、阿良々木くんに教えなくちゃいけないことがあるからよ」

 百聞は一見にしかず。

 戦場ヶ原は呟いた。

 

「あなたはまだ気付いていないのよね。

 本当に、困ったものだわ……少し考えれば、分かることなのに」

 何だか、羽川といい戦場ヶ原といい、厳しいことを言われっぱなしな気がする。

 

「啼かぬなら、啼くまで殺してみせようホトトギス」

「合体しちゃった!」

 語呂も悪い! 

 それが戦場ヶ原を表しているのか!?

 啼くまで殺すのを衆目に晒すんだ……。

 殺されるのはきっと僕。

 

「私が塾ですることは、そんなことね」

「啼くまで殺すの!?」

「言ったでしょう。私は狩りのカリスマなのよ」

 まあ。

 殺しはしなかったのだが。

 

「やあ、阿良々木くん。今度はツンデレちゃんと一緒なんだね」

 忍野は、二番目の教室で寝転がっていた。

 

「こんばんは、忍野さん」

「で? 今度はツンデレちゃんがご挨拶ってことかい?

 見たところ、何もなさそうだし」

 寝転がったまま、戦場ヶ原を見る。

 じろじろと。

 

「忍野さん、質問があるんです」

 そんな忍野を一瞥して。

 彼女はきっぱりと言った。

 

「何だい? 随分と元気いいね。何かいいことでもあったのかい?」

 その言葉を。

 その言葉を言い切る前に、戦場ヶ原は質問をしていた。

 

「忍野さん、趣味は何ですか」

「おや、急にどうしたのかな、そんなこと、答える義務なんて無いだろう?」

 こいつ……相変わらずその口調は何とかならないのだろうか。

 むかむかしてくる。

 

「じゃあ、好きな色は何ですか」

「おいおいツンデレちゃん。蟹の時じゃないんだから。どうしてそうやって質問攻めにするんだい」

「……それは、あなた自身が知らないからです、『忍野さん』」

 戦場ヶ原は忍野を睨みつけた。

 忍野は目を細め、むくりと起き上がってポケットから煙草を取り出した。

 火を付けずに咥える。

 

「それは、どういう意味かな」

「忍野さん、あなたは忍野さんではないという意味です。

 忍野さん。もう彼はここには帰ってきません。それを掘り返すような真似は、やめて下さい」

 そして戦場ヶ原は。

 相手に向かって、こう言ったのだ。

 

「あなたは、……あなたが、『夢喰い馬』でしょう?」

 しばらく沈黙だった。

 誰も何も喋らない。

 沈黙を破ったのは、忍野だった。

 口の端を歪めて。

 彼は、にやりと笑ったのだった。

 煙草が、リノリウムの床に落ちる。

 

「そうだよ」

 あっさりと。

 実にあっさりと彼は告白した。

 

「僕が、『夢喰い馬』だ」

 馬が、啼いた。

 

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