バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

154 / 158

 前回の話で、古本が数ヶ月しか猶予がないと言ってましたが、それは間違いで一ヶ月しかないに変更しました。
 これは作者のガバです。申し訳ありません。

 それでは、本編をお楽しみ下さい。


029 ……おじさんも君を誘導させる為の役者なんだよ

 

 ジジジ。

 

 僕は偽物(つくりもの)

 いや、見せかけの(ハリボテ)人間──否、そうなりたかっただけの模造品(レプリカ)

 

 ザー、ザー。

 ザー、ザー。

 

 その事実は何処までも変わらず。

 その現実は何をしても覆らない真実で、それ以上の何者でもなかった。

 

 「────」

 

 何もない。

 意思も、願いも、記憶さえ、誰かに与えられた借り物。

 

 白紙の魂。

 虚構の心。

 

 ああ。確かに(■■)たちの言う通り、恥知らずで思い上がりも甚だしい話だ。

 

 ────「見ているものは嘘で、目の前で思うことも嘘で、誰かの頭の中で唐突に生み出される稚拙な物語の世界。私たちはそんな世界の住人に過ぎず、本当の現実というものを未だ知ることもありませんが──」

 

 嘘だった。

 僕が見ている全てが、この現実もまたすべて誰かの頭の中の妄想だった。

 

 ……じゃあ、僕が座標とかそういう類の存在だというのも意味がないんじゃないか?

 

 だって、それも嘘なんだから。

 そういう価値があると設定されているんだから。

 

 だから、だから……だから!

 

 ────「それでも、私たちは生きたいんです。まだ見ぬ本当の現実ってヤツに情熱を注ぎこみたいんです。……そうです。貴方がやらなければいけないのは、外なる神による滅びを回避することでも、更新のない永遠の停滞でもない──本来の世界に『貴方』という観測者を還し、この物語を完結させることなんです」

 

 何を信じていけば良いのか。

 そもそも古本が言っていることは唐突で、ちぐはぐだ。

 

 ちぐはぐ、ちぐはぐ。

 彼女の言うことに何の信憑性もないのに。

 

 「……何なんだよ」

 

 なのに、それが本当だと認めているのは、どうして?

 

 「──っ何なんだよ!」

 

 何をすれば良いんだ?

 何をしたら間違いないんだ?

 

 もし、僕を作り上げた神様とやらがいるのなら、一体何を求めてるんだよ。

 

 ……なあ、誰でも良いから教えてくれよぉ。

 

 ズブズブと暗闇に引っ張られるみたいで。

 思考の奥底に沈められ、何を考えても後ろ向きになる。

 

 いや、フラフラと何処をさ迷い歩くのか。

 自分が今、何をしてるのかよく分からなくなって。

 

 ────「もう嫌なの! あんな最期はゴメンだって彼は思ったの! 嫌な人生だったって思い続けて死んだの!」

 

 こんなことなら、あの偽名の少女──■張■鳥(お■■あ■か)の言う通りにすれば良かった。

 真実とやらを追わず、あそこで諦めていれば良かった。

 

 そうすれば。

 

 ────「あの子が成長する度に思った。どうして、こんな子を私は産んでしまったんだろうか。どうして、こんな気持ち悪い人間を育てているのだろうかって」

 

 あんな言葉も(オレ)は聞かなかったし、こんな惨めな思いもしなくて済んだんだ。

 

 「オレが何したんだよ? 別に特別なことなんか望んじゃいないだろ? 人並みの幸せを求めただけで、何の大望も抱いちゃいなかった」

 

 歩く、歩く、歩く。

 霞が掛かった道を、小石を蹴とばす余裕もなく、ただ歩き続けた。

 

 ……でも。

 

 ────「ありがとうございます」

 

 たとえ、全てが偽物(つくりもの)なんだとしても、彼女(■ィ■■)が言った『ありがとう』を嘘にしたくないのは、どうして?

 

 ゴウ、ゴウ。

 心の世界に嵐のような風が吹く。

 

 ザー、ザー。

 誰かがそれを遠ざけようとしてるみたいで胸が痛む。

 苦しむなんて感情など持ち合わせてないのに、酷くそれが気になる。

 

 そんな時。

 

 「君、そんなところで何をしてるんだい?」

 

 後ろからひどく枯れた男の声が掛けられた。

 

 「────」

 

 振り返る。

 

 「……いや、よく見たらふらふらじゃないか、君。危ないなぁ。最近は鈴鹿町も負荷蝙蝠(ビヤーキー)に落とされたし、何より此処はもう危険だ。……君で良かったら、おじさんが安全な場所まで案内するがどうする?」

 

 青い背格好の男性。

 確か、藤岡友喜の記憶では『警察官』と呼ばれた人たちだ。

 

 「……貴方は?」

 

 「おっと、すまない。つい、名乗るのを忘れてしまっていた。おじさんは佐藤(さとう)、佐藤澄夫(すみお)だ。最近まで式守市で警察官をしていた。つまり、元刑事ってやつだ。よろしくね」

 

 「はぁ」

 

 「それで、どうだろう? 安全な──いや、それより本当に君は随分と酷い顔をしている。どう見たって生気が感じられないほど辛そうだ。……何を思い悩んでるのか知らないが、良ければおじさんに話してごらん。少しは気が楽になるよ」

 

 男は、何と言うかパッと見では冴えない感じの印象をしていた。

 髪が薄いとかそういうレベルでなく、持っている雰囲気というのがそう感じさせた。

 

 まあ、人が良さそうだとは思うけど……。

 

 「で、でも」

 

 「──ん」

 

 差し伸べられた手。

 何も事情を知らない第三者。

 

 「……じゃ、じゃあ聞いてくれますか」

 

 「良いとも」

 

 馬鹿馬鹿しいと思いつつ、笑みを浮かべた警察官──佐藤澄夫さんに胸の内をさらけてみることにした。

 

 「解らなくなったんです」

 

 抽象的な言葉。

 そこからぽつり、ぽつりと溢れ出てくる感情。

 

 「自分が何をしてきたか。自分が何を信じて来られたのか。その全てが嘘なんだと知って、もう、どうすれば良いのか解らなくなって、それから──」

 

 きっと何が言いたいか分からなかったと思う。

 我ながら要領が悪いなぁ、なんてどころの話じゃない。

 

 「逃げたんです。何を信じれば良いか解らなくなったんです。それで、もう、どうしようって、それで……あれ? 本当、何を考えれば良いんだ?」

 

 それでも頷いてくれる佐藤さんが居てくれたから、吐き出すように出た弱音が、混じり気のない本心が言えた。

 

 「……そうか。それは……辛かったね」

 

 辛かったねと肩を叩かれる。

 

 「ああ、でも──うん、そうだ、ね」

 

 でも、同時に彼は躊躇いがちに──間が悪いと直ぐ口を閉ざした。

 

 「佐藤さんには分かるんですか?」

 

 そんな人の肩を掴み、必死で教えてくれと頼みこむ。

 でないと、もうどうしたら良いか解らなかった。

 

 「うん……分かる、分かるよ。これでもおじさん、三十年は刑事やってるからね」

 

 「じゃ、じゃあ、どうすれば良いのか教えて下さい!」

 

 心苦しそうにする佐藤さんを僕は逃がすまいと問い続けた。

 

 「う、うん……でも、それは……ね」

 

 声が上ずってた。

 言いたくないと目を合わせようともしなかった。

 

 だけどそんな今直ぐに逃げ出そうとしている人の肩を強く掴んで離さなかった。

 

 「……分かった。そんなに聞きたいなら教えてあげよう。……うん。四十過ぎたおじさんの僕から言えるアドバイスは、ね。それは、僕には『分からない』ってことだ」

 

 それに観念し口を開いた彼の答えは、勿体ぶったわりには投げやりな言葉だった。

 

 「……え?」

 

 「だから、分からないんだ。いや、誰に分かる筈がないんだ」

 

 突き放した物言いではなかった。

 けれど、誰にでも言えるような──突き放した結論だった。

 

 「────」

 

 空いた口が塞がらないとはこのことだ。

 だってそれは、ありたいていに言えばこれまでの全てを台無しにしてしまう暴論なんだから。

 

 「バカにしてるんですか?」

 

 頭に血が上り、思わず声が大きくなる。

 

 「そんなことはない。寧ろ羨ましい……そう、おじさんは羨ましいんだ。何しろ、そいつはもうおじさんには出来ない悩みだからね」

 

 そんな自分を余所に佐藤さんは青春だねと笑う。

 

 「そう言った意味では嫉妬しちゃうなぁ。若い、若すぎるぞ、ってね」

 

 「……さっきから聞いてれば何ですか? そんなに可笑しいですか? 呆れるモノですか? でも仕方ないじゃないですか! だって──」

 

 馬鹿にされていると思った。

 激情に駆られ、尊いモノを見るような眼差しを贈る彼に文句を言おうとした。

 

 ──けど。

 

 「でも、仕方ない。仕方ないことなんだ。だって、こればっかりは君にしか分からないんだから。──だって、そうだろ? 君自身が納得する答えは君にしか持ち合わせられないし、今後とも誰に持ち合わせることはない。──なにせ、おじさんは君じゃない。所詮、赤の他人でしかないんだ」

 

 男は強引に話を、否、それを切り捨てた。

 

 「……え?」

 

 目を見開く。

 

 「だから、あー、うん。なんて言えば……そう、おじさんは大人だ。けれど君より多く歳を重ねただけのおっさんでしかないし、それ以外の何者でもない。──けど、そんなおじさんにも君と同じように何かを悩んだことがある」

 

 こちらを見つめる佐藤さん。

 肩を掴む手を振り解くのでなく、優しく添える手はとても温かった。

 

 「────」

 

 いつしか、その姿に。

 そのありふれた回答に言葉が出なくなっていた。

 

 だって、それは真っ直ぐな目だったし、迷いのない言葉だった。

 嘘も建前も、混じり気のない本心が込められてた。

 

 ああ、そうだ。

 淡々と語られるそれは決して崇高なモノではなかったし。誰にでも言えるような、そんなありふれた話だったさ。

 

 けど。

 けど、さ。

 

 「そんな時は考えた。考えて、考えて、悩みまくった。どうしたら良い? どうすれば良かったんだって。──でも、出なかった。そんな都合のいい答えはこの歳になっても見つからなかった」

 

 我武者羅に生きたよと男は笑うが、同時に無様で空しいモノだったよと嗤った。

 

 「ああ、そうだ! 妻に逃げられた時も、両親に先立たれた時も。男手一つ育てた息子がトラックに撥ねられ死んだ時も! 良いことが起きるとそれ以上に不幸なことが起き──ふと死にたくなった時も。その度に考えた。その度にどうしたら良かったんだって必死に問いかけた!」

 

 なのに、刑事さん(おっさん)は恥じるモノがなかったと誇らしげだ。

 

 その姿に哀愁はない。

 あるのは、一人の漢の生き様が見えるだけで同情なんて湧かない。

 湧くはずもない。

 

 「──っ」

 

 寧ろ、そんな風になれたらと憧れる。

 憧れて、しまう。

 

 「だから羨ましい。そんな風に今を必死で生きる君の姿が。ふさぎ込むのでなく悩み続ける君の足掻きが、おじさんは何よりも羨ましいんだ」

 

 「……佐藤さん」

 

 「悩むと良い若人。人が生きるとは、そういうモノだ」

 

 じゃあねと刑事さんは僕の肩を叩く。

 

 「あり、が、とう、ござい、ま、っした!」

 

 そうして立ち去る彼に僕はこれ以上ない感謝の気持ちを贈った。

 

 「どういたしまして」

 

 ああ。

 振り向かず告げられた言葉に涙が出る。

 

 解決はしていない。

 だけどその場で考える。

 考えて、考えて──必死で悩み苦しむ。

 

 何をすれば良いんだろう?

 どうしたら良いんだろう?

 

 この現実世界を生きれば良い。

 みんなが僕を必死で送り出したんだから、そうすれば良い。

 

 良い筈だ。

 良い筈なのに、何かが引っかかる。

 

 何が嫌なんだ?

 何をしたくないんだ?

 一体、僕は何をやりたいんだ?

 

 自問自答する中、佐藤さんの姿はもう見えない。

 見えなくても、その場で頭を抱え、必死に何が嫌なのか考え続ける。

 

 「────そういえば」

 

 そんな中で思いつく。

 いや、忘れていたことを思い出す。

 

 「お父さんの墓参り、行ってないや」

 

 この世界の藤岡友喜のお父さん。

 僕にとっては赤の他人。

 

 でも。

 

 「……行こう」

 

 どうしてか、そんな彼に一度顔を見せるべきだと思った。

 




 次話の投稿は4月23日となっております。そんな作品が面白い、続きが気になる、応援してると少しでも思ってくださったら画面下の☆からポイント入れて頂けると嬉しいです!
 批評、アンチ何でも励みになりますのでよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。