バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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006 これだけは信じて下さい

 

 奇跡を描くみたいな光景を見た。

 

 そいつは、圧倒的なまでに不利な状況下で自分という存在を取り戻すことに成功した。

 多くのモノの助けがあったからと言えども、その状況をひっくり返すことは不可能だと思った。

 

 ジジジ。ジジジジジジ。

 

 諦めた。

 諦めた諦めた諦めた。

 

 生きることを一度諦めて逃げ出した人生だと言うのに、それでも彼はもう一度生きてみたいと言っていた。

 その言ったことさえも忘れていることだろう。

 

 記憶を消費してまでも彼はチカラを得た。

 

 それは途方もない時間で、限りあるモノを奪われてなされた成果だ。

 

 造られた幻想である自分がいる。

 同じ幻想である筈なのに、自分を得ようとした奴もいる。

 

 頑張った、頑張った頑張った。

 そいつらは頑張ったけど、それももうお終い。

 

 叶わない夢を追っても結局は現実は冷めたものだ。

 

 神様は書き続ける。

 どうにもならない現実を突きつけて、希望を持つことの無意味さを語る。

 

 救われない、救われない。オレたちは一生、この閉ざされた世界の中で生き続ける。

 意思も何もかもこの世界では何の役にも立たない。

 そんなことは、常識だ。

 

 燃える世界。

 灰になるまでそれは立ち上がる。

 

 「自分の意志で生きたい。それが僕の願い。僕自身の願いだ」

 

 何度でも彼は立ち上がる。

 無意味だと言われ続けても、愚かにも前へ進む。

 

 お前の意志など簡単に弄られる。

 感情など不要、願いを持つことさえ役に立つことはない。

 

 決定的なまでに幻想が出来ることは限られているのだから。

 

 「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ! このままなんか嫌だ! 自分の足で立ってる! 自分の意志を持つことが出来る! 僕は自分の力で生きたいんだ!」

 

 それがたとえ叶わぬ願いだとしても彼は言い続ける。

 自身の滅びだとしても、彼は世界に抗い続けることだろう。

 

 そんな無意味で、無価値なことをして何が楽しいのか分からない。

 

 大人しく誰かの意志で動いた方が楽だと言うのに、それでも愚かな彼は剣を取って神様に対峙する。

 

 「だから、絶対譲らないぞ! お前らなんかにくれてやるものか!」

 

 そう叫び剣を振るう累の姿をオレは遠巻きに見ていた。

 

 ザザザ。ザー、ザー。

 画面にノイズが入って視界が上手く機能しない。

 世界はこんなにも当たり前に残酷だ。

 そんな世界にオレは生きている。

 生きるなんて言えるかどうか怪しいが、それでも徒労を重ねるよりはずっとマシな生き方だとオレは思ってる。

 

 ジジジ。ジジジジジ!

 

 電波が乱れました。世界に亀裂が入りました。

 進め進め、チクタク、チクタク。

 時は止まってるのに、時間だけは無常に進んでいる。

 

 カチカチカチはカタカタカタ。

 カタカタカタはカチカチカチ。

 

 描かれます。綴られます。

 運命、宿命、物語。

 乱雑不快、意味不明。

 

 跳躍。

 固有魔術、心理情景。

 展開術識、解析。

 アストラル粒子、変換。

 アストラルコード、変質開始。

 記憶維持、百パーセント完了。

 存在定義、曖昧化推奨。

 

 何処かで少女が暗闇の世界から侵入する。

 同じように諦めれば良いモノなのに、彼女もまた神に抗う選択を選ぶ。

 

 愚かだ、愚かだ、愚かだ。

 誰でもない自分の口からもそんな戯言が吐き出された気がした。

 

 ◇

 

 キンコン、カンコーン。

 

 放課後を告げるチャイム。

 規則正しくいつも通りに時間を伝えるそれを聞いて、前回と同じように夕刻の廊下を歩く。

 隣には、勿論、真弓さんがいる。

 どうしてか、彼女と会うのは怖かったけど、それでもそんなことで彼女に会わないという選択をするのは何故だかしてはいけないと思った。

 

 「どうして僕みたいな奴に構うのさ?」

 

 あの時の焼きまわし。

 真弓さんも同じように記憶を引き継いでいるのかとかも何だか聞くのに躊躇してしまい、聞けなかった。

 

 「さあ、どうしてでしょうね」

 

 僕の問いに肯定も否定もしない曖昧な対応。

 先を行く彼女の顔は見えない。

 

 「――――嗚呼、でも」

 

 同じ言葉。変わらない僕と彼女。

 

 「勇貴さんが思ってる程、私、そんないい人間じゃないですから。誰からも愛される事もなく、誰からも嫌われる。そんな私にとって勇貴さんは、希望みたいなものなんです」

 

 希望。

 もし彼女の時も止まったままであるならば、その言葉はどういう意味で伝えたのだろうか。

 普段の僕を見ても、彼女が希望だなんて思えるほど高尚なことをしていない。

 それは、僕が一番知っているし、理解してる。

 そんな片手間で考えれるだけで欠点ばかりが出てくる、優柔不断な僕を希望と彼女は言っている。

 

 「だからかも知れませんね」

 

 そう言いながら、アハハと笑う姿は年相応な少女のモノだ。

 

 「そんな事ないよ」

 

 だって、こんなにも可愛い。

 僕が思い出せる彼女は、誰かに嫌われるような人間には思えない。

 

 「君が笑う姿は可愛いし。君が拗ねるところも可愛い。どこから見ても君は普通の女の子だ。そんな君を僕はとてもじゃないが嫌うなんて出来ないよ」

 

 あの時もそう思ったし、今もそれは変わらない。

 

 「だから、もっと笑って欲しい。そんなに可愛い顔をしてるんだ、勿体無いよ」

 

 何だか言っていて、恥ずかしくなってく来た。

 きっと僕の顔は真っ赤になっているに違いない。

 

 今更思うけど、これじゃあまるで僕が彼女のことを好きなんだって告白してるみたいだ。

 

 「――――真っ赤ですね」

 

 何がとは言わない。

 けれど、こんな時間がとても良い。

 

 夕焼けがとても綺麗で、彼女の微笑んでるだろう顔が逆光で見えなかった。

 

 ◇

 

 「そういえば、昼休みにさ。リテイク先輩からこんなもの貰ったんだよね」

 

 懐から黒い箱を取り出す。

 前回、真弓さんにはコイツの正体が何なのか聞いてなかったな。

 

 「――――それは」

 

 真弓さんが立ち止まる。

 歩きながらだから見辛いからかは分からない。

 だけど、それ以上に何か見てはいけないモノを見てしまった顔をしている。

 

 先ほどまでの緩い空気がなくなった。

 

 「みんな、分かんないって言うんだけどさ。もしかしたら、コイツが何なのか、真弓さんは知ってたりする?」

 

 触れてはいけないモノだったのか。

 それとも何かもっと大事なことなのかは分からない。

 

 「『ダーレスの黒箱』」

 

 笑っていた顔が無表情に切り替わる。

 

 「魔導魔術師、ダーレス・クラフトが疑似的仮想空間上での記憶維持を目的に構成したとされる魔導魔術。外なる神への交信の際に構築された術式であり、静かなるディストピアを打破する手段だった筈です。……もしかしたら、勇貴さん、瑞希さんを倒されましたか?」

 

 ドクン。

 心臓が跳ねる。鼓動のドラムがロックを演じてるのか、速くなるのを感じた。

 

 「どう、して?」

 

 冷めていく思考回路。

 震える手。

 もしかしたら、これは悪手だったのかもしれない。

 

 それぐらいに何故だか、してはいけないことをした気分になってしまって。

 

 「勇貴さん。私は貴方の味方です。信じて貰えるかどうか分かりません。

  何を言ってるんだと思うかもしれません。

  ですが、これだけは信じて下さい。私は、貴方の味方です」

 

 いつの間にか手に温もりを感じた。

 固まった僕を真弓さんが握っているのが分かった。

 思考が停止するみたいで、何故だかその場を逃げ出したくなる衝動が襲ってくる。

 

 此処に居たら駄目だ。話を聞くことはいけないことだ。

 もう戻れない。何も知らない愚者でいられることが出来なくなる。

 

 「怖いですか、勇貴さん?」

 

 ジジジ。ジジジジジジ。

 雑音が耳に響く。不安が押し寄せる。

 グワングワンと自分をこの場に引きはがそうと誰かが囁いて来る。

 底なし沼に身体が浸かっているような感覚が支配する。

 

 「私も。私も、怖いです」

 

 返事を待たずに彼女が言う。

 

 「怖くて怖くてたまらないです。貴方に知られることが何よりも恐ろしくて、このまま何も言わない方が良いのではないかと思ってしまいます」

 

 だって、彼女も怖くて仕方ないって言ってる。

 僕を希望だと言った人が悲し気な顔をして手を握り続けてくれている。

 

 「でも、それじゃあ駄目なんです。それじゃあ、前に進めない。私が好きになった人が消えてしまう。そんなのは私には耐えられない」

 

 鼓動が速くなる。

 脈を打つそれが速くなるにつれて、目の前の少女が怖くないのだと理解していく。

 

 ザザザ。

 

 「ぅう、あ」

 

 後ろに下がろうとする。

 でも後ろに下がることは出来ない。

 こんなにも真剣に自分を想ってくれる存在を前にそれは許せない。

 

 吸って、吸って、吐いて。

 大きく深呼吸して整えて。

 

 逃げ出したくなる衝動を押さえつけて。

 

 「信じ、る。信じるよ。だか、ら。教えて欲しい」

 

 握っていた手を握り返した。

 それは、小さなことだったと思う。

 何でもない行動の一つに過ぎないのだ。

 

 けれど、確かに自分の力で進んだ一歩だった。

 

 「はい!」

 

 逆光のない彼女の微笑みが尊いもので見えた。

 

 日が落ちる。

 夕方はいつの間にか終え、夜へと世界が変わった。

 

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