バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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026 時間遡航の恩恵

 

 気づいたら、僕は何もない白紙の世界に居た。

 

 チクタク、チクタク。

 キーンコーン、カーンコーン。

 

 分岐点。前へ行く。『エラー認証。エラー認証』満ちる刻。話し合い。想いの結晶。奇跡を願うことより大切なこと。残留データ。拙い言葉で、意味が解らない理屈だ。泣き疲れたら■■さんが来た。その手に──。

 

 ────「ユーキ!」

 

 雑音が脳に響く。

 

 手を伸ばして! 時間切れ、か。キキキ。──ま、待って! えへへ。わた、し。では、ご機嫌よう。邪魔ヲ死タから殺したノ! 勇貴さん。思春期ですね。素晴らしい。試してみます? 待っていたまえ、魔導魔術王(グランド·マスター)。うん。久しぶり。──遅いですわよ、七瀬勇貴。

 

 ────「忘れ物だよ!」

 

 手に何かを握りしめ、モザイクの嵐を駆け抜ける。

 

 「ハア、ハア」

 

 無言でそれを続けて先を目指したけれど、何も考えることが出来なかった。

 手が折れても。腕が消えても。足が動かなくても。倒れても。

 

 「ハア、ハア!」

 

 ──僕は、何度でも立ち上がる。

 

 そうしなければならない。

 そうしなければこれまで僕が捧げてきたモノが無意味になる。

 

 ────「お前なぁ! 此処で消えたら承知しねぇからな!」

 

 ドクン。

 バシャバシャ。

 ズキズキ。

 

 何かが欠けていく。

 大切なモノが失われているのに僕は振り返らない。

 

 「──っ!」

 

 誰も僕を助けてくれないけど走り続けるのを止めない。

 でも。

 どうしても。

 

 ────「だから! 早く行って殴り飛ばして来い!」

 

 地平線も見えない。

 先があるかないか解らない。

 

 ────「……それでも、私たちは前へ行くんです」

 

 それでも、僕は前へ進む。

 何故なら、その先にあるだろう光を掴みたいからだ。

 

 私は、やりたかったことなんだって思うんです。そんなこと、とっくに気づいちゃったよ。終わり? 終わりなんて誰がするかよ!? 生徒会長はミステリアスな方が魅力的なんだって仰られたのですから。時間切れ、か。まあ、精々頑張ってみれば良いさ。見事でした。そうだ。これは君の物語じゃない。これはオレの物語だ。お前に殺されて良かったなんて、あんまりじゃないか!

 

 ジグザグ、ジグザグ。

 ジョキジョキ──、ジョッキン!

 

 ────「どんなに絶望的でも。どんなに救いがなくても。終わらせる為に行かなきゃいけないんです」

 

 残留思念がシナプスを駆け回れば、何もないにカタチを与えていく。

 

 そうね。確かにそれは貴方には要らないものだったのでしょうね。大丈夫。貴方ならまたたどり着けます。だって貴方は、私の希望。私のヒーローなんですから。私の名前? ああ、そういえば教えてなかったっけ。

 

 空白の物語は、無色の魂を現した。

 悪意の代償は、己の内にある罪を払った。

 記憶の復元は、幻想へと回帰する選択をした。

 

 ────「だから、その為に貴女は此処で堕ちろ」

 

 忘れてしまった道だけど、帰らなきゃ。どうしようもねーな。私の物語はそこから始まったんです。──嘘つき!!! みんな、みんな大好きだよぉ……畜生! ノンノン違うのだ、ド戯けぇい! 鏡の話です。ボクは僕で、キミは僕。始まりにして傲慢を騙る原初の愚者。言ったでしょ。私たちは認めないって。何だよ、こんなにも笑えるじゃねぇかよぉ。

 

 「──っ!」

 

 嵐を越えた先に、あるべき未来を見た。

 それは、どうしようもない不幸の塊だった。

 

 触れれば、きっと僕は後悔する。

 後悔したら僕はまた何かを失ってしまう。

 

 「でも、行かなきゃ」

 

 そんなモノを見てもやることは変わらなかった。

 その先に待つ終わりを僕らは願ったから、走り続けた。

 

 すると、僕の身体が光に包まれる。

 意識が■に戻っていく。

 

 Hello,New_World!

 

 頭の中に文字が打ち込まれ、目を覚ます。

 

 「──っむぅ」

 

 中庭に居た筈なのに自分の部屋で起きた。

 

 「────」

 

 瞼をパチパチさせ、手足に力を入れる。

 陽気な小鳥のさえずりが朝の陽ざしを朗らかなものにさせたのだ。

 

 コン、コン。

 そうしていると、部屋のドアをノックされる。

 

 このタイミングで一体、誰が来た?

 

 「おはよう。起きたばかりで且つ突然の訪問で申し訳ないが、出てきてはくれないか? 話がある」

 

 清涼そうな少女の声。

 彼女の名前は確か──。

 

 「シスカ。シスカ・クルセイドだ」

 

 シスカ・クルセイド。

 自称『鬼の風紀委員長』であり、起きたばかりの僕から真弓さんじゃない真弓さんを連れ去った人だった筈。

 

 ドア越しに少女の気配を感じる。

 正直、寝間着から制服に着替えたいが中庭での出来事が夢じゃないなら時間が惜しい。

 そう思い、ドアを開ける。

 

 「……そうなのだが、戦闘になるかもしれないとは思わなかったのか?」

 

 ドアの前に目も眩む金髪の女子生徒が立っていた。

 

 ────「ど、どどど、どうやら、わたしは■■のことが好きらしい」

 

 「──っつぅ」

 

 また記憶が頭に過る。

 けれど、それも一瞬のことで。

 

 「──あ」

 

 直ぐに忘れてしまう欠片だった。

 

 「……そうだな。それは、もう無かった話だ」

 

 それに対し騎士を目指した少女は頷く。

 

 「そう、かな」

 

 チクタク、チクタク。

 お互い顔を見合せたまま、時間だけが過ぎていく。

 時間は迫っていると言うのに、それだけしか僕らは出来なかった。

 

 「ああ、そうだった。時間がないのであったな」

 

 少女が声を振り絞る。

 

 「……うん。そう、だった、ね」

 

 それに僕は頷く。

 

 「今がいつで、どんな状況かは把握できているか?」

 

 シスカがそんな僕に問う。

 

 「解らない。けど、中庭でのシェリアと戦っていたという記憶はある」

 

 君が現れて、真弓さんが何かした。

 それぐらいしか解ってない。

 

 「いや、それで良い。そこまで理解しているのなら、これから彼女が説明するだろう」

 

 シスカは僕の疑問に意味深な言葉を返す。

 

 「……?」

 

 彼女?

 

 「ああ。言っておくが名城殿ではないぞ。彼女はこの時間だとまだ介入出来ていないから無理だ。此処に来れるのは──」

 

 シスカが僕の問いに答えようとした時。

 

 「いや、説明は不要だよ、シスカ。この時間にボクが来るというのは決定事項なんだからね」

 

 ジジジ。

 聞き馴染みのある女の声。

 それには、何かが欠け、何か違和感が継ぎ足された気がした。

 

 「──誰?」

 

 声がする方に向く。

 

 ドクン。

 心臓が高鳴る。

 

 「また会えて嬉しいよ、愚者七号。──と言えば、ボクが何者かを察してくれるかな?」

 

 バラバラ。

 ズキズキ。

 

 会ったことのない黒髪の少女が僕を愚者七号と呼ぶ。

 突然部屋に現れるなんて離れ業には驚かされたけれど、僕をそう呼ぶ奴には会ったことは有る。

 

 しかし、それは人ではなく一冊の魔導書だった筈……。

 

 「おや、それほど驚いてないね。見知らぬ人間が部屋に居るんだ。少しは驚いても良いと思うよ。それぐらいの方が可愛げがあるものだ」

 

 ……。

 

 「いや、驚いてはいるよ。魔導書()()()筈の君が少女の姿を取っているなんて思いもしなかった。というより、今まで何処で何をしてるだとか文句を言ってやりたいだとか思っちゃいないよ。うん、それは本当だ。本当だよ?」

 

 解らない。

 今、言ったことが自分の本心だってことだってことも。

 何もかもが理解出来ないということで頭の中はいっぱいになっている。

 

 「ほうほう。それは上々。キミも拍が付いたというものだ。とはいえ、現状は芳しくない。これでボクらは時間遡航の恩恵(ギフト)を使えなくされたに等しいのだからね」

 

 時間遡航?

 

 「驚いた。そこに突っ込むのかい? これでは益々、作り物になったというものだ。感情が抜けているではない、もっと別の感情というモノを理解することが消失してしまっている」

 

 黒髪の少女はぶつくさと言いながら、僕に近づいて来る。

 ……というか、他人の部屋に土足で上がり込まないで欲しいものだ。

 

 「……まあ、良いだろう。それについてあれこれ議論する時間も惜しいものだ。結論から言おう。後、十分程で魔女がこちらに向かってくる」

 

 シェリアが来る?

 

 「そう。赤い髪の方の彼女さ。それはもうカンカンに怒り狂ってね。せめて目的のキミを■■■ド・■■ターにしようと躍起になるんだ。何故、それをするのか考えもしないんだから、彼女も賢いのか解らないものだけどね」

 

 黒い髪の女子生徒は値踏みするように僕を見つめる。

 その視線は、何処までも冷徹なモノであり。

 その眼差しは、何の感情も満たされない深淵のようなモノだった。

 

 つまり、何が言いたいかというと。

 

 「さて、ここまで勿体ぶらせたんだ。いい加減、自己紹介の一つでもしておこう。察しはついてる? 意味がない? けれど、それも大事な伏線になるんだから大事にしないとね」

 

 カチカチカチ。

 ドロドロとした黒い瞳が僕を見つめる。

 色白い肌が彼女を不気味だと印象付ける。

 

 それはまるで、何もかもがお見通しだと言わんばかりに道化染みた物言いだった。

 

 「そうとも。道化だとも。最も道化でいて噂好きな女子生徒。ゴシップ大好きとはよく言うものだ。キミとて気づいてるんだろう? 魔導書であったボクを名前で呼ばなかったのも薄々感づいていたからなんだろう? まあ、そう思っていても仕方ないんだけど。……良いさ。此処まで来たのならこう名乗ることにしよう」

 

 シスカは何も言わない。

 無造作に近づく女子生徒が誰かなんて僕は解ってる。

 

 けど、少女は通行儀礼だと言ってそれをする。

 

 「最果ての今にして絶対なる知識を司る魔術師が一人。藤岡飛鳥、その人だよ。この姿でキミと出会えるなんて嬉しいよ、愚者七号」

 

 そっと僕の頬に手を添えると彼女は微笑む。

 

 カチリ。

 また何かの欠片が填まる音がした。

 

 「さて、残り五分。こうして会話するだけで五分という時間が消費された。それはいけないことだよ、愚者七号。キミには賭けをして貰わなきゃ、此処でボクら三人はご臨終だ」

 

 賭け?

 

 「そう話を聞いてくれる気になったのはこれまた嬉しいことだ。これはサービスだ。持っていくと良い」

 

 カラン、カラン。

 藤岡飛鳥を名乗る女子生徒が懐から何かの箱を転がした。

 

 黒い歪な模様の立方体。

 僕らにはお馴染みの権能を与える魔道具。

 

 「──ダーレスの黒箱?」

 

 そう。外なる神による魔導魔術のアイテム。

 それをどうして彼女が持っている?

 

 「おっと。それは、違う。正確に言うならば、それはダーレスの黒箱じゃない。限りなくそれに似せたレプリカさ」

 

 クスクス/キキキ。

 クスクス/キキキ。

 

 少女が嗤う。

 謳うようにそれを僕にひけらかした。

 

 「なーに。失うものが今更一つや二つたいしたことないだろう?」

 

 何かが可笑しいと言うのに彼女はそれを受け入れている。

 

 ドクン。

 何かが違う。

 何かが違う。

 何が違う?

 

 クスクス/キキキ。

 クスクス/キキキ。

 

 パン!

 そう思っていると、突然、何かがした。

 パン!

 再び、何か手を叩く音がした。

 パン!

 三度目で漸く、気が付いた。

 

 地べたには何も転がっていないことにも。

 藤岡飛鳥と自称する少女は事態を重く見ていることにもだ。

 

 「──なるほど。これは重症と見た」

 

 僕の頬に手を添えた彼女が言う。

 

 「妄想を現実として見せるとは、彼女も考えたじゃないか。これでは、どれが本当か偽物かなんて区別出来ないだろうね」

 

 パリン!

 何かが砕ける。

 

 そうすることで僕の中の何かが解放された気がした。

 

 時間と空間が交じり合い、幻惑の今を手放そう。

 そうすれば、もっと夢の終わりへと近づくのだから──。

 

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