バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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014 対決

 

 屋上へと続く階段を登る。

 すると、カンカンと甲高い足音が響く。

 

 「ハア、ハア!」

 

 何が正しくて悪いのか分からない。

 屋上に行かなければ良かったと嘆くのかもしれない。

 

 ──でも。

 

 嗚呼、真弓さんの笑顔が見たい。

 累や火鳥たちと馬鹿やるのも良い。

 

 「行かないとさぁ、始まらないでしょ!」

 

 そう思いながら階段を駆け上がり、鉄の扉を開ける。

 

 「カァア! カァア!」

 

 不気味な夜鷹の鳴き声。

 声を押し殺す。

 偽りの空の下で、飽くなき矛盾を抱えた愚者が僕を出迎える。

 

 「──待ってたよ、ユーキ」

 

 癖のある茶毛が夜風にさらわれ、愛玩動物(ペット)のような翠眼が僕を射抜く。

 

 「る、い? ……生き、て、たの?」

 

 いつもと違う青年に向かって、そんな言葉が出る。

 きっと彼が先輩に殺された累なのか、解らなかったから言えたんだと思う。

 

 「──いや、死んだよ。でも、世界は巻き戻ったじゃないか」

 

 狼狽える僕を男子生徒(るい)は可笑しなものを見る目で笑った。

 それは、つまり。

 

 「──そっか。やっぱり、知ってたんだ」

 

 累が僕以上に現状を把握しているということだった。

 

 「うん。でもそれはボクだけの話じゃない。みーんな、知ってる話さ」

 

 感情を失くしたような視線が突き刺さる。

 それはまるで、内心を見透かされているような──いや、頭の中が覗かれているようで気味が悪かった。

 

 「あの女も言ってただろ? キミの考えなんかボクらに筒抜けだって。──っていうか、さ。そんなこともまだ思い出せないなんて、よく此処まで生きて来られたものだよねぇ」

 

 他人を見下したような態度は、いつもの彼らしくなく。

 そんな突然の変化に僕は驚きが隠せない。

 

 「何、驚いてるのさ。今に始まったことじゃないだろ?」

 

 ガツン、と本能が痛いと呻く。

 目の前の青年が向ける殺意がとても怖くて体が震えてしまう。

 

 「……累は何を知って、るの? いや、何が目的なの!?」

 

 静寂が包まれる中、冷めた目の累に問う。

 それは、胸が張り裂けそうなほど辛い現実と同じ雰囲気を感じた。

 

 「キミが知ったところでなーんにも出来ないってのにどうするんだい?」

 

 僕の問いを問い返し、はぐらかす累。

 それだけで彼が何をしたいのかを察し、魔術破戒(タイプ・ソード)を直ぐ現実化(リアルブート)出来るよう間合いを確認する。

 

 「──アハハハ! キミに何が解るっていうのさ? 何に対しても逃げてばかりのキミに何が出来るって言うのさ! 覚悟もない、信念もない、ないない尽くしの癖に今更ヒーロー気取りとか虫唾が走るにも程がある!」

 

 感情のままに叫ぶ累。

 今この時、彼の視線が殺気へと変わった。

 

 「──それも、もうボクには関係のないことさ。どうせキミは『■■■■・■■タ■』へ変わるんだ。そんなことを気にしたところで、手遅れな話だ」

 

 僕を、僕じゃない僕を累は見てる。

 けどそんなのは、僕自身を見てるとは言わない。

 

 彼には何度も助けられた。

 そのことで怒りをぶつけられるのは良い。

 

 ──だが。

 

 「何が手遅れなの? 僕が何になるっていうのさ?」

 

 ニタニタと嗤う累の姿は、確かな悪意が込められている。

 こんな風に誰かの不幸を嘲笑うのは累らしくない。

 それが解っているから、僕は問う。

 

 「だーかーらー! それを考えたところで意味がないんだってば! ボクがやりたいことも、キミが知りたい真実も、この世界の何もかもが終わってんの! 思考に空白が生まれ、見てるものが嘘だって認識されるのは完全に『■■■■・■■タ■』になろうとしている証拠さ。ほら、また聞こえなくなった。また考えることが出来なくなった。本っ当、つくづくふざけたシステムじゃないか」

 

 考えれなくなった? システム?

 

 「そう、システム。しかも、この学園の中だけという狭い世界がボクらの現実だ。そんな世界を平凡な日常だなんて宣うんだから、馬鹿にしてるとしか思えないだろ?」

 

 ゲラゲラと誰かが嗤った。

 サーカスのピエロみたいに、感情のない顔で累は嗤ったんだ。

 

 嗤った。

 嗤った。

 嗤った。

 

 取るに足らない存在だと言いながら、見ているモノ全てを嘲るのだ。

 

 「──ちょっと、待って。学園の中だけの世界って、何言っているの? 普通に考えて森を越えた先には外へと繋がる道があるでしょ。……仮にそうだったとして、学園に届く物資の説明がつかないじゃないか」

 

 苦しげに理屈をこねても、それを証明する材料は無い。

 そして、狭い世界——つまり仮想世界だとすれば別に物資の説明には何の矛盾もない。

 でも、僕は冗談だったと累に笑い飛ばして欲しかった。

 そうじゃなかったら、僕は。

 死んでから、また生き返ったなんて話が嘘に思えてしまうじゃないか。

 

 「────」

 

 けど、累は黙った。

 それだけで、分かった。

 いや、心の奥底では理解してた。

 僕は馬鹿だけど、考えることが出来ないほど馬鹿じゃなかった。

 

 ……まあ、頭で理解しても納得できないこともあるんだけども。

 

 唐突に、虹色の刃が空を切った。

 携えた鞘から抜かれ、その刀身が僕へと向けられる。

 

 「そうさ、ユーキ。今キミの考えてる通りさ」

 

 累は流れるよう剣を構えた。

 その隙のない構えが、己の敵であることを如実に語っている。

 

 「さて、お喋りはここまでにしよう」

 

 凍てつく眼差しが、覚悟を問う。

 

 「……何が、さ? 意味解んない。累の言いたいこと、全然解んないよ!」

 

 その目が怖い。

 累の覚悟が僕には恐ろしいものに見えた。

 

 「アハハ! 傑作だ! 本っ当、反吐が出るよ、キミって奴は! まだ自分に価値があると思ってる、その厚顔無恥は国宝級だね!」

 

 累の罵倒に心が砕けそうになる。

 それほどまでに叶えたい願いがあるというのか。

 

 「ああ、そうさ! キミを蹴落としてでも欲しい願いがある! それをキミに解って貰う必要はない。何故なら此処でキミが『■■■■・■■タ■』になれば良い話だからねぇえ!!!」

 

 累が叫ぶ。

 すると、電光石火の如く一瞬で彼に間合いを詰められる。

 

 「──っな!?」

 

 ドクン。

 一秒の感覚を永遠にする。

 慌てて幻影疾風(タイプ・ファントム)が発動するも累は止まらない。

 

 「──にぃい!」

 

 火花が散る。

 累による一閃を受け止めると、その衝撃に堪らず後ろへ下がってしまう。

 

 「──っぐぅう」

 

 魔術破戒(タイプ・ソード)を持つ手が痺れる。

 それだけで累の本気が伝わった。

 

 「ほら、受けなよ! キミが求める真実ってヤツをさ!!!」

 

 累が続けざまに縦横無尽な一閃を放つと、頭の中で何かが弾ける。

 

 「──っつぅ、」

 

 途端にグチャグチャになる視界。

 一撃を凌ぐ度、割れるような痛みが脳を揺らす。

 

 ────「ど、どどど、どうやら、わたしは■■のことが好きらしい」

 

 「ぅ、うぅう……!」

 

 眩むような金髪の少女の姿が見え、一滴の涙が僕の頬を伝う。

 止まらない。

 感情のままに流す涙も、累の猛攻も止まらなかった。

 

 「──ぅう、あぁあ!」

 

 そのまま倫理観が砕け散ると、右腕が斬られる。

 

 「がぁ、あ、ああ、あああ!!!」

 

 激痛が走る。

 お返しとばかりに斬り返すも、俊敏な動きで累は僕の一撃を回避した。

 

 「──はやっ、ぃい!!!」

 

 そして更に激しさを増す累の剣撃。

 全て受け止めることが出来ず、瞬く間もなく僕の体は傷だらけになっていく。

 

 「……ハア、ハア」

 

 呼吸が荒くなる。

 目で捉えれない斬撃が心を壊していく。

 

 痛くて苦しくて、もう何を信じれば良いのか解らなくなるというのに累の剣擊は休む間もなく続けられる。

 

 「あ、ああ、あああ!!!」

 

 ────「自分が信じた道を突き進む。そうじゃないと、わたしはわたしを許せない」

 

 霞む視界の中、目の前にいる累が■■■に見えてくる。

 

 そうだ、あの騎士道を重んじる少女に焦がれたことがあったのだ!

 

 「──ぎぃ、がぁ、あああ!」

 

 弾き飛ばされる僕。

 全身が壊れて、立ち上がれないと筋肉が悲鳴を上げる。

 

 この体は限界だ。

 心が砕け、信じるものがない人間は倒れるしかない。

 

 それなのに。

 そうである筈なのに。

 

 「ハア、ハア。……っく、そぉ」

 

 それでも尚、この身体は立ち上がることを諦めない。

 

 「……ん、で──」

 

 火花が舞う。

 コンマ数秒で放たれる剣撃を必死で弾き返す。

 

 「──何で!?」

 

 累が苦悶の声を上げる。

 とうの昔に心が折れている僕を見て驚愕している。

 

 「──っは、はははっ!」

 

 その姿に笑みがこぼれる。

 自分でもよく解らないモノに突き動かされ、とっくの昔に体の制御が出来なくなった。

 

 「──ハァアアア!!!」

 

 それに堪らず累が叫ぶ。

 彼の振るう一撃を受け止める度、僕という存在が何者なのか曖昧になる。

 

 何が正しくて間違いか解らないっていうのに、僕が『■■(ボク)』で、オレが俺でボクなんだと主張する。

 

 キィン、と剣と剣が打ち合う。

 

 堪らない。

 自分が自分じゃないと否定され続けているのに、まだ僕は意志を保っている。

 昔の■■なら逃げだしているというのに、必死で累と戦っている。

 

 「────」

 

 多くのモノを失くしてきた。

 きっとこの手に零れてしまう程、自分を殺している。

 誰かの願いを奪って築き上げた頂点が今だと己の中の何かが訴えている。

 

 ────「でもそれは、出来ない。出来なかった。私たちに未来を想う心を踏みにじる権利なんてなかったから」

 

 彼女の言葉を思い出す。

 幾ら考えても、僕が弱くて脆くてちっぽけな人間なのは変わらなかった。

 

 ────「そう。貴方が先を進めるように。貴方がそれを笑えるように。他の誰でもない貴方の未来を夢見た誰かが私に託した希望なの」

 

 そんな僕にある日、希望が託された。

 権利を奪えないと言った彼女を殺した僕に──、

 

 ────「それをどうして何も持たない私が蔑ろに出来ると言うの?」

 

 手を差し伸べた先輩の想いを蔑ろには出来る訳がない。

 

 だって此処で逃げるということは、その想いを蔑ろにするってことで。それは、先輩の命を奪った僕には許されないことの筈だ。

 

 「ぐぅう、うぅう、──がぁ! あ、ああ、あああ!!!」

 

 葬った想いを背に涙を堪え立ち上がる。

 心を穿つ感情を抑え、累を見た。

 

 「──どうして? ねえ、どうして今になって立ち上がるの!? もう良いって言ったじゃないか! それなのにどうして立ち上がるんだよぉお!!!」

 

 そんな僕に累は狼狽える。

 痛みを耐えるように剣を振るう彼の姿は、今を生きる人間そのものに見えた。

 

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