バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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023 自分のことだからね

 

 広がる波紋。

 堕ちる一滴の何か。

 

 ポチャリ。

 

 鏡の中に飛び込んだオレたちを出迎える黒髪の少女。

 

 「よう」

 「…………」

 

 声を掛けてもそいつは呆然とこちらを見つめ続けた。

 

 「約束通り、返して貰うぜぇ──記憶をな!」

 

 だが、構わずオレは指を突きつけ、そう告げた。

 

 「──っ」

 

 息を呑む声がする。

 しかし、小刻みに震える肩を抱くそいつは沈黙を貫いた。

 

 それは、数秒の静寂だったか。

 それとも、数分にも及ぶ黙祷だったかは分からない。

 

 だが、確かな間があったのは事実だ。

 

 「ク、ククク。……やく、そく。約束、約束、約束、カ。……イヒヒ、ヒ、ヒャ、──アッハハハ!!!」

 

 それらを破る嘲笑。

 狂ったように吐き出されるそれは揺るがない。

 

 「傑作、だ。これは確かに傑作と言わざる得ないね。アレが厚顔無恥と罵るのも無理はない。……忘れる。どうせ、また忘れるよ。何度、繰り返したと思う。何度、無様に渡したと思う。……七度。七度だ。そうして、ここまで夢を見続けた。無意味な連鎖を繰り返した」

 

 手を伸ばす少女は、オレを見る。

 オレを見て、黒髪の少女──藤岡飛鳥は叫んだんだ。

 

 「オマエには終われない! 否、オマエだからこそ、それは出来ない! そうだ。──それを手放すことが出来ないオマエに、出来るものか!」

 

 目を剥きながら叫ぶ藤岡に後ずさる。

 その叫びの根幹をオレは知らなかったから、委縮した。

 

 ギュッ。

 

 「知らない。お前がオレの何を知ってるだとか、この状況がどういうカラクリだっただとか、そーいうの全部知らねーよ」

 

 けれど、握られた手の温もりがオレに勇気をくれる。

 傷ついても、また立ち上がろうと支えてくれる。

 

 だから。

 

 「けど! それを! ──オレが知らなきゃ、始まらないんだ!」

 

 片腕で青と赤の螺旋を振り抜き、藤岡へ構える。

 

 「■■さん」

 

 傍にいる少女が手を放す。

 けど、大丈夫。

 傍にいる。

 傍でオレを見てくれている。

 

 ドクン。

 

 その事実がオレを前へと進ませる。

 

 「何も知らない癖に! 何もかも忘れちゃう癖に!」

 

 叫ぶ藤岡の手には何もない。

 いや、彼女の傍には誰もいない。

 

 「知らねぇ、知らねぇ、──知らねぇえよ! けど、それをこれから全部知っていく!」

 

 数メートル先の間合い。

 権能を使えば一瞬で片が付く距離。

 

 「だから、返せ! そいつはオレが背負わなきゃいけねーんだ!」

 

 でも、斬らない。

 魔術破戒(タイプ・ソード)で切り倒すのは簡単かもしれない。

 

 けど、それは逃げだと思うから。

 此処まで支えてくれたコイツに対しての誠意をぶち壊すものだって分かるから。

 

 だから、オレは少しでも藤岡の意志を尊重したいと身勝手に手を伸ばす。

 

 「何だよ、それ。……ふざけるな。ふざけるなよ。──渡さない。渡してなんか、やるもんか」

 

 ダンッ!

 地団太を踏む影法師。

 すると藤岡の姿が消えようとする。

 

 ──しかし。

 

 ピシリと地べたが罅割れ、観客たちがキキキと嗤う。

 

 「嘘。──ま、待って」

 

 慌てだす藤岡に、先ほどまでの強気が嘘のように消える。

 

 パリン。

 パリン。

 パリン!

 

 周囲から硝子の砕ける音が止まない。

 

 「──っつぅ」

 

 ぐるぐる回るような酔いがオレを襲い、吐き気を催す何かが頭を掠めていく。

 

 ジジジ。

 視界がブレる。

 

 「──っが、っは」

 

 思わず膝をつく。

 頭の中を虫が這いまわるような激痛が走る。

 

 「ぐぅ、ううう!」

 

 ザー、ザー。

 ザー、ザー。

 

 見るもの全てが砂嵐となっていく。

 

 「……■■さん」

 

 真弓さんが声を掛ける。

 

 「──待ってます」

 

 ギュッと抱きしめられた気がする。

 

 「ああ、……待って、て、くれ」

 

 堕ちる。

 深い底へと堕ちていく感覚がやって来る。

 

 そうして。

 

 「まあ、良いさ。──どうせまた此処に戻るとも」

 

 夢へ誘う少女が呟くと、意識が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジジジ。

 

 ザー、ザー。

 ザー、ザー。

 

 目を覚ますと僕はそこに居た。

 

 キキキ。

 キキキ、キキキ、キキキ、キキキ!

 

 「エラーコード受諾。サンプルデータ解読開始」

 

 いつかの少女の声で流れるガイダンス。

 僕は椅子に腰かけながら、幾つものモニターを眺めてる。

 

 暗転。蓄積。

 終結。解放。

 

 字の分で描かれる理解不能な言葉たち。

 

 ドクン、ドクン。

 鼓動。鼓動。孤独。脈動。終末。永遠。

 

 モニター中に広がる文字列。

 科学が遅れた住人たちに無縁なそれを、何故だか僕は知っている。

 

 回せ、回せ。

 有限、時間、やり直し。

 戻せ、戻せ。

 記憶、改竄、漂白、昇華、記録、削除。

 

 劇を眺めるように、映し出される怪文を『僕』は見ている。

 

 「どうカな。上手ク、見レて■かい?」

 

 突然、モニターを見ている僕の前に黒髪の少女が立った。

 

 「■ん、大■夫だよ。見レ■る」

 

 少女を手で退かし、画面に流れる文字列(きおく)を必死で思い出そうとする。

 

 「無■、■理。キ■にソレを思■出■るも■かい」

 

 でも、そんな自分を彼女は画面から引き離そうと必死だ。

 

 ドクン。

 ドクン、ドクン、ドクン。

 

 「そ■そも、キ■は勘違イして■ル。こノ記憶ハ、『七瀬勇貴』ノ■ノじゃ■い。全て、『藤岡■■(ゆうき)』■モノだ。■ミが頑張ッたと■ろで無意味ダとモ」

 

 手を振り解こうが、隣に少女はやって来る。

 

 「ソウダ、ソ■ダ! 意味ガなイ! そレ即ち、無駄、無意味、無価値、無謀、無理、無想ノ虚無で■かナイ! ──だから、……止めてよ!!!」

 

 身体が揺すられるのもお構い無しに、画面に流れる文字を必死で追う。

 

 「もう嫌なの! あんな最期はゴメンだって彼は思ったの! 嫌な人生だったって思い続けて死んだの!」

 

 演じるのを止めた少女。

 空っぽで居続けることで『藤岡■■』の記憶を胸に秘め続けた幻想。

 

 第三の自分を騙り続けたそいつは、しがみついて離れない。

 

 「イジメられても、愛されなくても、振り向くことなく生き続けたのに奪われたの! そんな仕打ちをされたのに貴方はもう一度、生き返れって言うの? ……ふざけないで。ふざけないでよ! それはやっていい所業じゃないでしょう! ──あんまりだ、あんまりだ。そんなの、辛すぎるだけだよぉ」

 

 肩を揺らして泣き叫ぶ奴を(オレ)は知っている。

 どうして、まだ少女の姿を取り繕ってるのも知っている。

 

 でも。

 

 「うる■い」

 

 それを振り払ってでも、オレたちはこの記憶を取り戻さなきゃいけない。

 

 「なん、で。……なんで! どうして! どうして、またイキタガルの? ……見せたじゃない。()()へ来る度に、絶望したじゃない! ……意味分かんない。──これに、そこまで尽くす価値なんかないでしょ」

 

 「……あルに、決■ッテんダろう!」

 

 見ただけで解った気になった少女にカチンと来てしまい、思わず叫び返す。

 

 でも、そうなるのも無理はなかった。

 だって、それは。

 

 「奪ッタんダ。託サ■タンだ。みンな、そうまでシて縋っ■モノヲ全部切リ捨テタンダ!」

 

 ──迷いながらも進んだみんなの夢を否定するものだったから。

 

 「──っ」

 

 少女の肩を掴み、叫び続ける。

 

 「人間ニナりタイっテ願イも、好キダって言ッタヤツと会ウ夢モ、タラレバの未来モ全部無カッたコトにシチマッタノニ! ──それヲ今更意味ガナイと笑えルか!」

 

 多くの願いを切り捨てた。

 多くの間違いを犯した。

 七瀬勇貴はそうやって今に至れた。

 

 なら、駄目だ。

 奪った責任を負わなくちゃ、彼らのしてきたことに意味がなくなってしまう。

 

 だから。

 

 「勝手ニ決メん■よ。価値トカ意味トカ、そんなノハ自分デ決■ル!」

 

 そうして、画面の向こうへ手を伸ばす。

 

 すると。

 

 カチリ。

 何かが合わさり、モニターの記号が僕からオレを戻していく。

 

 「……嫌、そんなのあんまりよ。──好きなの。愛してるの。まだ、それを手放したくないの!」

 

 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。

 心臓が鼓動し、失われた記憶が『七瀬勇貴』を通じオレと結合する。

 

 「──ッゴハ」

 

 嫌悪感がやって来る。

 生きたくないと懇願するそれに吐き気がする。

 どうしようもない自己嫌悪と共に思い出したくない過去が頭へ刷り込まれていく。

 

 ドサッ。

 黒髪の少女が倒れる。

 

 「止メ、ロ。早ク、手放セ! ……クソ。キミなんか。キミなんか、嫌イだ!」

 

 キキキ!

 キキキ!

 

 そんな少女を影絵たちが嗤う。

 

 「あア、──よく知ッ■ルよ」

 

 地に伏せる少女、■■飛鳥へそう言うと僕はその場に倒れ込むのだった。

 

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