バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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 前話の後書きで次の投稿は未定と書きましたが、三章だけでも終わらせた方が良いかなと思い、投稿しました。
 四章は全ての話を改稿してから一気に投稿しようと思います。



016 終結螺旋

 

 「どうした?」

 

 目の前の青年はケラケラと笑いながら、ワタクシの背を叩きます。

 乱雑に切りそろえた前髪が特徴の青年は、きょとんとするワタクシに向かって色々な話をしてくれたから覚えてます。

 

 「なんで、わたしにかかわるの?」

 

 だから、ワタクシは聞いたのです。

 代用品でしかない自分に、どうして関わるのが知りたくなったんです。

 その疑問が何故生まれたのかも知らないワタクシに、何でも教えてくれるカレならばきっと教えてくれると思ったからです。

 

 「あん? そんなの――」

 

 青年には些細なことでした。

 生きる者なら当然のことだと言っていたカレらしい言葉をくれました。

 カレとの思い出は忘れることはありません。

 きっと誰かの代用品としてのワタクシには必要のない感情だったのでしょう。

 それでも、ワタクシはその感情がとても愛しいものに思えました。

 

 言ってることがぐちゃぐちゃになります。

 想いが混ざり合って気持ち悪いモノになり果てるのです。

 嗚呼、こんなことなら、この感情は要らないものだった。

 

 けれど、それを捨てることはワタクシには出来ないモノになってしまった。

 掛け替えの無いモノとなったのです。

 代用品で居られなくなったワタクシにカレは大変なモノをくださりました。

 それはもう、永遠に叶うことのない夢でしかないですが、それでもワタクシは良かったとんです。

 

 ジジジ。

 ノイズが混じります。

 この感情が電波となって霧散します。

 世界は残酷で、嫌いです。

 でも、カレが見せてくれたあの大空はとても広く綺麗なものだったのは覚えてます。

 

 ◇

 

 (マネキン)が塵となって消える。

 それは役割を終えて、本来ある形へと戻っていく。

 憎悪の塊は消えて、夜の世界に静寂が訪れる。

 

 ――と思われた。

 

 キキキ。

 

 何処からか聞こえる奇声たち。

 周りを見渡せば、それが集まっていくのが解った。

 休む暇もなくそれが集っては僕らの周りを囲い出す。

 

 「キキキキキキキィイイイ!!!」

 

 モザイクと雑音がパンデモミックの嵐となって巻き起こる。

 再び世界は、B級映画の世界へと早変わりを果たしゾンビたちが奇声を上げる。

 腐った臭いがしないから、自分たちは環境に優しいのだと主張しそうな雰囲気だ。

 

 「休む暇もありませんわ、ね!」

 

 銃声が轟く。

 火花を散らしてゾンビが騒ぎだす。

 四肢が吹き飛び、死体の山を築いてく。

 コンマの世界に魔術破戒(タイプ·ソード)を奮ってもその数は衰えない。

 

 「どうすれば良いのさ!?」

 

 コントロールルームに行きたくても、このままでは近づくことすらままならない。

 何か見落としてるものがないのかを考えても、それは思いつかなかった。

 

 「これでは埒があきませんわ!」

 

 シェリア会長が叫ぶ。

 この場を退くべきかと考えた時、それは現れた。

 

 ジジジ。

 突如、目の前にノイズのようなものが掛かる。

 まるでテレビの画面に砂嵐が起こったような現象だった。

 

 「あれれ? まーだ、やってるの?」

 

 聞き覚えのない少女の声。

 清涼そうな女性を連想される澄んだ声は、意外にも近くにやって来ていた。

 

 「うっしっし。一番は居ないが二番と三番のわーたーしーが、貰い受ける!」

 

 ゾンビたちが吹き飛ぶ。

 モゴモゴと蠢く死体たちは、少女たちの姿を見て硬直しているような感じがした。

 

 ジジジ!

 ノイズと言う名の違和感は増す。

 黒いローブをマントのようにする、仮面の少女たちはこちらを見て嗤ってる。

 

 「「「キャハハハ」」」

 

 耳を劈く嘲笑に、闇夜を差す月光が得物を魅せる。

 刃渡り三メートルを越える刃はとても綺麗だ。

 先頭に立っている少女が持っている得物を動きを止めたゾンビに向ける。

 

 「大丈夫。大丈夫。もう助けに来て上げたから大丈夫。アナタたちは知らないでしょうけど、我々もこの状況は困るのよ。だから、これはワタシたちの独断でもないの。英断だって言えるの。だから、大丈夫。大丈夫だから、大人しく力を貸させなさい?」

 

 泣き笑いのような仮面が少女たちの信憑性を疑います。

 でも、力を貸してくれるという少女たちの申し出は正直有難い提案でした。

 

 「そう。そうなのですわね」

 

 いつの間にか持っていた二丁拳銃を降ろすシェリア会長。

 彼女は謎の五人の少女たちを一瞥すると、僕に向かってこう言います。

 

 「そういうことなら任せますわよ。ワタクシたちはちょっと、準備致しますので」

 

 スカートの縁を持ち上げてお辞儀をするシェリア会長。

 そうして。

 

 「あいあい、任された!」

 

 それを合図に、それぞれ両刃の剣を携えた少女たちは未だ硬直しているゾンビたちに一斉に向かっていきました。

 全員仮面をしているのに、その全員が少女と認識してしまう謎は解けません。

 ですが、些細なことなのです。

 僕にとっても、この場にとっても何もかもにとってもそれは些末なことでしかないのでした。

 

 ジジジ。

 ノイズがします。

 夜空に踊る狂人たちのゾンビ狩りが始まりました。

 

 「さて、そろそろ終止符を打つことに致しますわ」

 

 銃を降ろしたシェリア会長はいつの間にか手にしていた瓶で何やら地面に魔法陣を描いていきます。

 それは僕とシェリア会長二人が入れるぐらいの大きさでした。

 

 何やら急なことでシェリア会長の意図が掴めません。

 

 「それで、良いのですわ」

 

 僕の考えてることは上位幻想には筒抜け。

 筒抜けだからこそ、シェリア会長は言います。

 

 「解らなくて良いのですわ」

 

 何故?

 

 「生徒会長はミステリアスな方が魅力的なんだって仰られたのですから」

 

 隣で微笑む少女。

 丁度、そこで魔法陣を描き切ったシェリア会長の顔は何だか儚げに見えました。

 

 思考が融けていく。

 情報が崩れていく。

 突然の退行。

 ダーレスの黒箱の力が弱まったのか分かりません。

 けれど、僕に残された時間がなくなっていることが解りました。

 

 「さーて、時間も無くなって来たことですので、最期に詠唱でも唱えて終わることにしますわ」

 

 隣にいる誰かは声を大きくしました。

 ノイズは増します。

 意思がジャックされて電波が乱れます。

 砂嵐が混じった視界を傍らに少女の歌声が聞こえました。

 

 「いあ! いあ! はすたあ! はすたあ、くふあやく、ぶるぐとむ。ぶぐとらぐるん、ぶるぐとむ、あい! あい! はすたあ!」

 

 それは何処かで聞いたことのある歌でした。

 いや、歌であるのかも怪しいです。

 

 目の前が真っ暗になります。

 フェードアウトというものなのでしょうか。

 もう考えることさえ億劫になっていきます。

 

 「不謹慎ですが、アナタとの共闘、とても楽しかったですわ」

 

 その少女の声を最後に僕の意識はなくなります。

 もう声は聞こえなくなりました。

 雑音の何もかもがない、何もない暗闇に包まれて。

 それから。

 それから。

 

 ◇

 

 ふと目が覚めた。

 ゴツゴツとした固い地面で寝ている。

 最初に感じたのはそんな寝心地の悪さでした。

 

 「う、うぅう?」

 

 瞼を擦る。

 いつの間にか僕は寝ていたみたいです。

 寝ぼけ眼で周りを確認しても、そこに見えるのはいつか見た地下聖堂。

 お馴染みと化した流れにウンザリする。

 ドアを見る。

 いつもそうだと言わんばかりの鉄の扉は開かずの間となって見えてくる。

 

 僕一人だけがそこにいる。

 隣には此処へ来るために手伝ってくれた少女は傍に居ない。

 

 誰でもない自分自身がその扉の先に待つ人物の意図を理解出来ている。

 だからこそ、部屋から引き摺りださなくてはいけないという義務感が生まれてく。

 さあ、扉を開けよう。

 その先で蹲ってるバカを叩き起こすんだ。

 

 「永遠の停滞なんて無いんだよ」

 

 その手には幾つもの幻想を断ってきた魔剣を携えて、バカの待つ部屋へ向かった。

 

 ラセンのセカイ。

 終末を迎える僕と僕。

 二人の人生。

 交わることのない視界は同調する。

 テロップが流れる。

 混濁する記録。

 静寂な地下聖堂。

 ドクン、ドクンと心臓の鼓動が支配します。

 それは、まるで幻想たちが声を上げているように思えました。

 

 ギイギイと音を立てて開かれる鉄の扉。

 それを黙って行使する僕。

 

 「く、来るんじゃない!」

 

 開けるなと突き放す男の悲鳴。

 その濁声は嗚咽混じりで聞くに堪えないものでした。

 

 「もう終わりにしよう」

 

 散乱したコントロールルーム。

 血溜まりの床。

 ジジジと砂嵐が流れるモニター。

 硝子が砕けた幾つもの画面が向かい合う僕らを映しててとても気味が悪かった。

 

 「終わり? 終わりなんて誰がするかよ!?」

 

 無精髭が目立つ、太った男は憤慨している。

 

 「オレは神様なんだ。この世界では間違いなくオレは神様だったんだよ!」

 

 罵詈雑言(ばりぞうごん)の数々が飛び交う。

 彼が見た世界は余りにも醜くて、救いのない小さな箱庭の世界でしかなかった。

 何をやっても意味のない負の連鎖。

 それが彼の人生だった。

 

 「僕は神様なんだから誰よりも愛されるべきなんだよ。最強のステータスで無双する。そうなる筈だったのに。なのに。なのに、お前という存在を創り上げてから変わった!」

 

 同調していく僕と彼。

 意識が混じり、最早、今の言葉を目の前の男なのか自身の口で言っているのか解らなくなる。

 

 「みんな、みんな僕を見なくなった! 瑞希(みずき)天音(あまね)も■■■■■■もマユミもリテイクさえも見なくなったんだ!」

 

 悔しそうに。醜そうに。狼狽えて。

 誰よりも。誰かを。求めた。

 愛を。愛に。愛したくて仕方ないと愛に飢えていた。

 

 ジジジ。

 ノイズが強くて頭が可笑しくなりそうだ。

 僕を見下す視線がとても怖くて立ち上がれなくて、それでも見返してやりたいと小さなプライドだけが残った。

 自分よりも弱者を虐げることに抵抗がなくなったのは、その時からでなく元からそういう人間だったのだと痛感させられてしまったんだ。

 

 「オレは! オレは神様なんだ! 神様なんだから、出来て当たり前なんだ!」

 

 僕に僕のコントロール権は奪えない。

 所詮、僕は彼から生まれたキャラに過ぎない。

 合わさったところで慰み物にもなれない。

 七瀬勇貴(ななせゆうき)なんて人物は現実には存在しなかった。

 目の前の彼の名前は解らないけど、その彼こそが本来の自分であることは理解出来た。

 だけど。

 たとえそうだったとしても、今、僕がこうして彼と邂逅することが何の間違いであると言えようか。

 

 「お前は此処で終われ! これから、この物語の主人公はオレだ! そのまま眠っていればオレが代わりになってやる!」

 

 どうやら僕の代わりにこの苦しみを代わってくれるらしい。

 七瀬勇貴という人生を代わりに引き継いでくれるらしい。

 そう出来たらどんなに良かったことだと思う。

 それをしたら、もう苦しまなくても良いんだと思うと安堵する。

 

 ジジジ。

 前を見る。

 屈む男は僕の前に来て僕を見下ろしてた。

 手を差し伸べる。

 さあ、その権利を寄こせと手を差し出して求めてる。

 

 頭が痛い。

 手を伸ばすべきだ。

 手を取って楽になるべきだ。

 ハヤク解放されることが生き物としての当たり前のことなんだ。

 頭の中がゴチャゴチャして取れないなら、考えなければ良いんだ。

 

 だけど。

 

 その手を取ることは。

 

 僕には。

 

 ジジジ。

 

 ――――「でも、それじゃあ駄目なんです。それじゃあ、前に進めない。私が好きになった人が消えてしまう。そんなのは私には耐えられない」

 

 パシン!

 差し伸べた手を叩く。

 救いだと嘯いたそいつの手を跳ね除けた。

 

 生きる権利を捨てるということは、かつてこんな僕を好きだと言った彼女の想いを無駄にするってことだ。

 

 「な」

 

 いつの間にか手から落としていた権利を再びイメージする。

 最凶のチートをこの手に|現実化(リアルブート)して彼を見据える。

 何時だってブレブレの僕だけど、これだけはブレてはならない。

 

 「――何度だって言ってやる。僕は七瀬勇貴。記憶なしだった七瀬勇貴! 世界中の誰に必要とされずとも、最期の最期まで足掻く! たとえ自分自身が望もうとも、その終わりだけは認めることは出来ない!!!」

 

 怯える男は後へ下がった。

 

 十分だ。

 それだけで、僕らを隔てる明確な違いを理解する。

 此処にどうして居るのだとか。

 何で、自分を否定しているのかだとか。

 そんな細かいことなど、考えるなんて不要だった。

 

 「だから、行こう! お前が描かなきゃいけない人生は僕が進んでってやる! だから、この手を取れ、■■(ぼく)!」

 

 つまらない一生。

 そんなつまらない一生を過ごした彼が見た妄想。

 この夢はそんな妄想の物語。

 そんな妄想が終わらせなくてはいけない夢の話だ。

 それを投げ出すことはならない。

 そうしてしまったら、きっともう誰も前に進めなくなってしまう。

 

 震える男の視線は定まらない。

 手と手を見つめて悩んだ姿は生きる人間そのものだ。

 その葛藤は正しい。

 正しいから、悩んで選ばなくてはいけない。

 一時期の軽はずみで取って、選ばせてはいけない選択なんだ。

 

 「あ、あああ。ああああああああ!」

 

 男の名前なんか知るもんか。

 そんなものより僕はまだ見なくちゃいけないことが山ほどある。

 嘆きも苦しみも背負って、認めなくては主人公は立ち上がれない。

 

 「畜生! 畜生! オレがオレでどうしようもないって知ってるのに! なんで、そんなに必死になれんだよ!? どうしてそんなに脳をかき回されて冷静にオレを受け入れんだよ!? これじゃあ、どっちが本物なのか解んねぇえじゃないか!」

 

 知ってる。

 今も僕は何をしてるんだとか、どうしたいだとか解ってない。

 もう平静を装ってるのも無理なぐらい自分の存在があやふやになって立ってるのも苦しい。

 

 でも、黙って手を伸ばす。

 その手を取ってこの部屋から出て、新しい世界とやらを見なくちゃきっとやりたいことがやれなくなる。

 いつか見た夢を叶えることも出来なくなる。

 そんな気がするから、この意思のままに動ける。

 

 「永遠に停滞すれば誰にも否定されないんだぞ?」

 

 詰め寄る誰か。

 吐く息が臭くて、目の前がチカチカと点滅する。

 

 「でも、誰からも肯定されない。誰に見て貰うことも出来ない」

 

 紡ぐ言葉。

 嘘偽りのない本音。

 

 「此処には好きなだけ時間がある。何をしたって咎められやしない」

 

 肩を揺らされ、意識が堕ちそうになる。

 暗い闇に二人して飲み込まれそうになってもそれだけは認められなかった。

 

 「時間なんかない。時は止まってなんてくれない。止まったように見えるだけで時間は残酷に進んでる。誰が咎めなくても自分がそれを咎め続ける」

 

 はっきりと言葉が出る。

 揺らされる身体を今度は揺らし返す。

 怯えた顔。

 もう投げ出した賽は宙を飛んでる。

 何処に落ちるかも解らないそれを拾う暇は僕らには残されちゃいない。

 

 「だから、部屋から出よう。外に出て見下してきたあいつらにギャフンと言わせてやるんだ」

 

 消えていく。

 僕の身体が消えていく。

 コントロールルームに居た筈なのに、もう僕は何処に居るのか解らなくなって、気が付いたら暗闇に野郎二人で抱き合ってる。

 僕の身体を構成するアストラルコードが分解されて、男と一つになっていくのが何故か分かった。

 

 「外に出たって何も変わらない!」

 

 正気に戻れと誰かが喚く。

 でも、何が正気かだなんてそんなのは一目瞭然だった。

 

 「変わる。変えられる。根拠はある」

 

 男の顔は解らない。

 視界がぐちゃぐちゃとして何かに上書きされて意味が解らない。

 解らないだらけで一つ分かることがあるとするならば、二人の人間がそれを認めたって事実だけだ。

 

 「何が根拠だ! 何もない。何も根拠なんかない癖に!」

 

 魔術破戒(タイプ·ソード)なんて必要なかった。

 自分と会話するなんてことにそんな余計なモノは要らない。

 只、必要だったのは自分と向き合う覚悟だけだ。

 

 「ハン! 僕は君が描いた理想だろ? ならこんな窮地、直ぐに跳ね除けてやる。だって僕は、最高のヒーローなんだろ? そんなヒーローが現実の一つ変えられなくてどうするんだよ!」

 

 あ。

 あああ。

 

 感情が混ざり合って来て、意識が一つになるってこんなことなんだと理解する。

 頭の中に二つの意識が混ざり合って融合していくのが分かった。

 苦しい。辛い。気持ち悪い。

 どれもこれも言いようのない感情が合わさって、目を瞑らなくてはは到底今の現状を直視できない。

 

 数秒が永遠のように感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞑っていた目を開く。

 

 カラン。

 跪く僕は起き上がる。

 転がっていたダーレスの黒箱を手に取るとそれが僕に吸い込まれるように消えていく。

 胸の中に何かが混ざる不思議な感覚が再び起こる。

 

 さあ、今度こそ夢から覚める時間だ。

 

 僕以外の誰もいないコントロールルームで独り、そう呟いて再び夢の世界に浸るように意識を手放す。

 

 カチリ。

 何かのピースが合わさっていく幻聴が聞こえたのだった。

 

 ◇

 

 血の臭いで目が覚めた。

 ヒタヒタと滴る音が眠りを妨げたのか解らないけど、そんなことはどうでも良かった。

 

 「――気が付いたか?」

 

 僕の目の前で道化役者が跪く。

 何やら苦し気に胸を押さえている。

 身体の所々が血だらけで真っ赤に染まっていた。

 

 辺りを見回す。

 鎖に繋がれた火鳥(かとり)とリテイク先輩の痛ましい姿も確認できた。

 

 「どういうこと?」

 

 僕の敵である男が何故か僕の目の前で傷だらけになっている。

 満身創痍の身体を引きずって、それは僕の帰りを待っていたかのような安堵の顔を見せていた。

 

 「ふん、貴様と違って僕は頭が良いんだ。一足先に夢から覚めた。只、それだけだ」

 

 仮面は被ってなかった。

 自慢の紫の髪は血で固められて、最早赤黒いものに変わっていた。

 理解が追い付かない。

 

 「私は失敗した。失敗と言うよりも自爆したというべきか。ハハハ、愚か者には相応しい末路だ。全て、思い出した。此処に来た本来の目的も思い出した。それなのに、こうすることでしか奴らに対抗する手段が思いつかないなんて、本当、どうかしてる」

 

 悔しいような、けれど、諦めてるかのような顔。

 でも、何よりも一死向こうとする男の顔だった。

 

 「何がしたいの?」

 

 身体を無理やり起き上がらせる。

 満身創痍の身体だからといって油断して殺されたら元も子もないからだ。

 

 「何がしたい、か。そうだな。一先ず、僕の目的はお前のそれでこのアバターを斬られることぐらいしか思いつかん」

 

 これ以上は御免だとアズマは言っている。

 自嘲する彼の言葉にいつか見た覇気はなかった。

 

 「魔術破戒(それ)で斬られた者は上位幻想であろうとそうでなかろうとこの世界からそのアクセス権限を剥奪される。それは同時にこの世界からの脱出を意味する。もう、外なる神とやらのゲームに関わるのは懲り懲りでね。僕としてはこのまま利用されるのは討伐隊としての矜持が許さないんだ」

 

 ハヤクしろと告げている。

 六花となっていた誰かと姿が被った。

 

 「そいつはカヲルさんは望んじゃいねぇ。それがオートマンの散り際の言葉だと伝えてくれ。いつか、誰かが君に会ったら言っておいて欲しいと頼まれた言葉なんだけど、アズマ、君にはこれの意味が解るかい?」

 

 だから、気づいたらそんな言葉を思い出して言っていた。

 誰からかは言わなくても解るだろうと思った。

 

 一瞬、アズマは目を丸くした。

 

 「遅い。遅すぎるよ、オートマン。そんなこと、とっくに気づいちゃったよ」

 

 目を瞑っては、そんなことを涙ながらに言っていた。

 その姿を見て、僕はこの手に最凶のチートをイメージする。

 いつだって止めの一撃はこいつと相場が決まっているんだ。

 その魔剣は簡単に誰かの命を切り落とすことに成功する。

 

 相変わらず、血は出なかった。

 

 身体を構築していたアストラルコードが解けて、虚数の海へと散っていく。

 構成されたデータが放出される中、白衣からダーレスの黒箱が僕目掛けて飛び出した。

 手でそれを受け止めると、黒い粒子となって僕の心臓へと吸収される。

 魔術師は微笑むこともなく、その瞳を瞑りながら安らかにその場を消失(ロスト)する。

 

 ゴゴゴ。

 世界が崩れる。

 もう何度目の崩壊か。

 きっと魔術破戒(タイプ·ソード)で切り伏せる限り、それは何度でも起こるのだろう。

 パキパキと卵の割れる音が響き渡る。

 イ=スの種族による時間操作が巻き起こる。

 カチカチカチ。

 きっと僕らは誰かの物語として生きていく。

 その終わりを夢見て、この何とも言えない勝利の美酒に酔うことにしよう。

 誰かの思惑にしろ、確かにこの手で掴み取った勝利なのだから。

 

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