怪獣大決戦。
今起こってることを一言で説明するならそれが一番しっくりくる。
さらに付け加えるならば、謎の少女スゥ&灰色の大蜥蜴VS謎の白黒ピエロのドゥ&黒い巨人&
ズシン、ズシン!
灰色蜥蜴が暴れる度、揺れる大地。
「キャハハハ! ドゥがドゥでドゥによってドゥたちが魅せる大乱闘というところでしょうな!」
そんな中、青森の山奥にてドゥが嗤う。
この世のすべてを見下すようそいつは、この一大決戦の場においてトリックスターの如く戦況を掻き回す。
「邪魔を──するなぁ!」
かく言う謎の少女スゥ・ドリームも負けじと咆哮している。
灰色の大蜥蜴の頭に乗り、辺り一面を踏み潰す勢いで場を荒らす姿は正直こっちの味方か解らない。
「何が何やら──」
混戦とはこういうことを指すかもしれないと場違いに思いながらも、この場をどう切り抜けるか考える。
「⋯⋯いや、今ならいけるのか?」
乱戦となったこの現状なら
「そうと決まれば──」
やるしかない。
ただでさえ満身創痍の身体なんだ、余計な体力はいざという時のために温存するべきだろ。
だから。
こんなところで足踏みなんてしてられない。
そう決意すると共に、繭のある方角へ一気に僕は駆け出した。
ジジジ。
選択受諾。
ザザザ。
現実の拡張を確認。
ザー、ザー。
ザー、ザー。
世界ハ、オ前らを追放シます。
世界ハ、オ前らを絶対ニ認メませン。
何より、誰よりワタシ自身が終わりを否定スるのデス。
それコソガこノ物語──強いてはワタシの生存ニ他ならナイ故ニ。
結末を許さないワタシはそれを見守った/反する別人格は淡々とそれを阻止するべく次の駒を構えた。
「──そうと決まれば、なんて格好つければ見逃されるとでも思ってたか?」
駆け出した僕の身体が宙を舞う。
「ぐぅわぁあああ!!!」
満身創痍の身体は血飛沫を上げ、息をするのも絶え堪えだ。
「そんな狼藉、この偉大なる外なる神の信徒である
地へ叩きつけられる衝撃が全身を襲う。
しまった。
冷酷な眼差しを向けるそいつが油断するわけないのに、何で忘れていた?
間抜けにもほどがあるだろ、僕。
「混乱したと思った? 戦況がグチャグチャになった故に見逃さていると勘違いした? キィーッヒッヒッヒ! なんて愚か、なんて無様! 空を覆うほど実在しているこのバッドがそんなミスを犯すはずなかろうに!」
そう、勘違いも甚だしい。
──無様。
そんな無様を晒すのは僕が低能でしかない証拠。
「う、ううう」
最早、這う力さえ残されていない。
立ち上がることは絶望的な状況。
「無知、無謀。そんな弱者であるユーが座標に選ばれたとは、なんと行幸であったか。古本ナコトの監視下さえ逃れてしまえば簡単という主の言葉通りであったか。──やはり、外なる神は偉大だ」
黒光りする爪が伸びる。
僕の息の根を止めようと皮肉を交えながら。
「さあ、終わりだ」
終わる。
今度こそ終わる。
──そうだ。何も出来ず、此処でこいつに殺される。そうして
……嫌だ。
それは嫌だ。嫌だけど、身体は梃でも動かない。
「感謝する、感謝するぞ、愚かなる、無知蒙昧なユーよ!」
カチャリ、カチャリと怪物の滴りが音に乗ってこちらの耳を震わせる。
グチャリ、グチャリと訪れる己の末路に冷汗が収まること知らない。
ドクン。
心臓が鼓動する。
ドクン、ドクン、ドクン。
留まることを許さず、脈動は激動と化し、生存を欲してる。
「嫌だ、死にたくない」
怪物の腕が振るわれた。
それは此処で僕の物語が閉ざされることを意味している。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ──誰でも良いから助けてよ!!!」
立ち上がれない。
けれど、腕を振り下ろす
だから。
「
居るはずのない第三者の声が、助けを求める声に応える詠唱が届いた。
「──っな!?」
ゴゥン!
どこからともなく放たれた黒い稲妻が怪物を塵も残さず粉々にしていく。
パラパラ、パラパラ。
頁の捲れる音も、した。
そうして──
「待たせたね」
シュウ、シュウと肉の焦げた硝煙と共にノイズの入った少女のものと思われる声も聞こえた。
「さて、聞きたいこと色々あると思うけど、取り合えず此処は任せてよ、ナナっち」
ナナっち。
ここ最近で僕のことをそう呼ぶ少女は一人しかいない。
「……芽亜莉さん? 芽亜莉さんなの?」
「うんうん、そうだよね、そうだよね! あーし、着いて行かなかったもんね。あの研究所に残るって聞いてたらしいから、そりゃあ驚くよね」
煙が晴れていく。
そして。
「ホワッツ? ホワイ? その姿、その声、イッツユアネームは確かに古本ナコトそのもの。しかしながら、その不快な異能は改竄少女のものとは──ッハ、そういうことか。人間の考えることはなんとも愚かしいことだ」
空を埋め尽くす
異様といえる光景を前に僕らを嘲うようにそれは声を押し殺してるようだった。
「でも、今は何も考えず、あーしの言うこと聞いてくれる?」
風に靡く艶やかな黒い長い髪。
こちらをじっと見つめるいつかの赤いダイヤモンド。
「──ぇ」
分からない。
分からない、分からない、分からない。
目の前にいるのは芽亜莉さんでなく、その姿は古本のはずなのに。
「今からナナっちを『滅びの繭』の前まで転送する。そしたらアンタは一目散にその中へ駆けだすの。大丈夫。堅い繭のように見えてあれは貴方だけを通すホログラムになってるから、簡単に中へ入れるってナコっちゃんが言ってたから!」
「キィーッヒッヒッヒ! させるか!!!」
「だから──『跳べ』!!!」
「────!」
少女の声と共に襲い来る浮遊感に思わず目を瞑る。
その一瞬──いや、数秒後に瞼を開けた時、僕の目の前には数千メートルはくだらない全長の白い繭のようなものがあった。
「──っ」
同時に、
「……行かなきゃ」
満身創痍の梃でも動かなかったはずの身体が、何故かこの時だけ動かすことが出来た。
「ハア、ハア!」
繭の、『滅びの繭』の外装は堅そうだった。けど、走ってる最中、先ほどの彼女の話が嘘だとかは考えなかった。
ただ無我夢中でその中へ全速力で走り抜けたんだ。
そうして繭を抜けた先には、どこまでも続く真っ白の空間が広がっていた。
「──っ」
カツン、カツンと足音が響く。
地に足がついてる感覚はない。
けど浮遊してる感覚もなく、歩こうが、走ろうが空間を進むペースは変わらなかった。
「……何だ、此処?」
──果たして、こんな場所に古本が言っていた
「やあ、初めましてだね、勇貴くん」
そう疑問に思っていた時、声がした。
「それとも、ここは久し振りだねって言い直した方が良いかな?」
どこかで聞いたことのある──鈴を転がすような少女の声。
「誰か、いるの?」
だが、此処には誰も居ない。
否、どこを探しても僕以外の人影は見当たらない。
ジジジ。
「此処だよ、勇貴くん! 此処!」
──いや、居た。
目を凝らさなければ見逃してしまうほどにボンヤリとした何かが空間の中心で僕に話しかけていた。
「驚いた? けど、こうして人間と会話するのも久し振りで、さ。もう何千回ぶりになるんだろう。正確な数字を忘れちゃうぐらい繰り返してるの。だから、反応するのが拙いだろうけど許してね」
無機質で不透明な、何もない虚無。
点のように小さく、しかし、目をさらに凝らして見ると影のような黒いモヤであり──
「──ぇ」
でも、どうしてか。
────「私の名前? ああ、そういえば教えてなかったっけ」
風に靡く、一つに結った腰まで届く長い髪の少女の姿が見えた。
「な……んだよ、これ?」
黒いモヤの筈だったのに。
ボンヤリとしたそれは今見えてる姿は辛うじて人型の形を保ってただけの何かの筈だったのに。
ザザザ。
「まあ、どちらにせよ、君が此処に来るのを『私』は待ってたよ」
けれど見える。見えてしまう。
透き通るような翠眼も、温かみのある柔肌も、長すぎず短すぎないスカートさえも、あの真弓さんそっくりだった。
⋯⋯変だ、これ。
よく分からないけど、これは可笑しい。
というか、怖い。
しかも純粋な暴力から来る恐怖じゃない。これは得体の知れない存在から来る恐怖だ。
「あ、ぐぅ」
そして、その訳のわからない恐怖が話を聞くなと神経に痛みを通し警告する。
「アハハ。それとも、待ちくたびれたよって言い直すべきだったかな?」
────「忘れないで、貴方も私も同じ血の通った人間なんだよ」
おか、しい。また、知らない記憶だ。
現実だと黒いモヤのそれに対し、無意識ながらも真弓さんの姿を連想している。
「──っ」
その事実が恐ろしい。
どれくらい恐ろしいか問われたら■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。
「……どう、いう……こと?」
頭に
否、この世界の神様が思考するという行為すら禁じ始めた。
────「……真弓。真弓って呼んでちょうだい」
嗚呼、なんてことだ。それならこいつは少女の姿を象った不出来な怪物と言わざる得ないじゃないか。
「本当に、何なんだよ、これ」
視覚情報はボンヤリとしている筈なのに、僕はそれを、あの『名城真弓』と重ねてる。
「ねえ、話聞いて──いや、まあ、そうだよね。何だって良いよね。それどころじゃないのは分かってたことなんだ、妥協しないと……うん、早速で悪いんだけど、事態は中々に深刻なの。実際こうして会話する余裕もないほどに。だから、ちょっと荒っぽいけど手短に済ませることにするわ」
しかし、僕たち人間のものとは違い、その身体は切り絵のような黒いモヤのようなもので構成されている。
意味が分からない。
見えているのは、実際の現状は──いや、これでは堂々巡りだ。一先ず考えるのは止めよう。
「勇貴くん、君にはもう一度、過去に戻って貰いたいの。正確には君がこの世界に訪れる一ヶ月前に戻って『
ザー、ザー。
ザー、ザー。
ひどい戯言により一層、雑音が強くなる。
まるで聞いてはならないと誰かが阻止してるようで、吐き気が増している。
「──ぁ」
そこで気づく。
──つまるところ、目の前のそれを言葉で表すことが自分には叶わないって事実に。
「そうしたら、また此処で君は『私』と邂逅することが出来る。それを見越して『滅びの繭』とこの空間をリンクさせたんだけど……まあ、観測者としての今の君にはこんなこと言わなくても分かるんだろうなぁ」
観測者としての君ってなんだ?
それって──
────「ええ。既に観測者としての貴方ならばご存知でしょうが、私には並行世界の自分の人生をこの一冊の本に通じて知ることが出来るのですよ」
「それって、古本が言ってた『画面の向こうの読者様』ってやつ?」
「うん、そうだよ。『
声色はとても優しげだ。
──けど。
「何なんだ、君は」
それが酷く不快だった。
ずっと見ていると頭の片隅で誰かが叫んでる気がしたから。
「……本当に、何なんだよぉ」
そして、それを思い返す度、頭が掻き回されそうなほど痛くなる。
「答えろよ、なあ……なあ!」
不快、不快、不快。
懐かしく、朧気に、苦しく、悲しい。こんなにも痛く、こんなにも胸の奥底が熱くなるのに──自分は何がそんなに気に入らないか分からない。
「ごめんね、勇貴くん」
そんな僕に
──違う。君は悪くない。悪いのは僕だ。全部、思い出せない僕が悪いんだ。だから君が悲しむ必要はないんだ。
「これまでも、きっと多くのことを押しつけてきたと思う。痛いのも、苦しいのも、悲しいのもそんな君に押し付けて、今、『私』は無神経に話を進めてる。それはとても、とても酷いことだけど。⋯⋯でも、でもね。こうなってしまった今でも思うんだ。そんな君が必死で悩んで考えて来てくれたことが私は何よりも嬉しいの」
少女を象ったそれの表情は解らない。
平面なだけの歪な影でしかないそれが泣いてるかも判別できない。
でも、それでも懸命に言葉を詰まらせまいと話しかけてる姿はとても悪意があるように思えなかった。
「──君は、誰だ?」
声は震えなかった。
強くはないし、芯もない。けど怯えを見せず、なけなしの勇気を奮い立たせ、もう一度、彼女の名前を問う。
「わた、しは⋯⋯私の名前は
そして、それは答えた。
ノイズ混じりに本当の名を、正体を口にした。
「それがこの孵化領域に潜む怪物の正体だよ、勇貴くん」
「う、うわぁあああ!?」
黒い影のモヤがそう告げると、無慈悲に、けれど静かに僕の身体は宙へ飛ばされる。
「それじゃあ、今度こそ終わらせてね。──私、待ってるから」
その光景を黒いモヤ──名城真弓は愛しそうに見つめるのだった。