銀河の歴史の中で多くの英雄が現れ、散っていった。流星のように儚いもの、一等星のようにきらめくもの。時代の流れを作り、動かしたのはそんな人間達であった。
しかし、そんな英雄ばかりで世界は作られているわけではない。平凡な人々の、ありふれた暮らしも歴史という河の流れの一つであり、彼らは確かにそこに存在していた。時代の奔流に揺さぶられようとも、そんな人々は生き続けた。日常を過ごしてきた。
これは、そのうちの一人の女性の記録である。
銀河帝国と自由惑星同盟の、長きに渡る戦いの終着点を見届けた多くの人達の中の一人。
巻き込まれ型の魔術師が率いた艦隊。その隅っこで、ただ平和を願っていた彼女の話。
その人の名は………
「アヤムラ少尉」
「は、はい!」
ここは同盟軍、統合作戦本部のとある部屋。
突然自分の名前を叫ばれて、リオ・アヤムラは飛び上がる思いだった。苦手な上官に呼び出された時点で、なんとなく嫌な予感がしていたのだ。どうせ叱られるに決まっている。内心でため息をついた。上官は眉間に皺を寄せたまま、ぎろりとリオを睨んだ。
「……貴官に問う。なぜ軍人になったのか」
「それは、士官学校を卒業したからであります
「………質問を変えよう。なぜ貴官は士官学校へ入学したのか」
「はっ!小官の実家は貧しく、他の学校へ通う費用が捻出できなかったためであります」
リオは正直は美徳だと信じていた。しかし、気難しい上官はそう思わないようである。
「アヤムラ少尉……以前から思っていたが貴官には同盟の軍人としての意識が足りていないようだな。国家のために命を捧げ、外敵を排除する……この仕事を、貴官は誇りに思うべきではないのか!」
「は、食いっぱぐれることがないので、ありがたいと思って……」
「アヤムラ少尉!」
「は、はい……」
上司は顔を真っ赤にして激怒している。リオの呑気な性質はこの上司と全く合わない。
数十秒の沈黙。張り詰めた空気。リオは生きた心地がしなかった。
「……はぁ、もういい。何も今日は貴官に説教するために呼びつけたわけではないのだから」
途端に空気が弛緩する。意外だった。上司がリオに呆れて、説教を早く切り上げてくれたことも意外だし、そもそも怒られるために部屋に呼びつけられたわけではないことも意外だった。
「……昇進だよ。アヤムラ少尉」
「はっ……」
上司が言うには、リオの事務処理能力を評価してくれた人がいたらしい。リオは戦闘において役に立てるような運動神経の持ち主でもないし、愛国心に満ちあふれているわけでもない。しかし彼女は、文章を読み書きすることはかなり得意で、書類仕事には自分なりに情熱をかたむけていた。
「何か感想はないのかね。しょ……いや、中尉」
「……すごく、ありがたいです」
リオはそう口に出すのがやっとだった。地味な自分の地味な仕事を評価してくれた人がいたなんて。上司は、黙ったままのリオに小言を言う気力も湧かないようである。
「……はぁ。君、次の勤務地ではその調子じゃやってられんかもしれんぞ」
「と、言いますと……」
「いいや、こっちの話だ。ともあれ、おめでとう」
リオは上司の呟きに不穏なものを感じたが、深く追及しないことにした。
「ありがとうございます」
「……最後に一つ言っておくがな」
上司はリオをじろりと睨んで言った。
「本に夢中になりすぎるなよ。本の虫同盟代表こと、アヤムラ中尉」
「……ご忠告、感謝します」
そう、彼女は無類の本好きであった。ついたあだ名は、本の虫の同盟代表。
平和を願う、平凡な読書家の女性である。
♢♢♢
リオは、幼い頃から本が大好きだった。図書館に通い詰め、数学は放棄し、ひたすら本を読み続けた。特別頭は良くなかったが、あまり裕福な家庭に生まれたわけではなかったのでどうにか士官学校に入り、無事に卒業して仕事を得た。大人になってから給料をもらえるようになり、貧乏暮らしだったリオは歓喜した。食料、生活必需品を買い揃えた後の余りは大部分を本に使う。服はまあ無難ならいいよねと店頭のマネキンとお揃いのものを半年に一度買い揃える程度であった。化粧品も、パッケージが可愛いものを気分で少しだけ、という程度であった。もともとの顔が地味なため、流行りのカラフルな化粧はリオに似合わなかったのである。自分の顔が美しいものではないことを、リオはよく分かっていた。
そんなわけで、彼女は恋人も作らず、若い女性がする様におしゃれなお店を巡ることもなく、ひたすら本を読む生活を続けている。しかしそれが彼女にとっての至福であり、この生活を維持するために働くことは彼女にとって生き甲斐となっていた。
ようするに、適当にデスクワークをして、本さえ読めればリオには十分なのである。
♢♢♢
帰宅したリオは、自分の昇進を知らせるメールをじっくりと読み込んだ。本が散乱した小さな部屋の中で、リオは呑気にグリーン・ティーを飲みながら文字を目で追う。
給料について、今の職場の引き継ぎについて、軍人のメンタルケアについて。
「いや違う、そうじゃなくて勤務地は……」
無機質な文字の群れを読み飛ばし、目当ての項目を探す。
勤務地の項目を見つけ、お茶を含みながら横目で眺めた。
そこにはこう書かれていた。
(えーっと)
『勤務地……第十三艦隊』
「⁉︎」
その四文字を見た途端、リオはお茶を噴き出した。横にあった書類がうっすらと爽やかなグリーンに染まった。そんなところに爽やかさはいらない。
「じゅうさん、かんたい……」
布巾を探すことすら忘れて、リオは呟いた。第十三艦隊とは、あの何かと噂の種を抱えた第十三艦隊だ。
つまり、ボスはあの男。英雄、魔術師……彼を讃える言葉をリオはいくつも知っている。若くして活躍、出世。アスターテでも、エルファシルでも、彼は名声を得るにふさわしい戦いぶりを見せたそうだ。
ただの転勤と思ったのに、そんな指揮官の下で働くのか。私はしょせん中尉で、しかも戦闘員ではないからかなりの下っ端だが、あのウェンリー・ヤンの部下として。
「ちがう、逆だ」
彼の姓名表記はE式だ。なるほど結構混乱しているらしい、とリオはどこか他人事のように思った。
ヤン艦隊なんて、もっと他人事だ。
「……私、上手くやれるだろうか」
以前ホログラムで見かけたヤンの姿を思い浮かべようとしたが、うっすらと覚えていたのは彼がリオと同じような黒髪の持ち主であることだけだった。リオは、あまり人の顔に興味がないので英雄の顔すらも覚えていないのだ。
えーと、髪は黒。割と歳が若くて……。
「………ダメだこりゃ」
リオは諦めがいい方だ。
「まあ……どうにかするかぁ」
思い出せないものは思い出せない。未来のことは分からない。どうせダメなら本読んで寝よか。
彼女はそう結論づけた。変なところで変な肝が座っている。
リオは、傍にあったファンタジー小説を携えてベッドの中にダイブした。これから先の人生、彼女が飛び込むことになるのは歴史という川の激しい流れの中だとも知らず……。
♢♢♢
こんな調子で、リオ・アヤムラは同盟軍の一員として戦いに参加……もとい、『なんだか知らないうちに巻き込まれ』ていくのである。のんきに本を読んでいたい。そんな彼女の願いはどうなるのだろうか。まだ誰にも分からない。
銀河の歴史を、また一ページ。
読み進めるリオ・アヤムラなのであった。