バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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007 学園一のアイドル、その名は!?

 

 チクタク、チクタク。

 カチカチカチ。

 

 少女たちは描き続け、グルグル時計を回せどもそれは矛盾となって現れた。

 同時に、幾度記憶を書き換えようが、それを世界は許さず少女たちの奮闘(ふんとう)を虚しく響かせてしまうのだ。

 

 ジグザグ、ジグザグ。

 螺旋を描くよう記憶違いを埋め合わせ、遂に彼の下にダーレスの黒箱が無事に届けられたことを私は確認出来た。

 

 ようやく、ようやくと再び彼が意志を獲得出来たことに■■は安堵したんだ。

 

 「飛鳥さん。貴方の死は無駄にはしません」

 

 今回こそ犠牲にしてきたモノの為に。

 

 「今度こそ絶対に──」

 

 いや、いつか夢見た明日を手に入れる為、■■()は──。

 

 ◇

 

 認知症かそれとも夢遊病の一種か。

 クラスの人と違い魔術の授業を真摯(しんし)に取り組んでる訳じゃないけど、今度ばかりは周囲と記憶に齟齬(そご)がありすぎるのは焦っている。

 正直、僕は今からでも魔術学園より病院に移送させるべきなんじゃないかと思う。

 

 ──だからといって、()()シェリア会長に昨晩のことを聞くのは、ちょっと勇気がいる。

 授業の休憩時でさえ説教が来るのだから、想像するだけで気が滅入るものだ。

 うん、つまり、これは、あれだ。

 数日後に、あの時どうでしたっけという感じにあっけらかんと聞くのがベストだろう。

 

 「何をそんな辛気くさそうな顔して食べてるのさ? A定食、そんなにハズレなの?」

 

 よっぽど僕が苦虫を噛み潰したような顔をしてたのか対面でハンバーグを(ついば)(るい)が目を細めて聞いてきた。

 人間嫌いの火鳥(かとり)は基本的に学食を使わないので、昼飯の相方は専ら累と食べることが多い。

 

 「そうでもないけど……ちょっと、ね」

 

 愛想笑いをして誤魔化す。

 こんなこと累にを相談をしても、(ろく)なことにならないのは目に見えてる。

 

 「ふーん。まあ、キミが良いなら気にしないことにしよう」

 

 どうやら有難いことに誤魔化されてくれるみたいだ。

 

 「それよりさ。なーんか今日の食堂、いつもより混んでない?」

 

 行儀悪そうに足をプラプラとさせながら、累が周囲を見渡す。

 

 「そう?」

 

 言われて見ればいつも以上に食堂が騒がしい気がしないでもない。

 ──というか、まるで誰かにそうお膳立(ぜんだ)てされてるかのような騒ぎようでもある。

 そんな突拍子もない考えが何故か頭の中に過った。

 

 「あれれれー!? 先輩らじゃありませんか!」

 

 何処からか、可愛げのある少女の声が聞こえてくる。

 驚きのあまり、キョロキョロと声の主を探す。

 はて、気軽に声を掛けてくる後輩なんて僕の知り合いに居ただろうか?

 すると、累の後ろに女の子が近付いて来たのが見えた。

 

 「おはヤッホー、みんな大好き学園一のアイドル瑞希(みずき)ちゃんでーす! 先輩、元気ですかー!」

 

 バタバタとこちらに少女が駆け寄ると、ざっくばらんに切りそろえた黒髪が揺れる。

 愛玩動物を思わせる青い瞳で少女は僕らを見つめると、愛嬌ある笑顔を振る舞った。

 

 「お、おー! そっか、瑞希ちゃんが来てたのかー。なら、この混雑も納得だね」

 

 ポンと手を叩き、うんうんと納得する累。

 彼女が来てることでどうして食堂が混むのか、いまいち納得できない。

 

 「──いや、なんでさ? そりゃあ、確かに彼女が此処に来ている姿は見かけないし、珍しいとは思うけど。それが何だって食堂が混む理由になるのさ?」

 

 ざわざわ、ざわざわ。

 そんな僕に対し、周囲は驚愕(きょうがく)の表情を浮かべる。

 

 「ありゃま? これは、失敬。失敬。うーん、学園一のアイドルである瑞希ちゃんを知らない人が居ようとはビックリです! これでも人気あると思っていたんですが、こいつぁー、瑞希ちゃんのアイドル活動ももっと積極にならないといけないですかな?」

 

 残念です、なんて言いながらこちらにもたれ掛けるように顔を近づけてくる。

 おでことおでこがぶつかるんじゃないかってぐらいの距離だからか、何故か言いようのない罪悪感がこみ上げてきた。

 

 「──っうえ!? ご、ごめん。ほら、ぼ、僕、忘れっぽくてさ」

 

 キスするんじゃないかってぐらい距離。

 あたふたする僕を後目(しりめ)に彼女は微笑んだ。

 

 「いえ、良いんですよー。先輩が忘れっぽいのは()に始まったことじゃありませんし。この間も私と食事してるのにずぅーっと上の空って感じでしたもんね」

 

 ガシャン!

 一斉に食器が割れて、数秒後にやって来る驚愕の嵐。

 それらが入り交じって、鼓膜が破れるんじゃないかってぐらい騒動へと発展する。

 

 「「「な、何だってぇえええ!!!」」」

 

 ビックリした。

 というより、僕もビックリしてる。

 流石にこんな可愛い子と一緒にごはんを食べてたら忘れる筈がない。

 だから、彼女はきっと誰かと勘違いしてる。

 

 「いやいや、冗談でしょ。流石に君ほどの美人と飯でも食べたら嫌でも忘れないよ」

 

 そんな事実があれば、遠巻きが黙ってないだろうし。

 

 「誰かと勘違いしてるんじゃない?」

 

 何より、それを認めてしまったら僕は大事な何かを失いそうな気がした。

 

 「いーえ。だってこの間の水曜に仲良くすき焼き定食を食べましたもん」

 

 失礼な話です、私、怒ってるんですからね。

 そう言わんばかりのブリっ子だ。

 頬をハムスターみたいに膨らませるものだから、その愛くるしさに拍車を掛けてる。

 

 「アハハ。確かにその日にすき焼き定食は食べたけど、君とじゃなく■■さんと……」

 

 途中、ノイズのようなものが混じった。

 正確に言うならば、誰と飯を食べたかの認識が出来なくなった。

 何かが消え入りそうで、でもそれを押し留めようと何かが働いたみたいだった。

 

 「どうしたんです、先輩?」

 

 割れるような激痛が頭に押し寄せる。

 大切な何かが壊されそうで、頭の中が滅茶苦茶に掻き回されそうで気持ち悪い。

 彼女と会話することがこれ以上、危険だと言わんばかりに痛みは引く気配を見せない。

 

 「い、いや大丈夫! 兎に角、僕は君とは食べた記憶がない、よ。……ごめん、少し頭が痛い。名残惜しいけど、お先に失礼するよ」

 

 あまりの痛みにその場を離れようと席を立つ。

 

 「いえ、こちらこそ気分を害してしまわれたようで、ごめんなさい。大丈夫です、先輩? 宜しければ肩でも貸ししましょうか?」

 

 フラフラとするおぼつかない足取りをする僕を瑞希ちゃんが気遣う。

 

 「いや、一人で大丈夫だよ。……ということで、累、悪いけど席を外すよ」

 

 瑞希ちゃんの気遣う際の優しさは、正しく学園一のアイドルに相応しく見える。

 どうしてか、それが酷く気持ち悪く感じてしまう。

 苦しんでる人間を気遣ってるだけなのに、何故こんなにも彼女のことが可愛らしく思えるのか、全く以て意味が解らない。

 

 「まあ、キミが大丈夫というなら大丈夫なんだろうね。具合悪いんだったら、先生に言っておこうか?」

 

 怪訝(けげん)そうな顔を浮かべ、累は僕を心配する。

 

 「いや、少し休めば大丈夫だろうから言わなくて良いよ」

 

 そんな累の申し出をやんわりと断った。

 気遣う二人を後目に今度こそ僕はこの場を後にする。

 

 クスクス。

 

 引き()るようにする僕に向かって、誰かが(わら)ったような気がした。

 

 ◇

 

 食堂から教室へと戻った僕。

 あんなにも酷かった頭痛は一過性のモノだったのか鳴りを潜め、教室に戻る頃には完全に痛みは引いていた。

 これならば多少は無理をして瑞希ちゃんの話に付き合って上げても良かったかも知れない。

 けど、心の何処かで安堵している自分も居た。

 

 「何でまた、頭が痛くなったんだ?」

 

 奇妙な感覚。

 自分の意志に誰かが介入してくる、そんな感覚だ。

 そうだとしたら、怪しいのは瑞希ちゃんってことになるんだけど。

 今日、初めて会った人間に恨まれる見に覚えはないし、それに、あんな可愛い娘が悪いことをする筈がないじゃないか。

 

 「そんなところでぼっーとして、勇貴さん、どうされたんですか?」

 

 変なことを考えてたからか。

 意味もなく教室の真ん中で突っ立ってしまった僕に馴染みのある少女が声を掛けてきた。

 

 「──っあ。ああ。何でもないよ。……えっと、ごめん。どうやら最近、物忘れが激しいみたいでね。良ければ君の名前を教えてくれる?」

 

 ジジジ。

 教室の窓から風が吹く。

 その冷たい風に一本に束ねられた栗色の髪が(なび)いた。

 満面の笑みを浮かべていた少女の顔つきが(くも)る。

 

 「い、いやですねぇ。勇貴さん、もしかしてこの間の食事の件、まだ根に持ってます? 確かに悪ふざけが過ぎましたけど、そういう冗談は良くないですよ」

 

 ヨロヨロと泣き崩れるように。

 けれど、冗談であってと少女は懇願(こんがん)するような眼差しを向ける。

 言ってはいけないことを言ってしまった罪悪感が湧いてくる。

 食堂で瑞希ちゃんに対して感じてしまったものとはもっと別の何かでとても悲しかったけどそれでも言わなくてはいけないことだと思った。

 

 「う、……ごめん。本当に君の名前が思い出せないんだ」

 

 ピシリ。

 再び頭が割れるような痛みが走る。

 もう痛くない筈だと思ったのに。

 目の前で泣き出しそうな少女の顔を見ると、(かす)んでいた名前が思い出しそうになのに。

 それなのに、頭の中にノイズが混じっては浮かんだ名前が搔き消されてく。

 何で?

 どうして?

 そんな僕の態度に少女は──。

 

 「あ。あああ、ああああああああああ!!! そうですよね! そうでしたとも、そうでしたとも! 解ってます。解ってましたとも! でも。でもでも、だからといって!」

 

 前髪をくしゃくしゃと掻き上げ、なって欲しくなかったと張り裂けんばかりの声で泣きじゃくる。

 そんな少女に僕に(なぐさ)めることが出来ない。

 

 「ごめん」

 

 だから、謝ることしか出来なかった。

 それがとても悲しい。

 遠巻きにクラスメイトがひそひそと僕らを指さして嗤っている。

 誰一人、泣きじゃくる少女を気遣う人間は居ない。

 何だよ、これ。

 どうして、お前らは嗤っていられるんだ?

 そんなクラスメイトたちに憤慨(ふんがい)するも、僕は彼らを責める権利なんかなかった。

 元を辿れば僕が目の前の少女を泣かせてしまったのが原因だから。

 だから、誰も責めない。

 誰も責めることは出来ない。

 

 「──っ!」

 

 誰も彼も優しくない、非情な現実。

 救いようのない世界がそこにはあるだけだった。

 

 「謝らないで下さい! 何も! 勇貴さんは何も悪くなんかないんです! 勇貴さんは──」

 

 そんな世界に耐えられなかったのか、泣きながら彼女は教室から飛び出してしまう。

 

 「──あ」

 

 彼女を追うことが出来なかった。

 呼び止めることも出来なかった。

 だって、まるで地に足が()い付けられてるようで、その場から動けなかったんだ!

 

 ジジジ。

 

 「良いですねぇ、良いですねぇ! ザマァねーですわ、魔法使いのお嬢様!?」

 

 何処からか名も知れぬ女の嘲笑が聞こえる。

 周りを見ても、その女の声が誰なのか解らない。

 

 キーン、コーン。カーン、コーン。

 

 始業のチャイムが鳴ろうとも彼女が教室戻ってくることはなかった。

 

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