バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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017 叫び

 

 吹き飛ばされる僕。

 壁へ叩き付けられる身体。

 

 「愚かよなぁ、──そのまま眠っていれば良いものを」

 

 吐き捨てられるそれは悪意の塊。

 

 「負荷蝙蝠(ビヤーキー)!」

 

 ミシミシと音を立て首が軋む中、僕は辛うじて襲撃者の名を呼ぶ。

 

 「そうともバッドこそ至高にして完璧なる『外なる神』の信徒、負荷蝙蝠(ビヤーキー)である。──では、冥土の土産としてバッドの名を覚えて逝くが良い」

 

 それに気分をよくしたヤツは名を名乗り、声高らかに殺意を告げる。

 

 「は、はな、せよぉ」

 

 「この状況で放せと言われて放す馬鹿が何処にいるのだ、フーリッシュ!」

 

 抵抗しようにも負荷蝙蝠(ビヤーキー)の力は弱まる気配を見せない。

 

 「にゃ、──ろう!」

 

 だったらと思い、死に急ぐ影をイメージする。

 

 「ほう! 一体何を見せて──ヴァッツ!?」

 

 青と赤の刃が煌めく。

 背後に突然現れた影に気付いた負荷蝙蝠(ビヤーキー)は直ぐにこちらを手放し、放たれる一閃を回避する。

 

 「グッド、グッド、グッド! 只の腑抜けと思っていたらこんな隠し球を持っていたとは驚いたぞ!」

 

 「ゲホッ、ゲホッ! ……ハア、ハア──そいつはどうも」

 

 何とか敵を引き剥がすことに成功した僕。

 息をするのも覚束ないこちらに対し、黒い怪物は舌舐りするほどに余裕を見せる。

 

 「ウム、ウム! 何だかバッドは楽しくなって来たぞ! 次は何を見せてくれる? 爆炎か? それとも流星か? 何であろうとバッドは構わんぞ、キィーッヒッヒッヒ!」

 

 黒い翼が羽ばたく。

 獲物を前にした獣はその顎を歪ませ、腕を振るう。

 

 「──っ!」

 

 その攻撃によって、死に急ぐ影が崩れる。

 

 「鈍間め」

 

 開けた間合いが詰められる。

 

 「う、ぐぅ!」

 

 向かってくる黒い暴風(ビヤーキー)に対し直ぐ魔術破戒(タイプ·ソード)で応戦する。

 

 「鈍い、脆い、弱い! やはり人間とはそうでなくては!」

 

 無邪気に振るわれる腕、舞う火花。

 

 「──っ!」

 

 押し返す一撃はとても重い。

 こちらの力量を遥かに上回る負荷蝙蝠(ビヤーキー)に僕は翻弄されるしかない。

 

 「キィーッヒッヒッヒ!」

 

 「ぐっ!」

 

 捧げられる死の応酬に迷いはない。

 

 「ユーたちは此処で滅びる。今度こそクールなバッドが、グッドなバッドが、パーフェクトなバッドがこの世界を終末へ誘う! それが、それこそが超越者たちから承ったバッドの使命だ!」

 

 負荷蝙蝠(ビヤーキー)は叫ぶ。

 それが己の意思なのだと傲慢に騙る。

 

 「……ざけ、ない、で」

 

 追撃を受け止める。

 敵の猛攻に手も足も出ない。

 

 ああ、身体はとうに限界を向かえてる。

 負荷蝙蝠(ビヤーキー)の繰り出す攻撃を凌ぐのもやっとで、目の前が朧気になるほど意識がはっきりしないさ。

 

 「ふざけないで! そんなの認めない! 認められない! そんな勝手で世界を終わらされちゃ堪らない!」

 

 けど、嫌だ。

 それを受け入れることが嫌なんだ。

 だって、そこには負荷蝙蝠(ビヤーキー)自身の意思がない。

 

 僕は見てきた。

 意思を持って困難に──不条理に抗おうとする人間の醜さをずっと見てきたんだよ。

 

 それは確かにどうしようもないもので。

 それは誉められるようなことじゃなかったけど。

 

 それでも頑張って生きようとしてたのが充分に解ったから。

 

 「バッツ、バッツ、バッツ! 然れどユーたちに選択権など有りはしない! そう、『外なる神』の運命(さだめ)は絶対である!」

 

 だから嫌だ。

 そんなのに終わらされちゃ堪らない、と。

 今を必死で足掻いたみんなの意志を否定されたくないと抗い続けるんだ。

 

 「故に、認めないも何もユーたちは此処で──」

 

 ガキン!

 

 鋼鉄()を弾いた代償にバランスを失い体勢が崩れる。

 フラフラと前のめりに倒れる身体へ蹂躙者は追撃を放つ。

 

 たとえ、僕たちの生が此処で潰えるとしても。

 たとえ、僕たちの足掻きに何の成果も遺せないとしても。

 

 「僕たちが生きたいと願ったこの世界は、そんな身勝手で蔑ろにされて良いものじゃないんだ!!!」

 

 叫んだ。

 心の底から叫んだ。

 力の限り、その意思のない言葉に抗った。

 

 「『戦乙女の(ヴァルキリー·)(ティアー)』!」

 

 だから、届いた。

 そんな僕の叫びが少女の意識を呼び覚ましたんだ。

 

 パラパラ、と。

 この場で目を覚ました古本が黒い本を捲る。

 

 「──ッチ! この程度!」

 

 絶妙なタイミングで放たれた氷の飛礫を前にヤツはなす術もなく意識を削いだ。

 

 「『忘却の物語(ミッシング·ローグ)』!」

 

 続いて発動した魔術は、この拮抗を、この困難を切り抜ける光明が差すモノだった。

 

 途端に硝煙に包まれる僕。

 続けて視界を閉ざされる戦場。

 

 そして、両者の間合いが一瞬の膠着を作り出す僅かな隙。

 

 「──っち! こんなモノ、バッドには無意味だ!」

 

 負荷蝙蝠(ビヤーキー)の翼がはためく。

 目が覚めたであろう少女が放った魔術はそれだけで簡単に掻き消される。

 その硝煙の魔術は、この圧倒的な武力を前に悪手でしかなかった。

 

 「キィーッヒッヒッヒ! この程度でバッドに歯向かおうなぞ……ヴァッツ? それは何だ? ユー、その輝きは一体何なのだ?」

 

 けれど、それで充分。

 力を溜め込む一瞬の時間が有れば、それは最善の手へと切り替わる。

 

 「ハァアアア!!!」

 

 喉が張り裂けそうになる。

 全身がズシリと重くなる。

 それでも目の前の怪物へ放つ虹の極光は僕の構える魔術破戒(タイプ·ソード)へと込められた。

 

 「待て。それは流石にバッドでも耐えられ──」

 

 ブゥン!

 負荷蝙蝠(ビヤーキー)の命乞いを無視して、力の限り込めた虹の極光を解放する。

 

 「ギィイイイアアア!!!」

 

 斯くして、身体の半分を怪物は吹き飛ばされることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「七瀬勇貴さん!」

 

 ドサリ。

 その場で力尽き、倒れる僕。

 虹の極光を放った為か、現実化(リアルブート)していた青と赤の螺旋が消えてしまう。

 

 「ハア、ハア」

 

 息が苦しい。

 だけど、早く立ち上がらなければいけない。

 

 「う、ぐ──っつぅ、ハア、ハア!」

 

 何故なら。

 

 「グゥ──ガア!!!」

 

 身体の半分を吹き飛ばされたのに、未だ立ち上がろうとするクソ野郎が居るからだ。

 

 「……嘘、……でしょ」

 

 正直こっちはもう限界なのに。

 

 「う、ぐぅ──七瀬勇貴さん、此処は逃げるべきです」

 

 相方の古本は『忘却の物語(ミッシング·ローグ)』を発動して余力を使いきったのか、伏したままでいるのに。

 

 「ハア、ハア」

 

 ──僕もこうして立ち上がるだけでいっぱいいっぱいだってのに!

 

 「ゆ、許さん、ぞ。……バ、……バッドは、……この程度で……死なぬ、のだ」

 

 ヤツは虚ろな片目で敵意を向けている。

 そこに先程までの余裕はなく、凍てつく執念があるだけだ。

 

 「そう、……とも……バッドは、バッドは完全なのだ。完全であるべきなのだ。……それ故に、人を、蹂躙せねば……ならぬのだ」

 

 消えてしまった魔術破戒(タイプ·ソード)をもう一度現実化(リアルブート)しようにもそんな余力は僕に残されてない。

 

 「……認めぬ、認めぬぞ。……バッドは……こんな結末は認めぬぅ」

 

 負荷蝙蝠(てき)は風前の灯火で、相対するこちらは満身創痍の木偶の坊。

 条件は同じだと言うのにこれっぽっちも嬉しくない。

 

 「──良いよ、クソ野郎。こうなりゃ……とことんまで……やって、やるぅ」

 

 「止めて下さい、……そんなことしたところで、意味ない……ですよ」

 

 覚悟を決めた僕を止めようと古本が声を上げる。

 

 「ハア、ハア!」

 

 なんて諦めの悪いことだ。

 全く、クソ面倒で仕方ないったらありゃしない。

 

 「七瀬さん!」

 

 だけど、悪い気はしない。

 僕たち人間もそうやって足掻いてきたんだからそれを真似されたところでどうもしない話だ。

 

 「「────」」

 

 交差する視線。

 沈黙する両者。

 

 このまま待っていれば敵の自滅は明らか。

 向かってくるそれを避ければ、なんてことのない終わりが訪れるだけなんだ。

 

 だが、それを互いが納得するかは別で。これは、それだけのことだった。

 

 「「……ふん!」」

 

 同時に踏み込む。

 フラフラの身体で殴り合うのを止めれる者はこの場に居ない。

 

 「あ、ぐぅ!」

 「が、あ!」

 

 力の籠らない一撃。

 洗練された動きのクソもない──無駄だらけのそれに何の意味もない。

 

 「倒れ、ろ!」

 「しつ、──こい!」

 

 そう、これは何の勝算もない無益な争いでしかなかった。

 

 「ゼー、ハー!」

 「ヒュー、ヒュー!」

 

 だが、崩れ行く身体で再生が間に合わないのを気にも止めず、負荷蝙蝠(ビヤーキー)は持てる力を奮った。

 

 「「う、ぐ──あ、ぁあああ!!!」」

 

 そうして。

 

 「キヒヒ! ……下ら、ぬ……なんと……下らぬ足掻きだ。……そんなものに、二度も敗北するなど、本当に、……下ら、ぬ」

 

 それを最期に今度こそ怪物は塵となって消滅するのだった。

 

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