「どうした、どうした? いつになくスロウリィじゃないか、ユー!」
山奥へ走る黒い稲妻。
「七瀬さん!」
僕を援護しようと迷彩服の軍人が小銃を発砲する。
「狙うなら確実に脳天にヒットさせろ、フーリッシュ。そんなことでは、主はおろかこのバッドすら殺せんぞ、
「く──っそ、がぁ」
「キィーッヒッヒッヒッ!!! まさに弱者! 弱者、弱者、弱者! 良いぞ、実に良い苦悶だ、ユー!」
「浅はか。実に浅はか! 無知蒙昧でありながら、その浅慮さは万死に値する!」
嵐。
「せめて、せめて一瞬でも隙があれば!」
せめて、
パン! パン! パン!
軍人さんが何発か小銃を撃つものの、敵は大したことないのか表情さえ歪ませない。
「それで、それで、それで! 愚かなるユーは、蒙昧なるユーは、下賎なるユーはここからどう巻き返すつもりだ!?」
「──っつぅ!」
苦痛に歪む僕を嘲笑する黒い怪物。
しかし、止まらない。
黒い怪物は嘲りながらも攻撃の手を弛めない。
「愉快! 痛快! 感激! やはりこうでなくては!」
ブン!
繰り出される大振りの一撃。
ガキン!
「うわっ!!!?」
受け止めるも、腰を浮かされ吹き飛ばされてしまう。
「キィーッヒッヒッヒッ! それでは、それでは、
牙を向いた醜悪な獣。
必殺と傲る追撃に慢心する神の下僕。
ズシャアアア!
放たれる死。
超落下する勢いを受け止める余力はこちらになく、ただ、その斬撃に身を任せる他ない。
「──っがぁ!」
鮮血が舞う。
腹を裂くほどの傷を負う。
ズリズリ、ボタボタ。
「嗚呼、良い。本当に良い。その顔、その傷、その体たらく。やはりユーたち人間なぞこのバットの敵ではなく、虫けらも同然であった」
ダクダクと流れるそれは致命傷だった。
けど、ニタニタと嗤うそれは致命的な隙を見せてくれた。
ドクン。
「ああ……そう……か、よぉ」
血飛沫は止まらない。
脳を突き刺す激痛も止まらない。
ドクン、ドクン。
溢れ逝く鮮血。
悶え苦しむ激痛の最中、息をするのもやっとの身体で僕だけの
ドクン、ドクン──ドクン!
そうだ。
止まらない。
なら、あの吐き気を催す死に急ぐ影なんて、もっと止まらない。
「その身体では満足に剣も振るえまい! いい気味だ、いい気味だ!」
間抜けは気付かない。
舌舐りし、ジリジリと敵をいたぶろうと歩み寄る。
だが。
「どうした、手が震えて──いや待て、先ほどから何を黙ってるんだ、ユー」
──そこで、ふと
瞬間。
「ヴァッツ!?」
敵の翼を捥ぐ青と赤の刃。
それの正体は、僕を軸に現れた双刀を構えた黒い影。
「やっと……気付いた、か……間抜け」
そうして。
「ふ、ふ、ふざ──」
「喰らい……やがれ」
青と赤の断頭台によって
走る。
走る。
「ハア、ハア」
どれだけ傷だらけになろうとも。
どれだけ裏切られようとも。
「七瀬さん、目標まで残り三千を切りました!」
幾度となく心が悲鳴を上げようと、焦燥に感情が擦れ欠けようとも僕はあの
「──っつぅ」
フィリアの顔を思い出した。
「「「キィーッヒッヒッヒッ!!!」」」
だから、こんな
「……
分かってた。
幾つもの
「こちら、アルファ。こちら、アルファ。大群クラスの
軍人さんは無線で現状を報告する。
だが、その声は何処か虚ろなもので覇気がなかった。
ドクン。
「──っ」
空を覆う無数の黒。
太陽を遮るその異形な光景を前に鼓舞するよう青と赤の魔剣を強く握る。
「まだだ。まだ、死ぬわけにいかないんだ」
圧倒的絶望を前に希望なんかない。
そう、この森は外なる神にとって生命線なんだからこれは当然の帰結だ。
「会いに、行くんだ。そんで、幸せにならなきゃいけないのは君たちもだろって言ってやるんだ」
諦めちゃいけない。
諦めるなんて出来ない。
僕は、
「う、うおぉおおおお!!!」
そうすることで、幾多の
「「「「「キィーッヒッヒッヒッ!!! 諦めろ、諦めろ! ユー程度でこの苦境は乗り越えられまい!!!」」」」」
「──っ」
だが、それを上回る黒が直ぐ虹の極光を埋め尽くす。
「アルファ、大群クラスの
覆う黒が地上へと雪崩れ込み、
「そのままそこで立ってろ」
「──え?」
──そこで、聞き覚えのある少女の声がした。
ズシン!
地響きがする。
ズシン! ズシン!
地を揺らすそれは確かに後ろからやって来ていた。
「────!」
ズシン! ズシン! ズシン!
ふと上を向くと、ひび割れる世界から灰色の鱗に包まれた大蜥蜴がこちらを覗き込んでるのが見えた。
「グルルルゥ!!!」
「「「「「ヴァッツ!!!?」」」」」
以前見た大蜥蜴とは比べようがない大きさのそれはまるで怪獣映画に出てくる怪獣そのもの。
形容するのも烏滸がましい怪物は、空に張り付く
「……な、何、これ?」
「何これも何も見たまんまの光景なんだが」
その光景に呆然としていると、後ろから男勝りの口調の少女がやって来た。
「君は──」
「そうか。一応、この世界では初めましてになるのか」
青みがかった黒い髪。
いつか見た夢にいたツインテールの少女。
「たった一度の出会い。そして、二度は起こらぬ奇跡。この邂逅もまたバグの一つに過ぎないが、それでも良いのなら名前の一つは名乗るべき、か」
真っ直ぐ僕を捉える黒い瞳の真意は分からないが──。
「スゥー。スゥー・ドリーム。それが私というバグの名前であり、何れ来る厄災の名前だ」
青みがかった黒髪黒目の少女『スゥー・ドリーム』は、静かに、けれど確かにそう名乗ったのだった。