日が落ちて、夜になる。
虫の鳴き声が響き、いつの間にか居た学生たちの気配が何処にもない。
風の吹く音が鼓膜を振るわせるぐらいの静寂が僕と彼女を包み込む。
「さて、教えると言ったものの何処から話したら良いものか解りませんねぇ」
まるで、栗鼠が首を傾げるような仕草でどうしましょうと聞いてくる。
「では、とある愚かな少女たちの話をすることにしましょうか」
数秒、考え込んだかと思うと彼女は徐に語りだしました。
「三人の少女と男がいました。少女たちは男と仲が良かったのですが、ある時、男が死んでしまったのです。少女たちは悲しみました。死んでしまった人をとても大切にしていた少女たちは男との再会を夢見ました。けれど、それは叶いません。その夢は叶えられるには無理なものだったのです」
やがて、彼女は昔話を語るように話してる。
「少女たちは考えました。どうしても一度、会いたいと願いました。少女たちの一人が夢の中でなら死んだ魂を呼び寄せて再会する魔術を考えつきました。他の二人の少女もその考えに賛同しました。けれど、どうやっても死んだ人の魂を夢の中に呼び寄せることが叶いませんでした」
三人の少女。
その内の一人は、何となく解った。
彼女は頑なにそれを貫いていたのだから。
「試行錯誤してると、一人の少女は思いついたのです。死んだ人間の魂を呼び寄せることが出来ないのなら、生きた人間の魂を呼び寄せて変えてしまえば良いのではないか。その考えに言い出しっぺの少女は反対しましたが、他の二人の少女はそれを無視して願いました。そして多くの生きた人間の魂を夢の世界へ招き入れたのです」
――――それでも、キミは一度失った大切な存在に会えるとしたら手を出してみたいと思わないのかい?
二人の少女は人道よりも願いを優先した。
その先にある未来なんてものよりも、もしもの可能性が上がるのならばその代償は安いモノだと思ったのだ。
「それでも、少女たちの願いは叶えられませんでした。何故なら、その世界において世界に生きる人間として存在が固定されているというルールによって阻まれたのです」
ジジジ。
泣いてる誰かの幻影が見えた。
朧げにはっきりと見えないその幻影の表情が分からなかった。
「ですが、少女たちは諦めませんでした。少女たちは考えました。考えて、考えて考えて。……少女たちは自分が生きる世界の人間の魂が弄れないのならば他の世界から生きた人間の魂を弄れば良いのではないかと思ったのです」
夜風が冷たく、闇が濃くなる。
月明かりが僕と真弓さんの二人を照らす。
先ほど見えた幻影は見えない。
その幻影は只の幻で、僕にしか見えない幻だった。
「この世界の人間の魂は二種類に分けられます。一つはこの世界から生まれた人間の魂。その魂は輪廻転生のルールに正しく則って存在している。だから世界からルール、つまるところ概念によって魂の情報が守られてるのです。その一方でもう一つの魂には、その概念による魂の防衛は働かないのです」
上手く彼女の顔が見えなくなった。
また怯えているからか。
覚悟を決めて、腹をくくった筈なのにそれでも聞いてはいけないと本能が訴えているのか。
それは、僕にはわからない。
だが、この話は最後まで聞かなければ僕は次に進むことが叶わないとさえ思ってる。
「この世界には稀に、他の世界の輪廻転生から免れてはみ出した人間の魂が迷い込むことがあるのです。それは何万何億といった確率で存在する稀少な人間。それが『転生者』と呼ばれる概念が働かない魂です」
――――精神より上の概念情報である魂がその存在を単一のものとして構成させている。この魂を構成する情報をアストラルコードと僕ら魔術師は呼んでいるのさ。
似ているようで、はぐらかされた言葉。
堅苦しい、難しい言葉で誤魔化した説明ではなかったそれに、僕は漸く理解した。
黒の魔導書、藤岡飛鳥をどうして名前で呼ばなかったのかも分かった。
説明してるようで説明していない、正しい思考をさせてるようでさせてないのだと直感で感じていたのだ。
パズルがハマっていく。思考が少しずつ出来るようになっていく。
こうして一人で考えることが出来る現状を誰が支えていたのかが、何となく見えてきた。
「この学園で生活し始めた記憶がないのか。それ以前の記憶が思い出せないのはどうしてか。特別でない貴方がこの魔術学園に滞在し続けることが許されるのか。それは、他ならぬ貴方こそがその転生者であるが故なのです」
ジジジジジジ。
ノイズの幻聴。
気配もなくそれが身体を縛り付ける。
全身を不快感が覆い、この夢の真実を覆い被せようとする。
この世界は夢の世界。
誰かが見続ける、現実でない仮想世界。
思わず彼女から自分の手の平へ視線を外す。
別の世界の輪廻転生から外れた魂。
それが、どういう存在なのかは考えれば考えるほど、最悪な想像が出来た。
――――初めから期待されちゃいない貴方は、漸く、その生きる人生に意味を持たせられるんです。
一度、死んだと何処かで自分自身を自覚したことがある。
その時はその場の状況で深く考えることがなかった。
それを踏まえて、誰かが言ったであろう言葉が脳裏をかすめてく。
思考がクリアになる。
何処かで考えていた、自分が何者でどうして此処にいるのかが漸く誰かの言葉としてそれを理解する。
普通ならば当たり前に出来るそれが、当たり前に出来てなかった。
「死者を蘇らせることよりも、死者を模範した同一の何かを造り上げようとした少女たちは今も尚、諦めることが叶わない。この世界のあらましはそんなところです。そして、貴方が置かれた状況の説明でもあります。貴方は自分がしている行動で何処か不自然なことがありませんでしたか?」
不自然なこと。
普通ではない、普通だと思って見過ごしていたこと。
「そう、例えば、今やろうとしていたことが実はもうやっていたなんてことになっていたとか。不自然なまでに時間が経過していたとか。あまりにも他人と自分の価値観が変わっていたとか。そういう類の違和感です」
ある。
授業中に何故か寝てしまっていて、気づいたら次の日の授業で終わっていたこと。
そしてやってもいないことがやっていたことになっていた。
ザー、ザー。
ノイズの幻聴が酷くなる。
見ていた手の平が、突然、モザイクが掛かる。
「っうわ!」
尻もちをついては転んでしまう。
けれど、構わず、先ほどモザイクが見えた手の平を見る。
そこには、モザイクなんて見えない自分の手の平が見えるだけだった。
「勇貴さん。いいえ、 さん」
呼びかける声。
僕の名前を呼んでいるのに、続いて呼びかけた名前に空白が出来て僕の耳には聞こえない。
「取り合えず、話はここまでにしましょう。どうやら、あまり話してしまうと外なる神が貴方を壊してしまいます。先ほど、体に何らかの異常が起きたのがその証拠です」
遠い目の真弓さん。
彼女はきっと、僕が知らない真実を知っている。
でも、それを知るには今の僕には出来ないらしい。
ザー、ザー!
ノイズの幻聴が決壊する。
「ダーレスの黒箱を探しなさい、勇貴さん」
誰かの声が遠くなる。
自分が立っているのか、座っているのかあやふやとなって。
何を見ているのか空を見上げてた。
何かが罅割れた夜空。
子供の落書きに近い、クレパスで描かれたようなチープな月がある。
星の一つも見えない、そんな不気味な現象が起きてた。
忘れろ、忘れろ、忘れろ。
脳が必要な情報体を削除しようとして、意識が遠くなる。
夢がユメで現実が夢となって自分の認識を犯してきた。
「貴方が救われるにはそれしかない。先に進むには、それを破戒するしかないのです」
砂嵐、雑音、幻聴が遠くなるのを感じながら。
ゆっくりと視界がフェードアウトしていき、
「大丈夫。貴方ならまたたどり着けます。だって貴方は、私の希望。私のヒーローなんですから」
反転する。
ズブズブとなって地に埋まっていく自分を幻視しながら意識がそこで途絶えた。
◇
上を見れば、子供の落書きのような空となっていた。
幻想的で美しい筈の景色は、描写すること放棄しだした様子を見ると外なる神が干渉してきたことを悟る。
「諦めません。何度だって、私は諦めませんよ」
自分の手の平を見る。
モザイクだらけで削除対象だと言わんばかりだ。
「
いつか見たユメを想う。
願ったのは生きていたら当たり前に出来ることばかりだが、それが何処か誇らしいと感じる自分がいる。
此処に、名城真弓は此処に居ます。
たとえ、その魂が別物となろうとも私は此処に居続けます。
ピー、ガガガ! ピーガガガ!
警告音が鳴りやまない。
彼が覚えていることを願いながら、自身のアストラルコードの崩壊を他人事のように扱った。
「夢は覚めるものなんです」
自我が欠けていく。身体が透き通って、アストラルコードが解けていく。
リソースが失われていくのを、震える身体をギュッと抱いてしまう。
月がこんなにも眩しい。
星のない空を見上げながら私はそんなことを思った。
次回の更新は8月17日の午前8時から午後13時を予定しております。