バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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006 水面下の抗争

 

 モニターに映る愚鈍な男。

 引き返すことが出来ない泥沼に浸かっていることを知らずに惰性に時を過ごす。

 なんと哀れなことかと思った。

 

 「楽に仕事が進むとはまさにこのことでしょう」

 

 カチカチカチ。

 頭の中を何度もリセットさせる。

 長かった。

 此処まで全力で欺いた甲斐があったと言うものだ。

 

 「クスクス。なんて、間抜けなことですか」

 

 嗤える。

 ワタシはこんなにも必死だったと言うのに、相手はそうじゃないんだからワラエル。

 

 カチカチカチ。

 コマンドを打ち込む。

 プログラムを入れて、システムをハッキングする。

 無様、愚か、浅ましくって見ていられない。

 もうすぐ、ワタシの夢が叶う。

 あの目障りな女はもう足掻く手がない。

 それは即ち、ワタシの完全勝利に他ならなかった。

 

 「ええ、そうです。なんと嗤えることでしょうか!」

 

 心が弾む。

 世界が薔薇色と言うかのように、男は妄想の虜になっている。

 救いは、ない。

 これ以上ないバッドエンドだ。

 しかしワタシにとっては、ハッピーエンドでしかない。

 

 カチカチカチ。

 知らない。

 水面下で誰かが画策してることなどをワタシは知る由もなかった。

 況して、モニター越しの少女がこちらを見つめてるなんて気付きもしなかったのだから。

 

 ◇

 

 淡々と説明される授業。

 担任の先生が何やら必死で説明してる術式の内容が頭に入って来なかった。

 

 今日は何だか、何処か可笑しい気がする。

 だって、そうだ。

 何故だか解らないが、真弓さんに持っていたイメージが違う。

 これ以上にない我が儘を感じる。

 そりゃあ、年頃の少女だから多少はそういうところがあるのは分かるけど、何だかそれとはまた違和感があるのだ。

 姿かたちはそうなのに、やってることは別物。

 例えば、激辛麻婆を頼んだのに食べてみたら、砂糖菓子のように激甘だったみたいなもの。

 そうだ。

 彼女と喋っても心が癒されない/まるで、いつかの瑞希ちゃんのような振る舞いだ。

 

 頭に雑音(ノイズ)が走る。

 所詮は戯言だと誰かが結論を遠ざけた。

 先生が何かを言っている。

 

 「──、──である」

 

 よく分からない。

 ジジジ。

 脳内に鮮烈な光景が広がる。

 血だらけで、立ち上がるのもやっとの自分とその後ろに誰かがいる。

 いつか見た地下神殿で、敵と対峙する記憶。

 誰も彼もが彼女を殺そうと必死だった。

 ザー、ザー。

 覚えのない記録(ログ)だ。

 意味のない抗いに消去していく違和感(バグ)である。

 

 そう言えば、僕は昨日、何していたんだ?

 どうして、こんな簡単なことを考えなかったのだろうか。

 痴呆症を疑うレベルな違和感だってのに、特に気にも留めなかった。

 その事実にサーっと血が引いていく。

 そもそも、廊下まで一緒だった魔導書がどうして今、近くにいない?

 これも不自然だ。

 言及はしていなかったけど、あの魔導書なら離れるとしたら一言ぐらい何か残してから去る筈だ。

 

 可笑しい/ズキズキ。

 何で?/ズキズキ。

 それらを考えるだけで頭がこんなにも痛くなるのだ?

 

 「──あ」

 

 声が聞こえる。

 誰かが囁く声だ。

 気にするなと言い聞かせる燈色の髪の少女の姿が連想された。

 

 「誰なんだ?」

 

 呟く僕。

 先生の授業はつまらない。

 何もない空っぽの内容で、ちんぷんかんぷんな文字の羅列だ。

 

 「こら、そこ。七瀬、君は何をしているのだ?」

 

 大人の形をしたモノが僕に何かを言ってる。

 気味が悪い。

 そうだ。どうして気付かなかったのだ。

 先生だけじゃない。

 周りにいる生徒たちも顔がないのっぺら坊じゃないか。

 

 ガタッと思わず席を立つ。

 本当にどうかしてる。

 やはり、今日は休んだ方が良いんじゃないかって思う。

 だって、そんなの馬鹿げてる。

 席を立った自分に先生以外誰も見向きもしてないことも。

 そして。

 その先生の顔が黒い影になっていくのも。

 何処からか、キキキと嗤う声が聞こえるの全部が可笑しい。

 

 「な、何だよ、これ?」

 

 突如として世界は作り物になった。

 見えているものが全てが中身のない偽物だって事実に気付いてしまったんだ。

 

 「あらま? まーた、どうして気付いちゃったのかなー。うーん、不思議だ。システムは問題ないってのにどうしてなのかなー?」

 

 ガラガラと教室のドアが開かれると、教鞭を振るう先生の姿は居なくなっていた。

 数名の生徒が机に向かってノートに落書きを描いてて、名前も知らない少女は黙ってこちらの様子を窺がってる。

 

 ──そして。

 

 「まあ、別に良いでしょう。貴女なら邪魔はしないでしょうし、気にしないことにします。さて、取り合えず御機嫌ようとでも言えば良いでしょうか? それとも先ほど振りです、こんにちわと言うべきか悩むところですね。……食堂ではお邪魔虫が居たようだったから話しかけれなかったですが、此処なら邪魔は入らないですよね」

 

 面倒そうに紅い髪を掻きながら、教壇に腰を下ろす天音によく似た少女が現れたのだった。

 

 「──二胡さん、でしたっけ?」

 

 天音(あまね)とよく似た少女、二胡さんがクスリと微笑む。

 

 「ええ、そうです。覚えていてくれて嬉しいわ。愚者くん」

 

 カチリ。

 欠けたパズルのピースが一つ埋まったような気がしたのだった。

 

 「あ、あの――」

 

 二胡さんがどうしてこの場に居るのだとか、目の前で起こってる不可解な現象は何だとか沢山疑問に思うことがある。

 何から聞けば良いのか迷うぐらいに切羽詰まった状態だ。

 

 「おおっと! 焦らない、焦らない。私としても君の質問に答えてあげたいところだけど、生憎そうも言ってられないのですよ。全く、忙しいですよ、私。本当、我らがご主人様は小間使いが荒いと言いますか、何と言いますか」

 

 指をシィっと口付けてニヤリと笑う二胡さん。

 天音がしたこともない表情だからか、場違いながらもその笑みにドキリとさせられる。

 

 「これまた顔が赤いですねぇ。思春期ですね。素晴らしい。君はいつ見てもイケメンですから、絵になりま──」 

 

 頬を赤らめて嬉しそうな二胡さん目掛けて、何処からか光が降り注いだ。

 

 「──って、何!? 危ないなぁ!?」

 

 プスプスと煙を上げる教壇の机。

 ジュワ、と融ける教室の壁。

 大きく仰け反り虹色の光線を回避する二胡さん。

 

 「──ど、何処から!?」

 

 突如、光線が二胡さんを襲ったのだから驚くのは無理もない。

 

 「──のぅわ!?」

 

 続けざまに、二胡さんの周りに展開される無数の魔法陣。

 その展開の速さに目を丸くする僕。

 

 「茶番は無しにして本題に入ったらどうです? そういうところ、貴女の悪い癖だと思いますよ」

 

 先ほどまで静観していた少女が口を開いた。

 

 「へぇえ。本題に入らなかったら、どうだって言うのかな?」

 

 虹色に光る魔法陣に囲まれた二胡さんは、徐に立ち上がる。

 ヘラヘラとした雰囲気だが、目は笑ってない。

 その顔は真剣そのものだ。

 

 ──そして、いつの間にか自らの身長を越える大きさの剣を構えてるのだった。

 

 「試してみます?」

 

 バチバチと火花の視線が見える気がする。

 僕を守るように名前の知らない彼女は前に躍り出た。

 

 「()()ねぇ。そうでなくっちゃ、()()()()()

 

 あの大剣を見てると、胸騒ぎがする。

 一撃でも許したら、それこそ世界が崩壊するような予感がしてならない。

 そもそも、このまま放っておいたら、取り返しのつかない事態になるのは、火を見るよりも明らかだった。

 

 「ま、待ってよ。何が何だか、僕にはさっぱりだよ!? 説明。説明が欲しい!」

 

 だから急いで、グイっと少女を押しのけ前に出る。

 何らかのアクションをしなければ、収拾がつかないのは目に見えてる。

 今は少しでも、何が起こってるのか事態を把握するのにもこの選択は最適だと判断した。

 

 「ちょっと、危険ですよ、勇貴さん! 速く退いてください!」

 

 そんな僕の心情を汲みもせず、押しのけた少女が僕の手を掴み下がらせようとする。

 

 「いや、だから、僕は説明が欲しいって言ってんの! 邪魔しないでくれない? 君に心配される謂れはないし、別に僕がどうなろうか君には関係ないんだから、放っておいてよ!」

 

 細身の腕とは思えない力で引っ張る少女の顔が、僕の言葉で一層険しくなった。

 

 「ハイ!? それ、本当に言ってるんですか!? どっから見てもそんなこと言ってる場合じゃないでしょう、この()()()()()()! 見てください、あの剣! 如何にもヤル気なオーラ! 権能(チート)の魔剣も展開出来ない貴方に何が出来るって言うんですか!」

 

 ギギギ! 負けじと踏ん張るものの、徐々に身体は下がってく一方だ。

 嘘だろ、こんなか弱い女の子にまで僕は負けるのか? 僕ってばひょろ過ぎるだろ?

 つーか、この子、何気に僕のことをあんぽんたんって言わなかった?

 

 「そういうところがあんぽんたんだって言うんですぅ! 良いから退いて下さい!」

 

 ダ―! 納得いかない!

 こうなりゃ意地でも退いてやるものか!

 

 「……ハア? あ、あー、そうですか。うーん。これが似た者同士ってヤツですか際ですか。水を差された感じですわ。何も考えれないってこういうことなんですねー。一気に冷めましたよ。興が削がれました」

 

 二人で意地の張り合いをしていたら、いつの間にか二胡さんがそう言って剣を構えるのを止めていた。

 

 「────」

 

 どうでも良いものを見るかのような目で僕らの様子を眺めてた。

 ため息が吐かれる。

 僕らがそれに気づくのは、お互いに息を切らした時のことだった。

 

 ◇

 

 クルクル回る視界。

 乱雑になる誰かの妄想。

 現実となる願いは未だ空想の域を出なかった。

 

 「有無。順調、順調。上手く起動してくれて嬉しいよ」

 

 カチカチカチ。

 魔女に気付かれないようにする為とは言え、ひやひやさせられる展開だ。

 というより、間違いなく気づかれる一歩手前でギリギリ感が諫めない。

 

 「瑞希ちゃんには悪いけど、これも騙し合いだ。しっかりと最期まで騙させて貰うよ」

 

 駒の一つが愚者七号に接触を果たすのを見届ける。

 良好だ。

 これで心置きなく計画を遂行することが出来る。

 

 「アハハ。しかし、これは危ない。もうすぐで、彼がヤツに染まってしまうところじゃないか。なるほど、ボクの行動を阻害しないというのは、つまりそういうことか。なら、ボクらは差し詰め共同体とでも言うべきかな? まあ、そんなことはどうでも良いことか」

 

 カチカチカチ。

 ジャミング出来る時間も残り少ない、用件はサッサと済ますに限る。

 懐から銀の鍵を取り出す。

 眩い光を放つそれが何処までの性能かは計り知れない。

 だが、目測では現状を打破するにはこれ以外の方法がないのも事実だ。

 後は、螺旋階段を上って目的の扉にいるヤツから部屋の所有権を奪えば済む話である。

 

 「待っていたまえ、魔導魔術王(グランド·マスター)

 

 盤上をひっくり返すとか、そんな目的などない。

 ボクにあるのは、クソッタレな現実なんぞに戻って堪るかという意思だけだ。

 

 「アハハ! キミたちは、本当に無知で無謀で愚かだね!」

 

 モニターで時間を稼ぐ駒の様子を横目に駆け出す。

 文字通り、残された時間はないのだから。

 

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