選択した未来。
弾劾される黙示録。
目次の頁に挟まれた一枚の栞。
圧縮しては転移する感情。
修正される記憶。
多くのことが零れ落ちては、
「──が、あ。あ、ぐぅ」
堕ちる。
黒い沼に堕ちて、ズブズブと沈んでいく私の
もう、この身体は改竄され元の姿を維持出来なくなった。
私が■城■弓から、名のない誰かとなったのだ。
ザー、ザー。
砂嵐に目が眩み、視野を狭めては削ぎ落す。
元居た場所には戻れないし、次のステージへとシフトしたことも理解した。
ドクン。
存在しない心臓が鼓動をする。
もう限界だと全神経が悲鳴をあげる中──。
「────」
不意に宙を見上げた。
真っ暗闇の空に星がなく、それを纏める月もない。
そんな宙を見上げていると、睡魔に襲われる。
ジジジ。
心地よい
「──永かった。永かったです。気が遠くなる時間でした」
何処からか、
──さあ、眠ろう。
サマヨエる微睡みの終結宣告なんか無視してしまえば良い。
どうせ、彼女のそれは叶いっこないに決まってる。
ドクン!
失った意志が残骸に灯った。
脈動する何かが速くしろと急かしてくる。
「そうですね。確かに永かったです」
そうしていると、壊れた筈の感情が芽生えていった。
視界が白黒の画面になって、変異する私。
モノクロの世界にカラフルな色彩が一瞬で描かれた。
反転する。
ズタズタと裂かれる私の世界は最早、正常な機能を維持できない。
ピキリ!
亀裂が入る音と共に嵐がやって来る。
ゴウ、ゴウ。
嵐の中、その中心に誰かいるのが見えた。
「────」
ゴウ、ゴウ。
男がいる。
前を向いて顔はよく見えないが、後ろ姿は一目すれば彼だと、すぐわかった。
「──っつ、ぅあ」
その後ろ姿は遠かった。
何よりも広く感じた。
手を伸ばしても届きそうもない距離に彼は居て、黙って前を見続けている。
「────」
そうだ。
私はその後ろ姿を追って、此処までやって来た。
もう少し進めば、きっとこの手は彼に届くだろう。
満身創痍の身体を引き摺って進む。
「──嗚呼」
そういえば、始まりは酷いモノだったと思い返す。
存在否定され、殺されかける。
唯一味方になってくれた人は殺される。
挙げ句の果てに何もかもを嘘として現実改変される状況。
今も始まりとそう変わらない環境で苦笑いしか出ない。
残酷な世界。
優しさのない現実。
味方なんていない中でよくも頑張ったものだと、賞賛する。
パキパキ!
終焉のテロップが流れ始め、嵐はいつの間にか止んでいた。
最早、この夢の崩壊は誰にも止められない。
終わりとは全ての事柄が誕生と共に定められた唯一の欠点なのだから仕方ない。
止まらない。
止まらせない。
それは如何にルールの権限を行使しようとも坑えぬ運命だと私は証明してみせる。
「良かった。これで良かったんです」
そうでなくては駄目だった。
そうでなくては彼が夢見た明日は訪れない。
身体が再構築されていく。
自滅。
自壊。
自爆。
ありとあらゆる選択事象が視えて、意味のないデジャヴが私に生存を訴える。
────「たとえ自分自身が望もうとも、その終わりだけは認めることは出来ない!」
彼の言葉が繰り返される。
嘘偽りのない彼の口から出た本心。
何もかもが嘘ばかりの世界で尚も足掻く姿は主人公に相応と言えよう。
無意味、無駄、無価値。
ありとあらゆる無が集結しては完成される魔法。
奇跡を願った少女たちの過ちは、禁忌を破った少女たちの希望によって完成を果たした。
目を覚ましたら彼に会いに行こう。
「さあ、敗北の盤上をひっくり返す時間です」
◇
魔導書と部屋に取り残される僕。
このまま何もしないのもアレだし、外に出ようと思う。
「それが良いと思うよ」
魔導書も同意していることだし出かける準備をする。
「ふむ。それには先ずは寝間着で出るのはマズいだろうね」
いそいそと寝間着から制服に手を掛けようとする。
「──む? どうしたのかね? さあ、早く着替えたまえ」
ハア、ハアと息を荒くする魔導書。
そうだった。
この魔導書は貧相な僕の身体を視姦するのが趣味だったっけ。
「いや、出てけよ」
「嫌だ」
僕の突っ込みに秒で返す魔導書。
「何でだよ!?」
そんなに僕の裸が見たいのか?
こんなヒョロイ男の身体なんて需要ないだろう!?
「そんなことはない! キミの裸は大変貴重だとも。というか、いい加減に観念したまえ! ボクはキミの裸が見たいんだ!」
開き直る魔導書。
プンスカと荒ぶる吐息が聞こえてきそうだ。
「良いから、出てけぇえ!」
ポイッと部屋の外に魔導書を投げ出す。
バタン!
そしてドアを施錠。
安心安全がモットーだ。
……良し、着替えるとしよう。
全く、朝から無駄な労力を使わせやがって、あの発禁魔導書め。
そう思いながらシャツに手を掛けた時、それを見つけた。
「ハア、ハア、ハア」
……。
「ハア、ハア、ハア」
さっき部屋から叩き出した筈の魔導書がいた。
……可笑しい。
物音一つしなかったぞ。
「どうしたのだい? さあ、早く脱ぎたまえ!」
……。
そういえば、ガムテープは何処に仕舞ったかな?
キョロキョロと見渡す。
確か、この部屋の中に何処かに転がってた筈なんだけど。
「ハア、ハア、ハア」
人類の存亡よりも大事な貞操を守るべく、僕はガムテープを探すことにしたのだった。
◇
「全く、酷い目に遭ったよ」
どの口が言えるのだろう?
魔導書に口なんてモノがないのは知っていたが、それでもそう思わずには居られなかった。
何だか、どっと疲れたよ。
「あー。そーだねー」
突っ込む気力もなく、気だるげにドアを開ける。
ジジジ。
ドアを開けた先にあるのは何てことのない寮の廊下。
右を向いても、左を向いても人っ子一人も見かけない。
それが、普通。
それが、何もない平和な日常だ。
いつも部屋の前で誰かが待ち伏せしてるとか、そんなことは起こらない。
────「おはよう■■」
だから、これは幻だ。
だから、これは幻聴だ。
取るに足らない妄想で、見る価値もない記憶でしかない。
ジジジ。
治まったと思ったイタミがまたやってきた。
暢気な顔した僕を殺そうと舌なめずりしてる。
やはり目覚めるべきじゃなかったか。
起きるには少し早すぎて、今日は授業を欠席するのが得策じゃないか。
そうだ。それが、正しい。
それが、間違いない選択肢だ。
なのに、この体はちっとも動かない。
「おはようございます、勇貴さん」
──筈だった。
少なくとも聞き覚えのない少女に声を掛けられるまでは。
「──え?」
後ろを振り返る。
廊下の窓が開かれているのか、心地よい風が鼻をくすぐって胸が弾むように、動悸が激しくなる。
──振り返った先に少女が居た。
絵に描いたような美少女。
突然の出現に萎縮するのは当然のことだと言えよう。
カツカツカツ。
白い廊下に淑女を思わせる歩み。
一つ一つが洗練された、気品溢れる仕草に目が奪われる。
ビュウ、と腰まで届く茶色の髪が風に靡いた。
朝の日差しが目映かったのか、それとも長い髪が邪魔だったのか。
お嬢様がするみたいな動作で髪を掻く少女。
「クス。そんなドアの前でどうされたんです? そのように頭を抱えたままになされますと、悪い魔法使いさんにでも殺されちゃいますよ」
顔の細部が見えるほどに距離が縮まった。
少女の美貌がよく見えた。
何を美貌だとか、綺麗な顔だとか宣うのに相応なパーツの細部が実によく解る。
「それとも、ご機嫌ようと挨拶をした方が良かったでしょうか?」
澄み切ったコバルトブルーの瞳を細めて、少女は微笑む。
どうやら、名前の知らない少女の方は僕のことを知っているみたいだ。
「──あ。い、いや、良い。しなくて良いです。お、おはよう!」
驚きのあまり、声が裏返る。
ジジジ。
割れるような
こめかみを押さえてその痛みを我慢する。
「大丈夫ですか?」
大人しそうな雰囲気だと思ったけど、結構、大物なのかもしれない。
「──うぇえ?」
突然のことだった。
心臓が飛び跳ねそうだった。
僕の頬はまた真っ赤になっているかもしれない。
何せ、朝から刺激の多いことばかりなのだから仕方ない。
「熱は、……ないみたいですね。良かった、どうやら大丈夫そうですよ。勇貴さん」
自分のことのように喜ぶ少女。
「あ、ああ。うん、ありが、とう」
恥ずかしい。
どうしてかは解らないが、彼女と喋ってると心が温まる。
「どういたしましてです」
向日葵のような笑顔が向けられる。
「──あれ? そういや、何で僕のこと知ってるの?」
不意に、目の前の少女が僕の名前を知ってることに気づく。
僕からは名乗った覚えもないし、彼女とは名前も知らない関係だ。
どうやって彼女は僕のことを知ったのだろう?
「アハハ。それは、ですね」
少女が笑う。
悪意の欠片も感じさせない微笑み。
だけど、そんな微笑みが少し怖く思えた。
「それは、です、ね──」
続けざまに言葉が繰り返される。
一秒が遅く感じられる。
汗が止まらない。
思わず目を瞑ってしまう。
ドクン。
また心臓の鼓動が聞こえる。
緊張してる所為か手汗が気持ち悪い。
一分一秒がとても永い。
「──内緒です!」
タン、と駆け出すのは少女。
にこやかに退場する彼女は風紀委員も真っ青の規則破りをする。
真っ昼間から堂々と走り出すその姿は、さながら妖精のようだった。
「──うぇえ!?」
そりゃあ、無いよ。
心の中で愚痴をコボす。
そんな僕の心情を知らず、颯爽と廊下を走る少女。
ふわり、と陽気な風が吹く。
今思い返しても、少女のする向日葵のような笑顔には目が眩みそうで、この唐突な出会いに僕の何処か胸が締め付けられた。
さて、それは兎も角。
あの少女は一体、何がしたかったのだろう?
アハハ、と笑う声は遠く。
今から事情を聞こうにも、その後ろ姿は見えなくなっていた。
「──さあ? 知らないね」
すると、先ほどから黙りを決めていた魔導書が徐に口を開いた。
何だか酷く機嫌が悪いように見えるのは気のせいだろうか?
「──別に、何でもないさ」
パラパラと頁がめくれる。
何だか手持ち無沙汰してるようで、僕の周りをふらふらと浮かんでいる魔導書。
「そう? まあ、君がそういうのなら敢えて何も聞かないことにするよ」
くぅう。
お腹の虫が鳴る。
どうやら腹時計が正確に作用してるみたいで、何だか恥ずかしい。
「そうだった。食堂に行くんだったっけ」
少女が走り去った方とは真逆の食堂へと向かうことにした。