バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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009 規則通りのバッドエンド

 

 「ワた死、だよ。零でぃい苦ダヨ。ワズレ、ちゃッ多ノ?」

 

 聞くに堪えない声をする少女は、変わり果てた血塗れ姿だった。

 

 「──え?」

 

 少女と邂逅して数秒が経つ。

 そこで、漸くズリズリと引き摺っていたモノに目がいった。

 

 「な、何で?」

 

 プラン、プランと片腕を失くした青年だった。

 騎士を夢見る誰かだった。

 

 「う、そ。どうして? 累、なの?」

 

 生気の失った青年には、きっと僕の声は届かない。

 誰がどう見ても死んでいるのは、目に見えて明らかだった。

 

 「──ドウ死だノ? 嗚呼、ゴレ?」

 

 紅いダイヤの目が僕を見つめる。

 バシャリ、と少女が引き摺っていた何かを落として見せた。

 

 「邪魔ヲ死タから殺したノ!」

 

 落とした死体を見て、血塗れの少女は再び笑い声を上げる。

 耳障りだった。

 キキキ、と苦悶の声が出そうなのを我慢した。

 苦しい。

 身体が思うように動かない。

 最早、目の前の少女が人間としての枠組みから外れているのだと悟った。

 

 「アハハハハハハハ!!! 可笑シイワ! 可笑シスギテ、腹が捩レゾうダワ!」

 

 狂ってる/壊れてる/逝かれてる。

 怪物だ。

 悪魔よりも杜撰な怪物を人々は吸血姫と呼んで畏れた。

 

 「……逃げ、なきゃ」

 

 思わず、後ろに下がろうとした。

 ピチャリ。

 ピチャリと足元の血が跳ねた。

 

 「──っうあ!?」

 

 バランスを崩し、血の海へと身体を打ち付けるように倒れてしまう。

 

 「──ア、ハ」

 

 吸血姫は嗤う。

 夜の支配者の名に相応しい姿に気が狂ってしまいそうだ。

 

 ズキリ。頭が痛くなる。

 時間が止まったように感じた。

 

 「──嘘でしょ? こんなところに何で貴女が居るんですか!?」

 

 何処からか真弓さんの声が聞こえる。

 すると、動きがスローモーションになって見えてくる。

 

 ピチャリ。

 ピチャリ。

 

 ゆっくりと時間が経過する中、起き上がろうとする僕を前に真弓さんが現れた。

 

 「見ーつ蹴っタ!」

 

 それを喜ぶ吸血姫は、子供のように無邪気に腕をブンブンと振り回す。

 

 グシャリ、と鮮血が頬に掛かった。

 温かいそれを拭う間もなく現実を直視する。

 

 見えない何かに押し潰されたのは、愛しき人。

 あの優しかった真弓さんが肉塊となり果てたのだった。

 音を立てずに不幸はやって来た。

 

 「──アハハハ!」

 

 ズキン、と戦慄が走る。

 ビシャリ、と鮮血が更に頬に掛かった。

 

 「あああああああああああああ!!!」

 

 我が事のように咽び泣いた僕をどうか許して欲しい。

 

 「──アハハハ!!」

 

 地べたに、他にも無数の残骸(したい)たちがくべられた。

 臓物も容赦なくブチマケられたそれらが、阿鼻叫喚の地獄を築き上げていた。

 夜の校舎は既にその用途を成さず、廃墟となって朽ちている。

 

 ──その中心で御姫様が一人、ワラってる。

 

 「──アハハハ!!!」

 

 不愉快だ。

 何がそんなに愉しいんだ?

 死体だらけの校舎がそんなに可笑しいのか?

 

 とても耳障りな笑い声だ。

 

 「あ。あ、ああ! あ、ああ──」

 

 何よりも苛立ちを隠せないのは、そんな少女を咎めない自分自身に他ならなかった。

 

 殺された。

 真弓さんが殺された。

 累も無惨に殺された。

 巻き添えに名前も知らない人たちも殺されたというのに、僕だけが生きている。

 

 ふざけるな。

 何だって、そんな暴挙が許されるんだ。

 

 「アハハハハハハハ!!!」

 

 笑い続ける少女。

 月を背に手に着いた血を舐め回す淫らな女。

 不快極まる悪逆の姫がこちらをジッと見つめてる。

 

 「な、何だよ?」

 

 赤く澄み切ったダイヤの目がこちらを見つめては、何かを言っている。

 

 「──、──て、る?」

 

 よく解らない。

 けれど、それを理解してはいけないと頭の中の誰かが言っている。

 

 ザー、ザー。

 

 ────「そうね。確かにそれは貴方には要らないものだったのでしょうね」

 

 幻聴が聞こえる。

 心が折れた僕に向かって見覚えのない記憶が思い出されていく。

 でも、それは嘘偽りの妄想でしかなかった。

 

 「■■で、■■じょ、う■■。ハヤ、苦。■■から出ナ、い、と」

 

 そうして。

 それらが嘘でしかないと認めた時、僕の見ているモノが(かす)んでいく。

 

 グラグラと地面が揺れ、声が聞こえなくなる。

 視界が真っ暗闇に包まれて──。

 

 「ええ、そうです。これは夢。出来の悪い夢。どんなに足掻こうと、それは所詮作りモノに過ぎません」

 

 聞き覚えのある少女を耳にする。

 でも、その声が誰かは思い出せなかった。

 そうする前に、僕の意識は闇へと堕ちてしまう。

 

 ──だから、僕は考えることを止めた。

 

 闇夜に鳥たちが羽ばたいた。

 全ては混沌の中にある銀の鍵へ委ねるとしよう。

 

 ◇

 

 カツカツ。

 誰かが螺旋階段を下り、真実へと一歩近付いてく。

 まだ、その続きは見れない。

 その情報は開示されることはない。

 

 視界が真っ暗になる。

 妄想の霧が晴れず、見えているモノはそれを仇なす幻に過ぎなかった。

 

 カツカツカツ。

 僕は誰だ?

 この学園に来てから、何度も記憶を探ろうとそれは叶わない。

 

 ザー、ザー。

 幾度も阻まれながら、それを願った。

 どんなに乗り越えても、無かったことにされるというのに、一体何を頑張れば良いのか解らなくなる。

 

 もう嫌だ。

 終わりが見えない。

 救いなんて何処にもはないじゃないか。

 どうして僕だけ、こんな酷い仕打ちを受けなければいけない?

 

 ──そんなことを強く思った事があるのに、それがいつのことか思い出せない。

 

 夢。

 悪夢。

 明晰夢。

 ビタビタ。

 血塗れの姿を想像する。

 

 ザー、ザー。

 

 辺り一面は、血の海だ。

 積まれた死体の山が、死屍累々の地獄絵図を模していた。

 

 やり直し。

 やり直し。

 やり直し。

 

 数度、記憶が刻まれる。

 誰かの思惑が悪夢を見せる。

 死がやって来る。

 何度繰り返したか解らないそれが、降り懸かる理由など見当もつかなかった。

 

 ザー、ザー。

 魂の叫びという雨が降る。

 

 ビタビタと近づいて。

 盲目となった僕に、死に物狂いで誰かはやって来る。

 

 残酷な世界で、それは最も愛を求めた行動だ。

 全て僕の為だと嘯きながら、少女はそれを良しとする。

 遙か彼方で僕らを嗤う誰かに気づかぬまま、時は進む。

 

 「それでも、私は願うのです。それが必要なことならば最期まで私はそれを望みましょう」

 

 暗闇に差す一筋の光は、まだ僕に届かない。

 

 チクタク、チクタク。

 夢の時間は終わりだ、目を覚ますことにしよう。

 

 ◇

 

 ベッドから起き上がる。

 いつも通りのルーチンワーク。

 まさに、規則通りのバッドエンドだ。

 

 「ハア、ハア」

 

 死があるから、また始まる。

 頭を押さえて、次に来る彼女の声を待つ。

 

 「どうされました? 勇貴さん?」

 

 ジジジ。

 真弓さんの声/影を纏う誰かの声がした。

 ノイズが乱れる。

 

 イヤだァ!

 シニタクナイ!

 クル死い、タスけで……!

 

 聞こえもしない断末魔が脳内を駆けまわる。

 ズリズリ、ビチャビチャと潰される少女の姿を思い出す。

 

 「──ぅううう」

 

 気持ち悪い。

 見るに堪えない。

 重なる二人の幻覚が更にそれを加速させた。

 

 「ど、どうしたんですか! 勇貴さん!」

 

 余りの気持ち悪さに、起き上がれない。

 真弓さんを見れない。

 というか、もう何も見たくない。

 

 好きな人と一緒に居たいだけなのに、どうして僕があんな目に合わなくちゃいけないのだ?

 

 「大丈夫ですか? 勇貴さん、しっかりして下さい!」

 

 ■■が、僕に懸命に声を掛ける。

 

 痛い。

 痛い。

 その声を聞くと、頭が痛くなる。

 ■■の声に悪意を抱いてる自分が嫌で仕方ない。

 こんなにも寄り添ってくれる人を疑うなんて、間違ってるというのに──。

 

 ケラケラ。ソウダ。オマエハ、マチガッテイル。

 頭の中にまた誰かが僕に囁く。

 それは悪魔みたいな幻聴だった。

 

 「これ、が。……だい、じょ、う、ぶに、みえる、の?」

 

 不思議と声が出た。

 苦しい筈なのに。

 少女の懇親が嫌だと、頭を擦る手を僕は跳ね除けた。

 

 「──え?」

 

 呆ける少女。

 すると、先ほどまで痛かった頭が和らいだ。

 

 「ごめん。今は、ちょっと一人にさせておいて欲しい」

 

 真弓さんが傷つくと解ってながら、僕はそう言った。

 そうしなければ、身体の何処かが壊れてしまうような気がしたからだった。

 

 「──あ。……そ、そうですよね。ごめんなさい。私、一人で勝手に舞い上がっちゃいました。すみません」

 

 俯いてる所為か彼女の表情がよく見えない。

 でも何処か身支度を整える気配が焦ってるように感じられた。

 

 ……?

 

 横目で、背丈の低い姿が見えた。

 何かが可笑しいと思ったが、それを気にかけている余裕は僕にはなかった。

 

 「いや、悪いのはこっちだから、気にしなくて良いよ。でも、ごめん。今はちょっと気分が優れないんだ。……ああ、そうだ。授業には間に合うと思うから、このことは先生には言わないで欲しい」

 

 でも、何だか居たたまれなさを感じ、少女をつい気遣ってしまう。

 ■■は振り向くことはなかった。

 

 「わ、解りました。それじゃあ、また教室で」

 

 音を立てて、黒髪の彼女が扉を開けて出ていく。

 

 何だか真弓さんには悪い気がする。

 でも、一人になりたかったのも事実なんだ。

 だから、僕は悪くない。

 

 ジジジ。

 頭が痛い。

 何か忘れている気がする。

 真弓さんと何か話した記憶があるが、それも只の気のせいだろう。

 部屋から出ていく■■の顔は見なかった。

 

 「ハア、ハア」

 

 呼吸が乱れる。

 思うように息が吸えない。

 身体の震えが止まらないし、何よりこれからの行動を考えるのもままならない。

 

 「ハア、ハア」

 

 部屋に一人きり。

 何時だったか定かでないが、こんなことが有ったような気がする。

 生きていた頃だったか。

 それとも、この世界に転生したばかりの頃だっただろうか。

 

 「あれ? ()きていた頃って、何だ?」

 

 そこまで考えて、ふと、違和感を覚えた。

 

 「思考に矛盾を確認。データの改竄停止。検閲を中断し、思考誘導を解除。自我の再構築を申請。構成プログラムの申請を受諾。これより、自我の再構築を開始します」

 

 何処かで聞いたような少女の声(メッセージ)が頭に響いた。

 クリアになる思考。

 一歩進んで二歩下がるような状況は、もう懲り懲りだと頭の中の自分が囁く。

 

 「この声、何処かで聞いたような気がする」

 

 何処だったか。

 向日葵のような笑顔が好きだったことしか思い出せない。

 

 「何だったんだ、今の?」

 

 呟いた問いに誰も答えない。

 

 ◇

 

 「落ち着いたみたい、だ」

 

 部屋から真弓さんが出てしばらく経つと、頭の痛みは引いた。

 どうやら、この異常事態に彼女も一枚噛んでいると見て良さそうだ。

 あまり疑いたくないが、そう考えなければ辻褄が合わない。

 

 朝起きてから頭痛がする時は、傍に誰かが居た。

 真弓さん、魔導書然り、授業中も必ず近くに人が居た。

 僕の頭が可笑しくなる原因が何なのかは解らない。

 もしかしたら、そういう頭の病気を僕が煩ってるだけなのかもしれない。

 

 けど、それは可笑しい。

 そうだとしたら、食事中とかもっと人が多い時にも発症してなくては不自然だ。

 勿論、彼女たちが異常事態に関する黒幕だとかは思っちゃいない。

 それだけで決めるには根拠が少なすぎるが、思考を狭めては視野が広がらないのも事実だ。

 

 僕は何一つ自身のことを把握出来ちゃいない。

 であるならば、闇雲に信じるだけでなく疑うこともしなくては何の情報も得られないだろう。

 

 そうだ。只、待ってるだけでは、何も得られない。

 時間は止まってなんかくれないんだから。

 

 部屋を見渡す。

 物がそこら中に散乱しており、足の踏み場がない。

 いつも思うのだが、どうして僕は部屋の片づけが出来ないのだろう。

 僕のサボり癖が原因だと思ってたけど、もしかしたら違うのではないか。

 

 「魔導書は、──居ない、か」

 

 きっと、慌てた真弓さんが持ち帰ったのだろう。

 なら、これからすることにケチを付ける奴もいないってことだ。

 

 「さーて、これからどうしようかな」

 

 僕一人に出来ることなんて、たかが知れている。

 けど、何もせずにいることは巻き戻る前と同じだ。

 

 突然訪れる夜。

 死体だらけの校舎で、手当たり次第に人間を殺していく吸血姫。

 それを乗り越えて、この頭痛の原因を特定して解決する。

 

 今、やるべきことの優先順位は何かを考える。

 そうすれば、きっと先を目指すことが出来る筈だから。

 

 「先ずは食堂に行って、二胡さんを探すか」

 

 そうだ。朝起きてからの一連の繰り返しだってなら、一度目と同じ行動を取るべきだ。

 二胡さんなら、何か事情を知っていそうだしアドバイスを貰えるかもしれない。

 例え二胡さんが何も喋ってくれなかったとしても、注意深くすれば何か気付けるかもしれない。

 

 ──キキキ。

 

 そうしていると、何処かで影絵の嗤う声が聞こえた。

 

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