バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

130 / 158
005 醜い虫ケラ

 

 僕は七瀬勇貴。

 藤岡友喜の魂の複製体であり、この世界に存在しない筈の人間モドキは呆然とするだけだった。

 

 「入られたらって「お気持ちは察しますが、いつまでもそうしている訳にはいきませんよ、お母様」──え?」

 

 飢えているのは、叶わない存在証明。

 必要だと言われたいのは、生まれるべくして生まれた偽物。

 

 「……お母さん?」

 

 僕は誰で、僕は僕以外の誰でもないというのに。

 

 「──っ」

 

 ──なのに、未だ違う生き方が出来るのだと勘違いをしていた。

 

 「私は席を外しましょうか、ね」

 

 そう言って古本が部屋から出ていく。

 

 「わ、私も今日はお暇するわ」

 

 それに同伴しようと出ようとするお母さん。

 

 「いえ、当人同士積もる話があるでしょうし、それはおすすめしませんよ、潤子さん」

 

 「ううう」

 

 だが、それを古本は引き留め嗜める。

 

 「それでは、──ごゆっくりどうぞ」

 

 ドアが閉められる。

 お母さんはそれを見るしか出来ない。

 

 「────」

 

 何か言わなくてはならない。

 何か話さなくてはいけないのに、僕はその場で立っていることしか出来ない。

 

 ねえ、お母さん。

 どうして僕を藤岡友喜だなんて言ったの、とそんな簡単なことが聞けないでいる。

 

 「スゥー、ハァー」

 

 深呼吸する誰か。

 言葉にするのを待つ自分を誰も責めない。

 

 「お、お母さんは、ね」

 

 口を開く女性。

 今にも逃げ出したい顔で潤子さんは喋ろうとしている。

 

 「……何?」

 

 聞きたいけど、聞きたくない。

 そいつを聞いてしまったら、僕は何を仕出かすか解らない。

 真実とは、時に人を傷つけるものだと想像できていたというのに、僕は未だそれを自覚出来てない。

 

 「本当は、貴方が息子の友喜じゃないって解ってたの」

 

 ピシリと何かが悲鳴を上げる。

 ほら、僕は耐えられない。

 

 それでも年老いた女は語るのだ。

 

 「友喜はね。神様に魅入られた子なんだって言われたの」

 

 淡々と語られるそれは、誰かが背けようとした真実だった。

 まあ、女にとって神様というのが何なのかは知らないが、僕が頭に浮かんだ神様はキキキと嗤う神父の姿だ。

 

 「昔からそうだった。凡人の私たちには感じ取れない何かに怯えてる子だったから、その言葉はとても信用出来たわ。──本当、気持ち悪いほどに不気味だった」

 

 静かに淡々と語るそれはいつもの陽気な姿はしていない。

 只、何処にでも居そうな嫉妬深い婦人だと思う。

 綺麗なものじゃない。

 僕みたいに、ドロドロとした中身の醜い人間だった。

 

 「あの子が成長する度に思った。どうして、こんな子を私は産んでしまったんだろうか。どうして、こんな気持ち悪い人間を育てているのだろうかって。お父さんとは、その事でよく喧嘩したわ。──うん、覚えてる。堅物だったあの人に打たれたことは今でも鮮明に思い出せるの」

 

 痛々しいものだった。

 けれど同時に恐ろしいものに見えた。

 だって、あの時涙を流し抱き締めてくれた人と目の前の女性が同じだと言うことが信じられないほどにそれは違ったんだ。

 

 「あの子が自力で定時制の高校に通っていたのも知ってたわ。そして、そこでイジメられてるのも解ってた。でも、それに対し私はどうも思わなかった。只、早く私たちの前から居なくなってしまえば良いのにって、ずっーと思ってた」

 

 嘘だと言って欲しかった。

 冗談だと懸命に取り繕って欲しかった。

 

 「そんな時、あの子がイジメた子たちを殺害したと事件で報道されたわ。それを見て、ああ、これでやっとあの子が私の傍から離れてくれると思ったわ」

 

 でも、それを潤子さんはしてくれない。

 否、してくれる筈がない。

 

 何故なら彼女は──。

 

 「──なのに、あの子、目覚めたばかりの異能で立ち会った警察官を含め三十五人の人間を殺したらしいじゃない!」

 

 般若のような顔だった。

 憎むとは、そういうものなのだと僕はこの時初めて知った。

 

 恨んでるのだろう。

 身勝手に何でそんなに殺したのだと藤岡友喜に凶弾したかったに違いない。

 

 「この研究所に搬送されたと聞いた時は頭の中がグチャグチャだったわ。恨み言を言ってやろうと駆け付けても、あの子は深い眠りに閉ざされ手出しが出来なくされてたの。──驚いたわ、何せあの子にそんな価値があるだなんて私は知らなかったんですもの」

 

 息がつまりそうだった。

 耳を塞ぎたくて仕方なかった。

 

 でも、それはゲラゲラと嗤ってこちらの想いなどどうも感じていないようだった。

 

 「──っ」

 

 知らなかった。

 この世界の藤岡友喜がそんな誰も信じることが許されない人生を送ってるなんて僕は知らなかったよ。

 

 「その時に言われた。その時にようやく、あの不気味で仕方のない子供に価値があると知ったわ。……ねえ、友喜の偽物さんはこんな話を知ってるかしら?」

 

 「……何ですか?」

 

 「世の中には産まれた子を愛しいと思う母親もいれば、反対に産んでしまったことを後悔するほど憎らしいと思う母親もいるのよ」

 

 ……彼女は何が言いたいのだろう?

 解らない。

 解りたくない。

 仮にそうだとしたら、どうしてあの時涙したのさ。

 

 「ウフフ。悲しい? 悲しいのかしら? だとしたら良い気味ね。あの日、貴方が目覚めたことで立ち入りが許可された私は、ようやく友喜の息の根を止めれると思って花瓶を持っていったわ」

 

 怪物(おんな)は嗤いながら、手にした袋から果物ナイフを取り出す。

 

 「その時、貴方を見た。見てしまった。あのお方と同じ銀の髪の貴方を見た時、思ったの。もしかしたら、本当に貴方はあのお方、かの魔導魔術王(グランド·マスター)『ダーレス·クラフト』様になれるかもと期待したの!」

 

 すると銀のナイフが煌めき、腰に力が入っていない一振のそれが藤岡友喜へと落とされた。

 

 「でも、開けてみたらこんなもの。所詮貴方は魔導魔術王(グランド·マスター)になれない欠陥品。謂わば、夢世界(ドリームランド)から帰還した哀れな欠落者でしかなかったわ。……イヤねぇ、そんなこと解りきった話でしょうに今更私は何を期待したのかしら」

 

 でも、それは藤岡友喜の頭に当たる寸前で弾かれてしまう。

 きっと古本辺りが防御結界とかそんなところの魔術を掛けたのだろう。

 だから、そんな現象を目の当たりにしながらも、潤子さんも僕も驚かないんだ。

 

 「そもそも何であの男と結婚したのか未だ解らないの。本当、顔は冴えないし、家事すらロクに手伝わない──退屈な男だったわ。ええ、そうよ。彼と過ごす日々は特別楽しくなかったわ。なのに、死に目に立ち会った時、あの人私に向かってこう言ったの。「どうやら楽しめたようで嬉しいよ。それじゃあ、オレは先に逝く。友喜は任せたぞ」って、さ。嗤っちゃうわ。後数ヶ月もせず滅ぶ世界に任せたも何もないでしょうに」

 

 床に滑っていくナイフを女は目も向けない。

 只、僕の姿をじっと見つめるだけで何もしない。

 

 「そうそう、研究所の裏の山方にある神社でお父さんの墓があるわ」

 

 潤子さんはドアをガラガラと開いていく。

 

 「──まあ、貴方には関係ないことでしょうけど、暇が出来たら行ってみると良いわよ」

 

 虫に向けるような冷たい視線で彼女はじゃあねと言って、立ち去っていく。

 

 「────」

 

 その姿を僕は呆然と見つめた。

 いや、見つめることしか出来なかった。

 

 「……何だよ、それ」

 

 毒を吐くしかなかった。

 確かに藤岡友喜の人生は救いがないと思うし、やるせなかったさ。

 けれど、僕にはそれすらないことが堪らなく辛かった。

 

 「何なんだよ、それ!」

 

 見たかった筈の人間の人生、知りたかった筈の現実世界を僕は知った。

 

 「意味、解んない」

 

 お母さん──潤子さんが部屋から出て僕は何をする気にもなれなかった。

 

 だって、そうだろ?

 生きたいと願ったそれは苦痛なモノでしかなく。

 行きたいと願ったそれには初めから居場所なんてなかったんだ。

 

 理不尽だと思わなきゃやってられないじゃないか?

 

 「そもそも生きるって何なの? 生きるってこんなに苦しいものだったの? だったらどうして、みんな死んだ奴に生きて会いたがるのさ!?」

 

 辛い。

 辛すぎる。

 こんなのに生きる欲求が湧く筈ない。

 

 なのに、誰も死のうとしない。

 どうしてか、死んだ人間に会いたいと考える始末だ。

 

 「知るかよぉ、──そんなのあんたらの勝手じゃないか!」

 

 生まれた時から憎かった? 他人になれると期待したら全然そんなことなかったとは? 挙げ句の果てに滅ぶ世界だから何だって言うんだ!?

 

 「本当、何なんだよぉ」

 

 誰もいない部屋で僕は涙を流す。

 それぐらいしか出来ない。

 それぐらいしか出来ない自分に嫌気が差す。

 

 「もう──嫌だ。何だって、こんな辛い思いしなくちゃいけないんだ」

 

 部屋から出ていく自分を誰も咎めない。

 当たり前だ。

 そんなことをしなくても、この狭い研究所のそこら辺にはカメラがあるんだから止める必要はない。

 

 「ううう」

 

 涙が止まらない。

 傍で抱き締めてくれる人が居ないことがこんなにも辛いなんて知らなかった。

 

 ……本当、僕は知らないことだらけだ。

 

 「──っ」

 

 そんな自分に益々嫌気が差し、研究所の廊下を駆け出していく。

 

 「あ、あ、ああ、ぁああああああ!!!」

 

 この時は、何処か独りになれる場所を探したかった。

 只、その一心でいたんだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。