バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

102 / 158
019 七転八起

 

 グシャリと崩れる天井。

 ミシリと壊れる壁。

 

 「ククク! さあ、殺戮の時間(ショータイム)の始まりだ!」

 

 白衣の魔術師(ウェイトリー)が吠える。

 すると空間を歪ませ、怪物がこちらへと近づいてくる。

 

 思えば、此処まで来るのに多くのモノを取りこぼしてきた。

 天音の嘆き、リテイク先輩の想い、累たちの願いを斬り捨てたて来たんだ。

 

 「ウウウウ、ヴォオオオオオオン!!!」

 

 怪物が咆哮する。

 その遠吠えに世界が震え、目の前にノイズのような傷が増えていく。

 

 「──光よ!」

 

 真弓さんが怪物へと魔術を放ち、光の雨を降り注ぐ。

 しかし──。

 

 「シュルルル!」

 

 光の雨を避け、僕らへと毒牙を向ける蛇の頭。

 まるでこれまでの奮闘が無駄だと(さえ)ずるよう、舌を捲し立てていた。

 

 「──っ」

 

 ヤバい。

 咄嗟に魔術破戒(タイプ・ソード)現実化(リアルブート)しようと構える。

 

 ──だが。

 

 「大丈夫です!」

 

 それを真弓さんが手で制する。

 光の雨を物ともせず、僕らの前へ躍り出る怪物の尾。

 

 「シッ、シャアアア!!!」

 

 死が迫る。

 数秒後に訪れる末路(ビジョン)が頭に過る。

 

 ドクン。

 真弓さんが叫ぶ。

 

 「輝く光の盾(シャイニング・シールド)!」

 

 すると、僕らを大きな光の膜が覆う。

 

 「キッシャアアア!」

 

 蛇の頭が弾かれ、吹き飛ぶ。

 続いて獅子の腕が振るわれるものの、それを押し上げ光の膜は広がっていく。

 

 「グゥウウウア!!!」

 

 異形の怪物が後ろへと下がる。

 

 ──しかし。

 

 「──ッハ! それがどうした!」

 

 それをウェイトリー=ウェストは許さない。

 真弓さんの魔術を、宙を掴むように継ぎ接ぎの腕を構えて、無意味と嗤う。

 

 すると──。

 

 ピキリ。

 何かが罅割れる音。

 ピキリ、ピキリ。

 光の膜が輝きを増す。

 

 「そ、それは!?」

 

 真弓さんが驚愕する。

 僕も目を見開く。

 空気が凍るような感覚に襲われ、ドバドバと圧縮された何かが僕らへ向かって堕ちてくる。

 

 「────」

 

 ゾクリ。

 現れたそれに言葉が出ない。

 いや、怖気が走ったと言い直すべきか。

 

 「ぅう、あ」

 

 光の膜を覆うように、それはゴポリと落ちてくる。

 真っ黒い泥のような何かが無数の目玉をギョロリと睨むのに、震えが止まらない。

 

 ダズゲデェ、ダズゲデェエ!

 ミズデナイデェ!

 アビャ、ビャ、ビャ、ビャアアア!

 

 泥から這い出ようと無数の人の腕が藻掻いてる。

 得体の知れない何かの助けを乞う叫びも聞こえてくる。

 

 「あっ、あ、ああ、ぁあああ」

 

 真弓さんが悲鳴を漏らす。

 黒い泥を敬うように、異形の怪物が後退する。

 光輝く膜に罅が入る。

 

 「偽物よ。幾ら模倣しようと、本物には至れぬことを思い知るが良い」

 

 人形男が嗤う。

 ゴポゴポと泡立って、黒い泥が光の膜に侵蝕する。

 怨嗟の声が止まらない。

 

 そうして──。

 

 「目覚めよ、混沌」

 

 遂に光の膜が破られ、『混沌』が僕らをあっという間に飲み込んだんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キキキ。

 キキキ。

 

 キキキ、キキキ。キキキィ、キキキ、キキキ! キキキ、キキキ、キキキ。キキキ、キキキ、キキキ。キキキ。キキキ、キキキ、キキキ、キキキ、キキキ! キキキィ、キキキィ、キキキィイ!

 

 海の藻屑と化す意識。

 キュルキュルと巻き戻る人の理性。

 正気を失う直前、地の果てで(オレ)は再び目を覚ます。

 

 「──っ」

 

 身震いする。

 先ほどの光景(ユメ)が頭から離れず、思考が定まらない。

 

 「あ、あ、ぅううう」

 

 その所為か言葉を上手く喋れず嗚咽し、頭を思い切り殴られたように目の前が眩んで仕方ない。

 

 「──っ! あ、ぐぅ、うううう」

 

 呂律が回る。

 舌が上手く働かない。

 ジタバタと手足を動かすも、哀れな虫けらは何も出来ない。

 

 「あ、ああ、ぁああああああああああああああああ」

 

 助けに行かないといけない。

 なのに、夢へ戻ることを体が拒んでる。

 

 「──! ──!」

 

 どうして、駄目なんだ?

 やっぱりオレなんかじゃ、出来ないのか?

 これじゃあ、みんなが託したもの、全部、無駄にしちまう。

 

 ひしひしと無力感が押し寄せる。

 オレがオレである限り、その性を責め立ててしまう。

 

 そうしていると──。

 

 「こんなとこで何やってんの?」

 

 見知らぬ誰かが声をかけてきた。

 

 「──んぁ、れ?」

 

 声のする方へ目を向けると、こちらを見知らぬ青年がそこにいた。

 

 「誰でも良いだろ。んで、何やってんの?」

 

 「──っ」

 

 淀んだ青い瞳がオレを睨む──が、不思議と悪い気はしなかった。

 寧ろ、懐かしさを感じてる始末だ。

 

 何処かで会った訳でもなく、此処に来てから死んだ自分でもない筈なのに。

 

 「何? もう諦めんの?」

 

 胸を穿つ強い言葉。

 突き刺さる筈のそれは不思議と痛くない。

 

 「……そうだな。お前は頑張ったよ。天音も、鈴手も、瑞希も、ウェザリウスも──そして、あの『アトラク=ナクア』さえ倒した。スゲーことだと思うぜ」

 

 男子生徒は尊いモノを見るような眼差しを送るだけで、オレを傷つけない。

 

 「ああ。此処で逃げたって罰は当たらない。なんせ死ぬ気で努力した結果なんだから、な。──んで、だ。此処まで言っておいてだが、どうするんだ?」

 

 唐突な質問をされる。

 それは目を逸らしてはいけない現実を突きつけられたと思った。

 

 けど。

 

 「ぅうう、ぐぅ」

 

 言葉が喉に閊える。

 想いをぶつけたくても、うまく声が出せない。

 

 「このまま、諦めるか。それとも、また辛い現実に立ち向かうか。どちらを選んでも良い」

 

 究極の二択。

 目を背けて人間未満の生を望むか。

 それとも自分の意志を以て生を諦めるか。

 

 どちらにしても最悪な未来が待っているだろう。

 

 「そうか? まあ、お前がそう思うんなら、そうなんだろうよ。──けど、よ。それでも、あの子はお前を待ってるんだ」

 

 青年は見つめる。

 迷うばかりで選べないオレを見つめ続けてる。

 

 「ああ、そうだ。最悪だ。確かにこいつは逃げ出したくなるぐらい最悪だ。起き上がる為の薪もなく、戦う為の炎もない。しかも何も見えない暗闇に一人ぼっちときてる。そりゃあ、心が折れるのも仕方がない」

 

 似ている。

 誰にと聞かれたら言葉が詰まってしまうが、いつか見た少女の想い人と姿が被ってしまう。

 

 「だが、そんなお前を待っててくれてる女がいる。そんなお前に手を引っ張って欲しいと願う女がいる。誰でもない、お前じゃなきゃ彼女は救われない」

 

 青年が気さくに、誰でもないオレを彼女が待ってるんだと肩を叩く。

 

 「……あ」

 

 「ほら、これで少しは楽になったろ」

 

 「ま、待って! 貴方は──」

 

 ヒーローがオレを突き飛ばす。

 せめて名前だけでも聞いておこうと思ったのに、再び意識が遠のく。

 

 「今度こそ泣かせんなよ、──じゃあな!」

 

 夢へと微睡む中、その言葉が頭の中を響いた。

 

 ◇

 

 キキキ。

 キキキ。

 

 ウルタールの猫が鳴きました。

 影絵たちも混沌の誕生を喜びました。

 誰の願いも届かない深淵で、希望を求めて『私』は歩くのです。

 

 カタカタカタ。

 カタカタカタ。

 

 何も見えない。

 誰の鼓動も聞こえない中で、彼を一人きりにさせたと思うと胸が苦しくなった。

 

 「────」

 

 夢があった。

 願いがあった。

 想いというものに憧れたから、此処まで私たちは紡いで来れたのに。

 

 「う、ぅううう」

 

 その結果がこれだ。

 人形男が召喚した『混沌』によって、彼は再び過負荷(オーバーロード)させられてしまった。

 意識を強制シャットダウンさせられると言うことは、彼の意識の片隅で影絵が形成するこの夢世界の死である。

 

 つまり、何が言いたいかというと。

 電源を入れる為のエネルギーがない機械と同じで、今度こそ彼は立ち上がることが出来なくなったということだ。

 

 だから、それもこれで終わり。

 此処では『名城真弓()』が求めた未来も、『フィリア(誰か)』が見た夢も叶わないってことだ。

 

 「……ゃ、だ」

 

 それが、現実。

 それこそが、作り物の私たちが得られる精一杯だった。

 

 「……い、やだ」

 

 本音を漏らすも、現状は何も変わらない。

 

 キキキ!

 キキキ!

 

 遠巻きに見ていた影絵たちが私に手を伸ばす。

 

 「こんなの、嫌だ」

 

 影絵たちが私を侵蝕し、全身を真っ黒に染めていく。

 気が狂いそうな激痛にのたうち回るも、現実は変えられない。

 

 「こんなの、──あんまりです!」

 

 そうだ。

 やっと彼が彼であることを思い出せたのに、こんな最期じゃ報われない。

 

 シスカさんの努力も。

 ナコトさんの親愛も。

 リテイクさんの犠牲も。

 久留里さんの慟哭さえ無駄になる。

 

 ────「もう一度、彼に果てのない空を見せてあげて」

 

 そして、飛鳥さんとの約束も果たせないのだ。

 

 「誰か、誰か助けてください」

 

 立ち上がる。

 無意味でも、これまでの過程を無駄にしたくないと私は懇願する。

 

 「──っ! お願いです! 誰でも良いから、■■さんを助けて下さい!」

 

 叫んだ。

 自分の体がどうなろうと構わず、叫び続けた。

 

 瞬間。

 

 「そういや、知ってたか? 今日、転校生が来るって話をよ」

 

 キーン、コーン。

 カーン、コーン。

 

 真っ暗な世界に鐘が鳴る。

 どうしようもない現実に光が差す。

 

 キキキ?

 キキキ!?

 

 影絵たちが消えていく。

 塵となって世界の一部へと戻っていく。

 

 カツン。

 誰かが駆けつける。

 

 「よう、待たせたな」

 

 動けない私。

 半分が黒くなって使い物にならない身体で、突然現れた男子生徒を見る。

 

 「なんで、此処に戻って来れたかって? それはオレも知らねぇけど──」

 

 助けを呼ぶ声にやって来る。

 窮地の時に駆けつける人を知っている。

 誰かの為に傷つく人のことを、ヒーローと呼ぶらしい。

 

 「まあ、でも。戻って来れたんなら、やることは一つだよな!」

 

 そう言って、私のヒーローが私の手を取った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。