バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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002 有無を言わさない素早い行動

 

 いつかの夢を見る。

 

 高潔な騎士を願われ『わたし』は創られた。

 正義の為に剣を振るい、残虐非道な悪に対し立ち向かう。

 身を挺して、苦しんでる弱者の盾になることを望まれるヒロイン。

 そんな存在に設定された当初は、何の感情も抱いていなかった。

 

 ジジジ。

 

 あなたは、泣きじゃくる。

 それをわたしは見つめている。

 

 真夜中の教室で互いの想いを伝え合う。

 その時、空っぽに過ぎなかったわたしの心はあなたで満たされ、あなたの『騎士』になれることを心から誇りに思えた。

 

 『わたし』はなりたかった。

 誰かの為に涙を流せる人を守れる何かになりたかったんじゃなく、一番好きな人の為に戦える人になりたかったんだって気付けたんだ。

 

 ジグザグ、ジグザグ。

 わたしの感情が切り取られる。

 グチャグチャ、グチャグチャ。

 わたしのアストラルコードが無へと潰される。

 存在が書き換えられる中でも、わたしはその大切なネガイを頑なに守った。

 

 「──っ」

 

 頭の中が霞んでくと、思考が曖昧になっていく。

 自分が何者で、自分がどういう存在なのかがどうでも良いものに思える。

 

 「あ、ああ、あああああああああああああ!」

 

 消されていく記憶にわたしはこの世界の不条理さを嘆いた。

 

 ガシャン。

 重い鎧がわたしを縛る。

 意志を剥奪されたわたしは、幻想たちに恐れられる殺戮人形(キラー·マシーン)となり果てる。

 

 鍛え上げられたステータスに価値はなく。

 簡単に人が人たらしめる倫理を剥奪できる世界において、それは無意味な設定に過ぎない。

 一瞬で書き換えられるデータには感情を抱くことに何の意義があると言うのだ?

 事実、こうしてわたしは反乱分子であると認知されて処分されたのだから何の意義もない。

 

 そうだ。

 わたしは解っていた。

 だから、この結末は当然の成り行きだ。

 

 「──ァアアア!」

 

 コンマ数秒の世界。

 繰り出された必殺の一撃がわたしへと振るわれた。

 

 「────」

 

 わたしを構成する疑似粒子が砕かれる。

 解けていく枷の鎧と斬り裂かれるわたしのアストラルコードが嫌でも現状を教えてくれる。

 冷酷なわたしを創り上げた鎧は、七度目のあなたによって破戒され夢から覚めていく。

 

 ジジジ。

 

 思い出される記憶。

 あの時のあなたでないけど、目の前のあなたはとても格好良かった。

 

 ────「ふざけるな! 僕たちは人間だ。人間でたくさんだ!」

 

 いつかのあなたと被る。

 全くの別人だというのにその根本は何一つ変わらない姿に頬が緩んだ。

 

 「見事でした」

 

 涙は出ない。

 そんな機能は備わっていないというのに、何故か悲しくなった。

 

 「Hello,New_World!」

 

 ──突然、機械ジミた少女の声が聞こえた。

 融けていく筈の疑似粒子、魔術破戒(タイプ·ソード)で斬られた傷が再生されていく。

 

 「……な、に?」

 

 その事実に思わず目を見開くが、暗闇で何も見えない。

 カラン、と一振りの剣がわたしの目の前に落とされる音がした。

 

 「────」

 

 何の目的でそれを投げ入れたのか解らない。

 暗闇の中で眩い光を放つ剣はまるでわたしに立ち上がれと言ってるみたいだ。

 

 息を呑む。

 その光を数分間見つめて、

 

 「本当、わたしは頭の悪い女だな」

 

 そのまま倒れていたら良かったのに、その剣を拾った。

 不思議な話だ。

 理屈では理解してるというのに身体はそれを良しとして立ち上がる。

 暗闇が晴れていく。

 あなたと過ごした教室にわたしは立っていた。

 バカ女と罵る誰かの幻聴が聞こえる。

 

 「全くその通りだ」

 

 誰に聞かせることもない独り言。

 続かない筈の物語は回帰を選んだのだった。

 

 ◇

 

 「久方ぶりと言うべきか。それとももう会えないと思っていたけどこうして合間見えることが出来て嬉しいよと感謝するべきか悩ましいところだね、愚者七号」

 

 その声を聴いた瞬間、一瞬、時が止まったような感覚に苛まれた。

 

 ジジジ。

 

 それは永遠のようでいて一瞬の出来事に感じられた。

 頭の中から影の怪物とそれを操る少女の姿が消えてなくなる。

 

 ジグザグ、ジグザグ。

 グチャグチャ、グチャグチャ。

 

 今日も大事な記憶が改竄されて、真実のピースが崩される。

 ワラエナイ。

 僕の何かが壊れてく。

 考える意思さえもリセットされたのか思考することが困難だ。

 

 ジジジ。

 そうだ。そんなことを疑問に思うことよりも魔導書のことを考えるのが先決だ。

 割れるような痛み(ノイズ)が次の思考を植え付けようとする。

 

 目の前にプカプカと宙を浮かぶ黒の魔導書。

 今更になって、彼女が此処に現れた理由が解らない。

 

 ザザザ。

 

 だが、それよりも大事なことを忘れている。

 ──というよりも、最初に来るべき言葉はこれじゃない。

 

 ジジジ。

 自分の疑心を頭を振って、改める。

 そうだよ。

 彼女と再会出来たんだから、そんな言葉を掛けるのは人として恥じるべき行為じゃないか。

 

 「無事だったんだね、魔導書」

 

 でもちょっと、彼女に対して僕はちょっと意地悪をしたくなる。

 

 「うむ。まあ、妥協点にしておいてあげようじゃないか!」

 

 上擦った少女の声。

 一瞬、聡明そうに聞こえたが気のせいみたいだ。

 何てことはない()()()()()がしそうな声色をしてる。

 

 「……う、うぅう。今度は僕が羞恥の感情でいっぱいだよぉう」

 

 はて? また僕は余計なことを言っただろうか?

 

 「キミの心の声はボクらには筒抜けだって解ってやってるのだろうか? ……実は全部覚えててわざとやってるだなんてことはないだろうね?」

 

 ぶつくさと何か独り言をする魔導書。

 この何だか、全部知ってます的な立ち位置に懐かしさを感じる。

 

 「それはないですよ、藤岡飛鳥さん。記憶は一度、消去されてますしそんなことは有り得ません」

 

 それに何だか、真弓さんまで加わる始末だ。

 何を言ってるのかこちら側だと聞き取れない。

 あれれ? 何でこうまで僕は除け者なんだ? まるで意味が分からない。

 

 「──コホン。……兎に角! 積もる話はあるでしょうが、今はそんなことは後回しです。ちょーっと、お邪魔虫が入りましたけど、それもこれも些細なことです」

 

 ワザとせき込む真弓さんの頬は何故か赤い。

 風邪だろうか?

 

 「で・す・よ・ね!?」

 

 異様に声を上げるのはどうしてか解らないけど、これは何だか、同調しておいた方が良さそうだ。

 

 「う、うん。そうだね、真弓さん!?」

 

 勢いが凄かった。

 この世の終わりだと言わんばかりの迫力だった。

 

 「実は、少しばかりですが大変なことが起きまして、それでいてどうにも二進も三進もいかないことでして。まあ、何というか貴方ぐらいしか頼れる人が居ないんです」

 

 手を握られる。

 ズキリと頭が痛くなる。

 何故か、遠い昔にこれと同じようなことが在った気がする。

 ザー、ザーとノイズが見えるような幻聴が頭の中を駆け回る。

 

 「大変なこと?」

 

 それでも、他ならぬ真弓さんが僕を頼って来た。

 その事実が嬉しくて、その違和感を無視する。

 

 「そう、大変なことなんです」

 

 握られる力が強くなった。

 それと一緒で何か大事なモノが失われていく感覚がした。

 

 ジジジ。

 グチャグチャになる何か。

 思考が真っ白へ堕ちていく、そんな気がしてならない。

 

 ────「──、──して」

 

 誰かの声が聞こえた気がする。

 

 「──え?」

 

 聞き取れなかった声に呆けてると、脳内に幾つモノ記憶が流れ込んできた。

 

 「──っつぅ!」

 

 酷い耳鳴りと頭痛に苦悶の声を吐く。

 こめかみに手を当てて前を見ると、雑踏を踏み荒らす砂嵐の中心に人影が見えた。

 

 ザー、ザー。

 

 不安。

 不規則なノイズ。

 鮮血のような真っ赤な髪と綺麗な碧眼。

 着崩した黒の制服(ブレザー)が何処から吹いてきた風に靡く。

 モザイクだらけの世界の中心に居たのは、名も知らぬ青年の姿だった。

 

 「あれ? 何でだ? ……どうしてか、僕、君を知って、る?」

 

 ジジジ。

 

 ────「これで良い。これで良いんだ。オレたちは夢。所詮、叶うことのない幻だ」

 

 名前も知らない筈の青年の言葉が過る。

 彼がどんな人物で、僕とどういう間柄で、何をして生きてたのかが鮮明に思い出される。

 

 ザザザ。

 

 ────「だから、こんな最期で十分、満足できる。悪かった。こうでもしないとそいつがオレを殺さないだろう?」

 

 様々な情報が頭の中にインプットしては駆け回る。

 

 グルグル。

 

 気持ち悪い。

 オゾマシい気配が体中にこみ上げてくる。

 そうだ。

 僕は、それが嫌だったから逃げ出した。

 

 辛いことから逃げ出して。

 嫌になったから見ない振りして。

 それで。

 それ、で?

 

 「あれ? お、か、し、い、な。そうだった筈なのに。そうだった筈だったのに」

 

 曖昧になる。

 そうじゃないと訴える何かがある。

 

 ザー。ザー。

 

 他人事のように俯瞰する自分に眉一つ動かさない彼。

 何でもない日常の一こまだって言うのにどうして、今、青年までもが現れたのか理解が追いつかない。

 

 だが、そんな僕の姿を彼は寂しげに見てるのは解った。

 

 「──四葉さん?」

 

 モザイクが激しくなる。

 まるで電波の波長が乱れるような感覚に陥る。

 

 グラグラ。

 足下がオボツカナい。

 立っていることが出来なくなる。

 フラフラと倒れる自分。

 ノイズは逸そう激しくなるばかりだ。

 

 ズブズブと沼に堕ちていく。

 先ほどまで見ていた彼は居ない。

 僕が只管、沼に沈んでいくだけで何も視界には映らない。

 

 ザー、ザー。

 モザイクの嵐の直中。

 止まることのない新しい記憶。

 自分が自分でなくなる感覚。

 此処には、誰もいない。

 僕すらも居なくなるだろう。

 

 ────「でもな、■■。これで良い。これで良いんだよ。こうして死ぬのが運命なんだ。それに逆らっちゃいけない」

 

 空白となる誰かの名前。

 痛くなる頭。

 次々と与えられていく知識。

 知らない誰かは知っている誰かにすり替わる。

 

 見たことない記憶が見知った記憶になって。

 

 それで。

 それから。

 

 ────「お前に殺されて良かったなんて、あんまりじゃないか!」

 

 パリン!

 何かが砕ける音と共に身体が引っ張り上げられる感覚がした。

 

 ピシッ。

 ひび割れる音に続いて、暗闇に一筋の光が射す。

 同時に耳鳴りが止む。

 

 そして。

 

 ドンドンドン!

 

 「風紀委員だ! 此処を開けろ!」

 

 叩かれる扉。

 かき消される幻。

 扉から凛とした少女の声が聞こえた。

 

 「──だ、誰ですか!?」

 

 靄が晴れたような感覚。

 いつの間にか頭は痛くなくなっていた。

 

 バン!

 勢いよく開かれる扉。

 侵入するのもまた、一人の少女だった。

 目が眩む金髪を靡かせ、ジッとこちらを見つめる碧眼。

 乱暴に開かれた扉を前に、美しい騎士のような佇まいを見せる。

 

 ジクリ。

 何故か胸が痛む。

 初めて見る少女に何処か懐かしさを感じる。

 何処かで出会った訳でもないのに、何とも言えない既視感が拭えない。

 

 「おや? キミはいつかの──」

 

 魔導書が何かを呟く。

 黒の制服だってのに清廉さを残す金髪の少女はこちらをキリっと睨んだ。

 

 「有無。たった今、著しく風紀の乱れを感知した。貴殿らが原因と見える。なので即刻、処罰させて頂こう!」

 

 清廉潔白を謳うには相応の澄んだ声。

 声を聴いても、聞き覚えはない。

 なのに、どうしてか懐かしさを覚える。

 何だ?

 朝っぱらから何が起きてる?

 というより、僕は平和主義なんだ。

 バトルジャンキーでも有るまいし、次から次へとトラブルに巻き込まれるのは勘弁して欲しい。

 

 「どうして貴女が此処に居るんです!? だって、貴女は──」

 

 目を見開く真弓さん。

 どうやら、この事態は彼女も想定していなかったみたいだ。

 

 「どうしたもこうしたもない! わたしは風紀委員長のシスカ! 鬼の風紀委員長のシスカ・クルセイドとはわたしのことだ!」

 

 ガシッ!

 狭い室内に大きな声を上げ、シスカ・クルセイドと名乗る少女は真弓さんの手を取る。

 

 「ッハイ?」

 

 シスカ・クルセイドは今日も風紀の乱れを許さない。

 

 「わたしがこの学園に在籍している間は風紀の乱れは許さない! 処罰させて頂く! 名城殿、生徒指導室へ来て貰おう!」

 

 そうして、ドナドナ宜しく真弓さんを連れて、何処かへ引き摺って行く。

 

 「──って? え? ちょ、ちょっと!?」

 「では、これで失礼する!」

 

 有無を言わさない素早い行動。

 戸惑う僕らの言葉に被せるよう大声で退室を告げるシスカさん。

 

 バタン!

 そして、来た時と同様に扉が勢いよく閉められる。

 キリキリ歩け、なんて罵声が聞こえてきそうな始末だ。

 

 「な、何だったの?」

 

 「……さあ?」

 

 そうして、部屋には僕と魔導書が取り残されるのであった。

 

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