バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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042 さよなら、愛しい人

 

 「これで、終わりだ」

 

 告げられる死刑宣告。

 神父による影絵の槍が僕の首を撥ねようと振るわれる。

 

 「──っ」

 

 避けられない、そう思った時。

 

 ドンッ!

 背後から突き飛ばされ、その場を転倒してしまう。

 

 瞬間。

 

 「──っな!?」

 

 柘榴の潰れる音がした。

 辺り一面に果肉(にくへん)を散らばせたそれが、起き上がろうとした僕の全身に血飛沫を滴らせた。

 

 「あ、ぐぅ──ハ、ハハハ。見たかい、傑。ボクだって、やる時はやるんだ、よぉ」

 

 そうして挽き肉となった誰かはヒラヒラのスカートを靡かせながら、懸命に僕へと微笑んだ。

 

 「──っちぃいいい、邪魔を、す、る、な!!!」

 

 それに憤慨した神父は影絵の槍から無数の手を伸ばし、肉塊となった果実(しょうじょ)を薙ぎ払う。

 

 「飛鳥!!!」

 

 薙ぎ払われた衝撃で四肢を曲げられ潰される飛鳥。

 

 しかし。

 

 「ハッ、──ァアアア!!!」

 

 その後ろから虹の一閃があらゆるモノを薙ぎ倒し、神父を塵も残さず消し飛ばす。

 

 「ッギィ! ギ、ギギギ! 小賢しい!!!」

 

 だが、止まらない。

 全身が吹き飛ばされようとも瞬時に身体を再構築し、現れたシスカさんに構うこと無く影絵を纏う手を伸ばす。

 

 「がぁ、ぐぅ!」

 

 首を絞められ、頭に痛み(ノイズ)が走る。

 

 「無駄、無駄、無駄! 所詮、オマエたちの攻撃なんぞ空想上の存在! そんなものがこの『外なる神』の端末であるワタシに通じるものか!」

 

 ドクン!

 強く締め付けられる首と心臓が呼応する。

 あまりの激痛に全身がバラバラになりそうで、僕の視界を靄のようなものが覆っていった。

 

 「あ、あああ、ぁああああああ!!!」

 

 それから腕が、足が、身体の至るところが影絵に侵食され、黒く染められていく。

 

 「七瀬殿!!!」

 

 シスカさんが剣を振るうも、その一閃はあらぬ方向へとねじ曲げられる。

 

 「そもそも、初めからオマエは目障りだった。何故、嘆く? 何故、足掻く? 何故、そうまで生きることに固執する? 複製された魂に過ぎぬオマエに人生(それ)は必要あるまい。それなのに、何故、あの男の意思を受け入れないのだ?」

 

 闇に視界が閉ざされていく中、神父は問う。

 激痛に悶える最中、溺れるようにして意志を吐き出す。

 

 「あ、がっ! ぐぅ、──んなもん、ぎまって、る」

 

 生きたいと、死にたくないと思い多くの願いをこの手で斬り捨てた。

 それを辛いから、苦しいからと投げ出すことは奪ったモノへ冒涜になる。

 

 故に出来ない。

 奪った願いに報いる為に僕は生きなければならないんだから!

 

 「成る程。納得する答えではないが、良いだろう。認めてやる。……だが、な。それ故に、固執する理由には値しないと断言してやる。いや、違うな。元々、抗う為の理由などオマエたちが持つことはあり得ないことだ。──ほう。今、何故と思ったな? 良いぞ、教えてやる。それは、な。オマエたち『主人公(プレイヤー)』が、その魂を見ず知らずの他人へと捧げる為に造られた代替品に過ぎないからだ」

 

 ドクン。

 

 「──っ」

 

 「駄目だ、七瀬殿! 奴の話を聞いてはならぬ!」

 

 「黙っていろ、塵芥の分際が!」

 

 虫を払うよう神父の手が振られる。

 

 「がっ、ぁああああああああああああああ!!!」

 

 そこから伸びる数十の影絵の手がシスカさんを数十メートル先へ吹き飛ばした。

 

 「シスカさん!」

 

 こちらを嗤う神父が何を言ってるか僕には解らない/無垢な子供が虫を潰すような感覚で、男は解りきった話をする。

 

 「フン、今度こそこれで邪魔者はいなくなったな。話を戻すとしようか。……まあ、理解出来ないのも無理はない。常人ならば最初から備わっている筈の思考(きのう)がオマエにはないのだからな。そう、理解しようにも『理解する』という概念を最初から備えていないのだから、当然のことだ」

 

 ドクン。

 解らない。

 言っている意味が解らないのに、これ以上聞いてしまってはいけない気がする。

 

 「それ、がっ、──な、んだっ、あ、う、ぐぅ!!!」

 

 そう思い言い返そうにも首を掴む力は増すばかりで振りほどけない。

 

 「落ち着き給え、知的生命体を謳う人類が文明を築けたのも感情という精神疾患があったからに他ならない。──考えてもみろ。目的を阻害する可能性を持つ感情を残すなぞ、あの少女たちにとってリスクを上げるだけで何のメリットもない。残した故に本懐を遂げられないなど本末転倒というモノだ」

 

 その諭すような言葉は血が上っていた頭には透き通って、よく聞こえる/聞こえてしまう。

 

「──っ」

 

 考える。

 

 なら、この感情は。

 目の前の神父に抗う僕は一体──。

 

 「そう、それだ。本来持ち合わせることのない意思を、感情を抱いているオマエの存在はハッキリ言えば異常だ。一体何処でそれを自覚した?」

 

 「それは──」

 

 ────「大切なことだった。どんなに壊され変えられてもそれだけは手放さなかった! そんな大切なものを失くしてキミは、平気な訳ないだろう!」

 

 不意に、■の言葉を思い出す。

 あのお調子者を演じた、否、誰かの意志に抗おうとした親友はきっと自分に意志を与えた誰かを知っている。

 

 「……まだ解らないか? ワタシは今、オマエが考えていることに自分の意思が介在していないということを証明したのだ。そう、オマエは何者かが与えた指向性によって動いてるだけのバグでしかないということの、な」

 

 ピシリ。

 

 「──あ」

 

 更に頭が痛くなる。

 考えることが億劫になる。

 

 「あ、あああ、ぁあああ」

 

 だが、今の神父の言葉が僕の間違いを気づかせた。

 気づかせてしまった。

 

 何故なら、それは──。

 

 「そう、ワタシは教えてやったのだ! 今の今までオマエは何一つ自分の意志を持たず多くの願いを切り捨てただけに過ぎないと言う事実を、な!」

 

 ザクザクと体に何かが突き刺さり、僕の全身を奇怪なオブジェにしていった。

 

 「う、が、ぐぅ」

 

 息が出来ない。

 神父の言葉に違うと言い返す気力も湧かない。

 

 だって、神父の言う通り初めから僕は自分の意思など持ち合わせていなんだと分かってしまった。

 そうなると何をしたら良いのか途端に分からなくなってしまったんだ。

 

 ズッシャアアア!!!

 

 「あ、がぁ、っは!」

 

 地べたへ振り落とされるが、中枢神経が逝かれたのか痛みは感じない。

 

 「──っ、──!」

 

 意思を持たない空っぽの魂。

 誰かに後付けされた行動原理と借り物の記憶。

 考えれば考えるだけ全てが無意味に思えて、やるせなさに唾を吐き捨てたくなった。

 

 「そうだ! 何一つ本物を持たないオマエには初めから生きたいという願望なんて無かった。故に、固執する必要は何処にもない。──渡せ。『あの男』ならばそんなオマエを有効に使ってくれるだろうな!」

 

 微かに生きてる視界が現状を教えてくれる。

 片腕がもぎ取られ、足がへし折られ、腹に穴を開けられていく姿は他人事のように痛そうだ。

 

 人間モドキ。

 自分の意思で生きることが出来ない哲学的ゾンビ。

 

 ──果たして。そんな人間が誰かの願いを邪魔して良いものだろうか?

 

 「考えるな! 生きる目的などオマエにはない!」

 

 ずっと考えてた。

 こんな自分がどうして頑なに生きようと必死になっているのかを。

 

 諦めてしまえば良い。

 投げ出してしまえば楽になる。

 

 それが正しいと思えるのに、何で僕は──。

 

 ────「人間ニナりタイっテ願イも、好キダって言ッタヤツと会ウ夢モ、タラレバの未来モ全部無カッたコトにシチマッタノニ! ──それヲ今更意味ガナイと笑えルか!」

 

 「……あ」

 

 誰かの言葉が頭に過る。

 

 「あ、ああ、あああ」

 

 その言葉は自分のモノじゃないのは分かってる。

 でも、僕じゃない僕が藤岡飛鳥に届けたあの想いは決して嘘じゃないと言い張れる。

 

 ザシュッ!

 ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ!

 

 身体は動かない。

 虫けらの標本と化した僕を神父はこれでもかと言うぐらい嬲り続ける。

 

 キキキ! キキキ! キキキ!

 

 周りを囲む影絵たち。

 苦しい、痛い。

 

 けど。

 

 「が、──っは」

 

 ────「良いじゃない。私、貴方のそう言うところ、好きよ」

 

 澄んだ少女の声。

 夕暮れの教室で一つに束ねた茶髪を弄る■■■■の姿が頭に過る。

 

 「──っ」

 

 指が動く。

 標本の虫けらに散らばった(みしらぬ)記憶は諦めることを許してくれない。

 

 「まだ邪魔をするか! 名城真弓!!!」

 

 神父は徐に両手を天に翳す。

 

 「ならば、オマエ自身の『魂』に問うまでのこと!」

 

 「──な、に、を?」

 

 カツン!

 神父がそう叫ぶと僕の意識は閉ざされてしまった。

 

 ◇

 

 ジジジ。

 

 一面の床に敷かれた赤の絨毯。

 目の前にそびえる巨大なスクリーンに映る男の人生。

 

 ザー、ザー。

 ザー、ザー。

 

 「────」

 

 見渡せども無人の客席に呆然と独りきり。

 どうやら貸し切りらしい、その見知らぬ映画館に僕は居る。

 

 「……此処は?」

 

 何処だと考えようにも、目の前の映像が僕を放さない。

 どうしてと問おうにも声が出ないのだ。

 

 パチン!

 

 「何これは可哀そう。何これと問われるのも可哀そう。そう、可哀そう。全部、全部が愛しいほどに愚かしい。そんなオマエが求める人生とやらは、それで完結された物語」

 

 嗄れた男の声がした。

 キキキと嗤う嘲笑さえ今は気にならない。

 

 「此処は、罪を告発する俯瞰劇場。懺悔の告別、無への救済。あらゆる大罪の返還である」

 

 男は語る。

 まるで嬉しそうに頬を染める姿が想像出来るほど、弾んでいるような気がした。

 

 まあ、そんなことはどうでも良いか。

 

 「──っ」

 

 スクリーンに映る男の一生は酷い話だ。

 何をするにも旨くいかない話など見ているのも嫌になる。

 

 「そう、酷い。酷い、酷い、酷い! 嘘だった。嘘で塗り固めた人生だった! つまらない? ああ、つまらない! 退屈極まるありふれた不幸、どんでん返しのない一生など上映する価値もない! ……つまらない。つまらない、つまらない、──本当にオマエはつまらない!」

 

 耳を劈くような声だったけど、目の前のそれの方が大切だと無視をした。

 

 約束も守れない男の子/お母さんを傷つけた。

 よくある話で少年が嘘を吐く/お父さんを騙した。

 何もかもが嫌になり、誰も信じなくなった青年/信頼を失くすばかりで、虐げられる毎日は、もうウンザリ。

 

 それはそれで出来た人生(不幸)を背後の男の言う通りつまらない一生だと同調する。

 

 「────」

 

 同時に、それが自分のモノだと気づき言葉が出なくなる。

 

 「どうだ、これでも『生きたい』と思えるか? まだ『そうだ』と他者の願いを斬り捨てれるか? ……出来ない。出来ない、出来ない、出来ない、──出来る筈がない! 出来たら、オマエには心がない。心がないと言うことは、今までの行為に何の感情も籠らない。そうだ、そうだ! それが出来たら、オマエが抱いたその想いは嘘になる!」

 

 肩を叩かれる。

 頭に囁かれる。

 壊れたように、名も名乗らない男は喋り続ける。

 

 「ああ、可笑しい。可笑しい、可笑しい、可笑しい! 腹が捩れそうだ! これが笑い話にならなくて、何だ!? 矛盾、無駄、無意味、無価値、無謀、無策! オマエがやってることは、そういうこと。つまり、つまり、つまり!」

 

 キキキと周囲が歪んでいく。

 そうすると、嘘しか言えない男の末路は絞首台へと帰結する。

 

 「や、やめて」

 

 嫌だ、見たくない。それだけは見たくないと目を塞ぎたくても、手を誰かに掴まれてそれも叶わない。

 

 「そう、そう、そう! それが、人生! それが、オマエの選択! それが、オマエたちの望む未来!」

 

 画面の男も懇願する。

 

 「グゲェッ!」

 

 しかし、大罪人の懇願は受け入れられないのが常で、ガコンと床が落ちて首が絞められ死んでしまう。

 

 「──っ」

 

 目の前が真っ暗になっていく。

 

 「キキキ! キキキキキキキキキキキキ!!!」

 

 それが、僕/惨め。

 それが、オレ/酷い嘘つき。

 

 それが、それが──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──っは!?」

 

 嬉しそうにこちらを男が見下ろす。

 それを見上げるように僕は見つめ返す。

 

 「ククク。──どうだ? あれが、オマエの欲しい『人生』とやらだ」

 

 黒い修道服の男は嗤い続ける。

 

 最早、白髪のそいつは悪意を隠すことはなかった。

 それに対し言葉が出ないのは、──あれ?

 

 「え? え、──あ、れ?」

 

 何を言いたかったか、思考が纏まらない。

 というより、自分が何をしていたのかさえ思い出せない。

 

 「思い出せない? そんなことは無かろう。それとも、そんなモノを知らなくても誰かの願いを斬り捨てれると言うのか? 酷い男だ。そんな酷い男は此処で消えたところで問題あるまい」

 

 身体を動かそうにもびくともしない。

 まるで地べたに縫い付けられてるみたいで、何がどうなってるのか理解できない。

 

 「丁度良い。此処に、『記憶』がある。大切な、大切なオマエの『記憶』だ。……最も、『あの男』の人格も混じっているが、ね」

 

 肉塊の一つ愛しそうに掴み上げた男が、──神父が頬ずりする。

 

 ドクン!

 

 「──っ!」

 

 誰も傍にいない。

 誰も助けてくれない。

 

 此処で終わる。

 完全に完膚なきまでに自分というモノが失われる。

 

 「う、が」

 

 嫌だ。

 そんなのは嫌だ。

 たとえ自身のことが何も思い出せなくても、それが嫌だってことは分かる。

 

 「さあ、──これで!」

 

 神父が■の元へとやって来る。

 カツン、カツンと間合いを詰め、僕の心臓へ肉塊を押し付ける。すると激しい痛みが全身を襲う。

 

 「あ、がっ、ぐぅ、が、ぁあああ!」

 

 「終わる。終わる、終わる、終わる、終わる! ──遂に、終わるぞ! ああ、永い旅路だったなぁ、ダーレス!」

 

 ズブズブ。

 激痛と共にそれが■の心臓へと沈んでいくと──。

 

 「いいえ、終わりません。終わらせません。何故なら、貴方の願いは叶わないのですから!」

 

 何処からともなく、一人の少女(フィリア)の声が響き渡った。

 

 「──っ!」

 

 突如、弾ける閃光に目が眩む。

 

 「何だ!? 何が起きて、──ゴフッ!」

 

 グチャッ!

 閃光が弾けたと同時に黒く禍々しい一撃が肉塊を掴む神父の身体ごと貫いた。

 

 「な、何をした? オマエ、今、何を──」

 

 首を曲げ、後ろへ振り返るナイ神父。

 

 「驚きましたか? いえ、そうしたところで貴方には意味がないんでしたね。ですが、それには効果があったと見えます」

 

 ゴポリと塵となる肉塊は、形を維持出来ず消えていく。

 

 「ワタシは何をしたかと聞いているのだ!!!」

 

 激昂する神父。

 串刺しになる黒き得物を構える誰か。

 

 「──っつぅ」

 

 霞む視界の中で死にかけの■を助ける少女がいた。

 消えかけの体で、魔槍(ランス)を掴む手が真っ黒になっていくのが見えたんだ。

 

 「……存外、悪い気は、しない、も、の、だ、な」

 「オマエ!!!」

 

 神父の罵声が響くと、金色の髪が揺れる。

 

 「ま、待っ──」

 

 そして、グシャリと音を立て潰れる末路を少女は微笑みながら受け入れた。

 

 「クソ! クソ、クソ、クソ! どいつもこいつも邪魔ばかり! そんなにも『あの男』が嫌いか! 怖いか! 一体、あの夢想家の何処に畏怖する必要がある!」

 

 神父が■を掴み上げる。

 すると、キキキと視界が軋み、見えているものがあやふやとなっていく。

 

 「あ、がっ、っぐぅ」

 

 グチャグチャになっていく。

 今、自分が何をしているのかも思い出していく。

 

 「またやり直し! 面倒、面倒、面倒! 本当にオマエたちは──」

 

 「その汚い手を放しなさい、ナイ神父!」

 

 パァン!

 渇いた銃声と共に■を掴む神父の腕が吹き飛ぶ。

 

 「ぬぅ!」

 

 すぐさま塵となる神父の腕。

 地へ落ち、息継ぎを許される僕。

 

 視界の隅にいる、二丁拳銃を構えるオレンジの髪の少女。

 

 「邪魔を──」

 「──っ」

 

 すぐさま影絵たちが嗤い、キキキと暗闇を生み出していく。

 その光景を前に少女──シェリア会長は息を呑む。

 

 「──する、な!!!」

 

 瞬時に暗闇を取り込み、失った右腕を補填させるよう神父は黒く膨張させた。

 

 ──だが。

 

 「いいえ! 今度こそ終わりです!」

 

 フィリアの声が響く。

 すると神父を囲むよう光り輝く魔法陣が現れ、巨大な闇は地へ縛られる。

 

 「終わり? 終わりだと? こんなことをしたところでワタシを倒すことは出来ん!」

 

 虚空を見つめる神の信徒。

 最悪の化身は光り輝く拘束を解こうと魔法陣を軋ませる。

 

 「ええ。確かに私たちでは貴方を殺すことも、退かせることも叶わないでしょう。ですが、その目論見を潰すことは出来るんです!」

 

 そんな神父に問答をするよう愛しき人が姿を現す。

 

 「潰す? 潰すとは一体、オマエは何をするつもりだ!?」

 

 「それは貴方たちが一番して欲しくないことですよ! ……ええ、その為に私たちは耐えました。辛くとも、苦しくとも我慢し続けました」

 

 栗色の髪を靡かせ、いつかの魔導書を片手にこちらへ駆けだす。

 その行く手を遮るよう次から次へ現れる影絵たちが邪魔をする。

 

 「私たちは人を、心を、感情を知りました。誰かを想うことが、誰かの明日を願う優しさがあんなにも素晴らしいモノだと理解しました。それは確かに紛い物で、後付けの植え付けだとしても綺麗だと感じたんです!」

 

 遮る手を払うよう、光の雨が邪魔者たちへ降り注ぐ。

 

 キキキ!

 キキキ!!?

 

 消えゆく黒き幻。

 されどそんな雨を掻い潜った残骸たちが駆け出す少女を黒く蝕んでいく。

 

 「くだらん! そんな戯言──」

 

 いつの間にか、■の前へ彼女は立っていた。

 その震えながらも、傷だらけになりながらも、それでも諦めない姿はとても美しかった。

 

 「戯言でも! 私には本物なんです! 誰に決められても、誰に後付けされても、私はそれを嘘にしない! その為に私は、──『フィリア』は夢を語ったんだって分かったから!」

 

 そうして、歌うようにフィリアは魔導書を捲る。

 

 「完全にして究極の一よ、七の法則にして非実在の証明をせよ。我、森羅万象の理を破戒する者、一と一の極点へ繋ぐ鍵と知れ」

 

 「────」

 

 虫食いの身体を意もせず、透き通る声で何かを唱えていく。

 

 「ま、さか。いや、──待て。何処で、それを知った?」

 

 その姿にナイ神父は理解した。

 

 「よせ、──よせ! 今すぐ、その詠唱を止めろ!」

 

 フィリアが何を目論んでいるのかを理解した故に焦りだす。

 

 「選択受諾(セレクト・コード)、刻式の宇宙。拡張限界(エクステンション・オーバー)、外殻理論。疑似粒子変換工程(コンバーション・プロセス)演算開始(スタート)

 

 亀裂が入る魔法陣。

 神父の抵抗で地を揺らす衝撃が中庭中に広がって、次第にその体の拘束が解かれていく。

 

 「こんなところで! こんなところで邪魔されてなるものか!」

 

 パリン!

 魔法陣の枷が消失すると、ナイ神父は一目散に駆け出す。

 

 「非在矛盾、突破完了(セットアップ)。偏在術式、選定完了(カタパルト・パージ)。全行程、最終演算完了(オールグリーン)

 

 だが、止まらない。

 次々に襲い来る影絵たちを前にコバルトブルーの瞳が輝かせながら、フィリアは魔法の呪文を唱え続ける。

 

 「起動せよ、──真世界帰閉ノ扉(パラレル・ポーター)!」

 

 飛び散る鮮血。

 禍々しき神父の腕がフィリアの心臓を貫く。

 

 そうして、最期の詠唱を終えると影絵(しょうじょ)は──。

 

 「さよなら、愛しい人。そして、ありがとう。あの時、あの場所で貴方が彼女の手を引いてくれたから私たちは生まれて来れました。だから、──だから、どうか残留思念(わたしたち)のことは忘れて幸せになってください」

 

 黒く崩れ逝く身体で別れの言葉を紡ぎ、泣きながら僕に微笑んだ。

 

 「……何だよ、それ」

 

 グラリと体が揺れる。

 地に足が覚束ないのか、意識が霞む。

 

 「何なんだよ、──それ!」

 

 ガコン。

 もういない彼女へと手を伸ばすも、僕の体は空へ向かって浮遊する。

 

 「ふざけるな。ふざけるなよ、オマエたち! 嗚呼、嗚呼! クソ! 転移する! 転移してしまう! またしてもあの男の復活が邪魔される!!!」

 

 神父の罵声が聞こえる。

 しかし、フィリアの詠唱によって完成されたそれが僕を眩い光へと導いていく。

 

 「幸せってなんだよ? 忘れろってなんだよ! ねえ!!!」

 

 只、最期の言葉があんまりで。

 文句の一つも伝えれないことがもどかしくて仕方なかった。

 

 ……嘘、本当は。本当は!

 

 「真世界帰閉ノ扉(パラレル・ポーター)の起動を確認。転移プログラム使用許諾の申請を了承しました。これより、対象『七瀬勇貴』をルートαからルートα++へ時空移動を開始させます。────お元気で」

 

 散らばった(みしらぬ)記憶の少女の声が頭の中を木霊し、僕の意識はそこで閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──っ」

 

 目を覚ましたら、知らない天井が出迎えた。

 

 「ご、こぉ、──ぢょ、こぉ?」

 

 喋ろうとしたら、喉が掠れて思うように声が出せなかった。

 

 「──っ」

 

 というより、身体が動かない。

 否、自分の意思通りに動かせないと言い直すべきか。

 

 いや、それも違うな。

 ぎこちないながらも、首()()は曲げられたのだから全く動かせない訳じゃないか。

 

 「────」

 

 どうしたものか。

 拘束されている訳じゃないし、また眠ってしまおうかと考え、何気なしに隣の方へ視線を向けた。

 

 「──え?」

 

 ベッドが有った。

 病室でよく使われるような簡易式のベッドに黒い髪の青年がいた。

 

 「な、ん、ぢぇ?」

 

 呂律が回ってるのか、喉が裂けそうな程痛かったけどそんな疑問を口にした。

 それぐらい衝撃的だった。

 

 「────」

 

 黒い髪の青年はそんな僕などいざ知らず、目を覚ます予兆を全く見せない。

 

 ガチャ。

 扉が開く音がした。

 

 「──!」

 

 パリン!

 花瓶の割れる音も立て続けにした。

 

 「──っ! ──っ!!!」

 

 慌ただしい気配の方へ視線を向けると、開けた扉の先に年老いた女の人がいた。

 

 「────」

 

 見覚えがある。

 金魚みたいに口をパクパクしているこの女の人は、何処かで見たような──ああ、違う。夢で見たような、そんな感じの──。

 

 「か、あ、ざん?」

 

 この時、どうしてそんな言葉が口に出たか分からない。

 分からなかったけど──。

 

 「ゆ、ゆう、──友喜!!!」

 

 年老いた女の人がそんな僕へ一目散に駆け出し、抱き締めたんだ。

 

 「ああ! ああ! 友喜、友喜! 目を覚ましたのね、友喜! 良かった。良がっだわ! ぼんどうに、よ、がっ、だぁ……!」

 

 「────」

 

 とても強い力だった。

 涙でグショグショの顔を擦り付けられ、至るところが鼻水塗れに汚されてしまったけど、不思議と悪い気はしなかった。

 





 これにて、第五章は終了とします。
 第六章の投稿は未定ですので、どうか首を長くしてお待ちください。
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