夢を見る。
ジジジ。
それは遠い昔のことなのに、最近のように思える情景。
ザー、ザー。
懐かしく。
けれど、私のものでない、借り物の記憶。
「────」
これは、手を伸ばせば届きそうな、目映い光でもあり。
道草に生えたすみれのような、ありふれた少女の回想だ。
◇
特殊な異能をその身に宿してたりとか、王族の血筋を引いていたとか、そういう特別なステータスを持っていた訳ではない。
只、道端を歩いていたら、事故に巻き込まれる。
そんな類いのアクシデントに見舞われただけの平凡な人間でしかなかったんです。
「これといって、才能なかったのに、ね」
あの歴史上の大事件に巻き込まれなければ、
何故か人生で初めての強運が発揮してしまった私は、
悪い魔法使いから正義の味方が女の子を助けるとか。
好きになった人が居て、その人が死ぬとか。
そんなのはこの世界だとよくある不幸で、誰もが聞いたことのある悲劇でしかないのです。
「……やあ、今日も来たよ」
そう。私に起きたことは、そんなありふれた話なのだ。
今は亡き貴方の墓前に花を添え、黙祷する。
たったそれだけで、死者を弔うなんて生者の慰めになるんだから、やって損はないのだろう。
「────」
死とは生きているモノが迎える絶対の理で、回避することなど不可能な概念だ。
それが在るから、この宇宙は半永続的な循環を保っている。
だから、それを壊すことは誰であろうとしてはならないんだって貴方はよく語ってたっけ。
────「お前となら、良いかもなぁ」
黙祷をしている時、ふと貴方の言葉が頭を過る。
「これでも堅物だったんですけど、ね」
しっかし、少し話しちゃうだけで惚れちゃうとか私ってチョロ過ぎじゃない?
そりゃあ、貴方はイケメンだったし。なんか私に対してスゲー優しくしてくれるしで無理もないんだけど!
それでも、あれだよ。絶対、主人公補正入ってるよね、貴方って!
だって、
ええ。そう愚痴らずには居られないぐらい、あの時の私は浮かれてたのは確かです。認めます。認めますとも。
……でも、ピンチに駆けつけてくれたヒーローに恋しちゃうのは仕方ないよね?
「……はあ。どうして、死んじゃうんですかねぇ」
墓前に添えた花が風に揺れる。
でも、私の口からこぼれた問いの返事はない。
当たり前だ。
死者は蘇らないのだ。
……今なら、あの
「全く、これからどうしろと言うんですか? 瑞希ちゃんもウェサリウスちゃんも誑かすだけ誑かして、ポイですか? これだから、貴方って人は──」
どれほど愚痴を言えども、大切な人は帰ってこない。
只、虚しさが積もるだけでポッカリと空いた胸の穴は埋まらない。
そんなことは知ってる。
そんなことは分かってる。
けど。
「ねえ、聞いてるんですか? ねえ、……ねえ、ってば」
それでも、私は口にせずにはいられないのよ、古瀬。
カツン。
そんな時。
「ククク。今日も墓参りか? 全く、精が出るものだな、名城真弓よ」
「ナ、イ神父? どうして、貴方が此処に!?」
一度死んだ男が、──『
「どうしても何もない。ワタシは『外なる神』の一端末に過ぎん。であるからにして、ワタシという情報から『
愉快そうに私を見て、男は笑う。
「何が目的なの?」
敵意を滲ませ、白髪の神父へ問う。
「ククク。なーに、哀愁漂う貴様を見て、情けをかけてやろうと思っただけのことよ」
どの面下げて言うの?
そう思いつつ、私は話の続きを促した。
「知っての通り、この第二共環高等魔術学園はワタシたち、──『外なる神』を降霊する為に
コクリ、と頷く。
「ふむ、結構。ならば、奴の目的である完全な死者蘇生を完成させる術式がこの地には幾つも放置されている。そのどれもが未完成に近いモノであり、欠陥を抱えている代物だが──。実はな、完全ではないにしろ死者の魂を呼び寄せる装置があるのだよ」
……それは、耳を傾けてはならない悪魔の誘惑だった。
「まあ、死者の魂を呼び寄せるだけで現世に定着させる術のない不完全な代物だ。故に、
けれど、あの時の私にとってそれは──。
キキキ。
キキキ?
キキキ!
影絵たちに休息はない。
彼らが活動を休止してしまえばこの世界は存続することが出来ない。
「ぐぅ、っは!」
だから。
「何故、だ? 何故、君たちが魔導の残党に肩入れしてるんだ?」
例え、自分の手を血で染めることになったとしても、それを邪魔するのなら何だってするのです。
グシャッ!
頭を潰され、ピクピクと痙攣する
その姿は、宛ら手足を捥がれた虫みたいで同じ人間とは思えません。
「……ごめんなさい」
彼ら、討伐隊の人たちを騙すのはそれほど難しくはなかった。
実際、魔導の残党が持ち合わせていた
「恨んで貰って結構ですよ」
この夢の世界を壊されたら、此処までの計画がすべて台無しになってしまう。
そうなったら、あの人に会えない。
だから、古瀬に会う一心でおびき寄せた二人の討伐体の頭を潰したんです。
「や、やめ──」
グシャッ! グシャッ! グシャッ!
グシャッ! グシャッ! グシャッ!
何度も。
何度も、念入りに。
「真弓さん、止めましょう。……もう事切れてます」
「ハア、ハア」
カラン。
そうして手に持っていた
「わた、し、──私は」
取り返しのつかないことをした。
それはいけないことで。
それはとんでもない愚かなことでした。
……でも、仕方なかったんです。会いたかったんです。
此処に来て、ようやく感情のない筈の影絵でも心を持てることを理解したの。
たとえ、それが人間の感情を真似ただけの別物でも私は──。
「それ、でも──」
間違いだと分かってた。
誰も喜ばないのも知ってた。
協力してくれた二人にだって嘘を吐いてる。
けれど、どうしても古瀬との再会を願わずにはいられなかったの。
「先を急ぎましょう、お兄ちゃんが待ってます」
震える私に向かって、瑞希ちゃんが先を促しました。
ジジジ。
カツン、カツン。
空っぽの祭壇を埋める為、宙へと続く階段を私たちは上る。
思えば長かった。
協力者を探すのも一苦労したし、影絵という生命体と対話することに困難を極めたと言っても過言じゃなかったよ。
カツン、カツン、──カツン。
でも、それも終わり。
長かった私たちの計画の執着地点にようやくたどり着いたのです。
「着いたわ」
ヒュウ、と風が吹く。
階段を登り切った私たちの先に固く閉ざされた門が見えました。
「二人とも、覚悟は良い?」
後ろにいる二人へ問います。
「大丈夫だよ、真弓さん」
「え、ええ。出来てます。出来てます、とも」
協力者の少女たちの返事を聞いて、私は懐から『銀の鍵』を取り出して。
「じゃあ、──行くよ」
固く閉ざされた門を『銀の鍵』を使って開けました。
「──っ」
そこで
「ハア、ハア」
彼が死んで巻き戻るといつも寝そべっている祭壇から私は起き上がる。
「早く、行かなきゃ」
そう言って地下聖堂を出ようとしました。
「行かせると思うかね、
ですが、それは果たされません。
何故なら。
「ククク。今度こそ、
『
「……ナイ神父」
振り返るとやはり数メートル先に黒い修道服の男が居ました。
この男は私たち、影絵とは違います。
だからと言って、人間でもありません。
彼は『
だから、この世界であろうとなかろうと死ぬことはないのです。
「その為には一刻も早く、あの空の器に『
手を大きく広げ、こちらへ近づくナイ神父。
「出来ませんよ。貴方には、──」
それを──。
「悪いが、その手は封じさせて貰った」
私の手を神父の手が掴む。
「──え? な、何で」
神父の姿が離れていることは確認出来ていた。
そして、
なのに、それを封じた。
こんなこと、今まで出来なかった筈なのに──。
「ククク。理解出来ないと言った顔だな、
ナイ神父が私の手を掴む力が強くなる。
「や、止め──」
それだけで、彼が何をしようとしているのかが分かってしまった。
「助けを求めても無駄だ。『廃騎士』は愚者の傍に居て離れており、『道化師』はこちらの制御下にある。尾張飛鳥はあのザマで、他の
口元を大きく歪ませ、神父は嗤う。
「さて、お前のアストラルコードを消すことはアクセス権を持たないワタシには出来ぬことだが、二度と舞台に上がれなくすることは出来る」
ギリギリと掴まれた手の感覚が消えていく。
「い、嫌です! まだ私、あの人の願い叶えてないんです! 此処で戻ったら、私──」
「ククク、ククククク! 大丈夫だとも。お前が戻る頃にはすべて終わらせておいてやる。故に安心して、眠るが良い!!!」
ナイ神父はそんな
キキキ?
キキキ!?
キキキ、キキキ!!!
そうして、私の意識は再び真っ暗闇に閉ざされるのでした。