バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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022 欠けたモノは何ですか?

 

 ジジジ。

 

 失くしたモノがある。

 奪ったモノがある。

 

 「ハア、ハア」

 

 でもその多くを忘れ、僕は焼けた校舎を歩いてる。

 

 ザー、ザー。

 

 夢見がちな男だと言われたさ。

 愚かだと嗤われたのは間違いなかったさ。

 

 「ハア、ハア!」

 

 それでも僕は戦わなければいけなかった。

 そうしないと大切なモノが守れないと分かったから。

 

 「あ、ぐぅ」

 

 血塗れの身体が重かった。

 胸が締め付けられるようで、息が詰まりそうだった。

 

 ■■■■を引き摺ることしか出来ない無力さが心底嫌になった。

 

 「──っつぅ」

 

 胸が苦しい。

 脳が掻き回されるほど痛い。

 

 ────「貴方は、誰?」

 

 なのに、それより僕自身が■■■■のことを忘れてしまったことの方が辛かった。

 

 メラメラ(キキキ)

 メラメラ(キキキ)

 

 火の粉が舞う中、今も尚焼け崩れる校舎の惨状を切り抜ける中で、僕はおぞましい何かの嘲笑を耳にする。

 

 「────」

 

 それは、実在しない幻。

 それは、泡沫の夢。

 

 ────「貴方は、誰?」

 

 そして、頭の中でしか生きられない誰かの妄想。

 

 「ハア、ハア。ハア、ハア!」

 

 ジジジ。

 ああ、これは夢だ。

 でも、とうの昔に忘れてしまった僕の記憶でもある。

 

 「何を忘れた? 一体僕は何を忘れたの?」

 

 欠けたモノが何なのか。

 忘れたモノが何なのか。

 

 幾ら問えど答えは返ってこない。

 

 メラメラと火の海が広がるばかりで、そこには僕一人しか残されていなかった。

 

 「解らない……解らないよ。……ねえ、誰でも良いから教えてよ」

 

 空を見上げても何もなく、そこには永遠の闇が続くだけだ。

 

 「……教えて、くれよぉ」

 

 手を伸ばす。

 だがその手を掴むモノはなく、ただ僕は空しさに囚われるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──っ」

 

 目を覚まし、いつも通りの白い天井が僕を出迎える。

 

 「ハア、ハア」

 

 超大型腐乱死体(フランケンシュタイン)を引き連れた負荷蝙蝠(ビヤーキー)を倒した僕たちは、あれから第三共環魔術研究所を復興させようとした。

 しかし、一夜で出来ることなんて限られてる。

 そう。僕たちは、もう一度襲撃が来るかもしれないと警戒することしか出来なかった。

 迎撃に成功したからといって浮かれて騒いだところに襲撃が来たら元もないのだから。

 

 「今は、十一時か」

 

 時計を見ると昼に近い時間を指していた。

 やっぱり、昨日の襲撃の疲れがあるんだろうか。こんな時間まで寝てしまうなんて……。

 そう思うと、途端に身体が重くなったような感じがする。

 

 「他の人たちは起きてるんだろうなぁ」

 

 一応、今回も僕は巻き込まれた形で事件に関わった。

 生きるか死ぬかの二択を突きつけられても、まだ被害者意識をしなくては目の前の脅威に立ち向かえないのだと嫌でも思い知らされた。

 

 「はぁ~……一体、僕は何がしたいんだろ」

 

 世界の滅亡だとか、人類の希望だとかそんな感じの事を言われても僕にはよく分からない。

 何もない人間モドキ。

 誰かの為の代用品。

 それが、僕という人間だと知った。

 

 「…………」

 

 何も考えたくなかった。

 だけど考えなくては、いつ『外なる神』による襲撃が来るのか分からない。

 

 「本当、どうしたいんだろう」

 

 自分のことが分からない。

 僕は袋小路に迷った猫のようベッドの上で呆然するだけで動かない。

 これじゃあ、生きた死体じゃないか。

 

 「動きたくない、なぁ」

 

 このまま眠るように死ねたら良いのに。

 そう思いながらも、身体は意思に反して体調が整ってる。

 

 くぅ~。

 

 「そういや、朝ごはん食べてないや」

 

 腹の虫が鳴る。

 それはまるで、まだ僕の身体が生きたいと意思を伝えてるようだった。

 

 「……行く、か」

 

 腹の虫を抑えるため、食堂へと行こう。

 食堂へ出掛ける準備が済む頃には先程まで見ていた夢が何なのか忘れてしまった。

 

 ガチャリ。

 部屋のドアが開かれる。

 

 「お、おっはよーう」

 

 すると、芽亜莉さんがやって来た。

 

 「お、おはよう、芽亜莉さん」

 

 「良かった、起きたんだ」

 

 挨拶を返すと、彼女は安堵の表情を浮かべた。

 

 「う、うん。他の人たちはもう起きてる感じかな?」

 

 「いーや、それがぜーんぜん。力を使いすぎちゃったみたいでナコっちゃん以外はみんなバタンキューしてる」

 

 「バ、バタンキュー?」

 

 「ええ、そう。バタンキューしてんのよ。まあ、そんな気にしなくても大丈夫っしょ。きっと夕方に入る頃には何だかんだでみんな回復してるだろうし」

 

 「そ、そんなものかな?」

 

 「そんなものっしょ」

 

 お気楽な返答をする僕たちは互いの顔を見合わせる。

 そこには、とてもじゃないが昨日九死に一生を得た人間の顔とは思えない清々しさがあった。

 

 「それより、昼食べた?」

 

 「いや、これから行こうと思ってたところだけど」

 

 「じゃあ、一緒に行こ!」

 

 芽亜莉さんはそう言って、僕の手を掴んだ。

 

 ────「■■さん! 手を、の■■て!」

 

 何処からか空耳(ノイズ)がする。

 

 「う、うん」

 

 一瞬、眩暈がした。

 

 「んー? どーしたしー?」

 

 それに対し、何とはなしに芽亜莉さんが僕の顔を覗き込んでくる。

 

 「な、何でもないよ……行こう」

 

 掴んだ手を強く握る。

 

 「ん? ……変なのー」

 

 今日は日差しが強かった。

 だからこの時の僕は軽い貧血でも起こしたんだろうと解釈した。

 食堂へ向かうその足は軽かったのもそれを助長させた。

 

 気付くなんて出来ない。

 その違和感こそ欠落なのだと知る由も無かったんだから。

 

 ◇

 

 昼飯はまさかのカレーライス単品しかなかった。

 頼めるメニューのバリエーションが充実していたかと言うとそうでもないのだが、それだけしか選べないというのはちょっとひもじさを感じてしまう。

 

 「ま、まあ、食べられるだけでもマシだよね」

 

 おかわり禁止。添え物の福神漬けもいきなり数量制限される始末。

 こういうのって、徐々に減らすのが適正じゃないのかと文句を言いたくなるが、止めておこう。そこら辺の裁量を考えるのは、ちょっと僕には難しいし何より面倒だ。

 

 「そうかな? あーしはこれにたっぷりのチーズ掛けたいけどね~」

 

 「何それ、超旨そうなんだけど。──って、芽亜莉さんもそう思う? 実は僕もちょっと物足りないと思っててさ」

 

 「なーんだ、やっぱりナナっちも我慢してるんじゃん。そーいうの身体に悪いんだよぉ」

 

 なんかジト目で僕の強がりに抗議する芽亜莉さん。

 

 「うぇえ? ナ、ナナっち? ナナっちって……え、もしかして僕の事か?」

 

 「うん」

 

 「そ、そっかぁ……うん、まあ。って、そうじゃなくて……そりゃあ、あんな襲撃が有ったんだから節制もするでしょ。それとも我が儘言って食堂のおばちゃんを困らせれば良かったっていうの?」

 

 だけど、そんな彼女に僕はもっともらしいことを言ってはぐらかす。

 

 「べっつにぃ、そこまでは言わないけどさー。多少愚痴ったりしてもあーしは悪くないと思うよ。ほら、ナナっちだって清廉潔白目指してるわけじゃないんだし」

 

 パクパクとカレーにスプーンを掬う芽亜莉さん。

 

 「そ、そう? でも、吐いた言葉は飲み込めないってよく聞くし、こういった状況で自分を出すのはなんか自分勝手じゃない?」

 

 「ぜーんぜん。つーか、そんなこと言い出したら世界中の人間は愚痴の一つも吐けないじゃん。やだよー、そんなディストピアな世界」

 

 気にし過ぎだと少女は諫める。

 

 「そりゃあ何でも平等に出来たら素晴らしいのかもしんないけどさ。でも、そうなったらそうなったらで人間は幸せじゃなくなっちゃうとあーしは思うなー」

 

 「……幸せじゃなくなる?」

 

 「うん。そもそも全てが平等でいられる世界なんてあったら、幸せになるなんて願いは生まれないんだからね」

 

 芽亜莉さんはスプーンを止めない。

 食事をしながら僕との会話を器用に進める。

 

 「考えてもみてよ。幸せになりたいってことは、そう思った人間の中では満たされないモノを抱えてるってことで──つまり他の誰よりも平等じゃないってことになるじゃん」

 

 「……あ、確かに」

 

 「でしょ。だから、全てが平等な世界はその存在を許されないし、誰もが絵空事だと切り捨てるの。──まあ、それでも多くの人はそれを願っちゃう。それは、そうでもしないと人間は自ら降りかかった不幸に帳尻が合わなくなって潰れちゃうからね」

 

 何でもないように、それが幸福を求める人の性だと少女は語った。

 

 「……そう、だね」

 

 それに対し明確な答えが返せず、曖昧にするしか僕には出来なかった。

 

 「ナナっち、早く食べないと冷めちゃうよ」

 

 「──うん」

 

 「……なんか変なの~。……良し、ごっちそーさま。先に行くね」

 

 そうして芽亜莉さんはこちらの返事を聞かず、食器を片付けに行った。

 

 「────」

 

 僕はそれを黙って見ているしか出来なかった。

 

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