バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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039 王ト愚者

 

 見渡す限りの虹色の花畑。

 走っても、走っても終わりが見えず、いい加減、僕の目がチカチカして困った。

 

 「本当、此処は何処なんだよぉ」

 

 うーん、──そうだ。

 

 「自己投影(タイプ・ヒーロー)を使えば行けるんじゃ──」

 

 自己投影(タイプ・ヒーロー)は、強く思い込むことで思考を現実化(リアルブート)出来る権能(チート)だ。

 なら、此処が何処だろうと今いる場所が教室だと思い込めればそこが教室になる筈。

 

 「……よし、それで行こう」

 

 当たるも八卦当たらぬも八卦って言葉もあるし、やってみるか。

 

 「────」

 

 目を瞑る。

 此処は、教室。

 自分がよく通う学園の教室だと強く思い込もうと──。

 

 その時。

 

 ドクン。

 

 「──っ」

 

 心臓が鼓動すると共に、空間が軋む音が響く。

 すると、頭に割れるような痛みが走る。

 

 「──!」

 

 しかし。

 

 「……あれ?」

 

 それも一瞬で掻き消えてしまう。

 

 「可、笑しい、なぁ……」

 

 手ごたえはあった。

 確かに自己投影(タイプ・ヒーロー)を発動した時と同じ感覚が僕を襲った。

 

 しかし、現状は何も変わらないということは、つまりこの場所では自己投影(タイプ・ヒーロー)を阻害する何かがあるということ。

 

 「うーん、どうしたら良いんだ?」

 

 考えろ。

 幾ら、権能(チート)と言っても出来ることには限りがある。

 そうだ。

 どんなに現実離れした能力でも使う側は僕なんだ。

 

 なら、出来ることには僕っていう人間の考えうることで収まらなければならない。

 

 「闇雲に権能(チート)を使うのは、後々、何があるか分かったものじゃないから駄目だ。此処は、慎重に行かなきゃ脱せな──」

 

 ────「そうでなくては、『無の空間』なる権能(チート)以上の魔導魔術である『恩恵(ギフト)』を二胡には与えなかった筈です」

 

 その時、真弓さんの言葉が頭に過った。

 

 「……そういえば、『無の空間』って二胡が発動した恩恵(ギフト)ってヤツは何なんだろう?」

 

 そもそも、あの『無の空間』とやらも二胡が発動したものなんだろうか?

 

 「あの時は、状況的に二胡さんが発動したと思ってたけど。──うん、そうだよ。やっぱり、可笑しい。二胡が発動したにしても、使用した素振りがないじゃないか」

 

 そうだ。

 あの時、二胡は僕たち三人の相手で手一杯だった。

 そんな彼女が、ノーモーションで『無の空間』という恩恵(ギフト)を使えるだろうか?

 

 「──っ」

 

 さらさらとした風に髪が靡く。

 思えば、こうしている間も影絵の少女(真弓さん)は僕を探しているのだろうか。

 

 「────」

 

 果ての見えない虹の花畑。

 誰もいない、一人ぼっちの空間にさ迷う僕。

 

 鳥のさえずりも聞こえない。

 陰湿な囁きも響かない。

 永遠に誰もいない世界で今も尚、虹の花は咲き続けている。

 

 「……あの時、二胡じゃない誰かが僕を『無の空間』へ誘った。それは確かで、それは絶対なんだ。あの感覚も、あの苦悶も、この記憶も嘘じゃないなら──」

 

 誰だ?

 あの場にいた誰かだとしたら、それは僕といた二人の内のどちらかだ。

 

 ……えーと、確か二胡が大剣を振るうと浮遊感に襲われたんだっけ。

 そして、頭が痛くなってその場で倒れて、それから──。

 

 「────、待った。そもそも、あの時の僕は幻影疾風(タイプ・ファントム)を使ってたんだ、よ。だったら、僕がコンマの世界に入る前に使わなきゃ効果が発動しないじゃないか」

 

 ────「よろしくってよぉ!」

 

 その直前に誰かがやったことって言えば、シェリア会長に化けた魔女が持っていた二丁拳銃を撃ったことだけだ。

 

 ────「遺言は聞かないわ。それで時間を戻されちゃ、堪ったものじゃないもの!」

 

 今にして思えば、魔女の色欲の権能(チート)とはどういう効果だったんだろうか。

 

 そうだ。撃たれたら死ぬというのが直感しただけで、これと言ったことは何も知らない。

 只、何か恐ろしいことになる。

 

 そんな訳も分からない脅迫概念に突き動かされたんだ。

 

 「そういえば、あの時も自己投影(タイプ・ヒーロー)は発動出来なかった」

 

 シェリア会長の姿から自分へと変えた時も僕は使えなかった。

 

 ──でも。

 

 「でも、もう居ない。魔女は、──シェリア・ウェザリウスは確かに僕がこの手で倒したんだ」

 

 この手には、魔術破戒(タイプ・ソード)で斬った感触が残ってる。

 この頭には、未だ死にたくないと懇願した魔女の顔が拭えない。

 

 だから、嘘じゃない。

 あの最期は、きっと嘘じゃない筈なんだ。

 

 「だったら、どうして?」

 

 疑問が尽きない。

 考えが纏まらない。

 否定ばかりで、これと言った正解にたどり着けない。

 

 「迷ウのでアルのナラ、いっそノこと全て諦メテしまッテ良いのダゾ?」

 

 聞き覚えのある声がした。

 

 「──え?」

 

 ドクン。

 悪魔の囁きにも聞こえるそれは、いつもとは違うモノを感じた。

 

 「どうシタのかネ? まさか、ワタシの声ヲ忘レタわけではアルマイ?」

 

 風が吹く先によく知る男が立っている。

 

 「────」

 

 驚きで声が出ない。

 

 二度目の邂逅。

 それは、いつか見た光景の焼き回し。

 

 「驚きデ声ガ出ナイか。マア、ソレも無理もナイ。──しかし、ツレナイ。先ほどマデの威勢がまるでナイゾ」

 

 男、──否、その青年は銀の髪を煩わしそうに搔いている。

まるで、僕のことなんか心底どうでも良いと言いたげに碧眼を細めている。

 

 ジジジ。

 頭が痛い。

 声を聞くのも煩わしい。

 

 でも、聞かないと。

 君は誰だと聞かないといけない。

 

 「──っ」

 

 ドクン、ドクン。

 心臓がはち切れそうで、何だかとても恐ろしく息が詰まりそうだ。

 

 「ククク。アア、その感覚ハとても正シイ」

 

 バサリ。

 青年の羽織った黒いローブが靡く。

 ニタリと歪む口元に僕は、──オレは体が硬直する。

 

 「……あ、れ?」

 

 パリン、と何かが欠ける。

 ゾクリ、と背筋が凍る。

 

 今、一瞬。

 何かとてつもない違和感があった。

 

 「何だ、──これ?」

 

 そう、違和感。

 頭の中に異物を押し付けられた感じ。

 

 ゾワリ、ゾワリと鳥肌が立った。

 分からない。

 よく分からないのに、青年は笑ってる。

 

 「き、みは、──君は誰なんだ?」

 

 思考が定まらない。

 目の前の青年は真っ直ぐこちらを見つめてる。

 

 「嗤エル話ダ」

 

 呆れてる。

 鏡映しの青年は僕の言葉を無視して、片手を突き出す。

 

 「ダガ、ソレデ良イ。ソウでナクてはオマエに『エンドの心臓(ソレ)』を埋め込んだ甲斐がナイ」

 

 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。

 心臓が跳ねる。

 

 「う、あぅ、──ぐ」

 

 まるで青年の意志に肯定するよう、心臓は跳ね続ける。

 

 「モウ、立っているノモ辛かロウ? 本来ナラ此処デ始末シておくノガ慈悲とイウモノだガ──」

 

 突き出した手に何かが握られている。

 

 「────それ、は」

 

 罅の入った歪な黒い箱。

 いつか渡されたものと似た箱の罅が赤く光る。

 

 「ソレでは計画ニ支障ガ出るトいうモノ。ナラバ、眠レ。夢ヲ見るコトこそオマエの使命デあるのダカラナ」

 

 名を騙らぬ青年は僕を見ない。

 だが、それで良い。

 今はまだ、その名を語る刻ではないのだろう。

 

 「────」

 

 意識が遠のく。

 

 キーン、コーン。カーン、コーン。

 唐突な眩暈と共に、何処からか鐘の声が聞こえた。

 

 ◇

 

 「────」

 

 気が付くとまたそこにいた。

 

 星のない夜。

 果てのある空。

 何もない虚構を繰り返す愚か者は暗闇に立っている。

 

 「──っ」

 

 一歩進もうとする度、夢を見た。

 

 「──ぅう、あ」

 

 それは、いつかの、ありふれた出来事だった。

 

 「う、ぐぅ」

 

 辛かった。

 苦しかった。

 憎かった。

 

 ──でも。

 

 「ハア、ハア」

 

 そのどれもが自分にとっては、掛け替えのないモノで。

 幾度となく繰り返した記憶は、歪な僕の生きた証だった。

 

 ────「勇貴さん」

 

 声がする。

 

 ────「勇貴さん」

 

 たくさんの人が僕を手招きする。

 

 「────」

 

 それは、終わらない物語。

 それは、矛盾で彩られた箱庭。

 

 ────「七瀬」

 

 誰もが願った。

 幸福を願った。

 願いを夢見て、物語に溺れ続けた。

 

 ゴポゴポと息がこぼれる。

 海の底にいるような感覚に僕は惑わされる。

 

 ────「ユーキ」

 

 ああ。なんて優しくて、甘い誘惑だ。

 続けれるなら、僕は永遠に囚われていたいと思う。

 

 ────「私たちの願い、──いや、フィリアの夢を」

 

 でも、それは駄目なんだ。

 

 「お、わら、せ、な、きゃ」

 

 夢じゃなく、現実に生きたいという願いを託されたんだ。

 

 だから。

 

 「ハア、ハア!」

 

 手を翳し、前を見る。

 だが、そこには暗闇が続いているだけで、幻聴はしないし、誰の救いの手もない。

 

 「────」

 

 ゴウ、ゴウと身体の奥底の何かが唸る。

 

 「──っ」

 

 眩暈がする。

 歯を食いしばるほどの激痛が頭の中を駆け回る。

 

 キキキ。

 キキキ?

 キキキキキ!

 

 何処かで見ているだろう影絵たちの嘲笑が聞こえる。

 無様だ、滑稽だ。

 もう諦めて、早く楽になってしまえと言っているようだ。

 

 それは、正しい。

 こんなことは只の徒労だ。

 

 「それ、──で、も!」

 

 ドクン、と偽りの心臓が鼓動する。

 身体の中にある魔術器官が悲鳴を上げる。

 

 そうして、

 

 「僕が、終わらせなきゃいけないんだ!!!」

 

 僕はそこがいつもの自室だと思い込んだ。

 

 パリン!

 何かが砕ける音が響くと、そこはもう暗闇ではなく。

 

 「ハア、ハア」

 

 見慣れた、物が乱雑とした自分の部屋になっていた。

 

 「帰って、来れ、た?」

 

 安堵したことで、これからどうするかを考える。

 

 コン、コン。

 そうしようとしたら、部屋のドアを誰かがノックした。

 

 「おはよう。起きたばかりで且つ突然の訪問で申し訳ないが、出てきてはくれないか? 話がある」

 

 ドア越しから聞こえた、清廉そうな少女の声。

 

 「シス、カさん?」

 

 音を立てながら、開くドア。

 その先にいるのは、目も眩む金髪の女子生徒。

 

 「そうだ。シスカ。シスカ・クルセイドだ。邪魔するぞ」

 

 開いたドアを見続ける僕に向かって、彼女はそう言うのだった。

 

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