バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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 ごめんなさい、ハメでアップするの忘れてました。


002 負荷蝙蝠の襲来

 

 「では、改めまして、私は古本ナコト。この第三共環魔術研究所の管理者を兼任している魔術師です。この度、貴方──七瀬勇貴さんの保護観察を任されましたので、どうぞよろしくお願いします」

 

 「────」

 

 差し伸べられた手を見つめる。

 

 「……やはり、そう簡単に手を取ってはくれませんか。──分かり切ったことではありますが、少し残念ですね」

 

 いつまでも手を取らない僕に彼女──古本ナコトはそう言って伸ばした手を引っ込めた。

 

 「──なん、で?」

 

 そこでようやく、カラカラの喉から声が出た。

 

 「何で、と問われましてもその答えは貴方が一番知っているのではありませんか? ──フフフ、冗談です。すみません。あまりにも可愛らしいので、つい意地悪をしてしまいました。大丈夫です。私たちは貴方に危害は加えませんので、安心してください」

 

 お掛けくださいと言いながら、彼女はベッド付近にあるパイプ椅子へ腰を掛ける。

 

 「……とは言えども、何から説明したものか迷いますね。どうして私が此処にいるのか、病院だと認識していた筈の此処が実は研究所なのは何故か、何で貴方を皆は口揃えて藤岡友喜と呼ぶのか。疑問は尽きませんし、どれから説明すれば貴方が理解出来るのか私も把握できていないのです」

 

 淡々と喋る古本ナコト。

 それを眺めるしかない僕。

 

 「ですので、──そう、先ずは貴方の現状へ至る経緯を説明することにしましょうか」

 

 「経緯?」

 

 「ええ、経緯です。そもそも七瀬勇貴という存在は夢と呼ばれる世界で生まれた、『藤岡友喜』の魂の複製体に過ぎません。しかも、その夢は影絵という生命体で構成された精神世界であり、そこで生まれた存在は例外なく現実の肉体を持つことはありません。そんな存在が現実の世界へ肉体を持たず転移することはある例外を除いては不可能なんです」

 

 「それは──」

 

 夢世界で造られた存在は現実世界へ行くことが出来ない。

 それは、■や■ィ■■も言っていた。

 

 でも。

 それじゃあ、どうして僕は──。

 

 「勿論、複製体である貴方も例外ではないですが、幸いなことに抜け道があったんです」

 

 何処からともなく少女は眼鏡を取り出す。

 

 「シェリア・ウェザリウス。あの夢世界において、悪辣な『魔女』として数多の幻想たちから恐れられた現実世界で肉体を持っていた存在。彼女もまた、現実世界での肉体を損失し、あの夢の中でしか生きる事が出来ませんでした。──が、彼女は独自の魔術理論で自身の複製品(クローン)を通じて肉体を共有することが出来ました」

 

 「……いや、待ってよ。それも、あの夢の中でしか出来ない方法なんじゃないの?」

 

 「いいえ。一つの肉体に二つの魂を宿すこと事態はシェリア・ウェザリウスでなくても可能ですよ」

 

 「──っな!?」

 

 それは、つまり。

 

 「ええ。察しがついたようで何よりです。──やはりこの世界では疑似知能生命体(アルターエゴ)も干渉出来ないみたいですね」

 

 「……疑似知能生命体(アルターエゴ)? 何それ?」

 

 「それは──」

 

 少女が僕の疑問に口を開こうとした瞬間、酷い地響きが起こった。

 

 「うわっ!」

 「きゃっ!」

 

 体勢を崩す。

 

 「な、何!?」

 

 不安に駆られる。

 

 「──迂闊でした。流石は腐っても『外なる神』の一端末。既に唾をつけているとは敵ながら賞賛に値しますね」

 

 サイレンの音が何処かしらから響く。

 それすらもどうでも良いのか、少女は一冊の黒い本を取り出しては頁を捲り出した。

 

 「まあ、この部屋の特定までは出来ていない筈ですので、特にご心配することはありません。寧ろ貴方にウロチョロされる方が迷惑ですので、ごゆるりと待機していればよろしいかと」

 

 黒い本の頁がパラパラと捲れると部屋中に青く光る魔法陣が浮かびだす。

 

 「待機って──」

 

 「大丈夫です。こう見えて此処──第三共環魔術研究所に集う軍人は選りすぐりの猛者たちです。第七魔導魔術対策支部のような愚は起こしませんので、どうかご安心を」

 

 「第七──何?」

 

 「……失礼。今の貴方は知らなくても良い情報でした。私は侵入者の排除に行って参りますので、くれぐれも部屋から出ないで下さいね」

 

 そう言って彼女は速足に部屋から出ていく。

 

 「ちょ、ちょっと!」

 

 それを引き留めようとした──が。

 

 「あー、後ついでに一つ。数分もすれば解ける暗示を掛けさせて頂きましたのでご容赦下さい」

 

 手を伸ばそうとした僕に彼女はそう告げる。

 するとその言葉に反応したのか何故か身体がピタリと動かなくなった。

 

 ガラガラ、バタン。

 

 そうして、彼女は足早に去って行くのだった。

 

 「────っ」

 

 只、その姿を呆然と眺めるしか出来なかった──というより、此処は彼女の言う通りにするべきだと思った。

 所詮、あの夢の世界で戦えていたとしても僕は戦闘に対してはド素人も良いところの人間なのだ。

 なら此処はその筋のプロに任せるのが一番に決まっているじゃないか。

 

 「……そう、だよ」

 

 ドアから目を逸らす。

 少女の話では数分もすれば勝手に解ける暗示が僕には掛けられているらしいし、しばらく部屋に待機していれば良い。

 

 そう考え、思い切ってスリッパを脱ぎベッドへ飛び込む。

 

 「ようは僕が戦わなくても良いって言ってるんだろうし、大丈夫なんだよ」

 

 天井を見つめる。

 

 ────「わたしだ、って、三木、あ、い、し、て、る、よ」

 

 それでも、どうしてか身体の震えは止まってはくれない。

 

 「部屋から出るなって釘差されてたじゃないか」

 

 ドクン、ドクン。

 けたたましく心臓が鼓動する。

 それに連なって天井から砂埃が落ちていく。

 

 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン──ドクン!

 

 「嫌な感じだ」

 

 急いでこの部屋から出ないといけない気がする。

 してはならないと先ほど忠告されたばかりなのに──って、ちょっと待って。

 

 「……可笑しい。何で、僕は彼女を信用してるんだ?」

 

 少なくとも少女──古本ナコトは夢の世界では敵対をしていた筈の相手だ。

 それをたった少し会話しただけなのに、こんなにも()()足りうる相手だと僕はどうして思っているんだ?

 

 ────「あー、後ついでに一つ。数分もすれば解ける暗示を掛けさせて頂きましたのでご容赦ください」

 

 ふと、部屋を出る際に告げられた彼女の言葉が頭に過る。

 

 「──っあ!」

 

 確か暗示を掛けたと古本ナコトは言った。

 けど、彼女はそれを何時掛けたかは僕に話していない。

 そもそも、その暗示というのが何なのか説明すらしていない。

 

 「まさか──」

 

 一瞬身体が動かなかった。

 だから、それを暗示によるものだと僕は勘違いした。

 

 「もしかして、────最初から、なのか?」

 

 点と点が繋がった気がする。

 というか、何がどうか安心を、だ。

 馬鹿正直に信じて僕は一体何をしていたんだ!

 つーか、これが本当なら僕のこと何も信用してないどころの話じゃないだろ!

 

 「あーっもう! こうしちゃいられない!」

 

 急いで部屋から出る。

 

 「──うわっ!」

 

 するとそこは一面の火の海となっていた。

 

 「酷い、な」

 

 というより煙たい。

 僕と彼女が部屋で会話している間に尋常じゃない速さでこの施設中を戦場になるなんてどう考えても異常だ。

 

 「きゃっ、──ぁあああ!!!」

 

 古本の悲鳴が木霊すると共にまたとない規模の地鳴りが起こる。

 

 「うわっ!!!」

 

 その衝撃に思わず態勢を崩してしまう。

 

 「驚いた、驚いた。やはりバッドは運が良い。何せこうして間抜けなユーをバッドがハント出来るのだから」

 

 バサリ。

 それは息をする間もなくやって来た。

 ゆらゆらと蜃気楼を漂わせ、鳥が海原に羽ばたくよう火花を散らし、コンクリートの壁を粉々にする。

 

 「──っな!?」

 

 禍々しいと言うのだろう。

 おどろおどろしいと呼ぶのだろう。

 

 ジュルリと舐める音が煙の舞う廊下に響き渡ると、三メートル先に現れた何かが僕を指差し嗤う。

 

 「グッド、グッド、グッド! 小賢しきユー、浅ましきユー、蒙昧なユーたちにしては実に迷惑な狼藉だが──バッツ! それはこのバッドが許さない」

 

 艶のある黒い皮の何かは蝙蝠の翼を広げ、鋭いかぎ爪の手で持った醜悪な柘榴へ舌を這わせていく。

 

 「あ、貴方は──」

 「バッツ、バッツ、バッツ! クールなバッドは、グッドなバッドは、パーフェクトなバッドは好機を逃さない。それは、それはこのバッドが優秀であることに他ならない」

 

 誰と問おうとするも、未だ口上を垂れ流すのに夢中のそれはボトボト鮮血を落とす果実をジャグリングしていた。

 

 「キィーッヒッヒッヒ! 下等、下賎、下品にして無知蒙昧! 所詮、ユーはこのバッドにハントされるだけの獲物に過ぎないの、だ」

 

 グチャリ。

 玉遊びに耐え切れず潰れたそれに息はない。

 きっと首を捥がれた体は見るも無残な死体となって転がされていることだろう。

 

 「つまりユーは此処でデッドするってこと。チープで、フーリッシュなユーの死体をバッドが好きにデンプシーするのが義務付けられてるってわけ」

 

 品のない嘲笑と共に突きつけられる一方的な死刑宣告。

 

 ドクン。

 心臓が鼓動する。

 

 「ジュルリ、ジュルリ。甘い、甘すぎる。ユーたちはバッドに狩られるだけの弱者(そんざい)だと言うのに、ね」

 

 手に持った名も知らぬ人間の頭部から怪物は血を啜る。

 

 ドクン、ドクン。

 まるで眼前の怪物から早く逃げろと言わんばかりに心臓が鼓動を続ける。

 

 「貴方は──」

 

 それでも先ほど遮られた質問を再び問おうと僕は怪物へ視線を外さない。

 

 「キ、キキキ、キィーッヒッヒッヒ! 初めましてだ、ユー。至高にして誇り高きバッドの名は『負荷蝙蝠(ビヤーキー)』。偉大なる『外なる神』ナイアルラトホテップの一端末にして、慈悲深き信徒である。さあ、大人しくバッドの血肉となると良い」

 

 黒い怪物はそう告げ、背中に生やした翼をバサリと広げる。

 

 「それでは、アーデュー!」

 

 そうして思い切り翼をこちらへと羽ばたかせる。

 

 「──いけない、下がって!」

 

 何処からか古本の声が響く。

 怪物が羽ばたいた衝撃が真っすぐ僕へと襲う。

 

 瞬間。

 

 ──ドクン。

 

 「あ、う、──が」

 

 息が止まる。

 ガツンと眩暈がやって来る。

 

 ────「グゥ、ウウウ、──ガア!」

 

 脳裏にいつかの戦闘が掠める。

 

 「あ、あ、ぁああ──ぐぅ、ぁあああ!」

 

 そこから生まれるイメージ通りに身体を動かす。

 

 「ヴ、──ヴァッツ!!?」

 

 すると怪物から放たれた衝撃波を寸前のところで右へ回避する。

 

 「ユー、今何を……いやそれよりも──」

 

 「ゴハッ、……ハアハア」

 

 吐血しながらもその勢いのまま距離を取る。

 それを怪物──負荷蝙蝠(ビヤーキー)は何かを言いたげにこちらを見つめている。

 

 「今の内に、『忘却の物語(ミッシング・ローグ)』!」

 

 ポンと間抜けな音がすると同時に砂煙が舞う。

 

 「バッド! 邪魔を──」

 

 そんな行動に怒りをあらわにする負荷蝙蝠(ビヤーキー)

 だが、それ以上奴が言葉を続けることは出来なかった。

 

 何故なら──。

 

 ジジジ。

 

 「きゃわわわ! きゃわわわ! ちょっと、あーしを放置とか酷いんじゃないの!」

 

 青い髪の腕から無数の大砲を生やした少女が突如僕の目の前に現れたからだ。

 

 「ユーは!?」

 

 驚愕に負荷蝙蝠(ビヤーキー)の赤い眼光が開かれる。

 

 「まあ、あんたに恨みないんだけどさ──大人しくこれでも喰らいなってね!!!」

 

 「ま、──待て」

 

 少女が叫ぶ。

 そのあまりの行動の速さに僕も咄嗟の行動が取れない。

 勿論、負荷蝙蝠(ビヤーキー)も例外ではなく。

 

 「暗黒融解波動(フルオーバー・ダーク・メルト・ブラスト)!」

 

 名も知らぬ可憐な少女の大砲から黒い稲妻が轟く。

 

 「ヴァ、ヴァッツ!!!」

 

 そして。

 

 ゴゥン!

 無慈悲な黒い咆哮が負荷蝙蝠(ビヤーキー)へと唸った。

 それはまさに今まで見たどの一閃よりも破格の一撃。少女を中心に数十メートルという距離を更地にするほどの威力と言えよう。

 

 「────!!!???」

 

 声なき悲鳴を上げ、その姿を塵も残さず消える負荷蝙蝠(ビヤーキー)

 同時にパラパラとコンクリートの壁が崩れる。

 

 「────」

 

 それをただ眺めるしか僕には出来なかった。

 

 「アハハハ、──あー、まあ、侵入者は無事撃退したんだしー結果オーライってとこかな!」

 

 そうだ、そうだと少女は何度も頷きながらこちらへと顔を向ける。

 

 「んで、これが噂の彼? あんたの言う異世界の王子様でしょ」

 

 飛び跳ねるように僕に近づく少女の腕に在った無数の砲台はいつの間にか消えていた。

 

 「お、王子様!!?」

 

 「──コホン。芽亜莉(メアリ)、そんなことよりあれほど異能を使う際は威力を少し加減するよう言いましたよね」

 

 僕に興味津々な──芽亜莉と呼ばれた少女に何処からか現れた古本が窘める。

 

 「ありゃ? そーだっけ?」

 

 「そうです!」

 

 呆然とする僕を放置して二人は漫才を始めだす。

 

 「大体、貴女と言う人は──」

 

 でも、この時は思いもしなかった。

 まさかこの少女──芽亜莉が自分にとってどういう存在なのかをちっとも考えようともしなかったんだから。

 

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