キーンコーン、カーンコーン。
終末装置の鐘が鳴る中──、
「クスクス、クスクス」
──屋上に佇むボクを影絵が嗤う。
「あああああああああああああああああ!!!」
校舎の何処かで■■イ■・■■■■■ン■のアストラルコードが融けていく。
彼女が塵となる光景は、まさに雪解けのように儚さだった。
「────」
月明かりが照らす。
冷たい夜風がボクの髪をさらい、断末魔のような青年の叫びに堪えきれず空を見上げた。
「ああ、嗤えよ」
見上げた空には星一つないというのに、月だけが爛々と輝く光景は鬱屈な気持ちになるというものだ。
夜風に生い茂る森がざわつく。
屋上から景色を眺めていると、次々に呪詛が込み上げてくるのを感じる。
思えば、こうして一人きりでいるのは初めてのことかもしれない。
七つの大罪は箱となって散り、世界はそれら大罪の願いを薪に換え消費することで成り立っている。
ボクら
「……嗤っちまえば、良いんだ」
故にボクは自分を捨て、創造主の
そうすることで、ボクはボクという幻想の枠組みに遵守することが出来た。
それに自由はなく。
そこに道徳も倫理もない。
この
それだけを多くの人は求めた。
それだけがこの歪な虚構を続けるに至った。
たとえ、それが誰の願いでもないモノだとしても続けるしかないのだから。
──そうして、独りよがりの世界は完成へと至っていく。
「──そんなのはゴメンだ」
ボクは人形だけど、意志を持つ一人の人間として生きたかった。
だから、アイツから解放されなきゃいけない。
「そうだよ、その為にはキミの意志は邪魔だ」
この世界のアクセス権限があれば、ボクは自由になれる。
そうすれば、アイツからの束縛から離れることが出来る。
ああ、もうアイツの手の平に踊らされるのは嫌なんだ。
「邪魔だから、……要らないんだ」
そう呟くと、足元に何かが転がった。
カラン、カランと音を立てたような気がしたそれを見てみると、それは見覚えのある黒い箱だった。
「ク、ククククク!」
醜悪な嘲りが響き渡る。
振り返ると醜悪な怪物が神父の真似事をしていた。
「流石は人形。己の役割を十分理解している」
それは、神の思し召しと言わんばかりに仰々しく。
それは、悪魔にしてはふてぶてしい態度だった。
「拾うが良い。今のお前ならそれを容易く扱えるだろう」
喜々とした神父の声。
顔を伺えば普段の無表情と違い、心なしか頬が赤く染められている。
どうやらこちらのあずかり知らぬところで機嫌を良くしたのか、声も弾んでいるような気もしなくもない。
「ククククククク!」
醜悪な怪物は更に嗤う。
何故かそれが気に入らず、余計なことをしたくなった。
「そんなもの──、」
腰に携えた鞘から虹色の光を放つ剣を抜く。
摩訶不思議な光の刃は、外なる神の端末であろうとも例外なく傷つける。
それを理解した上でボクは
「──いらない!!!」
神父は身を翻すことなく、放たれた虹色の刃を見つめる。
放たれた刃が男の頬に掠めると、下劣な貌から一遍し無表情に変わった。
「────」
闇夜に視線が交差する。
沈黙がその場を支配して、人知の及ばない領域を破戒していく。
どれくらいそうしていたかは解らないが、つまらなそうに男はこちらを一瞥する。
「──そうか。ならば、好きにすると良い。どのみち、お前の死は決まっているのだからな」
そう告げると、男はその場を後にした。
颯爽と姿を眩ませる姿にボクは追うことが出来なかった。
──只。
「──そんな未来、知るもんか」
神父が去り際に放った言葉に毒づく。
そうでもしなければ、ボクは理性を保ってはいられなかった。
そうして、しばらく茫然としていると──。
カンカン。
階段を誰かが駆けあがる音が聞こえてきた。
「──あ」
星のない空に
幾多の嘆きを糧にその到来を
ドクン。
心臓が鼓動する。
後戻りは出来ない。
そんなことは考えていたら、きっと先には進めない。
何より、どのみち此処で決着をつけなければボクはお仕舞いだ。
「うん。ボクは逃げも隠れもしないよ」
キキキ、と影の中から誰かが嗤う。
それを耳にしたボクは、すかさず携えた剣を振るった。
すると、
かつて、機械仕掛けの迷宮で■を見た。
その■がどういうものなのか思い出せないけど、それでも忘れられないことがある。
キラキラとした翠の瞳に、騎士道を熱く語る金髪の女子生徒。
彼女が剣を振るう姿は美しく、その姿にボクは憧れた。
それが、ボクの忘れられないこと。
もしそれを忘れてしまったら、ボクには何もなくなる。
その姿を覚えてたから、ボクは自由を求めたのだ。
頭が痛くなり、考えることが出来なくなる。
霧がかかった、可笑しな幻を見る。
否、可笑しな幻こそがボクの現実だった。
「──なんて無様だ」
痛みが増す。
脳髄をかき回される嫌悪感に背筋が冷たくなる。
……嫌だ。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!
ボクは自分の意志で生きたいんだ!
自分の力で未来を勝ち取らなくては、
「ぐぅ、ううう──」
そうして藻掻き苦しんでいると、何度も繰り返した
「──う、ううう、うううぁあ!!!」
その痛みに狂いそうになるのは、嫌だ。
もう地べたを這いずるのもしたくない。
だって、ボクは。
この世界ではない現実を生きてみたいんだ。
だから、ボクは──!
カンカン!
大きくなる甲高い足音にハッとする。
「──そう、だ」
カレは止まらない。
否、止まることはない。
どうしたってカレと
ギギギ。
錆び付いたドアが開くのを、グッと拳を強く握り締めながら迎える。
全て、■。
これは、死を待つ愚者の走馬燈でありながら、悪辣な神の戯れでしかない。
まだ■は終わらない。
最後の一人になるまで、この■は終わらない。
「カァア! カァア!」
夜鷹が鳴いた。
それは、きっと銀の鍵の思し召しだった。
◇
「誰も居ない」
教室を後にした僕は、現状を理解しようとあちらこちら探索した。
だが、その成果は人の姿どころか気配の一つも感じないってことしか分からなかった。
真弓さんも、二胡さんも、累も
見回りの教師すらも見かけないのだから、これは本当に校舎には僕以外の人間が存在しないのではないかと疑ってしまう。
「そもそも、どうしてこうなったんだ?」
誰の姿も居ないから、人間全てが消えたなんてことは考えたくなかった。
それよりも、今の現状がどうして出来たのかを考えることの方が有意義だと感じられた。
見境なしにリテイク先輩が暴れたのは解る。
今の状況──、半壊した校舎がそれを物語っている。
だが、本当にリテイク先輩だけがこんな状況にしてしまうというのか?
確かにリテイク先輩は強いが、万能な神様じゃない。
人間の括りに当て嵌められる存在だ。
考えろ。
仮にそれが可能だったら、リテイク先輩は鈴手を相手に傷だらけにならなかった筈だ。
「兎に角、誰が何の為にこんな馬鹿げたことをしたのかを知らなくちゃいけない」
知ってどうするのだろうかは、考えない。
そんなのは、知ってから決めれば良い。
「──後は屋上か、な」
そう呟いて、屋上へと繋がる階段へと向かった。