バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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007 彼女の名前は──

 

 「ゼー、ハー。ゼー、ハー。つ、疲れたぁ」

 「ゼー、ハー。ゼー、ハー。全く、本当ですよ」

 

 息を切らす僕らをニヤニヤと見つめる二胡さん。

 

 「いやー、似た者同士ですね、お二人さん!」

 

 膝をついて息を整えようとした僕らに向かって二胡さんが茶々を入れた。

 

 「誰が似た者同士だ!!!」

 「誰が似た者同士ですか!!!」

 

 重なる僕らの怒声。

 

 「──ク、ククク。そういうところがだよー」

 

 腹を抱えて笑う二胡さんにイラっとした。

 けれど、あんまりにもケラケラと笑う姿に、何だか警戒していたのが馬鹿馬鹿しくなって来た。

 隣にいる少女もそう思ったのか、ため息を吐いている。

 

 「……まあ、別に良いか」

 

 気づくとそんなことをボヤいてた。

 肩の荷が降りたとも言う。

 

 そんな時、二胡さんが思い出したかのようにこんなことを聞いたんだ。

 

 「そういえば、君の名前ってなんて言うの?」

 

 クスリ。

 誰かが嗤う声がした/苛立ちが募る女の幻が見える。

 でも、そんなものは存在しなくて/器用に隠れてやがる。

 そんなことより、今は二胡さんの言うとおり彼女の名前が何なのかをはっきりさせるべきだと思った。

 

 「私? 私ですか?」

 

 僕と二胡さんの視線を独り占めする少女。

 その顔は困ったような、けれど何処か嬉しそうにハニカんだ。

 

 ドクン。

 その笑みが素敵だ。

 向日葵のような優しさと表現するべき視線を感じる。

 心が弾む。

 我が世に春が訪れたような気分だ。

 

 「いや、そんなのどうでも良いですから、ちゃっちゃと名乗って下さいよ。まさか、此処まで来て私には名前が無いんですぅ、ごめんなさい名付けて下さいとか言わないでしょう?」

 

 ピシリ!

 時が止まった。

 その場の空気が凍った瞬間とも言えよう。

 何にせよ、蛇に睨まれた蛙の気分を再び味わったような感覚だ。

 

 「ふ、ふぇえ? い、いやー、そんなことないじゃないデスカァ! イクラ、ワタシ、ト、イエドモソコハチャントカンガエてマシタYO?」

 

 なんかよくわからない片言を使いだした少女。

 目に見えるほど、大量の汗が出ている。

 どうしたのだろう、それほど部屋は暑くないというのに、このままだと熱中症でもなってしまいそうだ。

 

 「なら、サッサと名乗れば良いじゃないですか」

 

 ズブシ!

 正論が謎の少女に刺さった。

 五のダメージ!

 謎の少女は瀕死寸前だ。

 

 「そ、そうですね。そうですね!」

 

 眼を泳がせる少女に二胡さんは追撃を放とうとしている。

 このままでは、謎の少女は死んでしまう!

 

 その姿にちょっと面白いと感じる自分がいる。

 なんか涙目になってるところとか、小動物っぽくて可愛いと思う。

 良いぞ、もっとやれ、二胡さん!

 

 「ちょっと、それは無いと思いますよ?」

 「……うぇえ、ドン引きですねぇ」

 

 内心、グッと握り拳でその場を眺めてると二人が僕をドン引きしている。

 以心伝心とはこのことか?

 そんなスキルは君たちには要らないでしょ?

 

 「要るとか要らないとかそんな次元ではないのではないでしょうか?」

 

 二胡さんが決め顔でそう言った。

 未だに謎の少女も頷いてる。

 ……こんな時だけ結託して、本当は仲良いんじゃないか?

 

 「コホン!」

 

 二人の視線に耐えきれなくなった僕はわざとらしく咳払いをする。

 

 「兎に角、このままじゃ、いつまで経っても先に進みもしないんだ。偽名でも何でも良いから名前を教えてよ!」

 

 声を振り絞り、精一杯の勇気を出す。

 聞けなかった名前を知る機会(チャンス)が巡ってきたのだ、これを活用しない手はない。

 だって、こんなにも可愛いんだ、名前ぐらい知っておきたい。

 あわよくば、お近づきになりたい。

 もっと親しくなって、それから──。

 

 「あわわわ! 良いです! 良いですから、わかりました! 言います。言いますから、それ以上は恥ずかしいです!」

 

 情欲に胸を弾ませてると、不意に少女が顔を赤らめて狼狽しだした。

 何だろう、如何わしい想像はしたが決して口に出す愚行はしてない筈だ。

 

 「……それが不味かったんでしょ。バカ」

 

 二胡さんがそんなことを小さな声で呟いたような気がした。

 

 「え? え? え?」

 

 混乱する僕に二人の美少女が赤面した。

 頭の中が見られている奇妙な感覚だと思った。

 

 「あ! そ、そうです!」

 

 謎の少女は赤面しながらも、叫ぶように言う。

 

 「フィリア! フィリアなんてどうでしょう!?」

 

 何故か疑問形で、名前も知らない彼女は名乗るのであった。

 カチリ。

 また何処かで欠片がハマる音がした。

 

 ◇

 

 ジジジ。

 戯言。ノイズ。軋む夢。

 選択されなかったセカイが悲鳴を上げる。

 ジジジ。

 クラクラと眩暈がする。

 優しい夢を見たくなった。

 永遠のように感じる(ゆめ)に溺れる私は救いを求めて足掻く。

 

 「どういうことです?」

 

 教室から追い出された私。

 この夢のアクセス権限はこちらが掌握していた筈なのに、私の意志とは裏腹に制御が出来ない幻想たち。

 朝から可笑しいと思っていた。

 あの風紀院長を名乗る女も、先ほどの七面倒くさい女もどうして、この世界に現界できるのか不思議だった。

 そして、今、この訳の解らない空間に閉じ込められてハッキリとした。

 

 「アクセス権限は私たちのまま。なのに、こうして、何者かに干渉されてるってことは──」

 

 影絵(コード)を展開する。

 この私が持ちうる強欲を有する権能(チート)は何でも奪うことに特化した魔導魔術である。

 理論上では、干渉された能力の制御すらも奪うことは可能な筈だ。

 

 ──そう思っていた。

 

 ジジジ。

 頭が痛くなる。

 目の前がチカチカする。

 まるで私が黒い沼に浸かっていく、そんな感覚に陥った。

 

 「っく! また、どうして?」

 

 お膳立ては済んだ。

 障害となる幻想たちは消した。

 これ以上、邪魔になる人物など心当たりはない。

 ジジジ。

 なのに、どうして私はこんな訳の解らない空間に閉じ込められていると言うのだ!

 

 グチャグチャになる、お兄ちゃん。

 いつだって誰かを助け続けたヒーロー。

 もう、死んだ。

 もう、死んだ。

 ふざけるな。ぶざけるな。ふざけるな。

 認めない。

 認めてたまるものですか。

 そんな過去は変えてやる。

 お兄ちゃんは絶対に生き返らせて見せる。

 その為に、此処まで来たのだ。

 だから。

 ──だから!

 

 「私は、諦めないんだから!」

 

 手を伸ばす。

 痛みで身体がバラバラになりそうだけど、それでも必死に伸ばす。

 影絵の猿(エイプ)現実化(リアルブート)させた。

 誰よりも救いを与えた人を取り戻す。

 それが私の願いなのだから諦める訳にはいかない。

 

 タタタ!

 何処かで誰かが螺旋を駆け上がるような気がした。

 

 ◇

 

 誰よりも焦がれた日常の中、追い求めた夢の続きは何処に消えた。

 螺旋に彷徨う私、狂った幻想はチカラを求めて夜の校舎を徘徊する。

 ジジジ。

 幻聴(ベル)が鳴る。

 明けない夜の中、私は怪異となる。

 幻を求める。

 血を啜る。

 怪物は笑う。

 どうしようもない世界を呪うのだ/死ネ死ネ死ネ。

 

 グチャグチャ。

 ビチャビチャ。

 

 「グアァアア!!!」

 

 死体。

 死体。

 死体の山が築かれる。

 誰も救わない。

 誰にも救われない。

 彼女の手を取る王子さまは現れない。

 

 「い、いやぁああ! 助けてタスケて!」

 

 一人殺す。

 二人殺す。

 三人も四人も十人も──。

 

 グチャ!

 潰れる頭、臓物を引き摺り出しては遊ぶ鬼。

 ビチャビチャと純白な廊下を真っ赤に汚す、はしたないお姫様。

 嗚呼、救いはない。

 こうして狂った幻想は死を与えに徘徊を続ける。

 誰も救われない物語はまだ始まったばかりなのだから。

 

 「──アハ! アハハハハハハハハ!!!」

 

 狂った吸血姫の笑い声が夜の世界に響き渡ったのだった。

 

 反転する。

 誰も知らない。

 隠れた真実。

 つまらない余興。

 誰の目にも留まらぬ駄文。

 救いを求めて、手を伸ばす。

 

 ザクッ!

 新たな残骸が出来上がる。

 

 「キキキ! キキキ、キィ!」

 

 微かに聞こえる、影が嗤う声。

 それを耳にすると、この暗闇を支配する誰かの存在が解らなくなる。

 

 ジジジ。

 ノイズが走る。

 視界領域は不完全を訴えた。

 脳が掻き回される。

 痛い。

 痛い。

 行く早々の繰り返しで心が壊れてしまった。

 

 だから。

 だから。

 

 ──だからわた、しは。

 

 ジジジ。

 モニターに屋上に月を見上げる少女が映る。

 呆然と佇む姿に儚さが見えており、まだ微睡みが抜けていないことを感じさせる。

 少女の頬に、一滴の涙が流れる。

 壊れたレコードみたいにうわ言を繰り返す。

 

 「諦めない。諦めない、」

 

 その痛ましい光景が、彼女をより吸血姫らしさを逸そう引き立たせていた。

 

 「──私、絶対、諦めない」

 

 何度見たであろう、星空の下で呟くその姿を誰も知らない。

 

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