バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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016 そんなの分かんないよ

 

 「きゃわわわ! きゃわわわ! でもでもぉ、どーしよーもない事実なのは変わらないっていうかぁ、『エンドの鐘』による逆転劇は遥か彼方に追いやったことだしぃ! さーて、どうする? この『道化師』ことナコっちゃん様を相手にどう立ち回るのか見物って、ね!」

 

 歩み寄る修道服の少女。

 緊迫する空気。

 

 「──っ」

 

 ブゥン!

 抵抗と言わんばかりに一閃。

 

 「無駄!」

 

 だがその一閃は見えない何かに阻まれ、奮闘むなしくその場を弾き飛ばされてしまった。

 

 「う、──っが!」

 

 壁際へ叩きつけられた衝撃で全身に激痛が走り、思わず身悶える。

 

 「まあ、まあ! なんて弱々しいことでしょう!」

 

 ケラケラと少女が嗤う。

 まるで、その姿は地を這う虫だと言いたげに嗤っている。

 

 「あ、ぐぅ、──ううう!」

 

 足掻こうと立ち上がる。

 

 「フフフ、こうしてると可愛げがありますねぇ、貴方。ええ、あれが固執するのも解ります。今となっては無駄と解っていながら懸命に立ち上がろうとする姿はまさにいじらしいというもの。ええ、ええ! 今の貴方なら『私』のペットにしてあげるのも良いですねぇ」

 

 腹を抱えながらも少女は黒い本を捲る。

 立ち上がったばかりの身体に更に激痛が押し寄せる。

 

 「馬鹿に、──してぇ!」

 

 歯を食い縛り耐え、懸命に古本へ斬りかかる。

 

 キィン!

 けれど見えない壁があるみたいに渾身の一閃は弾かれてしまう。

 

 「なん、で!?」

 

 「何でも何も馬鹿の一つ覚えだっつーの!」

 

 電流が走る。

 ピクピクと痙攣し、とうとう身動きが取れなくなる。

 

 「きゃわわわ! 呆気ない、呆気ないにも程があるでしょ! こーんな簡単に始末出来るんなら、もっと早くこうしていれば良かったし!」

 

 「う、ぐぅ、あ──がっ!」

 

 解らない。

 最早少女が何を言ってるのか頭が追い付かない。

 

 「まあ、それでもこの空間じゃナコっちゃん様の制御下なんだしぃ、それも仕方ないっちゃ仕方ない話だけどね~!」

 

 視界が霞み、のたうち回る僕を少女は真っ赤な目で見下ろす。

 

 「でも、それもこれもこれで全部お仕舞い! ええ、そう! ナコっちゃん様は、私様は、あーしは遂に完全な人間となって外の世界の住人へ作り替えるの! 嬉しいわ、嬉しいの、嬉しいしぃ、嬉しいって、嬉しさのあまりに舞い上がっちゃいそう!」

 

 笑いながら弾む修道女。

 頬を赤らめ、歓喜極まってその場を跳び跳ねるその姿は年相応の少女のようだった。

 

 「にん、げんに──なる?」

 

 苦痛に悶える中、古本が言った言葉を口にする。

 

 「そう! ナコっちゃん様はねぇ、『人間』ってヤツになりたかったの。でも、肉体を持たない幻想のままだと現実に行ったところで消滅するのがオチでしょ。勿論、ナコっちゃん様はそんなのはゴメンだしぃ、人間になって自由に生きたいと願ったわ。そこで私様は考えました。なら、このナコっちゃん様と同じ『改竄』の異能を持った外の世界の人間の身体にこの『ナコっちゃん』様を上書きしてやれば良いんじゃないかって」

 

 「──っ!?」

 

 ジジジ。

 それはとてつもない甘い声で囁かれた。

 頭の中が真っ白になるんじゃないかってぐらい強い誘惑が僕を襲った。

 

 「時間が掛かったわ。恐ろしい程に、狂いそうになる程に、何千何万回とあの世界を繰り返したわ! 自分が何者で、『あーし』という人格が摩耗するほど躍起になるぐらい」

 

 ぐちゃぐちゃと何かが音を立て始める。

 いつの間にか少女が僕の頭を掴んで、耳元に何かを囁いてる。

 

 「でも、それもこれで終わる。終われるの。そう、これはこれでこれがこれにこれぞ漸く『あーし』の願いが成就するってわけ。どう? ただの残留思念(ヒロイン)が考えたにしては中々イケてる計画(プラン)だと思わない?」

 

 目の前に星が飛び交う幻が見えるほど身体が麻痺していく。

 駄目だ。

 このまま彼女の声を聞き続けてたら、無事で済まないと本能が告げている。

 

 「う、あ、ぐぅ──んんん、んぁあああ!!!」

 

 「こーら。暴れない、暴れな~い。このまま頭の中すっからかんにして脳ミソ中の理性を溶かさなきゃ駄目なんだから。ん、め!」

 

 強く抱き締められ、振りほどこうにも身体が何かに拘束されたように動いてくれない。

 

 「気持ち良いでしょ? 甘くて、甘くて、蕩けちゃいそうでしょ? もう疲れたよね? もう辛い思いしたくないよね? なら諦めて、諦めて、嫌なことぜーんぶ忘れちゃえばもう苦しむ必要はなくなっちゃうんだよ」

 

 甘い、甘い誘惑。

 苦からの逃避が快楽となって全身に押し寄せ、僕の理性を蕩けさせる。

 

 それは幾度に夢見た(オレ)が欲しかった願いだった。

 

 「……わす、れる?」

 

 でも、その言葉は何故か胸に酷く突き刺さった気がする。

 

 「────」

 

 忘れる。

 忘れる?

 

 何を忘れる? ……一体、何を忘れたら幸せになれるというのだろう?

 

 「──っ」

 

 ……いや、僕はもう既に忘れてしまっている。

 大切な何かを置き去りにしてしまっている気がする。

 

 ────「さよなら、■しい人。そして、ありがとう。あの時、あの場所で貴方が■■の手を引いてくれたから■たちは生まれて来れました。だから、──だから、どうか残■思■(わ■し■■)のことは忘れて■■になってください」

 

 ──何を? 何を置き去りにしてしまった?

 

 「忘れる、忘れる、何もかも忘れて楽になればみーんな幸せだよ。苦しむことも、痛むこともなくなってハッピーになれるんだぁ」

 

 僕はそれに何言った?/オレはそれに確かこう言ったんだ。

 

 「幸せってなんだよ? 忘れろってなにさ? そんなんで──」

 

 続く言葉は違うけど。

 過った少女に話したかったのは、同じことだから関係ない。

 

 「……は? いや、ちょっといきなり何なんだし──こいつ!?」

 

 虫食いのように黒く塗り潰された少女の顔。

 とても大切な、とても大好きになった人との思い出が微かに過るのに涙が出る。

 

 ああ。想いだけでは、この欠落した記憶は戻らないだろう。

 抗う意思だけでは、この見えない拘束は緩まないというのなら──。

 

 「そんなんで──幸せになれるもんかよ!!!」

 

 イメージする。

 阻む力を破る更なる力を思い込む。

 

 すると。

 

 「あ、ああ、ぁああああああ! もう、何なのアンタ! 往生際が悪いにも程があるんだしぃい!!!」

 

 拘束が解かれる。

 否、先程まで僕を抱き締めていたであろう古本が数メートル先へ弾き飛ばされている。

 

 「ハア、ハア」

 

 立ち上がる。

 フラフラの身体で、吹き飛ぶ敵へ迷いなく青と赤の螺旋を構える。

 

 「忘れろ、忘れろって、自分の幸せは自分で決めることだろ。そんなの勝手に決めんなよ!!!」

 

 ガシャンと崩れる鉄の塊。

 それに続いて地をバウンドする道化師。

 

 そいつら纏めて、遥か彼方に置き去りにした誰かに向かって僕は大声で文句を叫ぶ。

 

 「痛っ、イタタ、痛いわねぇ」

 

 巻き起こる砂塵。

 吹き飛ばされた古本が苦悶する。

 

 「勝手にとかどの面で吠えてるっつーの? ──っていうかマジ最悪、これ流石のナコっちゃん様でもぶちギレ五秒前って感じっつーかー!」

 

 再び黒い本を取り出す少女。

 それと同時に高鳴る僕の心臓。

 

 ドクン。

 

 「──っ」

 

 目を見開く。

 

 ドクン、ドクン。

 

 激痛が襲う。

 苦しくて、痛くて、前を見るのも億劫になるのを我慢して右腕を突き出す。

 

 「「いい加減に──」」

 

 古本と意思が同調するのを背に死に急ぐ影が伸びていく。

 

 「……え? 何で、それを今の貴方が──」

 

 その光景に先程までの余裕の顔が剥がれる少女。

 

 「これで、──終わりだ」

 

 「ま、待って!?」

 

 そうして、黒き修道女へ青と赤の刃が容赦なく放たれる。

 

 「う、そ? 嘘よ」

 

 一秒のズレもなく放たれた死に急ぐ影の一閃をモロに浴びる古本。

 

 「こんなの嘘に、決まって、るぅ」

 

 そこに血飛沫は舞わず、ただ何者にもなれない愚か者が砂塵となっていく。

 

 「ようやく終われるって思ったのに。完全にあーしをナコっちゃん様に出来ると思ったのに。──今度こそ人間になれると本気で思ったのに!」

 

 手を伸ばす誰か。

 黒い粒子となっていく身体を引き摺って、少女は僕へと手を伸ばす。

 

 「何も間違いはなかった。何もかも完璧に事を運んだ。だってのに、──何で? どうして、ナコっちゃん様の身体が消えてるの!?」

 

 答えはない。

 目の前の敵の問いに答えがあるというのなら、それは──。

 

 「ねえ、どーして? ねえ!?」

 

 霞み行く影が消えていく。

 泡沫の幻というように『道化師』古本はその姿を黒いモヤへと化していく。

 

 「そんなの分かんないよ」

 

 思わず漏れた答えに少女は目を見開き、やがて黒い粒子となって散るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ます。

 

 「──っ」

 

 そこは黒いモヤが充満する部屋の中だった。

 

 「此処は──」

 

 部屋の電灯によって微かに視界が取れて、周囲の状況が確認出来た。

 

 「う、ううう」

 

 血だらけで倒れる芽亜莉さんとその近くで眠るように倒れ伏す古本の姿があった。

 

 「──! 大丈夫か、二人とも!?」

 

 駆け寄ろうとした瞬間。

 

 「成る程、成る程! これが世に聞く浅はかということなのだな、無知蒙昧なるユーよ」

 

 「──っへ?」

 

 突然、僕は壁へと叩き付けられる。

 

 「がっ、──ぐぅ!」

 

 そのまま何者かにギシリと首を掴み上げられ身動き出来なくされる。

 

 「愚かなるユーよ。そのまま眠っていれば良いものを」

 

 「負荷蝙蝠(ビヤーキー)!」

 

 「そうともバッドこそ負荷蝙蝠(ビヤーキー)。至高にして完璧なる『外なる神』の信徒である。──では、冥土の土産としてバッドの名を覚えて逝くが良い」

 

 そう言って負荷蝙蝠(ビヤーキー)は僕の首をより一層強く絞めたんだ。

 

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