バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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020 よく出来たマヤカシ

 

 「この宇宙には、真理がある」

 

 盤上の駒を動かす男とそれをつまらなそうに見る男。

 そんな二人がチェスを興じている。

 

 「宇宙の真理とは人が到達することのない事象であり、概念領域の守護者そのものだ。あれに目をつけられたら最後。全てを無にするまで、その要因となったもの排除し尽すまで止まらない。──ようは、調和を乱す存在への悪玉菌と思えば良い」

 

 幾つもの末路(ユメ)がモニターへ映し出される。

 そんな光景を見つめながら、自前の銀髪を男は弄る。

 

 「ワタシは、ね。そんな真理を壊したいのだ」

 

 そんなことを笑いながら、無言で見つめ続ける神父へ男は語り掛けた。

 

 「何をしてでも生き返らせたい人がいる。くすむことのない瞳、枯れることのない愛、今も尚色褪せない日常の記憶。彼女を救えるのならね。ワタシは何をしたって構わないんだ。人間の倫理とか、次元の法則とかそんなものは知ったことじゃない」

 

 カツン、と駒の一つが倒れる。

 一つが倒れるとドミノ倒しのように次々と盤上の駒が倒れていく。

 残り少ない手持ちの何もかもが倒れていく様子に二人は何も気にしない。

 

 「真理が邪魔をする。邪魔するのなら、あれもワタシには不要だ。彼女の蘇生を阻むのなら、世界など滅んでしまえば良い」

 

 うわ言を繰り返す男の碧眼は、泥のように濁ってしまっている。

 かつて、希望に満ち溢れた眼をしていたとは思えない変わりようだった。

 

 「嗚呼、憎い。何故いつも邪魔をするノダ、抑止ノ怪物共メ。そんなにも世界が大事カ! ──ならば消シテヤル。この世ノありとあらゆるヲ壊し尽クシテヤル!」

 

 キキキと狂ったように男は泣き笑う。

 神父はそんな男を黙って見つめるしか出来なかった。

 

 ◇

 

 何度、屈したことだろう。

 何度、繰り返したことだろう。

 強制的にリトライし、夢を見続けたのはオレだった。

 

 苦しかった。

 辛かった。

 泣きたいこともあって、逃げ出してしまいたい衝動に駆られたこともあった。

 

 それでも、真弓さんが頑張ってくれたから此処まで生きてこられたんだ。

 

 「なんで、此処に戻って来れたかって? それはオレも知らねぇけど──」

 

 真っ黒になりかけた少女がいる。

 ノイズに侵された体で立ち上がろうとしたのか、あちこちが傷だらけなのが分かった。

 

 「まあ、でも。戻って来れたんなら、やることは一つだよな!」

 

 彼女が手を取る。

 酷く壊れた少女の手は、まだ熱を失っていない。

 

 「そうと決まったら、此処を抜けるぜ!」

 

 自己投影(タイプ・ヒーロー)を使おうと体に力を込める。

 

 ドクン。

 心臓の鼓動が強くなる。

 

 「──っつぅ」

 

 耳鳴りが聞こえ、鈍器で殴られたような痛みが頭を支配する。

 それでも確かな手ごたえを感じ、頭の片隅にイメージが浮かぶ。

 

 ドクン!

 

 そうだ。

 いつだって、この権能(ちから)で困難を乗り越えてきた。

 

 ──なら、今いる場所が此処じゃない何処かだと思い込めば、寮館ロビーへ瞬間移動することも出来る筈。

 

 「ゆ、──■■さん」

 

 少女が不安げにオレを呼んだ。

 身体の半分が真っ黒になって限界だと言うのに、まだ他人を心配するんだと思った。

 

 「行こうぜ、真弓さん。行って、あの馬鹿──飛鳥から記憶を返して貰うんだ」

 

 震える手をギュッと強く握る。

 

 「──っ。……はい!」

 

 視界がモノクロになり、心臓の鼓動が激しくなる。

 割れるような痛みが全身を覆い、暗闇を見たことのある景色へと塗り替えられていく。

 

 「そうだ。駄目なんだ。辛くても、返して貰わなきゃいけねぇんだ」

 

 瞬きをする。

 

 そこは、先ほどまでいた暗闇ではなく。

 だからと言って、ウェイトリーと対峙した寮の廊下でもない。

 

 ジジジ。

 オレは知っている。

 独り歩きする噂を知っている。

 深夜零時にそこへ訪れると女子生徒の幽霊と遭遇するそうで、恐らく藤岡飛鳥も居るだろう場所。

 

 「へ、へへへ。どんな、もん、でぇ」

 

 安心したのか力が抜け、その場に倒れそうになる。

 

 「■■さん!」

 

 それを真弓さんが慌てて支える。

 

 「無茶しないで下さい。もう貴方の体は限界なんです。幾ら夢の世界で、体の復元が出来るとは言え、これ以上の権能(チート)の使用は精神──いえ、魂の死を意味します。だから、」「わりぃ。──けど、大丈夫だから。だから、もう少しだけ無茶をさせてくれ」

 

 真弓さんが心配するのを手で制して、止めさせる。

 

 「頼む」

 

 そのまま大鏡の前へと足を運ぼうとして──。

 

 カツン。

 小さく、けれど、はっきりとオレたちのものじゃない足音を耳にした。

 

 「────」

 

 キーン、コーン。

 カーン、コーン。

 

 鐘が鳴る。

 終わりを告げる訳でもないのに、それが響くのは別に珍しいことではない。

 

 「カカカ! カカカッ、ッカカカ!」

 

 笑い声がする。

 声色だけはよく聞きなれた少女のものだったけど、彼女がする笑い方ではなかった。

 

 「──っ」

 

 まるで寮館ロビーへ瞬間移動したオレたちを待ち伏せていたようなタイミングで、それは鏡の中から出てくる。

 

 「うむ。うむ、うむ! 最高じゃ、最高じゃあ! 久々のシャバは最高にええのぉう!!!」

 

 ふわりとスカートを靡かせ、舞台に立つのはいつかの退場者。

 しなやかな腕を振り回し、スキップ混じりに歩くのは少女の形をした何か。

 

 カツン。

 一歩進む事に紫の髪が揺れる/……嘘。

 

 カツン、カツン。

 二歩進む事に白い肌が光を弾く/嘘だ。

 

 カツン、カツン、カツン。

 三歩進んだところで、紅いダイアの瞳がオレを捉えて離さない/何だよ、これ……ふざけんじゃないよ!

 

 ──カツン。

 そうして、手が届く距離に小柄の少女は立ち止まる。

 

 「リテ、イク先輩?」

 

 「アァン? ノンノン違うのだ、ド戯けぇい! わっちぃはそんなダサい名前なんぞじゃないのじゃ! つーか、知らぬなら教授してやるので、よーく、耳かっぽじって聞くが良い! わっちぃの名前は、『三鬼(みき)』。アストラル戦隊随一悪逆非道吸血美少女の『三鬼』様よぉ! どうじゃ、怖いじゃろ? 故に恐れ慄くが良いぞぉ! カカカ!」

 

 リテイク先輩の姿をした少女がそう言う。

 

 ……ああ、そうだ。

 目の前の少女、『三鬼』は誰かが作り替えた偽物だ。

 よく出来たマヤカシに過ぎないんだ。

 

 「■■さん」

 

 分かってる。

 分かってるんだ。

 

 そんなことは理解してる。

 

 ────「わたしだ、って、三木、あ、い、し、て、る、よ」

 

 けど、理解できても納得できないことがあるんだ。

 

 「おやおや? またまた随分と愉快な顔してますねー」

 

 「──っ」

 

 声のする方を向く。

 すると、そこには腰まで届く赤い髪を掻く少女がいた。

 

 「……二胡」

 

 「やあ。会いたかったよ、愚者くん。君にどう報復してやろうか考えてたら、傷が疼いて夜も眠れなかったの」

 

 ジュルリと二胡が舌なめずりする。

 こちらを見下す態度はあの時と変わらず、未だ衰えない悪意にはある意味で敬意を抱かずにいられない。

 

 「どういうカラクリか知りませんが、また会えるとは思いませんでした」

 

 オレを支える真弓さんが身を乗り出す。

 

 「うぬぬ? それはそうであろう。此度の夢もまた何処ぞの戯けが見る妄想に過ぎぬぞ。そんなものに一々突っ込んでいたらキリがないじゃろ。カカカ!」

 

 乗り出した真弓さんに対し、何故か三鬼が負けじと言い返した。

 

 「しっかし、難儀なモノですねぇ。体はとうに限界で、心の拠り所も失いかけてる。たとえ現実に帰れたとしても、愚者くんには居場所がないでしょうに。……それなのに、どうして諦めないのか理解に苦しむよ。──もしかして貴方って真性のマゾなの?」

 

 ぐるり。

 二胡がそう言いながら、僕たちに向かっていつぞやの大剣を現実化(リアルブート)する。

 

 「まあ、どっちでも私には関係ないけどね!」

 

 ゴウ、と無骨な得物が振るわれ、目の前の少女を巻き込む形で斬撃が放たれる。

 

 「グゥエ!?」

 

 ゴトリと少女の頭が転がって。

 ビシャリと彼女の血しぶきが頬にかかる。

 

 「──っうぇ!」

 

 ──こいつ! 味方諸共、攻撃して来やがった!

 

 そう思い、哀れに切り捨てられた少女へと視線を向けた瞬間。

 

 「カカカ! 良いぞ、良いぞぉ! わっちぃ、そーいうの大好きじゃからのぉう!」

 

 ビクリと起き上がる首なし死体。

 ボトリと落ちた頭を持ち上げ、グチャグチャとそれは首へ無理やり押し付けていく。

 

 「──っ!?」

 

 鮮血が暴れる。

 小刻みに痙攣するそれを前にオレたちは唖然する。

 少女の形をした何かはそんなオレたちを無視し、豪快に笑う。

 

 「……って、攻撃したことは良いのかよ!?」

 

 堪らずツッコミを入れる。

 だが──。

 

 「良いの、良いの。三鬼には、──いや、私たちはそういうのに囚われないから、私たちなの。……それに、ね」

 

 少女たちはこちらの問いに気にした様子も見せない。

 それよりも。

 

 「──っ!」

 

 二胡の碧眼が鈍く光る。

 そして、そのまま無骨な得物を構え直し──。

 

 「──言ったでしょ。私たちは認めないって」

 

 無機質な、まるで感情のない人形のような顔でそう告げた。

 

 途端に彼女の言葉に呼応するよう、大剣が光を放つ。

 まるで少女の言葉に対し剣が呼応するようで、得体の知れないモノを感じた。

 

 ゾクリ。

 背筋に冷たいモノが走る。

 だが、そんなことをお構いなしに少女たちは態勢を整えていく。

 

 「おう、おう! 血祭りか、謝肉祭か? カカカ! どっちにしろ、愉しそうじゃなぁあ! ヨォオシィ! ゴングを鳴らせい、影絵共!」

 

 紫色の髪が靡いた。

 たちまち深紅の瞳が輝き、突き出した両腕に文字のようなモノが包み、禍々しい装甲が継ぎ足されていく。

 

 「なん、だ?」

 

 キキキ!

 キキキ!

 

 影絵たちが悦びの声を上げる。

 すると恍惚とした表情を三鬼が浮かべ、傷を治していく。

 

 「き、ず。傷が、癒えて、く?」

 

 映像を逆再生するみたいに怪我を治す少女にオレは目が離せない。

 

 「──光よ!」

 

 そんなオレを余所に、真弓さんが魔法陣を展開する。

 

 「アハハハ! そうですね、そうですもんねぇ、ドライ・ガントレット! 私たち、その為に生まれてきたんですもの!」

 

 キキキ!

 キキキ!

 

 殺し合いの気配に影絵たちが歓喜する。

 そして、そのまま空を昼から夜へと変えていく。

 

 「それじゃあ、何時ぞやのリベンジと洒落込みましょうか!」

 

 今、少女の掛け声と共に殺し合いの幕が上がった。

 

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