バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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023 意向確認

 

 あれから、食堂で腹ごなしを終えた僕はこれからどうするのか考え、取り敢えず古本に話を聞きに行くことにしたんだ。

 

 「ある~日~、森のながぁ~、熊ぁさ~んにぃ~、出会ったんでんすぅ~」

 

 彼女は部屋にいると聞いた。

 だから僕は古本のいる部屋のドアをノックしようとした。

 

 そうしたら、耳を傾けるのもおぞましい歌を聞いてしまった。

 

 「もぉりぃのなぁか~でぇあ~った~んでぇすぅ~」

 

 古本は一見無駄なことをしてそうで、後々になって必要なことをしているのは短い付き合いながらも解ってたし、そのつもりでいた。

 

 だから、今回のこれもきっと何か意味があるんだろうと思う。

 

 「パ、パパパ、も~り~のぉ~お~くぅ~、ズババババァンとぉ~なぁ~くぅ~」

 

 聞こえてくるダミ声に思わず顔をしかめてしまう。

 というか、このまま回れ右し自分の部屋に帰りたくなった。

 

 「……うっわぁー」

 

 彼女の歌唱力がこちらを監視していたであろう職員さんも引くレベルなんて知りたくなかった。

 つーか、自室とはいえ昨日の今日で呑気に歌ってる場合なのだろうか?

 

 ……やっぱ、帰ろうかなぁ。

 

 「あるぅ~日~、森の中んみゃくぅ~」

 

 「──って、ループするんかーい!」

 

 タァン!

 思わず突っ込むようにドアを叩いてしまった。

 

 「…………」

 

 すると歌っていた古本の声がピタリと止んだ。

 更に職員さんがお前どうしてくれるって目を向けてきた。

 

 ……いや、ちょっと待って。何で責められるような目を僕はされなきゃいけないのさ? え? これって僕が悪いの? 意味が分からないよ!

 

 「……う。あ、あー、古本。今、ちょっと良いかな?」

 

 気まずくなって、部屋にいるだろう古本に喋り掛ける。

 

 「…………」

 

 だが返ってくるのは沈黙だった。

 

 「いや、あのさ。気分よく歌ってるのを邪魔したのは悪いかなって思うんだけどね。一応、昨日あんなことが有ったばかりなんだしこれからのことを話したいな~って僕は思うんだ」

 

 「…………」

 

 「うん、だから開けてくれると助かるんだけど、良いかな?」

 

 ガチャリ。

 独りでにドアが開く。

 

 「────」

 

 スタスタスタ。

 

 「おはようございます、七瀬勇貴さん。昨日はご協力して頂き、ありがとうございました。お身体は無事のようで、何よりです。──さあ、どうぞこちらにお掛けください。それで、今日はどういったご用件でしょうか? こう見えて、私、仕事が忙しい身ですのでなるべく早くして下さいね」

 

 わざとらしく音を立てながら席に座って紅茶を飲む古本。

 どうやら先ほどのことはなかったようにしたいみたいで私は仕事してましたとアピールしているみたいだ。

 

 「随分と個性的な歌唱力だったね」

 

 「個性的な歌声? フフフ、書類を片すだけの作業にそんな幻聴を聞いてしまうなんて貴方は可笑しな人ですね。お疲れですか? まあ、昨日あんなことが有ったばかりですもの、頭の一つや二つイカれてしまうのも無理はありません」

 

 …………。

 

 「それでどのような用件でしょうか? まさかそんな冗談を態々伝えに来たというわけでもないですよね」

 

 「あ、あはは──まあ、さ。部屋に入る前に言ったと思うんだけどね。昨日此処へ負荷蝙蝠(ビヤーキー)に襲撃されたことだし、いい加減そろそろ知っておきたくなったんだよ」

 

 「おや、大抵のことは教えているつもりなんですが、一体何を知りたくなったのでしょう?」

 

 「いいや、僕は知らないよ。自分がどうして此処に居るだとか、何で君たちは座標である僕を匿うのか知らないんだよ」

 

 「それはリテイクが──」

 

 「リテイクさんはこの世界については話したよ。けど、君たちがやりたいことを言ったわけじゃない。只、そういうことがしたいっていう憶測を話しただけなんだ」

 

 黙り込む古本。

 少女は何をするでもなくジッとこちらを見つめるだけ。

 

 「君たちは何がしたい? この世界に来た僕に何を期待してる? 分からない、僕には分からないよ」

 

 振り絞った声で問う。

 生き急ぐようにして漏れ出た言葉に救いが欲しい。

 だって、僕には分からなかった。

 幾ら考えようとも、時折夢に出てくる記憶が頭の片隅を離れなかった。

 正解が欲しい。

 間違えなければ、それはきっと後悔のない生き方が出来るだろうし、何よりも自分が満たされると思うから。

 

 「この第三共環魔術研究所は世界の滅びを回避するために設立されました」

 

 そんなことを思っていたら、徐に少女は口を開いた。

 

 「そして、私たち欠落者はその為に此処へ集められました。理由なんてものはそれ以上もそれ以外もありません。──ええ。人類は『外なる神』による救済でなく誇りある自死を求めるが故、座標である貴方を対抗策として現状の打開が目的なんです。……そう言えば貴方は満足されますか?」

 

 無機質な顔だった。

 幾度も見せたそれは、まるで感情のない人形のようだった。

 

 けれど、同時に真実を話したお母さんの姿と被った。

 

 「先日の負荷蝙蝠(ビヤーキー)は末端の一つに過ぎません。肉体を殺したところで繭が持つ情報を消去しないことにはこれから幾度と相対することになるでしょう」

 

 ああ、きっと嘘は言ってないんだろう。

 相変わらず古本が何をしたいのかは分からないけど、それでもこの研究所の意向は認識出来た。

 

 なら、今はそれで納得するしかない。

 少なくとも古本は僕の問いを真摯に答えたんだから。

 

 「……そっか。じゃあ、これから何をすれば良いのかな?」

 

 踏み込まなきゃ。

 悩んでないで、必死で前を進まなきゃ、正解とやらにはたどり着けない。

 

 ────「だから、どうか■■■■のことは忘れて幸せになってください」

 

 頭に霞むモザイク顔の少女。

 大切だと思えるのに、何故かその顔が思い出せない。

 

 ……こんなんじゃ、いつまで経ってもあの子の願いを叶えられないだろ。

 

 「一週間後、私たちは青森の『ンカイの森』へ行くことになります。そこで貴方には繭を破壊して貰いたいのです」

 

 「繭?」

 

 「そう、繭とはこの世界と貴方のいた夢世界(ドリームランド)のナイ神父を繋ぐ魔道具(アーティファクト)であり、外なる神がもたらした古代兵器(ロストテクノロジー)なのです。それさえ破壊してしまえば、この世界は彼ら『観測者』の干渉を逃れられるのです」

 

 古本はそう言って、今度は年相応な笑みを浮かべた。

 

 コンコン。

 ドアがノックされた。

 

 「はい、何でしょう?」

 

 古本がドア越しに声をかける。

 

 「うむ、我だ。少し話がある」

 

 知らない男の声だった。

 それに対し、古本は罰の悪そうな顔をする。

 

 「あー、ゴルバチョフ総監。申し訳ないのですが今は少々立て込んでおりまして」

 

 ガチャリと勝手にドアが開く。

 

 「知らん。そんなものより、昨夜の件について貴様には聞きたいことがあって来たのだ」

 

 カツカツと足音を立て、こちらに歩いて来る無精髭の迷彩服を着た男。

 

 「随分と勝手な判断をしたな、ナコト」

 

 益荒男と揶揄しても良いほどに鍛え上げられた体は一歩一歩の挙動に隙がなく、こちらを射貫かんばかりに鋭い碧眼に孤高の気高さが伺えた。

 

 「申し訳ありません、ゴルバチョフ総監。ですが、私としても──」

 

 ゴルバチョフ総監と呼ばれた銀髪の男は、僕に視線を移すことなく古本をジッと見つめる。

 

 「御託は良い。それが貴様の計画なのは我も百も承知。──だが、目的は違えど人類の未来を取り戻す為に我らは手を交わした。それ故に問いたださなくてはならん」

 

 机越しに相対する両者。

 

 「貴様、何故(なにゆえ)『四番』を解放した?」

 

 四番?

 それは一体──。

 

 「……ほう。此処でそれを問うということはもう既にゴルバチョフ総監はお気づきなんでしょう?」

 

 「呵呵呵(カカカ)! さて、どうだろうな? 適当なことを口八丁手八丁並べてくだを巻いてるだけかもしれんぞ。──それで、質問には答えるのか?」

 

 「さてさて、どうしましょうか。流石に昨日の今日です、下手な損耗は避けたいものですが──まあ、良いでしょう。此処で勿体振っても仕方ありませんし、答えて差し上げますよ。と言っても、あのまま隔離していたら危険だったからとしか言えませんが」

 

 少女は黒い本を取り出す。

 

 「そうか、そうか。だが、それは当初から懸念されていたことだろう。鞍替えの判断には値せぬ。我はそんな表向きなんぞより、真の理由を聞きたいのだ」

 

 「ゴルバチョフ」

 

 「信じられぬのも無理はない。慎重に、何よりそうやって全てを疑うことを教えたのも我だ。だが、こうして貴様の前に単身で会いに来た。今はそれだけで話してくれんか?」

 

 「誰に唆されました? 貴方らしくないですよ」

 

 「……ナコト、人間というものは今を生きるものだ。決して過去にも、況して未来に囚われるものじゃない」

 

 「知っています。ですが申し訳ありません。これでも今は人類の救済を謳う身ですので、今日のところはお引き取り下さい」

 

 「──良い。それでこそ、我が育てたモノよ。今日はここまでとする。……ああ、それとそこの貴様、迷うのも良いがそんなことをいつまでも続けてると足元を掬われるぞ」

 

 ゴルバチョフ総監は最後にそんなことを言って、部屋から立ち去った。

 

 「それでは、七瀬さん。誠に勝手ですが、話は後日改めて致しましょう。今日のところはこれでお引き取り下さい」

 

 それを追うように古本は僕を部屋から追い出したんだ。

 

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