本の虫、銀河の歴史を読破せよ。   作:見無

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リオ、ちょっと悩む。

 リオは、爆発していく帝国の艦隊を見ていた。イゼルローン要塞の内部から。

 ただし、指令室にいたわけではない。そこから離れた部屋に据え付けられたモニターを通して見たのである。

 そう。今回の作戦は無事に成功したのだ。

 詳しい状況までは分からないが、あとはもうこちらに向かってくる敵を撃破するだけのようだ。

 こちらに向かってくる帝国の艦隊の数が、みるみるうちに減っている。

 けれど、そんなに何度も砲撃をしているわけではない。

(それで、この威力なんだ……)

 リオは慄然とする。

「これが、トールハンマー……」

 誰かが呆然と呟くのを聞いた。

 リオは画面から目を離せない。

 一度の砲撃でどれだけの艦が消滅するのだろう。考えるだけで、ぞっとしてしまった。

 司令官の命令ひとつで、あっさりと撃たれる雷神の槌。

 それを手にしてしまったのだ。同盟は。

 いや、ヤン少将は。

 なんとまあ、一滴の血すら流さず。

(血糊は流れたけど……)

 いけない。恥ずかしいことを思い出した。

 ぶんぶんと首を振って始まりかけた回想を断ち切る。

(それにしても……)

 ヤン少将は、どんな気持ちでいるのだろう。

 みんなが今回の勝利に酔い、騒いでいる。

 きっとそれは、この要塞にいる同盟の軍人なら当然の反応だろう。寄せ集めとすら言われた十三艦隊の人々で、不可能と思われた作戦をやってのけたのだから。

 けど、その作戦を考えた張本人は。

 今回の作戦の役者はみんな一流、とリオは思った。

 けど、ヤンはその台本を書いて、主演も務めて、舞台装置すらも自分で考えてしまったようなものだ。

 自分で全部計画して、それをやってのけたということは。

 それに対する責任も全てのしかかってくる、ということではないのだろうか。

 今、どんな顔をしているのだろう。

「……ヤン少将は………」

 リオは思わず呟いた。

 隣にいた誰かが、何かを勘違いしたらしく笑顔で応じた。

「ああ、そうだな!ヤン少将!あの人は英雄だ!」

「あ……」

 その場にいた全員が、笑みを浮かべて強く頷いた。

「ええ、そうですね」

 リオも一応は返事をしながらも、素直にその言葉を肯定できずにいた。

 確かに、今回も彼は英雄と呼ばれるにふさわしい成果をあげた。

 けど、英雄とまつりあげることは、その人を孤独にすることではないのだろうか。

 今まで読んだ本の中で、英雄が自分の孤独を嘆いていたのをよく覚えている。

 そりゃ、小説と現実は違うかもしれない。

 けど、英雄という言葉は、自分達凡人とは違うと見放して、その人に全ての責任を負わせるような。

 そんな、言葉ではないのだろうか。

 だって、リオは見た。

 敵が死んでいく。

 あっけなく。あんなにあっけなく。

『撃て』と言っただけで。

「……はぁ」

 ヤン少将のことはまだよく分からない。

 私の考え過ぎで、彼だって、英雄と呼ばれてまんざらでもないのかもしれない。

 それでもリオは考えずにはいられなかった。

 あの、少し変わった司令官が今この瞬間なにを思っているのだろうと。

 そして、私は彼がどんな反応をしていれば満足できるのかと。

 ヤン少将は、敵の旗艦だけを狙えと命令したらしい、と風の噂で聞いたのはその少し後だった。

 

 ♢♢♢

 

 しかし、呑気に考え事ばかりしてもいられない。

 リオの本来の仕事はデスクワーク。

 そう、敵から奪った要塞のお片づけなどのいうのは、彼女の本職そのものだ。

 首都ハイネセンに帰還した後には、リオはひたすら働いた。もう、猛烈な勢いで。

 だってやることはいくらでもあるのだ。

 捕虜の管理についてはもちろんだが、穀物貯蔵庫の状態について、病院の数やその設備など、同盟がまだ知らないイゼルローン要塞の情報はいくらでもある。

 ひたすらコンピューターとにらめっこして、データを整理したり保存したり。

「……帰りたい。帰って寝たい」

 リオはコーヒーをすすりながらぼやいた。

 彼女がコーヒーを飲むのはブーストをかけたい時だけである。

 椅子に座ってひたすら作業を続けてもう何日目だろう。

 尻が痛い。目の下のクマも気になる。

(……なにより、本を読めていない)

 家に帰ったらベッドに直行する毎日だ。

 けど、まだまだ休めそうにない。

 今回の作戦でかかったお金についてとか、中に工場まである大きな要塞をどう管理していこうかとか、そういうことまでこれからお仕事になるのだろう。

 まるで働きアリのように。

 これじゃ、リオ・『アリ』ムラだ。

 大して面白くもない冗談で気分が晴れるわけもなく、リオは思わずため息をついた。

「これからヤン少将が戦果をあげればあげるほど、私は忙しくなるんだろうな……」

 仕事に対する情熱が欠けた彼女の呟きに、隣に座っていた顔見知りの男性が応じてくれた。

「ああ、そうだな。英雄の下で働くのも楽じゃねーや」

 彼が大げさに肩をすくめて言ったので、つい笑ってしまった。基本的にリオは年齢問わず男性が苦手だが、リオはこの人は話しやすいし、好ましいと思っている。

「そうですね、あの人……新しいあだ名は魔術師とか、奇蹟……でしたっけ?」

「そうだな。俺たちみたいな高い志がないまま、うっかり軍人になったような奴らとは違うよな」

「あはは……。うん、本当に」

 リオは心から頷いた。

 そうだ、私には高い志などない。

 毎日無難に生活して、本を読めればそれで満足。

(そうだ……本当にそうだよ)

 私はつい、ヤン少将のことをもっと知りたいなんて思うところだった。

 この前、トールのハンマーの絶大な力を知ってしまってから、その気持ちが大きくなっていた。

 危ない。うっかり彼を崇拝したり、尊敬したりするようになったら大変だ。

 あんな目立つ人について行くなんてとんでもない。もし死ぬまでついて行くことにしたら、ろくにお休みももらえなそうだ。

 何より、私は優秀な人間ではない。

 彼と私は違う。

 彼を知りたいなんて思うこと自体、身の丈に合わない欲求だ。

 知る必要もない。彼の人となりも、彼がどんな気持ちで『撃て』と命令しているのかも。

「そう、私は凡人だから」

 リオは自分に言い聞かせるように言った。

 司令官の気持ちを知りたいなんて、私らしく無かった。

 人生はのんびり気楽に、目立たずに。

 それが私のモットーだ。

 なのに何故か、この艦隊で働き始めてから少し調子が狂っている。

 それもこれも全て、ヤン・ウェンリーのせいだ。

 つい、彼は他の上官と違うんじゃないかと思ってしまう。

 違ったらなんだというんだ。

 そりゃ違うに決まってる。

 だってあのヤン・ウェンリーだ。

 私はその英雄のもとで忙しく働く。

 毎日あたりまえに生きて、そのうち死ぬ。

「……それでいいじゃん」

 そのはずなのに。

 リオの脳裏からは、破壊された帝国の戦艦の姿が離れないのだった。

 戦争の残酷さなんて、分かったつもりでいた。

 それなのに。

(……最近、余計なことばっかり考えてしまう)

 ヤン少将は違うと思いたいのか。

 ヤンが司令官に値する人間かどうか、偉そうにジャッジでもするつもりなのか。

 彼はただの、戦果にしか興味のない軍人じゃないとでも思いたいのか。

 リオと彼の間には、なんの関係もないのに。

 自分でもよく、わからないままだった……。

 

 ♢♢♢

 

 なんだか重苦しい考えばかり続いているので、ついでにリオの愉快な体験についてもお話して、口直しとしよう。

 それは、ある夕方の帰り道ことである。

 仕事もどうにか一段落して、リオはご機嫌に歩いていた。

 まだやる事はあるが、とりあえず山場は超えることができたので今日は早く帰宅できる。

 なんにせよ、これからしばらくはもう少し楽になるだろうと肩こりをほぐしながらリオは考える。

「良い肉でも買って帰っちゃおうかな……それとも、気になってた本……いや、映画……」

 鼻歌を歌いながらも、リオは自分へのご褒美を何にするべきかと真剣に脳内会議を開いていた。

(司令官のこととか、イゼルローン要塞のこととか、一旦全部忘れちゃおう)

 一旦面倒な考えを断ち切って、ゆっくり休むことの大切さを彼女はよくわかっていたし、何よりもうそろそろ楽しい想像をしたかった。

(酒でも飲んで、やっぱり肉を……)

 そうだ。この近くに、持ち帰りに対応している美味しいお店があったはず。今日はそこのお肉をたらふく食べよう。そうしよう。

 目的地を定めた彼女は、大通りを右に曲がり脇道に入った。

 あまり知られていない通りなので、人がちらほら見える程度だ。

 近くを歩いているのは老婆と、若い女性が何人かと、親子連れ……

(……ん?)

 遠くにちらりと見える親子連れが、リオの目にとまった。

「……なんだろう、あの既視感……」

 というか、あれは親子なのだろうか。

 二人の男性が連れ立って歩いているが、なんだか親子と言うには微妙な違和感がある。

 若い方の男は亜麻色の髪にすらっとした体。美男子であることが遠くからでも雰囲気で分かる。

 しかしもう一人の方は……

 黒い髪となんだか頼りない雰囲気が、美形というよりも優しそうな印象を与える。

「……なんだかなぁ」

 あの、駆け出しの学者を思わせる背中を、私はどこかで見たことがある。

 優しそうで、ちょっと頼りなくて、黒い髪、中肉中背、駆け出しの学者………。

 リオはなんだか笑ってしまう。

「ふふ、その特徴だとまるで、うちの司令官みたいな……」

 いや待て。

 リオはハッとした。

『まるで』『うちの』『司令官』?

 思わず漏れた笑いが引っ込む。

 いや。『まるで』じゃない。

 リオは確信した。

(あれは、ヤン・ウェンリーだ……)

 なぜ気がつかなかったのか。

 分かってしまえば、もうヤンにしか見えない。

「というか、横の人は誰……?」

 距離のせいではっきりとは見えないが、まだ若い、というよりは幼い顔をしている。

 しかし、可愛らしい顔立ちながらもいかにも女性にもてそうな雰囲気で、ヤンとは何もかもが正反対に思える。

(一体どういう関係なんだ……?)

 もしリオがもう少しヤンという人間に親しかったり、そうでなくても興味を持っていたりしたら彼がヤンの同居人の少年だと分かったかもしれない。

 しかし、リオは残念ながらそのどちらにも当てはまらなかった。

 こういう時、リオの妄想癖はいつも暴走を始める。

(……きっとあの男の子は、不思議な国からきた王子様……?)

 そして前世が騎士だったヤン・ウェンリー卿は、王子様を国に帰すためのお手伝いをしている……

「いや、ないない」

 騎士って感じじゃない。

(それじゃ、あの男の子は実は司令官の腹違いの弟で……)

 きっとスパイの組織か何かに追われてて、それを怪盗ヤン・ウェンリーが華麗に助けてくれる。

「う〜ん、しっくりこないな」

 怪盗って感じでもない。

 リオの頭の中で、ヤンとユリアンはもはや着せ替え人形のようになっている。

 こうなってしまえばもう妄想列車は止まれず、加速し続ける。

 夢中になりすぎたリオがうっかり電柱にぶつかって正気に戻るまで、彼女の妄想は続いた。

 どうにかその日の夕食を調達してから帰宅したが、肉を食べている間もおでこが少し痛んだ。

 しかし、久々に妄想を心ゆくまで楽しめたのでリオはご機嫌である。

 風呂の後はじっくりと本を読んで、眠くなるまで布団でごろごろしていた。

 近頃彼女は自分の中に司令官に対する期待のようなものを感じて悩んでいたが、空想で頭を使ったおかげか今夜は久々にぐっすりと眠れそうだ。

 そういう意味では、リオにとってヤンと謎の美少年は安眠を連れてきてくれる恩人となった。

 そろそろ寝ようかと掛け布団に潜りながら、リオは彼の顔を思い出す。

「というより、ヤン・ウェンリーは同盟みんなの恩人かぁ……」

 リオは夢うつつで呟いた。もうかなり眠たい。目を閉じたら、すぐ意識を失ってしまうだろう。

(せっかく魔術師さんのおかげでイゼルローンを手に入れられたんだから、同盟にも、こうやって眠るみたいに静かで平和な時代が訪れると良いのに……)

 リオは意識を手放す直前に思った。

 いくらリオでも、未来の飛ばし読みはできない。

 これから起きる戦争や、帝国と同盟の行く末を知らない人々が今分かるのは、ヤン・ウェンリーがイゼルローンを攻略したという事実だけだった。

 そしてもちろん、これで同盟も平和になるのではと期待している人も多くいるのである。

 なんにせよ、ゆっくり眠ろう。

 

 銀河の歴史を、また一ページ。

 読み進めるリオ・アヤムラなのであった。


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