バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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010 さあ、反撃の狼煙を上げろ

 

 「貴方、神父よりも上等なものでしょ」

 

 呆れ顔で先輩は指を鳴らした、その瞬間。

 集った影が無数の猿の形を作り出し、僕らに向かって襲いかかった。

 

 「イヒヒヒヒィイ!」

 

 伸びる影。

 最早、猿という枠組みさえ捨てた不定の存在が僕らを襲う。

 そんな形振り構わない敵の猛攻に、先輩は微笑みを浮かべる。

 

 「先ずは小手調べってことかしら?」

 

 大きく円を描くよう華奢(きゃしゃ)な腕が振り回さる。

 すると旋風が巻き起こり影たちを搔き消した。

 

 「アハハハ! ワッラエェるぅ!」

 

 影が消えると、神父がそう叫ぶ。

 すると、声と顔が、──神父を形成するあらゆるものが変貌(へんぼう)した。

 

 「──っな!?」

 

 キキキィ!

 同時に影が現れ、僕らに襲い掛かる……!

 

 「──っち! 邪魔!」

 

 先輩が(なぎ)払うも、無尽蔵に影たちは湧いてくる。

 

 「──っ!」

 

 無尽蔵に産み出されると聞くと、単体では弱いイメージに片寄りがちになるが実際は違う。

 先輩の規格外がなせるお陰で今は均衡(きんこう)を保っているが、影の戦闘力は底計り知れない強さを持っている。

 事実、ゆっくりではあるモノの確実に間合いを縮める影に対し、先輩も思わず舌打ちをした。

 

 「あらら? もうオシマァイなのかしらァア?」

 

 倒してもキリがない影絵の軍勢に圧巻される僕らを神父はケタケタと嗤う。

 

 数秒の内に見たことのない姿。

 醜悪に(ただ)れた皮膚(ひふ)の老人、未来に夢みそうな少女や狂気に慈愛(じあい)を感じさせる女にエトセトラと変貌して僕らを困惑させる。

 

 「ご冗談。これしきのことで降参すると思って?」

 

 どんな怪力を持っていたとしても底の知れない海を殴ることと同じだ。

 誰も彼も叶いっこないって思えるぐらいの光景。

 けれどそれに(すが)るしか僕にはこの場を乗り切る手段がない。

 嗚呼、目の前の状況が生きることの無意味さを物語ってるようだ。

 

 「ええ、そうです。そうでしょう。貴方の人生なんて、それぽっちなのです」

 

 不意に、頭の中で聞き覚えのある少女の声が響いた。

 

 「──っな?」

 

 そして──。

 

 その声に賛同するかのように意識が真っ暗闇に引きずり込まれた。

 

 「──っにぃいいい!?」

 

 ゴポゴポ。

 ゴポゴポ。

 

 暗転する意識は、何をしたところで無意味な泥沼へと堕ちていく。

 

 もう無理だ。

 何をしたって無駄だ。

 そう思えて仕方ないと理性が錯覚する。

 

 「──っあ、ぐぅ、うぅう」

 

 息が上手く出来ない。

 神父も先輩も学園もありとあらゆるものが幻に消えていく。

 

 「ぜーんぶ、嘘っぱちなんです。妄想です。貴方に残されているものなんて、なーんにもないこの暗闇だけ。所詮、貴方は兄さんの代用品に過ぎないのです。でも、もうそれも終わりです。つかの間の幸せとやらも十分、楽しめたでしょう?」

 

 何処かで聞いたことのある少女の声。

 幼げなそれは、まるで突拍子もないことを言い出した。

 

 「ええ、その通り。その通りなのです。そして貴方の人格もこれで終わり。貴方のアストラルコードの変換もこれで完了。初めから期待されてない貴方は、漸くその生きる人生に意味を持たせられるのです。最高でしょう?」

 

 悪魔の(ささや)きが脳に伝わる。

 僕という個が不要なもので、別の人格になることこそがお前の幸福なのだとそれは決めつける。

 一度目と同じように二度目の生も諦めろだなんて言って退()ける。

 

 救いを求め手を伸ばすが、誰もその手を掴まない。

 現実に夢も希望もないと知っているのに、僕はまだ諦めない。

 

 ────「そんな私にとって勇貴さんは、希望みたいなものなんです」

 

 頭の中でもう何度繰り返したであろう■■さんの言葉。

 誰にも認められなかった僕が、誰かに認められていたと知ったのはいつのことだったか。

 あの言葉は誰が言って、誰が想って、誰が僕に伝えてくれたことだったか。

 

 僕を希望みたいだと言った少女は自分に何を期待していたのか。

 

 「──ふ、ふざ、け、ん、な」

 

 救いを求めた。

 夢を見た。

 逃げ出してばかりの僕に優しくしてくれた。

 もう何を話したのか思い出せないけど、それでも懸命(けんめい)に何かを伝えてくれたことを簡単に切り捨てられない。

 女が嘲笑(あざわら)う。

 もう終われと凶弾するのは、名前も思い出せない誰か。

 

 ──思い出せ。

  僕が僕であることを肯定した唯一の存在を思い出せ!

 

 「終わ、り、じゃ、な、い。ぼ、く、は、ま、だ」

 

 息が苦しい。

 首が締め付けられて息が出来ない。

 酸素を求めて手足をバタつかせると、身体の感覚が少しだけ取り戻す。

 

 生きたいと思った。

 自分が誰かに必要とされたいと強く願った。

 それがいつのことだったかは思い出せないが、確かに願ったから僕は此処に居る。

 

 手を伸ばす。

 どんなに絶望的でも諦めなければ、きっと届く。

 

 「いいえ、終わりです! 今度こそ、これで、終わりなんです!」

 

 そうじゃなければ僕は、

 

 ────「──ねえ、本当にキミはそれで良いの?」

 

 あの時、彼の言葉で彼女の言葉を思い出さなかったのだから……!

 

 「意志(コード)の確認。魔術破戒(タイプ・ソード)起動(コード)を認証しました。これより、魔術破戒(タイプ・ソード)現実化(リアルブート)を開始します」

 

 意識が薄れていく中、脳内に機械的なアナウンスが直接響き渡る。

 その音声ガイダンスに従い、伸ばした手に光が握られる。

 光が闇をかき消し、剣となって僕の身体を軽くした。

 

 「……な、なんですか。そ、れ?」

 

 少女の声が光を見てか、怯える。

 すると底なし沼から元いた校舎に意識が戻り、その光の剣を神父へと振るう。

 

 「知らない。でも、諦めなかったから神様がくれたんじゃないの?」

 

 いつか見たアイドルの顔をする、ナイ神父。

 その顔を認知するのに、どれだけの時間を要したのかは知らない。

 それは途方もない月日なのかもしれないし、永遠に近い数秒単位の話しなのかもしれない。

 

 「へぇ。これはまた()()ちゃんも、とんだ置き土産を残したものね」

 

 前に居た先輩が後ろにいる。

 きっと彼女も僕が知らない真実を知っているのだろう。

 失った僕の記憶も、目の前の神父の正体も、この何もかもが可笑しい世界さえも。

 

 でも、そんなことはどうでもいい。

 今、気にするべき事は目の前の障害をどうするかってことだけで、それ以外を考える余裕なんて僕にはない。

 

 「ちょ、調子に乗ってるんじゃ有りませんよ! アンタなんか直ぐにでもお釈迦(しゃか)にしてやるんですから! 一度、拘束から逃れたからって次も逃れられるなんてそんな都合のいいことは起きないんだヨォ!」

 

 再び、神父は様々な姿かたちへと変貌する。

 影絵の猿が神父の元へ集まって、大きな存在へと融合していく。

 数秒を待たずして校舎を覆うぐらい巨大な影へと神父はなった。

 

 「デ、デカイ……! けど、」

 

 光の剣から熱を感じ、第六感がその影を殺せると告げている。

 

 「──やれる!」

 

 巨大な影が腕を伸ばし校舎を破壊していく中、ひび割れていく地を駆け出す。

 巨人を連想させる全長の影は、その強腕を容赦(ようしゃ)なく振るう。

 

 その腕に掠りでもしたら、ちっぽけな僕なんてひとたまりもないのは明白。

 だが、それ以上に湧いてくる自信がその脅威(きょうい)を無視して足を更に進ませる。

 

 一分にも満たない時間。

 コンマ刻みで円を描く刃。

 永遠に感じる刹那、放たれたその一閃が影へと触れる。

 

 ──パキン!

 

 小さく、しかし確かに何かが音を立て割れる。

 その音と共に消失する影。

 剥き出しの裸同然に、その姿を(さら)す聖職者が目を見開き驚いた。

 風が(なび)く。

 ありとあらゆる幻想を破戒する魔剣が、此処に顕現(けんげん)した。

 

 「な、ナニ!?」

 

 振るった一撃の勢いは止まらない。

 明後日の方向に飛ばされるように神父めがけて一直線。

 

 「──ッハァアアア!!!」

 

 瞬きする暇さえ与えず、そのまま神父を一刀両断。

 血と臓物をまき散らす神父は、最期の断末魔を上げることなくかき消すように暗闇へと散った。

 

 カチカチ、カチ。

 聞こえる筈のない運命の針が回ったような幻聴を耳にする。

 

 神父の姿が消滅すると手に握られた光の剣も消えてしまった。

 一秒か。それとも数秒の内に崩れかけた校舎が元に戻っていく。

 まるでゲームの世界なのだと言わんばかりに崩壊した校舎が元へ戻っていく。

 

 「──っえ?」

 

 あり得ない現実を前に夢でも見てるんじゃないかと驚いていると、

 

 「あちゃー、時間切れかー」

 

 先輩が文句を言いたげに、そう呟いた。

 

 「時間切れって、そりゃあ、どういう──」

 

 そんな先輩の呟きにどういうことか問い詰めようとしたが、続く言葉が出なくなった。

 

 だって、後ろにいた筈の先輩の姿が突然消えてしまったのだから。

 

 目映い光に身体が包まれる。

 カチリと何かの欠片が()まったの感じ、そこで僕の意識は途絶えた。

 

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