ふらふらと部屋を出る。
────「……ああ、それとそこの貴様、迷うのも良いがそんなことをいつまでも続けてると足元を掬われるぞ」
先ほど言われた言葉を思い出す。
「────」
迷っている。
それはどちらの自分に対しての言葉だったんだろう?
『七瀬勇貴』の僕なのか。
それとも『藤岡友喜』のオレなのか。
解らない。
ゴルバチョフと呼ばれた男が誰に対してその言葉を言ったのか、検討もつかない。
どうやら僕は心の何処かで自分を救世主のようだと期待されたがっているらしい。
見向きもされなかったことが辛いようで、その証拠にゴルバチョフさんには良いイメージを抱いてない。
全く、嘘を吐くことでしか生を実感出来ない社会不適合者の自分に今更何を期待してるんだか。
幼い頃の
それを良いことだとか、悪いことだとか考えもせず、自分は悪くないと正当化しなければ『自分』という存在を保てなかった。
それを誰かが病気のようだと言った。
親しかった人たちはそういう類いの人間なのだと遠ざけたことに当時の『
両親はそうして生きていく自分に何も咎めなかった。
寧ろ、何も言わず離れていった。
きっと気味の悪い子供だったんだろう。
いや、見るのも嫌で仕方なかったのかもしれない。
それともそんな自分なんかに関心がなかったんだろうか。
……少なくとも、この世界の母さんは気味の悪い子供だと言って遠ざけてた。
今では、何をするにも自分では決められない人間なんだから、あの頃の
「う、ううう」
頭が痛い。
もう一人の自分のことを考えるだけでぐちゃぐちゃになりそうだ。
七瀬勇貴。
それが今の自分──でも、この肉体は藤岡友喜の身体だ。
嘘つきの自分。
曖昧な意思しか持たない──空っぽの人間。
そんな人間に今更、僕は何を期待してるんだ?
生きてた頃の藤岡友喜は、他人との距離が遠いと感じたことがある。
常に嘘を吐いて、誰かと関わることを煩わしいと遠ざけてたのは自分なのに、それを棚上げして何を言ってるんだろうと思う。
けど、苦しまずにはいられなかった。
嘘つきが、嘘つきが此処にいる、と。此処に、此処に必死で生きてるんだよ。誰か聞いてくれよ。
僕は、いやオレたちは──。
────「……ああ、それとそこの貴様、迷うのも良いがそんなことをいつまでも続けてると足元を掬われるぞ」
お父さんは何も言いません。
お母さんは何も言いません。
自分だけがそれをうわ言のように繰り返してます。
「何だよ、畜生」
誰も見つけてくれない。
本当の僕を見つけてくれない。
何者にもなれない『嘘つき』はどうしたら迷わず生きていけるんだろう?
言葉に出来ない問いは胸の奥底に燻るだけだった。
脆弱な意思に居場所なんかないのに、オレはそんなモノにも居場所が欲しいと思ってる。
ぐちゃぐちゃになる思考。
一つの身体に二つの魂が入ったんだから、こうなることは分かってたことなのに。
眠ってたオレを、昨夜の襲撃が覚ましてしまった。
どうすれば良い?
オレはどうしたら、この渇きを癒せる?
本当は、こんなクソみたいな現実を生きたくなかった。
なのに、神様のクソッタレはオレを死なせず第二の生を押し付けた。
まるで嘲笑うように、生きる理由を与え続けたんだ。
疲れた。
疲れたんだ。
もう何も見たくないっていうのに、どうしてオレは『僕』を通して見続けなきゃいけないんだ!
「ハア、ハア」
誰もいない。
此処には、オレの声を聞いてくれる人はいないんだよ。
そうして、ふらふらと研究所を歩いても誰に声を掛けられることもなく外に出ていた。
いや、外というには語弊があるかな。
正しくは、外の空気が吸えるコンクリに覆われてない場所と表現するべきだった。
どのエリアのどういう場所か分からないが、敢えて呼称するなら噴水広場と言うのだろう。
「──っ」
青空へ噴出される水は綺麗だった。
虹のようなものが続いて見えるぐらい鮮やかなオブジェクト。
人類が滅亡の危機だというのに、まだそんなものに予算を注ぎ込めるものかと他人事のように呆れもした。
水面に映る顔を眺める。
僕は消えてない。
けど、オレもまだ消えてない。
あっちをふらふら、こっちをふらふらして、何して良いのか迷ってる。
自分とは何だろう。
何でこんな自分が座標などという役割を与えられているのか未だ理解できない。
「僕は七瀬勇貴。僕は七瀬勇貴なんだ」
けど、この身体は
「誰だ? 僕は誰なんだ? 何をすれば良い? 何をすれば僕は、いや僕たちは──」
続く言葉が上手く吐けない。
喉元に引っ掛かって、息がつまる。
情緒不安定な自分は何も出来ない。
それが解っているから、あのゴルバチョフと呼ばれる男の人は僕を見向きもしなかったんだ。
「こんなところで何してんの?」
すると、聞き覚えのない少女の声がした。
「──え?」
けれどそれに何処か懐かしさを感じ、思わず声のする方へ振り返る。
「だから、こんなところで何してんのかって聞いてんの」
するとそこには、腰まで届きそうな赤髪の少女が手を組んで立っていた。
始めに言っておくと声を掛けて来た少女のことを僕は何も知らない。
この世界に来てから顔も会わせたことのない人で面識すらない。
けど、その少女の声に懐かしさを覚えたんだ。
不思議だ。
どうしてそんなことを思うのか分からないのに、目の前の少女を見ているだけで欠けていた何かが噛み合った気がする。
「べ、別に何となく、だよ」
「何となくで、こんなところに来れるわけないでしょ。──全く、どれだけ自分勝手なんだか」
「──む」
突き放したような言い方に何も言えなくなり、その場で立ち尽くしか出来なくなった。
そうしていると、少女は僕がいる噴水付近に腰掛けた。
「……アンタは色々考えすぎなのよ」
互いの名前も知らない筈なのに、まるでこっちのことを知っている口振りだ。
「あの、何処かで会ったりする? だとしたら、ごめん。僕、貴女のこと知らないんです。だから申し訳ないんだけど、名前を聞いても良いかな?」
少女へ質問する。
「聞きたいの? 聞いたところでアンタは覚えれないのに、それでも聞きたいの?」
質問を質問で返されてしまう。
「言ってる意味がよく分からないけど、──うん、そうだね。たとえ覚えれなくても、僕は聞きたい、かな」
「……ふーん。意味がないのに?」
「意味がなくとも、だよ」
冷めた目を突きつけられる。
けど、この時は聞きたいと思ったから、素直にそう答えた。
「そう。まあ、また繰り返すことになるんだろうけど、一応名乗っておくことにするか。……久留里、久留里天音。久しく留守する里から天国まで音を届けるって意味合いを省略して『久留里天音』と言うのよ、覚えておきなさい」
「そ、そうなんだ。僕は──」
「言わなくて良い。アンタのことは知ってるから。大事なのは今こうしてアタシとアンタが会ったという事実だけなの。……じゃあ、そういうことで」
「──え?」
それだけを言うと少女──久留里天音はその場から立ち去っていく。
「……何だよ、それ」
僕は遠ざかる背中を見つめるしか出来ない自分にただただ無力感を抱くしか出来なかったんだ。