「試したって何を──」
「何をと言われたら……そうですね。たとえば、私たちは相次ぐ
「どうでしょうってそんな──」
「無責任だと思いますか? 身勝手だと思いますか? そうですよね、貴方はこの世界に来てまだ此処でしか生活していないのですから当然の反応と言えます」
無表情に、淡々と、矢継ぎ早に古本は話す。
「──ですが、もうその認識は改めて頂かないと困るんです。悠長に文句を言っていられる状況ではなくなったんです。だって、我々人類に一ヶ月ばかりしか時間が残されてないんですから」
「──え?」
「今、アメリカ、ロシア、中国といった戦争に長けた国は外なる神によって軒並み壊滅させられ、世界の人口は一万を切ったとされています。そんな情勢の中、残された各国の精鋭たちがこの日本という極東の島国を人類最期の砦と定め、この第三共環魔術研究所を設立しました」
空気が重くなり、咄嗟に言い返そうとするも言葉が喉元に詰まって出ない。
これじゃあ、逃げ場のない袋小路に迷い込んだみたいだ。
「何故、彼らはこの日本を最期の砦にしたのか。それは、私たち欠落者が居たからではありません。外なる神がこの日本の青森にある『ンカイの森』に滅亡の繭を張ったからです」
また訳の分からない言葉。
外なる神が繭とやらを張ったから滅びへと近づいた?
意味が分からないし、何よりどう反応したら良いか検討もつかない。
「宇宙から降り立った外なる神『ナイアルラトホテップ』だけでも脅威だというのに、突如出現した巨大な繭によるカウントダウンが迫っている。あれが孵化した時、完全なる究極の一にして厄災の魔王『アザトース』がこの地球に降臨する。……それだけは絶対に阻止しなくてはいけない。たとえ、この世界を滅ぼしてでもあれは観測されてはならないのです」
「……何で、そんなこと分かるの?」
「分かりますとも。私の異能、『絵のない絵本』は世界が滅ぶ過程を何度も観測してるんですから」
「『絵のない絵本』?」
「ええ。既に観測者としての貴方ならばご存知でしょうが、私には並行世界の自分の人生をこの一冊の本に通じて知ることが出来るのですよ」
……観測者としての貴方って、いきなり何を言い出すんだ?
「悲しきこと。悪辣なこと。第四の壁と知りながら胡乱な夢をさ迷い、無知蒙昧を振りかざす哀れな道化。人によっては様々な呼称がありますがここは敢えて、こう定義するのが良いのでしょう」
どこか遠い目をした古本の視線の先に僕は居ない。
誰に言い訳しているのか、頭の中でそれだけが繰り返される。
「画面の向こうの『読者』様、とね」
「……はい?」
ゾクリ、と背筋に冷たいモノが走った。
「何を、何を言ってるの、さ」
ジジジ。
少女は笑う。
どこまで見据えているのか、それとも──いや、そもそも結局のところ古本は何がしたいのかさっぱり分からない。
「七瀬勇貴さん」
「──何?」
「きっと、貴方からして見れば私の行動はちぐはぐで、何がしたいのか分からないと思ってることでしょう」
唐突にそれは語られた。
茶菓子を振舞うかの如く、あっさりと告げられた。
眼差しには、ちゃんとした人の意志があった。
立ち向かうのだと諭すような、そんな思いがあった。
「見ているものは嘘で、目の前で思うことも嘘で、誰かの頭の中で唐突に生み出される稚拙な物語の世界。私たちはそんな世界の住人に過ぎず、本当の現実というものを未だ知ることもありませんが──」
「あ、う。……ま、待って。待って、くれ」
わけが分からないと脳が拒もうとしているのに、少女が語ったそれに何故か納得している自分がいる。
同時にその先が聞きたくないと狼狽える弱い自分もいる。
「それでも、私たちは生きたいんです。まだ見ぬ本当の現実ってヤツに情熱を注ぎこみたいんです。……そうです。貴方がやらなければいけないのは、外なる神による滅びを回避することでも、更新のない永遠の停滞でもない──本来の世界に『貴方』という観測者を還し、この物語を完結させることなんです」
カチリ。
欠けていたモノが填まる。
ザー、ザー。
ザー、ザー。
「あ、あ、ぁああああああああああああああ」
ノイズが聞こえる。
全身に冷たいモノが走り、見ている現実が嘘で塗り固めた幻想なのだと認めてしまった時、──足元が覚束なくふらついた。
「思■出■■下■い。
ザー、ザー。
ザー、ザー。
聞きたくない。
見たくない。
もう惨めな人生はたくさんなんだ。
ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー。
ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー!
ノイズに身体が蝕まれ、視界がモノクロで埋め尽くされる中、目の前の誰かが手を取ろうとするも──
ブツリ。
そこで電源ボタンを切られたかのように僕の意識は途絶えてしまった。
◇
始まりがあるならば終わりがあるのは必然で、今を生きる我々と同じく世界にだって限界がある。
かつて、魔導魔術を使役しその名を世界に震撼させた男はそう語った。
その言葉を■■■■は忘れることなく──否、呪いのように離れることはなかった。
「…………」
見上げた先にある、この落書きじみた月だってそうだ。
閉じた箱庭の空はいつだって暗く、果てのない深淵が続くだけで、■■■■にはその終わりが見えないと決めつけてるに過ぎない。
「■■■■。■■■■■、■■■■」
最早、世界を終わらせる筈だった終末機構は木偶の坊へと成り果てた。
それを現状に甘え、明日を拒んだ者の成れの果てと断じてしまえば■■■■はどれほど気が楽になっただろうか。
「■■■■、■■■■■■■■■、■■■■」
永遠の停滞とは、よく言ったものだ。
自身の在り方が歪なのを棚に上げ、藤岡友喜の肉体へ刷り込ませた
「ああ、眠い。眠くて、眠くて、どーしようもなくしんどいですねぇ。この眠さ故に聞こえる酷い幻聴には、全く『私』にも困ったモノです」
物思いに耽る■■■■の前に名も語らぬ少女が現れる。
そうして、待ちわびた玩具を弄るように喉からこぼれ出た言葉を蔑むのだ。
「後悔してます? たらればを求め誰かを傷つけることに躊躇いを感じます? ですが、それもこれも後の祭りだと知っていたでしょう」
「────」
「何ですぅ、その目は? 可笑しいですねぇ。既に貴方はあの少女の願う明日を取らず、過去に縋り、それだけが生き甲斐だと差し伸ばされた救いの手を振りほどいたというのに、これ以上何を悩むのです?」
「……■■■■■」
「いーえ、解っていません。どれほど力を得ようと貴方の根本なところは未だ理解が追い付いていない子供に過ぎませんよ」
■■■■を蔑むことで少女は自身の優位性を示し続けた。
そうしたのは、きっと自分以上の存在になれないと知らしめるだけで、彼女もまた歪な人間に他ならないのだ。
「約束したでしょう! 何としても彼らに勝利し、この
縋るよう、少女は■■■■へ突っ掛かる。
怯えているのか、成り果てと化した■■■■はそれを黙って受け入れる。
否、そのどれでもなく彼らには彼らの思惑がある。
「願いは叶える。世界も己が自由自在に手にする。それだけを欲し、それだけの為に全てを切り捨てたというのに、こんなところで迷ってどうするのです。契約を忘れたとは言わせませんよ、大罪の王よ」
誰も救われない。
何も救えない。
オレはこの閉じた箱庭の世界の王へなる。
そうして、誰かの願いを破戒しては真世界の薪へとくべるのだ。
次話の投稿は4月21日となっております。そんな作品が面白い、続きが気になる、応援してると少しでも思ってくださったら画面下の☆からポイント入れて頂けると嬉しいです!
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