俗物語   作:楓麟

9 / 19
其の玖

009

 

「待ちくたびれたよ阿良々木くん。久しぶりだね、元気してた?」

 

 忍野メメ。

 ある人は尊敬し。

 ある人は見透かしたようなその性格を嫌い。

 ある人は関わりづらく苦手とし。

 ある人は感謝し。

 ある人は話したことすらない。

 僕だって、春休みの出来事が無ければ彼のような人とは関わろうとしなかっただろう。

 関わりたくも無い。

 春休み。

 僕は吸血鬼に襲われた。

 血を絞りつくされ、僕は吸血鬼になった。

 地獄のような出来事だった。何回死んだか分からない。

 そんな僕を地獄の淵から引っ張りあげてくれたのが、忍野メメだった。

 普通、ヴァンパイアハンターとか、とある宗教の特務部隊とか、あるいは吸血鬼でありながら同属を狩る吸血鬼殺しの吸血鬼だったりが、助けてくれるのがつき物なのだが、僕は、小汚い、趣味の悪いアロハ服のチャラいおっさんに助けられた。

 でも、彼のお陰で、今の僕がある。

 今の忍がある。

 今僕は、もう吸血鬼ではないけれど、吸血鬼もどきって感じだ。

 今忍は、もう吸血鬼ではないけれど、人間もどきって感じだ。

 吸血鬼もどきの人間と。

 人間もどきの吸血鬼。

 僕たちをそのような存在にしたのが、彼。

 きっと借りをつくるのが嫌いなのだろう。

 僕の問題を解決するのに五百万払えと言っていたくせに、チャラにしてくれた。

 そして何も言わず、何も残さずこの町を後にした。

 それなのに。

 どうしてまた、戻ってきた――!

 

 廃ビルに着くか着かないかのところで、僕は神原と合流した。

 たっ、たっ、たっ、たっ、と規則的な足音が聞こえてきたから振り向けば、僕のすぐ後ろを、神原が走っていた。

 

「すまない阿良々木先輩、遅くなってしまった」

 あれえ!?

 いや、ちょっと待て、神原と電話してたのは三十分前だぞ!?

 確か、神原の家から塾までは一時間かかる距離じゃなかったっけ!?

 電話を切って、それでここまで走ってきたのか……。

 

「いや、少し着替えに時間がかかってしまってな」

 走りながら神原は喋る。

 息を切らさず普通に話すのはどういうことだ?

 

「今日は走りやすさを重視してみたのだ」

 なるほど。

 確かに短パンだしな。

 動きやすさは大事だろう。

 ということは着替えの時間も含めると、神原は家を飛び出してすぐに僕に追いついたということになるのだが……。

 それも僕のいるところに真っ直ぐ来れたということになるのだが……。

 

「それで、私は脱げばいいのだろうか?」

「せっかく着替えてきたのになんでまた脱がせるんだよ!」

 脱ぎたい理由も分からなくもないけどさあ。

 あ、これは暑さとは無関係。

 僕はペダルに力を込め、スピードを上げた。しかし神原はそれについて来る。

 これで僕がメガホンを持っていたら、なんだか昔の鬼コーチみた

いだなあ。

 しかし神原は本当に足が速いな……。

 原付くらいだったら余裕で追い越せそう。

 

「……あの塾に行こうと思っててさ」

「なるほど。思い出の場所だな」

「まあな」

「そこで私と行為を――」

「及ばねえぞ!」

 びっくりだよ。

 どうしてそっちに行くかな。

 

「いやしかし阿良々木先輩。私はこの身をもって阿良々木先輩に謝罪がしたくて――」

「お前の思いつく謝罪は全部犯罪じみてるんだよ!」

 謝ろうとして逆に怒らせちゃう感じ。

 というか、謝罪って何の?

 

「いや、何かと問われれば、阿良々木先輩、まさか覚えていないのだろうか」

「何を」

「こないだ私と戦場ヶ原先輩で謝罪しただろう。私は裸で土下座をしたはずだ」

「してねえ!」

 勝手に捏造すんなや!

 

「いやだから、何に対して謝りたかったんだよ」

 全てに対して謝って欲しいんだけど。

 

「まあ、それは『化物語 するがモンキー ブルーレイ』を見てくれれば分かるだろう。私と阿良々木先輩とのバトルが、戦場ヶ原先輩にバレてしまったのだ。それも細部に至るまで」

「ああっ!?」

 バレちゃったの?

 あー、あれをもう一度見る気にはなれないけどなあ……。

 でも彼女、見ちゃったんだ……。

 ガハラさん、ショックだったろうな。

 ていうかよく映像化したよな、あれ……。

 

「では阿良々木先輩。あの塾で私と何もしないというのならば、一体私をそこに連れ込むのはどういうわけだ?」

「連れ込むこと前提なんだな」

「当たり前だ、いや、そういえば忍野さん……とか言っていたな」

「やっと気付いたか」

「うむ。忍野さんと及ぶつもりらしいな」

「またも空振り!」

 ちゃんと球見ろ球!

 

「いやあ、阿良々木先輩と忍野さんとのそれを、見物させて頂けるなんて光栄だなあ」

「違うから!」

「ああ、これまたブルーレイの話なのだが。阿良々木先輩、ブルーレイとは何の略か知っているか?」

「はあ?」

 ブルーレイって略語なんだ?

 あー、でもそれっぽいよな。

 

「いや、知らない」

「綴りを思い浮かべて欲しい。B、L……u――」

「いや、知らない!」

 もう元気溌剌じゃなくて元気爆発だよ神原さん!

 

「忍野が、またこの町に来てるって噂なんだよ」

「ほう」

「違う……ってことはないと思う。でも、一緒に行って、確かめてほしいんだよ。『本物』かどうか」

「まあ……偽者と及ぶわけにはいかんからな」

「だから違う!」

 そっち絡みの話をするな!

 

「まあ……アロハ服を着ていればもうほとんどの確率で忍野さんと言っても過言ではないのではないか?」

「そうだよなあ……」

 だから、八九寺の話だけでももう十分可能性大なのだ。

 でも、だからこそ、僕は怖い。

 本当の本当に、彼が帰ってきているということに。

 塾は相変わらずだった。

 私有地、立ち入り禁止。

 そんな看板を無視して入って行く。

 こないだ戦場ヶ原に監禁された時と、何も変わっていない。

 真っ暗な中、僕たちは歩く。

 いつぞやと違って、あるいは、いつぞやのように神原は僕と手を繋ぎ、僕の腕にしがみ付いていた。

 密着、の方が正しいかも。

 

「こうして阿良々木先輩と歩くのは何年ぶりだろう」

「いや、そんなに経ってない」

「そうして私達は二人きりの人生を歩み始めたのであった」

「何故お前がモノローグを語る!?」

「ん? 今まで私が司会進行だったではないか」

「仕事を奪うな!」

 僕は突っ込み担当だけじゃないんだから!

 それにお前と二人きりの人生は歩まない!

 歩んだら色々危ない。

 

「そういや、お前は何も言わないんだな」

「何のことだ?」

「いや、お前だけはオープニングの話しないんだなあ、と思って」

 前まで頑なに拒否してたけど、自分から振っちゃった。

 ああ……、と頷く神原。

 そして腕に力を入れて来た。

 

「まあ、私の歌などどうでもよいのだ」

 そうか……神原は妙に自分に厳しいところがあるからな。

 自分に自信が無い、とまでは言わないが。

 自分の大きさを理解してない、とでも言おうか。

 

「しかし阿良々木先輩はご存知か」

「何が?」

「私の歌は、他の四人の歌と違って、一番と二番のサビは歌詞が違うのだ」

「そうなんだ……」

 どう反応すればいいんだよ。

 

「いやでもまあ、上手だったと思うよ、歌」

 ううん。

 ひたぎクラブしか見てないとは言ったけど。

 実はこないだ神原の部屋の片付けを終えてから、オープニングまでは見たんです。

 

「おお、阿良々木先輩からお褒めの言葉を……光栄の至りだ」

「いやいや、そこまで言うことはないだろう」

「いちゃいちゃ、そこまで言うことはないだろう?」

「違えよ!」

 犯人はお前か!

 千石に何てことを教えてるんだ!

 

「私達を自然災害に例えて阿良々木町を襲う、的な会話を戦場ヶ原先輩としたのだがな、」

「何だその意味不明な会話は!」

「戦場ヶ原先輩は地震なのだ」

「阿良々木町は即崩壊だな!」

「いやいや、私や羽川先輩、それに忍野さんもいるのだからその程度で崩壊されては困るな」

「何だそのバイオハザードの嵐は!?」

「私が言いたかったのは、阿良々木先輩を自然に例えるならもうこれは太陽のようなお方だなあと、そういうことを言いたかったのだ」

「……そうか」

 眩しすぎんだろ。

 

「それで忍ちゃんは月」

「なるほど」

 聞いてたら喜ぶかもな。

 僕が太陽でなくても、彼女は例えるなら絶対月だろう。

 

「私も自然に例えるとするなら地球を襲う流れ星がいいな」

「危険な隕石が接近してきた!」

「あるいは流れ星となった地球だ」

「スケールでけえ!」

「そうなると戦場ヶ原先輩はなんだろう、天の川とか」

「ああ……」

 そうなると羽川はもう宇宙だな。

 全ての母だ。

 

「天の川は別名ミルキーウェイ、つまりは乳の環……」

「変なことを考えんなよ」

「その川の流れに身を委ねたい、とだけ言わせてもらおう」

 流れが速そうだなあ。その川。

 戦場ヶ原といえば。 

 オープニングにおいて最後ガハラさんが神原をばっさり切っちゃうのはどうかと思った。

 神原的には嬉しいんだろうな。

 背景百合だったし。

 

「そういうアブノーマルさが私らしいといえば、私らしいな」

「……良かったな」

「これで私も箱庭学園で十三組に入れるというものだ」

「やっぱりそれの話か!」

 アブノーマルって単語が出た時点で怪しいと思ってたよ!

 めだかボックス。

 原作者一緒だからってさ……。

 

「主人公の黒神めだかは好みなのだ」

「あっそ……」

「あのルックスも、古風な喋り方も、ツンデレ具合も、全てにおいて好きだな」

 あの制服は犯罪だと思うけどなあ。

 それに、古風な喋り方が好きなのか。

 忍とは関わらせないという思いが強くなった。

 

「私はポジション的には黒神真黒がいいと思う」

「あー」

 なるほどね。 

 エロいし。

 というか変態だし。

「めだかちゃんを愛せるからな」

「言うと思った!」

 スポーツ系の登場人物はいっぱいいるのに、なんで真黒かと思えば…。

 シスコンだからか。

 

「これで阿良々木先輩とお揃いだな」

「……誰から聞いたか知らないけど、僕はシスコンじゃないからな!」

 母の日に恥ずかしい告白をさせられた。

 ただそれだけだ。

 事実とは限らない。

 

「黒神真黒は私の後輩という話は置いといて、」

「後輩なのか!?」

 真黒は十八歳じゃないの!?

 

「なんだ、阿良々木先輩。随分と驚くではないか。

 マリー・アントワネットが戦場ヶ原先輩の弟子であるように、黒神真黒は私の後輩なのだ」

「時系列!」

 いやでも、めだかボックスは化物語より後か。

 

「ああ、副音声の収録は楽しかったなあ」

「そこでなぜ副音声の話にな戻る」

「いや、自然災害シリーズは副音声で話した事なのだ」

「何!?」

「他の人がどんな災害になったかは、副音声を聞いて頂ければ分かるだろう」

 思い出しているのだろうか、笑顔の神原。

 いいなあ。

 僕はオファーが来なかったから、羨ましいや。

 

「ん、阿良々木先輩、まさか知らないのか?」

「え?」

 何を?

 副音声の話?

 

「いや……やっぱり言わない方がいいだろうな。そういうのは直接聞いてこそ嬉しいのだろうし」

 何の話だろう。

 ちょっとドキドキする。

 

「まあ、第三巻は戦場ヶ原先輩と、つまりヴァルハラコンビ再結成でお送りしたから、是非聞いていただきたい」

「そうなのか……」

 やっぱり、全巻見なきゃなのかなあ。

 僕、遅れすぎかも。

 

「じゃあ、戦場ヶ原がいたなら、ちゃんとした副音声ができてるだろうな」

「ん、んー……」

 意味ありげな顔をする。

 あれ?

 できてないの?

 

「いや、戦場ヶ原先輩がスタジオの機材を壊すのではないかと思った……あれがバレてしまったから」

「あれ?」

「いや、何でもない」

 何かまずいことあったっけ。

 あのバトル以外に。

 閑話休題。

 

「ん? 何? 悶絶躄地(もんぜつびゃくじ)?」

「何だその聞き慣れない四字熟語は!」

「ああ、何だ。閑話休題か。びっくりした」

「こっちがびっくりだわ!」

「いやいや、閑が悶に見えたものでな」

「そんな目を持ってるのはお前だけだ!」

 神原先生の仰ることには。

 悶絶躄地。苦しみ悶え転げ回ること。

 だそうだ。

 閑話休題っつったのにまた雑談かよ。

 

「……うん、このくらい、かな」

「は?」

「いや、本編で一番登場シーンが長くなるように会話をしていたのだ」

「ああっ!?」

 お前もか!

 いや確かにこの章長いと思ったよ!

 もしかしたら八九寺を超えたかもな! 

 今度こそ。

 閑話休題。

 階段を上り、四階に辿り着く。

 三つ教室があるのだが、そのうちの一つのドアに手をつけた。

 一番右の教室。

 そしてドアが開くのと同時。

 僕は、声を聞いた。

 

「お……忍野」

 そこに、忍野の姿があったのだ。

 積み上げられた机の上で。

 胡坐をかいた一人の男が、こちらを見下ろしていた。

 にやつきながら。

 

「なんだい、随分と驚いているようじゃないか。僕がここにいるのがそんなに珍しいのかい?」

「…………」 

 言葉が出なかった。

 言いたいことは色々ある。

 文句がたくさん……それに、感謝の言葉だって。

 しかし、言葉は出なかった。

 

「ああ、それに百合っ子ちゃんも久しぶり。元気してた?」

 暢気なもんだ。

 神原もまた、声が出ないらしい。

 何も、言わなかった。

 

「ここに来たってことは、何か用があるってことじゃないの?

 それとも、何も用はなかったのかな」

 用は、無い。

 怪異に関する問題は何も無い。

 問題は、忍野のことだ。

 どうして。

 どうして戻ってきた……!

 

「どうしてかって?」

 鼻先で笑う忍野。

 

「相変わらず元気いいなあ、阿良々木くんは。何かいいことでもあったのかい?」

 忍野に再会したことは、とてもいいこととは言えないだろうが。 

 驚きの方が大きい。

 僕も、たまには考えることがあった。忍野が戻ってくることを。火憐が蜂にやられたときもそうだった。

 忍野だったら、忍野がいたら――

 でもまさか、本当に彼がいるなんて。

 忍野は「よっと」と机の山から飛び降りた。バランスを崩さず、膝を曲げず、軽やかに下りる。

 その時、僕は異変に気付いた。

 忍野の影。

 何かが、違った。

 

「僕はここでやり残した事があってね――」

 やり残した事?

 怪異譚の蒐集?

 怪異の調査?

 どれも当てはまらない気がした。

 

「それで、阿良々木くんには何も問題はないってことだね。忍ちゃんも元気そうだし」

 こちらを見、そして僕の影を見ている忍野の目つきは性悪のものだが、それでもやはり何かが違った。

 何かが、いる。

 少なくとも、僕はそう思った。

 

「百合っ子ちゃんもそうだ。左手は相変わらずみたいだけど何も問題はなさそうだね」 

 続いて神原を見る。

 神原はもう僕から離れていた。

 忍野は神原の左腕を見る。

 包帯でぐるぐるに巻かれている腕を。

 同じ箇所に何重にも巻いていて、不自然だと感じなくも無い。

 その中身、生きた怪異を見透かすように、忍野はじっと見て。

 そして僕は彼を見ていた。

 僕は、気付いてしまった。

 忍野メメ自身に、問題があるということに。

 

 




「いやはや、阿良々木先輩は本当に太陽の様な方だなあ」
「ちょっと待て神原、ちょっと待て! お前、後書きにまで何進出してんだよ!」
「む、太陽のような阿良々木先輩……つまり太陽暦!」
「略するな、僕の名前をこれ以上いじるんじゃねえよ!」
「ところでこれで俗物語前半が終了だな、阿良々木先輩」
「人の話を……」
「それでは引き続き俗物語をお楽しみ下さい」
「人の話を聞け!」
……お騒がせしました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。