バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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013 渦巻く夢

 

 カタカタカタ。

 

 打ち込まれていく情報。

 組み込まれた世界に色を取り戻していく。

 

 チクタク、チクタク。

 イ=スの種族の時間干渉が始まった。

 世界は巻き戻る。

 巻き戻った世界においてもそれが崩壊した事実は失われなかった。

 きっと外なる神を自称するあの男が改竄をしたのだろう。

 

 あの愚か者にしては考えたものだと素直に賞賛する。

 

 ――――だが。

 

 「やはり、ビジネスパートナーとして貴女は最高ですね」

 

 すぐさま、次の打開策が打ち込まれていることに感心する。

 伏線はひかれた。

 なら、後はそれを介してドン・キホーテが交信の杖へと行くのみだ。

 

 オレンジ色の髪が風に靡く。

 自慢の髪だが、それもこの世界においてのみその艶を出しているだけだった。

 

 全てが偽りの世界において、綺麗も汚いも意味がない。

 大事なのはそこに何をもたらしたいかであるのだ。

 

 「フフフ。貴方にして頑張るではないですか  さん」

 

 愚者に微笑む。

 哀れな道化役者たちを手繰る糸を握る手に力が入った。

 

 ◇

 

 チクタク、チクタク。

 巻き戻っては夢を見る。

 カチカチカチとテキストを打たれては世界の筋書きが書き換えられる。

 誰も彼も嘘になり、本当になっていく。

 夢を見る。

 いつまでも変わらないことを望む夢だ。

 このまま、この停滞する世界であることの方が少女たちにとって幸福なことになるのは明らかだった。

 夢とは形のない幻に過ぎない。

 寝てるときにしか見られない無意識の中の意識。

 それが夢だ。

 だから、少女の夢もそんな無意識の中で生まれた願望に過ぎないのだと少女は思った。

 

 ビュー、ビューと風が吹く。

 砂嵐の中に一人、取り残された少女は前を向く。

 そこに誰かの後ろ姿が見えるだけで、その背を見つめているしか出来ない自分がそこにいる。

 かつて、誰かも必要とされずその命を絶たれようとした時がある。

 その記憶を覚えてる人はもういないだろうけど、少女の中にはずっと忘れられることのない出来事だ。

 彼を思う。

 名前が剥奪され、遂にその存在さえも抹消させられようとした青年。

 要らないと言われた自分を必要だと言ってくれた彼が言っていた願いを思い出せ。

 

 ――――「明日がみたい。どれだけ惨めで。どれだけくだらないって言われても。僕が僕自身で生きた人生をもう一度生きてみたい」

 

 泥臭くて、夢見がちな彼が遠い昔に言った。

 それを忘れたら、私が彼に残せるモノが何もない。

 キュルキュルとテープが巻き戻る。

 誰も彼も自分の願いに必死で助けを求める手を取れない現実で彼だけがその手を取った。

 映る記憶はどれもこれも私には掛け替えのないものに見えて、キラキラした大切なモノだった。

 書き換えられていく私のコード。

 誰かが私というルールを変えていく。

 そんな奇跡は意志を持たない外なる神には出来ない。

 だが、それと同等の力を持つ存在でなければそのルールは書き換えれないことを知っている。

 

 手を伸ばす。

 深い暗闇に堕ちている彼へとその手を伸ばしても、その想いは通じない。

 ジジジ。

 スクラップされていく概念が虚数の海へと沈んでく。

 誰かの悲鳴は届かない。

 私の慟哭は消失(ロスト)する。

 夢が夢である以上、それは避けられない運命だ。

 

 亀裂。残像。支配。偶像。消去。展開。

 奈落に堕ちて再構築する改竄せし幻想にて我、泡沫の夢はついぞ終結を迎えん。

 眠りを覚ませ。目を覚ませ。逆しまにを仰ぎ見てはそれ即ち悲劇への第一歩を進ませよ。

 

 外なる神は嘲りながら、言葉遊びに夢中になります。

 さながらその姿は遊び相手を得た子供のようでした。

 

 ◇

 

 崩れた鉄塔。

 交信の杖は最早、そこにある只のガラクタの山となった。

 チクタク、チクタクと確かに時間が逆行しているにも関わらず、それが廃墟となっているのも、きっとあの中にいる大バカ野郎の仕業だろう。

 

 「今更だけど、何を基準に時間が巻き戻ってるって解るんだ?」

 

 唐突に頭の中で時間が巻き戻っている事実に気づくのと同時にそれを同時に何故理解できているのかの疑問も尽きない。

 今、ここで考えても八方塞がりな現状は変わらないが、だとしてもこうも都合良く次に何をするのかが理解出来てるというのも気持ちが悪い。

 

 まるで、自分達の行動が誰かの思惑に沿って動かされているような気がしてならない。

 

 「胸くそ悪いったらありゃしない」

 

 崩れた交信の杖を見る。

 何とかしてこの中に入る手段を見つけないと永遠にじり貧だ。

 魔術破戒(タイプ·ソード)で建物ごと真っ二つにするなんて芸当は出来ないし、それをしたところで中にいるあの野郎ごと叩き斬ってしまうから却下。

 幻影疾風(タイプ·ファントム)で高速に移動したところで崩れた瓦礫の山の中に入るなんて無茶は出来るわけがない。

 自分では何も出来ない。

 だからといって誰かに手を貸して貰うにしろ、助けてくれそうな人間がいない。

 累も火鳥も|幻影疾風《タイプ·ファントムを得た時に消えていってしまってる。

 頼める人なんていない筈だ。

 

 真弓さんはアズマにやられてから一度も会ってないし、リテイク先輩は多分、あの怪我だ。会えたところで何かが出来る程余裕があるとは思えない。

 この夢の世界を夢だと認知してる人物なんて、それこそ僕を襲ってきた連中以外に思いつか、な、い?

 

 あれ?

 夢だと認知してる人間でないなんて誰がそんなことを決めたんだ?

 また思考が可笑しな方向に思考停止してしまっている。

 これもあの僕が思考誘導でもしてるのか?

 

 キーパーソン。

 

 もしかしたら、今まであまり喋ってこなかった彼女ならこの状況に手を貸してくれるんじゃないのかと思ってしまう。

 火鳥曰く、リテイク先輩と生徒会長のシェリアさんは仲が悪いらしい。

 けれど、僕を目の敵にしてるかと言われればそうでもない気がする。

 何より、このふざけた状況を打開する唯一の鍵を握ってる気がしてならない。

 それも思考誘導されているのだろうか。

 いや、きっとこれも誰かの思惑の一つなのかもしれない。

 けど、そんな思惑だろうと使えるものは使わなければこの状況は打開できない。

 

 シェリア・ウェサリウス。

 

 僕のクラスの委員長。

 少し変なお嬢様口調の文武両道な生徒会長。

 リテイク先輩と善戦するほどの実力を持つとされる魔術師。

 確か、二丁拳銃による召喚魔術に長けているとか何とか噂で聞いたような気がする。

 それとなく誰かの思惑が透けて見える。

 最近、何かを呼び寄せる召喚魔術を授業と称して練習していた。

 その時に彼女の姿は居たか?

 いや、あの時は累と火鳥しかいなかった。

 だが、その前の授業の時にはシェリアさんも教室で一緒に授業していた筈ではないか。

 

 中庭から校舎の方へ振り返る。

 きっとその先には、何かしら邪魔が入るだろう。

 もしかしたら僕では太刀打ちできない障害がそこにはいるのかもしれない。

 でも。

 もしかしたら、僕たちの教室に彼女が待っているかもしれない。

 そう思ったら、向かうことにした。

 

 ◇

 

 思い返せば、僕の人生は常に虐げられてきた人生だったと言えよう。

 頭が賢くなく、要領も悪い、誰からも好かれるという特徴すらないそんな不器用な人間。

 それが僕だったし、それ以外の何かに僕はなることが出来なかった。

 罅割れたモニターに映る愚者を見る。

 その顔を見ると、まだ僕との話し合いを諦めてないのが容易にわかる。

 見たくない現実。

 目を背けたくなる理不尽。

 全てが遅すぎた、意思の疎通。

 作り物の癖に自分よりも人間らしく生きようとする矛盾した存在。

 モニター越しに映る自分の姿を見つめる。

 オークを連想される肥えた男。

 一言で言い表すなら、やはりデブという単語がしっくり来る。

 

 「どう、して?」

 

 あの男は何がしたい?

 こんな自分を立ち上がらせようと何を期待する?

 解らない。

 解らないというのに何故、こうも僕は愚者のことが気になるというのだ。

 何度も作り上げては廃棄したヒロイン。

 それを再利用して作られた幻想たち。

 きっとそいつらも僕のことを嫌ってる。

 こんなにも好き勝手してる奴なんて好きになれる訳がなかった。

 そして自分の存在でさえ簡単に切り捨てようとした男だ。

 救いようがないと思われても仕方ない。

 それなのに、何故、愚者は手を取ろうとする?

 解らない。

 解らない筈なのに、この胸に込み上げる何かが痛む。

 何もかもが偽り。

 何もかもの全部が自分が創り出した幻。

 こんなのは妄想の類だ。

 でも、そんな妄想でしか自分を大切だと肯定出来ない自分がいる。

 誰も僕を救わない。

 誰も僕に見向きもしない。

 みんな、自分が救われることで必死で誰も痛がる自分に手を差し伸べない。

 

 「う、ぅう、あ」

 

 言葉がつっかえる。

 喉から嗚咽しか出ない。

 息をするのが億劫で、この胸の痛みを幻想で紛らわせようとイメージする。

 

 僕の牙城。僕の砦。僕の要。

 愚か者の僕が神様でいられる僕だけの夢の世界。

 

 そんな世界の為ならば、僕は何だってするというのに。

 

 ジジジ。

 手を差し伸べる誰か。

 差し伸べて言葉を掛ける誰か。

 

 只の偶像に過ぎない彼が突き進んだ道を見る。

 僕が生み出した理想の僕。

 自分には出来ない過酷な道。

 記憶と意思を消費してでしか生きられなかった姿を僕は強いと思った。

 

 まるでヒーローみたいだ。

 

 狂おしい。惨めだ。自分よりもこの世界を満喫しやがって。

 どうして折れない。

 どうして何度も立ち上がる。

 僕だったらもう諦めているというのにどうしてあの男はこんな僕に手を差し伸べにやって来る!

 

 その答えを知らない。

 その感情を知らない。

 誰よりも悔しさを知っていると言うのに、僕はその手を取れないでいた。

 

 愚者が踵を返して、校舎に戻る。

 諦めたのだろうかと思いホッとする自分とやっぱりお前もそうなんだと落ち込む自分。

 

 さあ、そろそろこの微睡みから覚める時間だ。

 誰かが僕らを見下ろしてはそう言っていたような気がした。

 

 




 
 次回の投稿は9月19日を予定しております。

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