俗物語   作:楓麟

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其の参

003

 

 急いで朝食を済まし、着替えを済ませ、髪の毛を整えた僕は、玄関で妹達に出くわした。

 いや、つうか、僕の家だから当たり前っちゃあ当たり前なんだけど。

 

「……お前ら、羽川との勉強はどうした」

「なんだよー、兄ちゃんを見送りにきてやったんじゃねーか」

 火憐が頬を膨らませる。続いてばっちり浴衣でキメている月火が、

 

「それともお兄ちゃんは、私達が起こさなかった事、まだ怒ってるの?」

 怒ってるよ。怒ってますよ! もっと早く起きていれば、もっと羽川と話ができたのに……!

 いや。

 とはいっても、羽川さん奇数日担当だから、この間、七月三十一日と八月一日で連続二日間お世話になったから別にそこまでって感じじゃないけどさ。

 朝起きたら家で羽川の声がするんだよ?

 朝起きたら家に羽川がいるんだよ?

 気付かず寝ていた僕も悪いけど、やっぱり起こして欲しかった!

 そしてできれば羽川に!

 

「羽川さんも、お兄ちゃんを送ってきなさいって言ってたし」

 はにかむ月火。その笑顔は何だ。

 ……月火ってば今日は羽川が来てるから、「勝負和服」なんだろうなあ。

 まあ妹が何を着ようと僕にはもうどうでもよくなってきたんだけど。

 今日ははだけずしっかりと着ているから、よしとしよう。別に残念なわけじゃない。

 

「つうかお前達、羽川がいるからって調子乗りやがって。僕のイメージが台無しになったらどうしてくれる」

「兄ちゃんのイメージなんて、とうの昔に台無しだと思うけどな」

「台無しというか、台がなくなって底無しになっちゃったって感じだよ」

 なんだとう! 支持率はまだ、結構……いやもうないかな。

 

「だって翼さんを見てる兄ちゃんの顔、凄いもん」

「……」

 今までどんな顔してたんだ。

 

「あれは変態の域だな」

「ドMのお前に言われたかねえよ!」

 怒鳴らないよう注意して突っ込みを入れる。

 羽川さんが降りてきたら大変だ。

 やっぱし兄妹こうでないと。

 羽川がいるとやりにくい。

 

「どんな顔してんだ、僕は……」

「安心して、お兄ちゃん。私達の部屋には、監視カメラが設置されてるからその顔確認できるよ」

「恐怖っ!」

 何? 監視カメラ? んなもんなんで設置してんだよ!

 余計安心できねえ。

 

「いつ何時敵が来るか分からないからな。防犯ブザーなんかあたしらにとっちゃただのガラクタだ。監視カメラと盗聴器が仕掛けてあるのさ」

「さらに恐怖っ!」

 なんつー妹だ。

 露骨に部屋に入れねえよ。いや、入らないけれども。

 

「見る?」

「見ねえよ!」

 ほんとっぽく言うんじゃねえ!

 信じる勢いだよ!

 

「そう。残念だなあ。お兄ちゃんのあの顔、本当に確認しなくていいの?」

「おいちょっと待て。月火ちゃん、僕の顔は本当に深刻にヤバかったのか?」

 無言の月火。

 垂れ目が怖い。絶対何か含んでるみたいに見えるって。

 

「ああ、そういえば兄ちゃん。顔といえば、見たか?

 こないだ、『化物語 ひたぎクラブ ブルーレイ』をみんなで見たんだけどな――」

「おいおいおいおい!」

 なんだそれは!

 僕たち映像化!?

 発売されちゃってるの!?

 つうかそういうことここで言っちゃ駄目! 禁句!

 

「いやあ、あの時の翼さんを見てる兄ちゃんの顔も、なかなか――」

「ヤバかったの!?」

 いや、カメラ的にはあの時僕映ってなかったよね!?

 あ、しまった言っちゃった!

 僕たちの日常はDVD化なんてされてません。

 

「副音声版でも聞いたけど、翼さん兄ちゃんに呆れてたぞ」

「副音声なんてのもあるの!?」

「うん。翼さんと、もうひとり誰かが副音声を入れてたぜ。お陰で私達の次回予告が全然聞こえ――」

「もうこの話はするな!」

 あとで!

 そして羽川さんにも確認だ。副音声なんて、知らないぞ!

 それにお前達が次回予告担当ってのも初耳だよ!

 とにかく。

 

「もうそろそろ行かないと。遅れたら僕ただじゃ済まされないというか、殺されちゃうかもしんないから」

「はにゃ? 兄ちゃん、早く行かないと殺されるのか? そりゃ大変だな、一体どんな奴を敵に回したんだ。なんならあたしも付き合うぜ」

「喧嘩じゃねえよ」

 勉強っつっただろうが! 聞けよ!

 頭いいって設定じゃなかったか?

 そしていい顔してんなあ、そんなに暴力沙汰が好きか。

 喧嘩と聞いて輝く妹の顔。そういや喧嘩はあたしの花とか火憐ちゃん言ってたもんな……。

 僕よりもお前らのほうが危ないだろ。

 

「そういや兄ちゃん、馬鹿って何で馬と鹿なんだろうな? 馬と鹿は馬鹿なのかな?」

「お前よりは賢いだろうよ!」

 そんな考えを持ってる時点でお前は馬鹿だ。

 

「じゃあ僕はもう行くぞ。僕の羽川に迷惑かけんじゃねーぞ」

「いつから翼さんは兄ちゃんのものになったんだよ」

「羽川さんに言っちゃうよ」

 う…それは勘弁。

 それでも羽川に怒られるっていうのも悪くないと考えてる自分が怖い。

 怒るなら全身震わせて怒ってほしい。

 

「まあいいさ、うちのことはあたしらに任せな」

「まあいいや、いってらっしゃい」

 二人に見送られ、僕は外に出て、ママチャリに跨った。

 時刻は九時半。いつもより早めの出発。

 うまくいけば、お昼は戦場ヶ原の家で食べれるかもしれない。

 ……いや、それは期待しすぎか。

 戦場ヶ原の家に行くのは、あくまで受験勉強の為なのだ。

 そして。

 朝から夢のような光景を見てしまった僕は。

 実際に、それが夢のように忘れ去られることになるなんて。

 思いもしなかったのである。

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