バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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018 カダスの鍵

 

 目の前の負荷蝙蝠(ビヤーキー)が消滅する。

 その光景を眺めることしか出来ない僕たち。

 

 「……正直助かりました、七瀬勇貴さん」

 

 寝転んだまま礼を言う少女。

 その声に先程までの悲痛さはなく、今は淡々とした冷たさが垣間見える。

 

 「あのままでは我々の全滅は免れませんでした」

 

 立ち上がる余力はないのか、寝転んだまま古本は話を続けた。

 

 「そうかな?」

 

 「そうですよ。……まあ、後はこの黒いモヤを何とかしないことにはいけませんが、ね」

 

 改めて部屋中に広がるそれへ視線が向く。

 

 「これかぁ」

 

 さて、そもそもこの黒いモヤは何なんだろう?

 

 「……恐らくですが」

 

 そんな僕の考えを読んだのか、古本は何か話をする。

 

 「この黒いモヤこそ、今回の負荷蝙蝠(ビヤーキー)が繭から授かった力なのでしょう」

 

 黒い本が捲られる。

 

 「黒いモヤ。実体を持たぬ影。現実に居場所を持たぬ集合的無意識。どうして彼女たちが私たちの世界に現実化(リアルブート)出来るのか解りませんが、これはあの夢世界(ドリームランド)の『影絵』に似た何かだと推測します」

 

 話を聞く僕は、その言葉に驚いて思わず目を丸くする。

 

 「いや、──え? ちょっと待ってよ。影絵? これがあの影絵だって? そんな馬鹿な、あれは夢世界(ドリームランド)の中でしか生息できないんじゃないの?」

 

 「いいえ。そうであると思われるだけで、実はそれを確証するモノは何一つないんです。仮にそうだとしても、そうでないとこの状況に説明がつきませんし。……まあ、これは私の憶測ですが彼女たち影絵自体は現実の世界に実体を持つことが可能なんだと思いますよ」

 

 「影絵自体はって、……だったら、夢世界(ドリームランド)の君はどうしてこんな面倒なことをしたのさ?」

 

 納得がいかないというか突然の情報に頭が追い付かない。

 

 「これも情報から判断した私の推測ですが、影絵自体は飽くまで実体を持つことが出来るというだけなんです。そして、その影絵によって構築された幻想という人間には実体を持つことが現実に許可されてないんだと思います」

 

 「うん? だから、幻想の元は影絵なんでしょ? それが実体を持てるんなら、幻想にだって──」

 

 そこまで言い掛けて気付く。

 僕は今まで夢世界(ドリームランド)の中の影絵にこれといった実体を持ったところを見たことがなかった。だから、それを元に構成された幻想は影絵より上位の規格なんだと思ってた。

 

 でも、それって逆に言えば『影絵』という存在がどのような姿をしているのかが解らないだけで──別に現実世界で身体を構成出来ないと決まった訳じゃないんだ。

 

 つまり。

 

 「はい、そうです。彼女たち幻想は影絵によって構成された世界の中でその存在を確立させてしまった。それは、現実の世界の身体を持たないという固定概念を世界へ示してしまったということで、その『現実世界の身体を持たないという固定概念』が幻想たちの現実への現実化(リアルブート)を否定してしまったんです。──どの世界にも『ないモノはその存在を許されない』とされるように、無を有限にするのも理由が必要なのです。……つまり、その理由自体を否定する幻想の在り方が、その真理の壁を抜ける方法を持たなかった。その一方で、影絵には現実の世界でもウルタールの猫の頭に住まう精神生命体という情報があるだけで何の縛りもなかった」

 

 「……それだけ? たかが現実で生まれなかったってだけで、その存在が許されないってことなの? ……そんなの……あんまりじゃないか」

 

 そうだとしたら、それは悲しいことだ。

 空想の世界で生まれたってだけで、その存在が許されないという話になる──それはつまり、僕があの幻想たちと過ごした日々も存在しちゃいけないと言われてるようなモノだ。

 

 「そう、ですね」

 

 「──っ」

 

 それは違うと幾ら否定しようにも、越えられない壁を感じる。

 無力感に苛まれるとかそういう次元でない、ある種の怒りを覚えた。

 

 けれど、何も出来ない。

 所詮、僕たち人間もその第四の壁を壊そうと足掻いた幻想たちさえも、その真理によって阻まれるしかなかったから。

 

 「──ギリッ」

 

 それは立場が違うだけで、人間と『外なる神』との関係にも似ている。

 ああ、そうか。上位者として君臨する彼らが傲慢に人間を見下すのは、きっとそういうことなのかもしれない。

 

 「ちく、しょう」

 

 食い縛った奥歯が痛むと同時に口の中で血が広がったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……それで、落ち着きましたか?」

 

 黙りを決めていた僕に古本が優しく問う。

 

 「……うん、ごめん」

 

 「構いませんよ。かつて私も同じことを考えたことがありますから」

 

 そう言って、少女はフラフラと立ち上がる。

 どうやらこちらが沈黙していたら体力を回復できたみたいだ。

 

 「ふむ。芽亜莉はまだ眠ったままのようですね」

 

 起こそうと揺する。

 

 「そう、だね」

 

 「ふむ、起きませんね」

 

 「大分痛め付けられたのかな?」

 

 「どうでしょう? こう見えて芽亜莉は頑丈なところがあります。いつもならどんな目に遭ったとしても数時間後にはケロッと復活してるモノなんですが、……可笑しいですね」

 

 少女が首をかしげる。

 

 「そう、かなぁ」

 

 それこそ考えすぎと思ったが、考えてみてもこの黒いモヤが消えていない以上は何かあると疑っても良い気がした。

 

 「もしかしたら、芽亜莉が目を覚まさないのもこの黒いモヤが原因かもしれませんね」

 

 思っていたことを古本が呟く。

 

 「そうだとしたら、その場合はどうするべきなんだろう? 意識だけ夢の中に囚われてるのを解放する方法なんて少なくとも僕は知らないし」

 

 「うーん。……夢の中へ意識を飛ばすこと自体は私も出来るんですが、芽亜莉の意識を連れて帰るとなると出来ないんですよねぇ」

 

 頭を悩ませる僕たち。

 

 「リテイクさんとか、他の人たちはそういうの出来ないかな?」

 

 「出来ないと思います。基本的私たち『欠落者』は異能による力業で物事を対処するので、こういった意識の中でとかそういう搦め手には弱いんです」

 

 それって、ワンマンプレーのソロなら無双出来るが、ジョブでバフ掛けてサポートするタイプの人が一人も居ないってことなのかな?

 ……頭脳筋にも程があるんじゃない?

 

 「……貴方が何考えてるのか想像出来ますが、それを否定出来ないんですよね、私たち」

 

 どうする?

 どうすれば、芽亜莉さんは目を覚ますんだ?

 

 僕の権能(チート)が幾ら万能な異能でも、夢の中に囚われた意識を呼び覚ますなんてピンポイントなモノはない。

 

 「……せめて、夢と現実を行き来できる魔法の扉でも在ればなぁ」

 

 扉。

 某猫型を自称するタヌキなロボットが使ってるようなアイテムに似たモノが欲しい。

 

 「……扉、ですか」

 

 「うん」

 

 「扉……扉……固く閉ざされた扉。そう、閉ざされてるということは鍵が掛かってるということです、よね」

 

 僕の呟きに何かブツブツと独り言を繰り返す古本。

 

 「鍵」

 

 そう言えば、夢世界(ドリームランド)で誰かにそんなものを渡されたような気がする。

 それが何に使えるのか解らないが、確か僕のズボンのポケットにまだ有った筈。

 

 「確か……うん、そうだ。これだよ」

 

 ガサゴソとポケットをまさぐると、銀の鍵が出てきた。

 

 「……それ、は」

 

 取り出した銀の鍵を見て、目を丸くする古本。

 

 「ん? これが何か古本は知ってるの?」

 

 「ええ、知っています。それは、夢世界(ドリームランド)への門を開くとされる『カダスの鍵』。深層心理に囚われたモノを解放するとされる伝説の魔道具(アーティファクト)です」

 

 銀の鍵を持つ僕の手を取る少女。

 

 「つまり?」

 

 何やら興奮し出した古本にそれがどれだけ凄いのか要領が掴めずにいると──。

 

 「つまり! それを使えば、この黒いモヤから芽亜莉の意識を呼び覚ますことが出来るんです!」

 

 何故か思い切り叫ばれる。

 

 「わ、分かった。分かったから、そんな叫ばないでよ。……えと、ごめん。これ、どうやって使うの?」

 

 「もう! 貸して下さい!」

 

 古本はそう言って、僕から『カダスの鍵』を引ったくった。

 

 ◇

 

 キキキ。

 キキキ。

 

 自分が立っているのかさえアヤフヤになっていく。

 何をしていたのか解らない。

 何を見ていたのか覚えてない。

 

 ドポン。

 

 空の人形は足掻かない。

 死の濁流に呑まれ、人間擬きは眠り続け──。

 

 ゴポゴポ、ゴポゴポ。

 

 あーしは一人、底知れぬ深い闇へ堕ちていく。

 

 「──っ」

 

 罪深き者。

 忘却し尽くした業。

 それらに対し、いつだって都合良く目を剃らし逃げてきた。

 

 ジジジ。

 魂が書き換わる。

 それまで夢野芽亜莉として構築されてきた自我が変質されようとしている。

 

 「助け、て」

 

 誰も自分を助けない。

 誰もあーしを──『夢野芽亜莉』に救いの手を差しのべない。

 

 「誰か、──助けてよ!」

 

 それは、今まで逃げてきた報いだと嘲笑うようだった。

 

 キキキ。

 キキキ!

 ()が手招きする。

 恐怖に身体は凍りついたよう硬直する。

 それでもあーしは微かに震える声でひたすら助けを乞う。

 

 「い、や──嫌! あーし、まだやりたいことがあるの! まだやってないことたくさんあるの! ……死にたくない。死にたく、ないよぉ」

 

 堕ちていく。

 必死の懇願も空しく、影は徐々にあ■しの意識を侵食していった。

 

 「ねえ、何なの? あ■しの身体にそんな価値あるって言うの? それともあ■しの持ってる異能が欲しいって言うの? だったら、別にあ■■こんな異能欲しくなかった!」

 

 黒く、黒く染まっていく身体。

 憎悪に苛まれる意識。

 誰も誰も、そんな哀れな虫けらに見向きもしない。

 

 「嫌なの。全部嫌だったの。親しい人も、虐げるだけの不幸も、あ■■を取り巻く何もかもがぜーんぶ嫌で仕方なかったの! 特別よりもそこらで楽しそうに手を取り合ってる普通が■■■は欲しかったの!!!」

 

 嘆きが響く。

 後悔が残る。

 救いを望めど奇跡は起こらない。

 

 「それでも頑張ったの! 何でもないって思い込んだの! 誰に見向きされなくても、■■■は前向いて頑張ったの!」

 

 蝕まれる身体。

 欠けていくアストラル·コード。

 自分の記憶が消えていく中、それでも懸命に手を伸ばし続けた。

 

 「だから、──助けて、よぉ」

 

 ザー、ザー。

 その言葉を最期に■■■は崩れ落ち──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「芽亜莉!」

 

 伸ばした手を誰かが引き上げる。

 深い闇に堕ちようとした身体に温もりが伝わる。

 

 「もう大丈夫です。もう大丈夫ですからね」

 

 声が聞こえる。

 それは人形のようだと思ってた少女の声だった。

 

 「──ぁ」

 

 色が戻っていく。

 もう目には底知れぬ闇も、見知らぬ劇場もなく、いつもの白い天井が映るだけだった。

 

 「芽亜莉」

 

 ナコっちゃんがあーしを呼ぶ。

 そこで漸く誰かが自分を強く抱き締めてるんだと気付いた。

 

 「おはようございます」

 

 「──っ」

 

 涙が出た。

 助かったんだと安堵した。

 

 「……ナコっ……ちゃ、ん?」

 

 「良かった。本当に良かったです。この感じだと、もう自力で目を覚ませそうですね。……一事は目を覚まさない貴女を見て、どうなることかと心配しました」

 

 温かいと思った。

 優しげに語り掛けるその姿に、凄く頼もしく感じた。

 

 「けど、もう大丈夫そうですね」

 

 感情のない目だと思ってた。

 何もかも諦めたような目をしていると思ってた。

 

 でも実際に諦めてたのは自分だった。

 そんな自分があーしは嫌いだった。

 

 ────「ごめんなさい。私には、喜びとか悲しいとか解らないんです。だから、貴女がどれだけ辛いのか解らないんです」

 

 いつだったか、落ち込んでいたあーしにナコっちゃんが語り掛けたことがある。

 

 何をしたかも覚えてない──この第三共環魔術研究所で孤立していた自分にはそれが凄く嬉しかった。

 

 「……う、ん……うん……あり……が、とぉ」

 

 忘れてしまってた。

 只、忘れてナコっちゃんと親しくなったことだけは都合よく覚えてた。

 

 そんな自分を見捨てず、彼女はいつも助けてくれた。

 

 「──ぁ、──っ」

 

 感謝の言葉を伝えたら、眠くなった。

 

 「フフフ、もう疲れましたか? 本当、芽亜莉はおねむさんですね。……良いですよ、芽亜莉。もう一度眠ってしまっても。後は全部私たちが片付けておきますから」

 

 ギュッと抱き締める力が強くなったのを噛み締めながら、

 

 「──ぅん、ありが、とぉ」

 

 そうしてあーしは意識を落とすのだった。

 

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