厄災。
黒髪黒目の少女──スゥー・ドリームは、確かに自らのことをそう語った。
それは少なくとも世界の存亡がかかってる中、軽々しく口にして良い単語ではないだろうに。
「スゥー・ドリーム!」
その証拠に軍人さんは声を荒げ、目を据えてる。
「おいおい、そんな目で睨むなよ。何も今から世界を滅ぼすわけじゃないんだ。友好的、とまでは言わないが此処は互いの手と手を取り合うところなんじゃないか?」
少女はゆっくりと僕たちへ近付く。
「キキギィ! ふざけるな、ふざけるな! 何故、ユーが此処に来ている!? 況して、人類の味方をしている!? ⋯⋯まさかバッドたちを裏切るつもりじゃなかろうな? ユーのアンサー次第では戦争だぞ、マッド・ハック!」
それをまだ蹴散らされていない
「──裏切りだと? 全く、考えなしに一体何を勘違いしてるんだ
「勘違い、だと? このバットが勘違いしてると宣うか! ⋯⋯心外だ、心外だ! バットらは、外なる神の信徒はいつだって主の命に逆らうことなく、大いなる意志によって管理されてきた。故にこの場でマッド・ハックであるユーこそが最もギルティーなのは確実!」
「ふん、やはり本質を理解していないんだな、
「──っ」
「そもそもの話、な。王の誕生を前に、誰の頭も垂れぬ荒地しか用意出来ないなんて、そっちの方が失礼極まりない話だ。頭の中がお花畑なのは結構だが、それで周囲に迷惑をかけないで貰えるか?」
「────!」
少女の黒い目がこちらを一瞥すると、その瞬間、背筋に何とも言えない悪寒が走った。
それは無機質が向けるような、一切の感情を排斥した瞳だと直感した。同時に、耐え難い現実に諦めたようにも見えた。
「それに、だ。そんなことをしなくてもあっちにそれほどの猶予は残されてないんだから、するだけ無駄というやつだろう」
そう言って、少女──スゥ・ドリームは後ろへと首を傾ける。
「……?」
何だ? 何が言いたい?
彼女のその投げやりな態度に不審感を抱くと、それは突然やって来た。
「ええ、まさにまさにその通り、そのとおーり! ビバッ長期! ビバッ短命! ですがですが、残念なことに時代は消費社会。如何に世がカーニバルで波乱なフェスティバルであろうとこの戦国時代を駆け抜けるには、いささか勇者諸君では役不足ときた。ならばならばレベリングこそが必然だろって、ジョンは、いや、ジェーンは皆様諸共、野次投げるってものなぁーんですが!」
声が響いた。
湿度の高い女のような、けれど野生児を彷彿とさせる野太い男が入り混じった不協和音。
「相変わらず気味の悪い奴だな、お前」
何もないところに向かってそう切り捨てるスゥ・ドリーム。
「「「「「──っな!? 何故、何故、何故、貴様らが此処にいる!!?」」」」」
反対に口々に驚愕する
「知らない? 知らない? 知らないんだ!? アッハ! ならばこそ話は単・純・明・快! お楽しみは先に頂くが信条な、ちょっと愉快痛快な幕開けにぃ、それはドゥも、いやドゥたちも賛同するんですぅ、はい。──だ、か、らぁ!」
戯けた声と共に目の前が爆発する。
それは不可解な現象であり、何より意味不明の言動であった。
ドクン。
「──っ」
同時に理解する。
あれは、七瀬勇貴──否、藤岡友貴にとって明確な敵であると心臓が訴えていることを。
「再び! 再びぃい、『イ=スの時間遡行』を起動する必要が出てきたのぉーよん!」
姿を見せないそれは高らかに宣言する。
しかし、何をと問われたらそれが意味することは何もない。
──あるとすれば、神への反抗心。なら、それの行いを外なる神が許す一つの戯れだと我々は囀るしかない。
「『イ=スの時間遡行』?」
聞き慣れない単語は、しかし、何処かで耳にしたような、そんな違和感を覚えた。
それは喉元に小魚たちの骨が刺さったような、ほんの些細な苦悶だったが、今言えることは一つだけ。
「そぉう! それは、許されざる大罪! つまるところ世界に刃向かう十の法則。ドゥが、ドゥたちが恐れる世界滅亡への切符に他ならなぁい!!!」
不可視の存在は己の役割を全うしようと全力で道化をロールプレイする。
ジジジ。
「──っつぅ」
瞬間、僕はそれを捉えた/否、頭に激痛が走った。
「おや? 見えた? 見えたの? 見えたんでしょう! そうでしょう、そうでしょう! 捉えたと、捉えてしまったと貴方は認識した。第三の法則さえ乖離する牢獄でなければ見逃してしまうところなのに」
ニタリと下卑た笑みが窺えて、グニャリと歪む空間はさながら滅びへ向かうカウントダウンのようだった。
「貴方は、何者なんだ?」
宙に漂う白黒の道化師は、僕を、僕たちを見下すよう見下ろしている。
「何者? 何者とは如何に? いえ、ドゥは、ドゥたちには初めから名前などないのですが。まあ、あるとするなら、ジョンか、ジェーンか。はたまた、その両方か。──否。否、否、否、総括して此処は敢えて『ドゥ』と名乗るべきもしれやせん、ねぇ」
くねくねと踊るそいつは、謳うよう嗤う
「ではではでは! これから始まりますのは、心躍る謝肉祭。弾み、縮み、歪む、非在矛盾に再び幕開けることでしょう!」
「──うわっ!?」
ドゥが叫ぶとあっという間に地響きが轟いた。
「さあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! これより拝見される皆様に置きましては贄となり──挽いて、千切って、噛み砕かれる哀れな晩御飯となれますことを喜び下さい、はい!」
地が割れ、中から闇に蠢くそれが這い出るのを僕は見るしか出来ない。
否、僕たちは、ドゥの言うような哀れな晩御飯になるしかなかったかもしれない。
「ウグルゥウウウイイイ!!!」
一瞬で現れる禍々しい姿の黒い巨人。
質量の法則を無視したそれは腹の底から捻り出した唸り声を上げ、現実を容赦なくぶつける。
「マッド・ハック。確かに貴女の言うよう此処でそれを処理するのが最適なのでしょう。それは、ドゥも、ドゥたちも賛同します。──ですが、それではあまりにもつまらない。つまらない、つまらない、そんな呆気ない幕締めなんて観測者たちは決して許さない。あれは、そういう類いの災害だと貴女も知っていたでしょうに」
かくして、巨大トガケと巨人による頂上決戦が幕を開けるのだ。
◇
パラパラ、パラパラ。
私は見る。
パラパラ、パラパラ。
黒い本を読み解き、明かされることのなかった真実を観測し続ける。
パラパラ、パラパラ。
その行為に意味はない。
何故なら、同じことの繰り返しには価値がないと知っているからだ。
だから、この『絵のない絵本』を読み続けることに意味がないことも『私』は理解している筈だ。
「始まりがあれば終わりがあるのは必然です。だからこそ、どれほど惨たらしい明日でも、どれほど価値が見出だせない今日であったとしても、私たち人間は懸命に今を生きるのです」
絵本の中はグチャグチャだ。
過去も未来も黒く塗り潰され、同じことをぐるぐる繰り返しており、私は『私』というアルター・エゴを通じて停滞を観測する。であるならば■■■■■■■■■■■■■■■──、/検閲削除。
「フフフ」
しがない少女一人の思考すら何万という文字列を駆使し閲覧を阻止する。その必死さに思わず、口から笑みが溢れてしまう。どうやら、思いの外、彼女も暇らしい、と自嘲するみたいに。
「さて、種は蒔きました。ここまでは概ね計画通り進行していると言っても良いでしょう。──それでは、永遠の停滞を壊しに行きましょうかね」
そう言って、芽亜里に自身の身体を改竄して貰うよう頼む。
「⋯⋯ねえ、ナコっちゃん。話しを聞いた上で言うんだけどさ。本当にこれで良かったの? こんな最期で大丈夫なの?」
「芽亜里」
「だって、アイツらが時間遡行する保証なんてないじゃん。それに──」
「大丈夫です、芽亜里。この『絵のない絵本』には、ちゃんと彼が『ンカイの森』へ足を運んだと記述されています。それに、先ほど遠見の魔術で貴女も確認したでしょう。なら、ドゥは、いえ『外なる神』や『観測者』は彼の時間遡行を赦す筈です」
「⋯⋯ナコっちゃん」
「貴女も願いを叶えたい。私も願いを叶えたい。ほら、どちらを取ってもウィンウィンです。良かったですね」
「ナコっちゃん!」
「ですので、芽亜里。ここで決断しなければ、この計画──いえ、私たちを信じ犠牲となった人たちの努力がすべて水の泡になるのです」
「そんなの分かってる、分かってるけど!」
「どんな物語でも
停滞する世界にて変化を求めた人がいる。
愚か者と蔑まれても、その人は抗うことを諦めなかった。
────「偶には良いでしょ、こういうのも」
記憶を奪われた私、否、グチャグチャの混ぜ物となった私たち──あのメアリー・スゥ・ドリームも、かつて美しいものを見た筈だ。
影絵が作り出した夢の中で、必死に明日を探す姿は他人から見たら無様だったかもしれない。
────「ねえ、ナコトさん」
けど、私は知っている。
絵のない絵本を通じて、『私』に彼が手を差し伸べてくれたことを覚えてる。
それは、借り物の感情だ。
それは、自身から溢れ落ちた想いじゃない。
知っている。
ええ、知っていますとも。
けれど、それは忘れてはいけない宝物であり、奪われてはならない人間の誇りなんです。
傷だらけになりながらも、誰かの為に必死になることは尊いものなんです。
「だから、私は最期まで諦めませんよ」
遠いどこかで夢見たその光景は幻だったかもしれない。それでも、かつての私は、古本ナコトは確かに美しいと感じたのだ。
だから、嘘じゃない、と。
造り物でも、この想いは本物だって言い張れます。
その為に私は自分だって失えるのです。
「さて、時間です。これよりドゥたちによってイ=スの時間遡行──もとい、孵化領域に潜む怪物は解き放たれるでしょう。それは、この世界の滅びであり、同時に私たち人類を救う鍵となります。私自身がその瞬間に立ち会えないのは惜しいですが、此処で躊躇ってはそれも同じことでしょう」
パタンと本を閉じる。
きっと、あの怪物が繭から解き放たれるのをゴルバチョフ総監は良しとしないでしょう。
でも良いのです。
それが一番、最良の選択だから悲しむ必要はないのです。
「⋯⋯思えば最期まで人の感情というものは理解出来ませんでしたが、案外それで良かったのかもしれませんね」
そう言って、相変わらず不細工な泣き顔をする芽亜里の頬に触れる。
「良いわけ、ないでしょ」
「良いんですよ。実際、こうして自分という存在を消すのに躊躇うこともないんですから」
滅び行く世界を救うのに少女一人の犠牲など惜しくない。
その最期は、何一つ自分という存在を持てなかった愚か者には相応しい末路だと言えるのでした。
「⋯⋯バカ」
芽亜里の瞳が真っ赤に輝き出すと、辺りは淡い光に包まれ始める。
「フフフ。それでは、二人とも、後は手筈通りに頼みましたよ」
そうして、私は──
「それで身体の調子はどう? 馴染んだ?」
真っ赤な長い髪の少女はぐちゃぐちゃと混ざり合った『私たち』に対し、そう聞いた。
「んー、どうって言われてもぉ、何か変な感じーとしか言えないっていうかぁ」
それに対し、私は曖昧な返事しか出来ないでいる。
「⋯⋯そう。まあ、馴染んでなくとも、今から青森まで一気に跳ばなきゃいけないから無理して貰わないと困るんだけどね」
「きゃっは! 分かってます、分かってますわよ、そんなこと言われなくても、分かっちゃってるって言うんだしぃ」
しかし、この複数の人間が混ざり合う感覚には幾度実験を繰り返そうにも未だ慣れそうもない。
「──芽亜里」
「あー、はいはい。大丈夫、大丈夫ですって。懸念してるこれも──ほら、このとおーり、難なく発動出来るってもんよ」
手を翳すようにして目の前にいつもの黒い本を具現させる。
「フフフ。それにしたって、変な感じぃ。ナコっちゃん取り込んだってのに、まーだ、あーしの人格の根本は変わっちゃいねーんだもん。いや、後どれくらいの人間を混ぜ合わせたら心が壊れるのか想像も出来ねぇーって話ですけど」
口では軽口を言うものの、今は手鏡一つも見れそうになかった。
ただそれだけで自分という存在が何と混じり合わさったのか認識したくなかった。
「そう。順調そうで何よりね」
そんなあーしを少女は冷ややかな目で見つめるだけだった。
続きはまだ出来てない行き当たりばったりですが、今年こそは六章終結まで頑張りたいです。