バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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011 告白

 

 先ほどまで食堂にいた筈だった。

 二胡さんと話していた筈だった。

 累が直ぐ近くにいた筈だった。

 

 筈だった、筈だったのに。

 

 「教室の前?」

 

 生徒たちの喧噪が聞こえる。

 ドア越しに教室の中を伺っても累の姿は見えなかった。

 

 時間が巻き戻ったのか。

 それとも時間が進んだのか分からない。

 

 そもそも、これが一度目の再現であるかも疑わしい。

 

 「ええーい! ままよぉ!」

 

 気合いを入れ、ドアを思い切り開ける。

 喧噪は止まない。

 いつも通りのルーチンのようだ。

 

 「おはようございます、勇貴さん」

 

 生徒たちを掻き分けてドアまでやって来る真弓さん。

 ドア越しに伺った時に彼女の姿は見えなかったというのに、不思議だ。

 

 「おはよう、真弓さん。さっきはゴメンね。気にかけてくれてたってのに、追い払うような真似をしちゃって」

 

 真弓さんに今朝のことを謝っておく。

 何となく、そう言うのがベストのような気がした。

 

 「え? ええ、そうですね。反省して下さいよ、勇貴さん。勇貴さんが見捨てるからあの女が調子に乗るんですから」

 

 酷い責任転嫁だ。

 そして、これは一度目と同じ反応をしてる。

 やはり、朝起きた時に出会った真弓さんと今の真弓さんは違うような気がする。

 

 ジジジ。

 いや、それ依然にこんな責任転嫁をあの真弓さんがしていたかも怪しい。

 

 「どうかされましたか、勇貴さん?」

 

 心配そうな顔をする真弓さん/不審そうに目を細める少女。

 少女の名前を知っている。

 腰まで届く栗色の髪をイジる/ざっくばらんに切りそろえた黒髪を掻いている。

 

 キキキ。

 キキキ。

 

 雑音が酷い。

 また、頭が割れそうだ。

 痛い。

 少女は真弓さんだ。

 真弓さん。

 そう、名城真弓さんだ。

 あの優しげで、儚い少女こそ名城真弓さんであった筈だ。

 

 キキキ。

 何処からか嗤う声。

 

 耳障りだ。

 目障りだ。

 

 もう、うんざりなんだよ。

 

 「……ごめん、真弓さん。変なことを聞くようだけど、良いかな?」

 

 痛い。

 痛い痛い痛い。

 頭が痛くて、真弓さんをマトモに見れない。

 

 「……何でしょう、勇貴さん?」

 

 影となって少女の表情が伺えない。

 何を考えてるか分からない。

 

 ──けど。

 

 「真弓さん。君は──」

 

 意識がそこで途絶えた。

 自我が薄れていたのは確かだった。

 此処で僕の冒険の旅は終わったのだった。

 

 そうして、永い永い眠りへと誘われたのだった。

 

 戯れ言が脳をかき乱す。

 思考がブレて、何も考えることが出来ない。

 

 ──僕が見なくてはいけない真実がそこにあるのは確かだった。

 

 「君は、誰?」

 

 ピシリ。

 今度は硝子の砕ける音だった。

 息が止まる。

 時間が止まる。

 

 世界が停止した瞬間とはこのことだった。

 

 「──っ!」

 

 混濁する意識。

 またやり直しのループ。

 暗闇が僕を包み込む。

 

 「──っ!」

 

 何も出来ない。

 息をすることも。体を動かすことも。何を考えることさえも。

 

 ありとあらゆる事象が僕を置いて何処かに消える。

 

 「──ぅあ」

 

 苦しい。

 痛い。

 辛い。

 

 どうして?

 ねえ、どうして?

 

 何を間違えた?

 何が正しくなかった?

 

 僕は。

 ──僕は!

 

 「あーあ。どうして、気づいちゃうんですかねー。このまま、何も気づかずに脳天気にしてれば全て終わったっていうのに」

 

 暗闇の中で声が聞こえる。

 とても馴染みのある声だけど、名前が思い出せない誰かの声。

 

 「全く、貴方は哀れな実験動物。換えの利く機械の部品と同じなんです。それが、やれ自由に生きたいだのなんだの言い出すんですから、笑っちゃいますよね」

 

 少女の嘲る声は止まらない。

 僕の体は底なし沼に堕ちていく。

 

 ズブズブ。

 ズブズブ、と堕ちては意識が途絶えてく。

 

 痛い。

 頭が酷く痛い。

 まるで、自分が自分じゃなくなるみたいで怖くなる。

 

 「い、やだ。こんな、ところで、死、に、たく、な、い」

 

 消えていく自我。

 朦朧とする意識の中、必死で手を伸ばす。

 

 そうして、場面が切り替わる。

 永遠にも思える暗闇から、それは訪れた。

 

 ドアの開く音。

 朦朧とする意識の中、自分がそこで立っている。

 

 ピシャリ!

 

 水の弾く足音。

 いつの間にか、教室の床が血の海となってた。

 

 「アハ■ハ破!」

 

 濁声のような笑いが頭に響く。

 何が可笑しいのか、少女はずっとゲラゲラと笑ってた。

 酷い女だ。

 いい加減、その耳をツンザく嗤いが忌々しい。

 

 お膳立てされた殺戮舞台(コロシアム)

 クルリ、とスカートを靡かせてる様は少女の異様さを語ってた。

 

 悲しいとは思わない。

 それをするだけの虐殺を目の前の少女はしてきた。

 なら、■■を殺すのは、道理だ。

 

 ピシャリ!

 

 少女と僕の間合いは十メートルを切った。

 

 思い出せ、僕。

 何をしなくちゃいけないのかは、もう十分解ってるだろ。

 

 イメージする。

 あらゆる幻想を葬る最強の魔剣だ。

 

 ピシャリ!

 

 鮮血が迸る。

 血迷う思考、苛まれる意識。

 

 「──っ、──!」

 

 血反吐を吐く。

 汚らしい湖にみっともない姿が映り、自嘲する。

 

 嗚呼、とてもくだらない夢を見た。

 

 「あ、──あはは」

 

 全く以て笑えない。

 何故か傷だらけになりながら少女(てき)は歩み寄って来た。

 

 ビュー、と風が靡く。

 この手に握る魔術破戒(タイプ·ソード)が熱を帯びる。

 五メートル。

 切り込むには、まだ遠い。

 持てる力を総動員し、僕が打てる最高の一手をシュミレーションする。

 

 ドクン。

 心臓が跳ねる。

 緊張で息が詰まりそうだ。

 

 ドクン。

 目映い月に手を掲げる。

 吸血姫は、不遜な笑みを浮かべて見下してる。

 

 ──ドクン。

 脈動を繰り返す心臓。

 空に浮かぶ偉大なお方を降ろすには、チカラが足りない。

 

 ナラ、オマエはココデ死ネルノカ?

 

 頭の中で誰かが囁く。

 それは明確に現状を理解してる。

 悪魔のように残虐で、天使のように無垢で、人間のように傍観した言葉だった。

 

 ジジジ。

 乱雑する思考。

 継ぎ接ぎで足していく倫理観。

 ゴチャゴチャと綯交ぜに、見ている世界が崩れてく。

 

 ピシャリ!

 

 ──同時に自分の中の価値観が、遂に壊れた。

 

 何気ない幸せも。

 何でもない日常も。

 そう有りたいと願ったことだと心の中で決めつけて──。

 

 「──ああ、笑えよ。笑っていれば良いさ」

 

 見たいものしか見れなくなって、聞きたいことしか聞こえなくなった。

 本当のことは何一つ見つからない。

 自分にとって大事なモノが何なのか分からない。

 けど、僕はそれを見つけたい。

 

 ──だから、それを見つける為に貴女を此処で打倒する他はない!

 

 「亜ッハ■■■はハ!」

 

 (ノイズ)が晴れる。

 圧倒的な実力差。

 絶望的な状況。

 誰かが決めた強者と弱者の境目。

 

 ──満月の下で吸血鬼に常人が敵う訳がない。

 

 「──っつぅ」

 

 駆け出す僕。

 それを受け入れる少女。

 ジグザグと切れていく何か、僕は今、彼女に向けて得物を構える。

 

 ──「ねえ、■■の声、聴かせて」

 

 月明かりにいつか見た光景を幻視する。

 

 そうだ。

 僕は、彼女の傍に居たかった。

 

 ──だが、それは叶えられない。

 

 僕にはそれを許容するだけのチカラが足らない。

 何もかもを犠牲にしなければ、奪ったものへの手向けも出来ない。

 

 忘却していた魔術器官を呼び覚ます。

 体中が重く、胸に突き刺さる痛みが辛い。

 一秒が止まって、数分が永遠のように感じた。

 

 ドクン。

 跳ねる心臓。

 脈動する度に痛くなる動力回路。

 手に汗を握る感覚に神経を尖らせて。

 

 「──っつぅうう、らぁ、」

 

 ジグザグ、ジグザグ。

 狂ったように手を伸ばす吸血姫。

 間違いを訴える声を無視する。

 

 「起動(コード)確認、幻影疾風(タイプ·ファントム)の発現を許可します」

 

 頭の中で機械的な少女の声がした。

 幻聴に連れられて、渾身の一撃が放たれた。

 

 ジジジ。

 決定的な何かが欠けているのに、この身体は止まらない。

 

 「──ぁあああ!」

 

 弧の字を描く、僕の斬撃。

 慣性の法則に従って振り下ろされる一撃は、停止命令は受け付けない。

 

 「──アハハハハハハハハ!!!」

 

 ──そうして。

 

 星の見えない夜。

 虚ろな視界の中、断罪の魔剣が少女の体を両断した。

 

 「──あ。ア、ぁア亜ア!!!」

 

 宙を舞う少女の身体。

 口から吐血するのも無視して、彼女は空へ手を伸ばす。

 

 ジジジ。

 

 見えない。

 見えて。

 どうか目を覚まして。

 私の声を聞いて!

 こんなにも貴方のことを思ってるのに──!

 何で? どうして!?

 ……嗚呼、そうか。そうだった。

 アハハ! 私、馬鹿みたい。

 

 幻聴が途絶えない。

 少女が塵となって消えていく。

 

 「────」

 

 紫の髪を揺らし、必死で手を伸ばす少女を見る。

 

 「──わた、し、」

 

 リテイク。

 リテイク・ラヴィヴロンツ。

 

 死に際に目を細める少女。

 今になって、そんな少女の名前を思い出した。

 

 「わたしだ、って、三木、あ、い、し、て、る、よ」

 

 その言葉を最期に少女の姿はかき消えた。

 それを呆然と見ていたら、頭に言葉が浮かんだ。

 

 ────「それをどうして何も持たない私が蔑ろに出来ると言うの?」

 

 「――あ」

 

 権能(チート)を手にしてからの日々の記憶が頭の中を駆け巡る。

 

 何もかもが嫌になった僕を立ち上がらせ、窮地を何度も救った人。

 傷ついても僕の味方でいてくれた人のことを、どうしてか忘れてしまっていた。

 

 「──あ、ああ、あああ、」

 

 暗雲に月が隠れる。

 僕の頬に涙が滴った。

 

 「あああああああああああああああああ!!!」

 

 張り裂けんばかりの慟哭が、僕の喉からコボレたのだった。

 

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