バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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004 迫り来る悪意

 

 「あ! ユーキじゃないか! おーい、こっち、こっち!」

 

 謎の少女と別れ、食堂に着く。

 すると、食堂の前で(るい)が大げさに僕を手招きをした。

 

 「おはよう、累」

 

 手招きされた方へ向かい、挨拶をする。

 

 「おはよう!」

 

 キラキラと瞳を輝かせて元気よく挨拶をする累。

 何やら、深夜テンションでも決め込んでるかのようなハイテンション振りだ。

 この彼の持ち前の明るさを何と例えると、そう、ミサイル的な感じの直下型なんじゃないかって思うんだ。

 

 「……テンション高いけど、どうしたの? 何か良いことでも遭った?」

 

 ハイテンションな累と同様に騒がしい食堂。

 彼がテンション高くなってると、何か問題ごとが起きる予兆を感じるのだが、僕の気のせいだろうか?

 

 

 「アッハハハ! そーんなの決まってるでしょ! 今、この学園にあの名高いアストラル戦隊の一人、二胡(にこ)()、この()()に居るんだよ! この事実にテンション上がらずに居られる方がどうかしてるよ!?」

 

 ガクンと揺すられ、累の剣幕に僕はあたふたする。

 何だかスゲー必死めいたもの感じるけど、アストラル戦隊って何だよ?

 

 「いけ好かない女たちのことだよ」

 

 僕の心情を読んだのか、魔導書が雑に解説する。

 そして、絶賛、シェイクされる僕。

 

 「──っな!? 信じられないよ、ユーキ! キミはそんなことも知らないでこの学校に通ってるのかい? 残念だ。残念だよ、ボクは! 心底絶望した!」

 

 累はいっそう強く、僕をガクンガクンと揺らす。

 

 「──う、ぅうう」

 

 三半規管が揺すられ、吐きそう。

 相変わらず累は、暴走機関車みたいな野郎だと言わざるを得ない。

 

 「うん、うん! それじゃあ、そんな人生損してるキミにアストラル戦隊が如何に素晴らしいか教えてあげようじゃないか!」

 

 いや、別に知らなくて良いよ!

 累の言葉に思わず、そう口にしようとしたが寸前のところで留まる。

 もしかしたら、その二胡さんとやらは知ってる方が常識レベルな人物なのかもしれない。

 そうだとしたら、累の反応は正しいし、この気遣いは純粋にありがたい。

 

 「そう! どんな相手だろうと怯まない、ありとあらゆる魔導機関を潰してきた討伐隊屈指の先鋭。その功績は誰もが認め、今じゃあ誰もが知らない人は居ないとされている正義の味方! それが、アストラル戦隊。その先鋭メンバーの中で、ありとあらゆる魔導を無効にする『ツヴァイ・ソード』の使い手。それこそが、二胡さんなんだよ!」

 

 キラリーン!

 明後日の方向に指さす累。

 何だろう、騎士道を目指す性なのか落ち着きがない。

 目を星に変えてそうな感じが実にギャグっぽく、隣にいる魔導書が残念なモノを見る目だ。

 

 「えーと。そのなんとか戦隊の、」

 「アストラル戦隊!」

 

 ……。

 

 「アストラル戦隊の二胡さんが来ているのはよーく解ったよ。そんで、君がその人のファンだってことも解った。つーか、伝わった」

 

 更にいつもの倍、目を輝かせる累。

 どうやら、その二胡さんのことが相当好きらしい。

 だって、累が『やっと解ってくれたか同志よ』とか言いたげな視線を送ってくるんだ、幾ら鈍い僕だって解る。

 

 「──んで、その人見たさにみんな、食堂に押し掛けてるのも解った。急にそんな一大イベントを告知なしでやってるのかは面倒だが、敢えて聞こうじゃないか。何でまた、よりにもよってこの学園なんかにそんな有名人が来るのさ?」

 

 そう。

 こんな電線も通わないような、人里離れた偏狭の地に足を運ぶ理由が思いつかない。

 僕にしたってどうしてこんな場所で倒れていたのかさえ、思い出せないというのに全く以て意味が分からない。

 そんな僕の問いに累は目をきょとんと丸くしたかと思えば、

 

 「何でってそりゃあ、そんなの決まってるじゃないか。此処はありとあらゆる魔導魔術を扱う魔術学園なんだし別に不思議じゃないよ。それに──」

 

 身振り手振りで彼なりに説明しようとした時、その人はやって来た。

 

 ジジジ。

 真夜中のこと。

 シェリア会長と二人で■■のところへ向かおうとした時に出会った五人の少女たち。

 ヘンテコな仮面を被っていた為、その素顔は知らない。

 頭の中に知らない筈の記憶が過ぎった。

 

 「噂をすれば、意中の人物がやって来たのではないかね」

 

 ぶっきら坊に喋る魔導書。

 先ほどから何だか、機嫌が悪いように見える。

 いったい、何がそんなに気に食わないのか理解出来ない。

 

 「お、おおぅ! 二胡さんだ! 生・二胡さんだ! ヒャッホォイ!」

 

 歓声を上げる累。

 心なしか飛び跳ねている。

 

 「──え?」

 

 道を開ける人。

 そしてハシャぐ人たち。

 カツカツ、と歩いていく少女の姿を見た。

 

 ザー、ザー。

 何処かで見た腰まで届く赤い髪。

 眼鏡を掛けた碧眼は青空を見ているかのように綺麗な目をしている。

 飄々としたその姿に困惑を隠せない。

 

 「あま、ね?」

 

 知らない少女の名前を口に出す。

 その姿はよく知る少女のモノだった筈だと頭の中の誰かが訴えている。

 

 「違うよ。彼女は、二胡さんだよ!」

 

 鼓膜が破けそうなほどの大きな声で累が否定する。

 

 「ぐぅわっ!」

 

 耳がキーンと痛くなる。

 

 「いきなり何を言い出すかと思ったら、本当どうしたのさ、ユーキ! しかも、よりにもよって問題児の久留里ちゃんと二胡さんを間違えるとは見損なったよ!」

 

 間違えたことがそんなに腹立たしいみたいで、火山の噴火とも言える勢いで累が怒ってる。

 

 「ご、ごめん!」

 

 何故だか知らないが、まあ、彼の中の何かを傷つけたのかもしれない。

 人を殺しかねないまではなくとも、少なからずもの凄い剣幕なのは確かだ。

 

 「幾ら赤い髪だからって、誰でも彼でも同じ人物に見えるのはキミの悪い癖だよ、全く!」

 

 プンスカ、ボク怒ってるんだからね。

 などと、よくわからない供述をしており、依然、累の機嫌はお世辞も芳しくないと言えよう。

 

 「わ、悪かったよ。あ! 二胡さんがこっち来てるよ!」

 

 こちらへと歩み寄ってくる少女を見て累にそう教えて上げる。

 怒られていようとも、彼が喜ぶのなら教えて上げるのが友達と言うものだ。

 まあ、空気読めとか言われそうだけど関係ない。

 

 「そんな古典的な──」

 

 ──カツン。

 

 「何やら騒がしいようですが、どうかされましたか?」

 

 名も知らない少女。

 周囲は二胡と呼んでいる人。

 仮面を被った少女たちの一人に見える誰か。

 何故だか、嫌な感じがした。

 

 清涼な感じが、累が久留里と呼んでいた少女とは違うなと思わせた。

 

 「ひょい? ──って、え? い、いえ! 特に! 何でもないデスよ!」

 

 途端に大きく声が裏返る累。

 緊張しているのか、それとも意中の人に声を掛けられてテンションが上がってるのか。

 はたまた、その両方か解らないが、兎に角、嬉しそうだ。

 

 「……? まあ、良いでしょう。それでは、ご機嫌よう」

 

 スカートの端を掴んでお辞儀する少女。

 有名人にとっては通過儀礼なのかお世辞にも憎めない雰囲気が漂ってる。

 

 一言二言会話して、スタスタとその場を後にする手際の良さはさながら宙を舞う蝶のように優雅なものだった。

 

 「──ッハ!? 思わず見惚れてしまった!」

 

 去っていく少女を惚けて突っ立っていた累がまた、騒ぎだす。

 テンションが高いのは恋をしていても相変わらずらしい。

 

 「……そういえばさ」

 

 何やら嬉しいのやら、悲しいのやら解らない悲壮感にうなだれる累に聞く。

 

 「さっき言おうとしてくれた、二胡さんがこの学園に来た理由って結局、何だったのさ?」

 

 うがー、と何か訳の分からないことを叫ぶ累は答えた。

 

 「ん? ああ、それはね。最近、この学園で夜中に吸血鬼による被害が相次いでるんだ。その吸血鬼退治に彼女らが派遣されたって話だよ」

 

 ピシリと何かが割れる。

 音を立てて平穏が破られた、──そんな気配がする。

 そんなことはないというのに、何だか胸騒ぎがしてならない。

 

 クスリ。

 誰かが嗤った気がした。

 そんなモノは幻聴でしかないというのに何を僕はそんなに焦っているのか。

 喉がカラカラと渇いて、仕方ない。

 

 「おや? 愚者七号、どうしたのかい? まさか、彼女が敵に回ったからと言って諦めるなんて言わないだろう?」

 

 すぐ傍にある魔導書が僕にそんなことを、まるで王手をかけるみたいな口調で問いつめるように聞いてきた。

 

 「……何を言っているの?」

 

 「それは、キミが考えたまえ。ボクは只、知っていることをひけらかしてるだけさ」

 

 ひけらかしてる?

 何も解らない僕に皮肉を言っているのか?

 それとも、今、この学園で起こっている何かについて知ってるってことなのか?

 

 「勿論知っている。それどころか大抵のことなら、ボクは何でも知っている。それこそ、この世界で知らないことはないってぐらいは、ね」

 

 ゴクリ。

 唐突のカミングアウトに思わず息を呑んだ。

 もしかしたら、真実ってヤツは幸せの青い鳥みたいに案外近くに転がってるのかもしれない。

 それこそ、この魔導書が僕の失われた記憶を知ってても可笑しくはない。

 

 「悪いけど、それについてはボクは一度答えている。故にそれを言及してあげることは出来ないよ」

 

 一度、答えてる?

 ジジジ。

 それがいつのことだったか、思い出そうとしても頭の中にはそんな記憶はない。

 ジジジ。

 いや、それよりもさっきから、頭の中にある不快な違和感(ノイズ)は何だ?

 ジジジ!

 頭がまた痛くなる。

 ペラペラとメクレる魔導書の頁にふと、一つの考えが浮かぶ。

 

 まさか、僕の考えてることが筒抜けなんじゃないか?

 

 「そうとも。そうだよ。そうだとも。ボクは何でも知っている。キミが知らないことも、知っていた何もかもを知っている」

 

 禍々しいモノを漂わせる黒の表紙。

 この時、黒の魔導書という存在が異様なものに見えた。

 

 「なにせ、最果ての今にして絶対なる知識を欲する神域に至る魔術師が一人、藤岡飛鳥なんだ。この程度のこと造作もないさ」

 

 意気揚々と喋る魔導書が、途端に薄気味悪いモノに思えた。

 

 ◇

 

 ジグザグ、ジグザグ。

 切り離された記憶。

 永遠に救われない物語。

 誰も彼も傷だらけで、立ち上がることが困難な状況。

 

 「──ぐぅ、うぐ。っはぁ、あ、あ!」

 

 いつかの終わり。

 コントロールルームへと繋ぐ扉の前で、影を纏う少女は私を見下ろした。

 血反吐を吐くことしか出来ない私は、そんな彼女を睨むことしか出来なかった。

 

 「あの時は、よくもやって下さいましたよね」

 

 クスクス。

 腹を蹴り上げ、脳を揺さぶる衝撃が襲う。

 足蹴にされ、鞠のように弾む身体。

 嘲るそれは嬉しそうに、その皮肉を噛みしめて愉しんでいる。

 

 「痛かった。とても痛かったんですよ、私」

 

 積年の恨みと言わんばかりの憎悪。

 限りない悪意が込められた少女の声。

 七瀬勇貴の魔術破戒(タイプ·ソード)によって斬り伏せられた少女、瑞希の人であるのは確かだった。

 その迫力に負けんじと弱りきった身体に力を込めた。

 

 ──が。

 

 「無駄だよ、リテイクちゃん。幾らキミであろうとボクの恩恵(ギフト)に斬られては、得意の能力の発動は出来ないよ」

 

 いつだって生きることを諦めなかった青年が瑞希の前に立つ。

 想定される最悪な事態が起こっている。

 何故だ。

 どうして貴方がそこにいる?

 しかしそんな疑問より先に、彼が口を開こうとした。

 

 「先輩、邪魔ですから退いて下さい。でないと、()()()()でしょう?」

 

 少女に腹を思いっきり蹴り飛ばされる私。

 三半規管が揺れる。

 グチャリ、と潰れる臓物。

 何処かの骨が折れたような感触。

 痛みが支配する。

 何度も蹴られる私は、さながらサンドバッグだった。

 

 「どうです? 痛いでしょう。痛いでしょう。私はもっと痛かったんですから、もっと痛がって貰わないと困ります。ああ、累先輩が気になりますか? ええ、そうです。ご想像の通りです。貴女にとっても、あの愚図にとっても最悪な事態でしょう? クスクス。ああ、愉しい。愉しいです。何だか私、愉しくなって来ちゃいました」

 

 ドス、ドス。

 何度も足蹴にされ、身体は生きてるのか怪しいレベル。

 幻想は幾ら肉体が損傷しようとも、次の夢に進みさえすれば元の状態へ復元される。

 だが、少女の八つ当たりはそれを汲み取っても限度が超えている。

 

 「──ぐぅ、う、ぅあ!」

 

 苦しい。

 だが、例え膝を屈しようとも心が折れる訳にはいかない。

 少女たちの事情を知っていたとしても、彼が遺した大切なモノを守るためにもこんなところで倒れる訳にはいかないのだ。

 

 「あの七面倒くさい女は片付けましたし、アクセス権限もこっちが握ってます。例えあの愚図に関われたとしても、あの女にはなーんにも出来やしません。ええ、そうです。誰だろうとこの盤面をひっくり返すなんて出来ません。だから、安心して絶望して下さい」

 

 何もかもが無駄だと決めつける姿は、まるで少女が自分自身に言い聞かせるようだった。

 ドスドス!

 無意味な暴力と罵声が支配する。

 

 カチ!

 ふと、何処からか歯車の噛み合う幻聴が聞こえた。

 カチカチカチ。

 幻聴と共に身体がギチギチと強く影に縛られる。

 ジジジ。

 頭を雑音(ノイズ)が支配して、大切な記憶が切り離され、奪われる。

 その失われた穴を埋めようと偽物の記憶が繋ぎ合わされていく。

 全ての事象(メモリー)が混ざり合う中、彼女らは次のステージへと進む。

 

 「キ、キキキ。キキ、キ!」

 

 黒い影(まぼろし)が嗤う。

 グチャグチャに脳をかき回し、雑音(ひめい)が思考を埋め尽くす。

 痛い。

 痛い。

 止めて。

 お願いだから、私から、それを取らないで!

 

 チクタク、チクタク。

 時間は止まらない。

 夢の世界は無情にも巻き戻る。

 やがて、傷だらけの身体が修復され、元の状態へ再構築を果たした。

 

 「────」

 

 虚無感が支配する。

 ジジジ。

 奪われたモノが何なのかが思い出せない。

 

 「──あ、あれ?」

 

 閉ざされた瞼が開く。

 いつの間にか少女の姿は消えている。

 何処へ向かったのだろうと思い、直ぐにその後を追おうとした。

 

 「──キィ、キキキ!」

 

 ──だが、それは叶わない。

 何かに足首を掴まれ、ふらつく身体。

 

 「──ぐ、う!」

 

 バタン!

 身体が思うように動かせず、その場に倒れこむ。

 

 「……駄目ね。傷がないと言っても、恩恵(ギフト)で斬られたんですもの、しばらくは動けそうにない、か」

 

 自身の無力感に苛まれる。

 これから起こるであろう最悪な未来にどうしようもない不安を感じた。

 

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